エレノアちゃんを見る時は
ようやく、ボクの番がやって来て、エレノアへの拝謁が許される。
せっかくなので、配信することにして、入室前に配信開始ボタンを押しておいた。
『大人気のVtuber、○した?』
『まだ、ニュースで流れてないよね』
『死体が見つかってないだけでは……?(名探偵)』
「ボクのことなんだと思ってるのかな、キミたち?♡」
コメント欄に唾を吐きかけてから、改めて、ボクは入室する。
目の前には、美しい少女が座っていた。
肩の辺りまで伸びている白銀の髪の毛――純“白”の修道服を着て、逆さ十字を身に着けた少女は、ボクが入室した途端に笑みを浮かべる。
告解部屋を模した、手狭な室内。
少女とボクの間には網状の小窓があって、木製の小さな椅子が置かれていた。網越しに視る彼女は、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
小柄な体躯を修道服ですっぽりと覆った彼女は、目を閉じて両手を組み、ボクの前で真摯に祈りを捧げ始める。
「かっぷんか~!」
それ、祈りの文句じゃなくてタイ語だろ。
「モデリングの出来が良いな……」
ジロジロと眺めていると、少女は、怯えるように身を竦ませる。
「お姉ちゃん、エレノアは神様のモノなんだから、至近距離からジロジロ視たらダメなんだよ。日曜の朝にやってるアニメみたいに、エレノアちゃんからはなれて視ないと、憑き殺しちゃうよ。
うらめしや~!」
クソゲーとは思えないくらいに、人工知能の出来が良い。恐らく、ビッグデータ分析を行って、プレイヤー好みの女の子に仕立て上げているのだろう。オタクが好む少女として、容姿やら所作振る舞いやらが完成されている。
「それで、本日のお悩みはなに?」
「いや、転職しに来――」
「本日のお悩みはなに?」
出たよ、『いいえロック』!!
いいえロック……プレイヤーが、『いいえ』を選び続ける限り、同じ質問を繰り返すという地獄の永続のことだ。今どきのゲームですら、たまに採用されているので、使い勝手が良いんだろう。
「はぁい♡ じゃあ、ミナト・ファンのみんな~♡ お悩み相談にのってくれるっていうからぁ、てきとーに挙げてって~♡」
お悩みを募集すると、早速、コメントが飛んでくる。
『好きな女の子がいるんですが』
なんだか、甘酸っぱいな……こういう青春っぽい相談、なんだか、それっぽくて配信者やってるっぽいわ……まともなコメントは有り難いね……。
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「好きな女の子がいるのが悩みってこと!? クラスカースト最底辺か!? 掃除の時間、キミだけ牛乳臭い雑巾で拭き掃除やらされてるでしょ!?」
驚愕で打ち震えるボクは、思わず、片手で口を覆っていた。
たったの一文で、格の違いを見せられたことに動揺を隠せない。
圧倒的な格下――ボクの配信を視ている視聴者が、光の世界に身を置くわけがなかったのだ。
「好きな女の子がいるんですが」
でも、ボクは、そんな視聴者が好きだ……だから、こうして、キミの想いを口にノセて、少女に運ぶよ。
答えてくれ、エレノア。
ボクたちの想いに。いや、視聴者の願いに。
この悩みを解決し――
「本日のお悩みはなに?」
悩みとして処理されないとは、クソゲーの癖に正常な判断してやがるぜ~! まともな脳つんでるな~!
『せっかくなんだから、ミナトの悩みを打ち明けろよ』
正常な判断を目の当たりにして、正常な判断力を取り戻したのか、正常な視聴者から正常なコメントが送られてくる。
ボクは、正常なので、同意して悩み事を打ち明けることにした。
「最近、近所の人がうるさくて眠れな――」
パァン!!
甲高い音が、耳元で鳴った。
数秒遅れてから、小窓を貫通して飛んできた張り手が、ボクの頬を張り飛ばしたのだと自覚する。
「殺せ……」
ボクを張り飛ばした修道女は、満面の笑顔でささやいた。
沈黙が流れる。
愕然と頬を押さえているボクの前で、愛らしいエレノアは、満足気にぱんっぱんっと両手を打ち鳴らした。
「火の用心~!!」
「えぇ……?」
こんな悪魔が大人気になるゲームが、世に存在してるって本当ですか?
「他にも、お悩みはあるかな?」
「さ、最近、幼馴染の愛想が悪――」
パァンッ!!
甲高い音が耳元で鳴って、小窓を貫通して飛んできた張り手が、目にも留まらぬ速さでボクを張り飛ばす。
「殺せ……」
ボクを張り飛ばした修道女は、満面の笑顔でささやいた。
沈黙が流れる。
「他にも、お悩みは――」
「もしかして、コレ、永遠に殴られ続ける仕様じゃありませんか!?」
『半目で舌出しながら、変声で『ファイナル・エンド、だいちゅき♡』って言えば、いいえロック外れるらしいよ』
ボクは、半目になって舌を出しながら声を調節する。
「ファイナル・エンド、だいちゅき♡」
『他にも、お悩みはあるか――』
「テメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!! 絶対に殺すからなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ものの見事に、ファイナル・エンドなら有り得そうな攻略情報に騙される。このクソゲーなら、普通のゲームでは信じられないような攻略法も、本当にそうなってもおかしくはないという“凄み”がある。
ボクは、告解部屋から抜け出そうとするが、鍵がかかっていて出られない。体当たりしてみるもののびくともしなかった。
「他にも、お悩みはあるかな?」
「詰んどるやんけぇえええええええええええええええええええ!! 永遠にシバカれるやんけぇえええええええええええええええええええ!!」
『永遠の暴』
『糞の閉回路』
『いいえから始める暴力生活』
『エレノアちゃんを見る時は、安全な場所で配信者を嘲笑いながら、はなれて見てください』
どうすれば、どうすれば、この暴の連鎖から抜けられる!?
ボクの思考は、目の前に立つ修道女の情報を元に演算を始めて――ついに、答を見つけ出す。
そうだ、最初から答えは出ていた。
あの廊下での花火を思い出せ。この教会が求める真理は、最初から、そこに存在していた。教会とは、人々を正しい道へと導くためにある。
ココに着くまでの間、ボクは、目の前の人を刺すことで“洗脳”されていた。
エレノアが首から下げている逆十字を視て、ボクは確信する。
クソゲーにある教会が、人々に正道を歩ませるわけがない! いいえロックから抜けるための正規ルートはそこにある!
「悩みがありますっ!!
最近、幼馴染の愛想が悪――」
パァ――叩かれた瞬間、ボクは、すぐさま、涙ながらに膝をつく。
両手を組んで、祈りを叫んだ。
「なので、殺しますっ!!」
叫んだ瞬間、光が差し込んで、ボクのことを照らした。
それは、あたたかな光だった。まるで、母に抱かれているかのような。
どこからともなく、らっぱをもった天使たちが現れて、祝福するかのようにボクの周囲を回り始める。天から恩寵が降り注ぐように『アメイジング・グレイス』が流れ始め、白色のきらめきが世界を覆い尽くしていく。
後光を背負ったエレノアは、慈しみに溢れた笑顔をこちらに向けて、あたかも女神のようにボクの頬を撫でた。
「本日のご用件を伺いましょうか?」
「このクソゲーがぁ……!」
謎の感動で涙しながら、ボクは、ようやく転職へと行き着いた。