親の顔より視たクソゲ
「わざとだね?」
「…………」
「わざとだねぇ!!」
配信を止めた後――ボクが詰め寄ると、豚浪士ちゃんは、そっぽを向いて口笛を吹いた。
「おかしいとは思ってたんだよ! なんだか、煽ってんなぁコイツってさぁ!! 今まで、ボクの存在を把握していても、声はかけてこなかったのに、急に接触してくるのも疑問に思ったし!! 最初から、このコラボ配信でボクを怒らせて、御心・ファッキン・妖華と敵対させるつもりだったんでしょ!!」
「さすがは、主殿」
苦笑して、彼女は、両手を広げる。
「その慧眼の通り、先程のコラボ配信は、あのファッション・クソゲ女を陥れるための初手。必要な過程ですよ」
「あのね、豚浪士、ボクは彼女と争うつもりなんてない。好きに言わせておけば良いんだよ。いちいち、他人の悪口なんか気にしてたら、9mmパラベラムが何発あっても足らないでしょ?」
「悪口くらいで、他人を撃ち殺すのが前提に立っているのはさておき」
個性豊かな家屋に囲まれた空間の中心で、豚浪士は、意味ありげな笑みを浮かべた。
「あの女は生かしておけません。今は路傍の石でも、いずれは手枷足枷、目の上のたんこぶと成り得ましょう。
現在、叩くべきです」
「アレだけのことやっておきながら、まともな軍師面してんじゃねぇぞ♡」
ボクは、ため息を吐いて、彼女に背を向ける。
「申し訳ないけど、ボクは、そういう争い事は苦手なんだよ。給食で残ったデザート争奪戦には手出しせず、そっと、下剤を忍ばせるような奥ゆかしさなんだ」
「単純に、闘争心よりも殺意が上回っただけの話では?」
「ごめんね、ボクはパス♡ やりたければ、勝手にひとりでやってね~♡」
後ろ手を振りながら歩き出すと、彼女は、ニヤリとほくそ笑む。
「貴女は、クソゲーから産まれた女性だ……言うなれば、クソサーの姫……呼吸するようにして、クソゲーをプレイし続ける人間……世間一般の神ゲーを物足りないと評して、クソゲーをクソクソ言いながら遊び続ける狂兵……宿命からは逃げられない……いずれ、貴女は、必ず産みの親に戻ってくる……」
「言っていいことと悪いことの区別くらいつけようか? 誹謗中傷で訴えて、校内放送で『ソーニャ・スカトレフは、ファイナル・エンドをプレイしてます』って垂れ流すよ? 友人という友人が、根こそぎ、目の前からかき消えるからな?」
愉しげに、豚浪士は笑い続ける。
「主殿、入れ替わりの激しかったファイナル・エンド公式Vtuberは、ココ数年間、一度も代替えが起きていないのですよ。
その意味は、おわかりなのでは?」
その不気味さに身震いしたボクは、早足でその場から退散した。
「おかしくない?」
豚浪士と別れて、自分の能力値を視たボクは、思わず声を上げていた。
【レベル5】
プレイヤー名:ミナト
レベル:5
職業:素人
所持金:800ルクス
HP(体力):1
MP(魔力):8
STR(筋力):6
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):20
スキル
☆なにが出るかな?
ジャストガード
装備
左:なし
右:木製の短剣
胴:革のシャツ
腕:革の腕甲
足:革のズボン
アクセサリー:なし
ヤドカリをぶち殺して得た経験値によって、レベル1からレベル5に上がっているのはめでたい。確かに、おめでたい。こんなクソゲーで、レベル5まで成長しているボクは、現実世界でならレベル9999999くらいはある。
だが――
「なんで、HPが1のままなの……?」
ボクのHPは、1のままだった。
「どうして、賢さが0のままなの……?」
相変わらず、チンパンジー扱いだった。
「上がってるの運だけじゃねぇかっ!! どこをどうレベルアップしたら、運しか上がらねぇんだよっ!! クソゲーをプレイすればするほど上がるのは不運だろうがっ!! 常識を知れや、このクソゲーがっ!!」
さすがに、おかしいと感じたボクは、能力値を注意深く観察してみる。
そして、スキル欄に原因を見つけた。
【☆なにがでるかな?】
レベルアップ時に得た能力値ポイントを、能力値に自動的に振り分ける。
(大人の人と一緒に読んでね)
「…………」
ボクは、震える手を押さえつけながら深呼――
「死ねやこのクソゲーがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 初期職に、クソみてぇなスキルこびりつけて、満足しきってんじゃえぇぞカスボケがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
我慢できずに、雄叫びを上げながら、壁に拳を叩きつける。
周囲にいた人たちが、びくりと反応を示して、ひそひそ話をしながら立ち去っていった。
――大人の人と一緒に読んでね
ボクは、ココまで、ふざけた注意書きを視たことがない。
――大人の人と一緒に読んでね
この一文だけで、圧倒的なクソ力を感じられる。
果てのない憤怒を超えた先にあるのは、絶望に等しい脱力感だった。敵わない。ボクは、今、この注意書きを載せようと思った開発者に対し、雲上の神の如き畏怖と恐れを感じている。
はじめてだよ。
ボクは、今、はじめて神を信じて――殺そうとしている。
脳の血管がブチ切れそうになる感覚を覚えるのは、初めてこのクソゲーにログインしてから何度目のことなのだろうか? そろそろ、死亡保険が必要になってきた。
――大人の人と一緒に読んでね
この注意書きからして、能力値のランダム振り分けは、MMORPGに不慣れな子供に対しての配慮らしい。全世界の子供たちの脳を破壊することが、このクソゲーの本懐であると聞かされても納得する。
たぶん、クリスマスに親がファイナル・エンドを買ってきたことで、発生している不慮の事故が全世界に存在している筈だ。間違いない。このゲームは、殺人に用いられている。少なくとも、人間の心は殺した。
「…………」
言葉が、出てこない。
時間を返せ。森を燃やして、ヤドカリを虐殺した楽しい一時を返せ。頭の中で、諸葛亮孔明が『罠です(笑)』とか笑っとるわ。
思わず、ボクは、その場に座り込む。
「あの~!」
呆然と座り込んでいると、急に声をかけられた。
顔を上げると、見覚えのある姿。
「あ、やっぱり!」
特徴的なピンク色の髪とツインテール――
「ミナトちゃんじゃん! やっほ~!」
チャンネル登録者数120万人、ファイナル・エンド公式Vtuber……御心・ファッキン・妖華がボクの前に立っていた。