コラボ開始――終了――戦争開始
「ソー……いや、豚浪士」
「なにかな、我が主」
地獄へと舞い戻ったボクたちは、都市国家の片隅で、配信開始前の打ち合わせを行っていた。
「ボクにとって、この煉獄放送はとても重要なんだ。誰だって、人間としての精神性を保っておきたいよね。普通の人間は、132時間かけてチュートリアルをクリアしないし、経験者を皆殺しにしたりもしないし、かわいいヤドカリの住む森を焼き払ったりしない。
ボクは、正しくありたいんだ。だから、なるべく早く人気を獲得して、このクソゲーをやめたいんだよ。本当は、人なんて殺したくないんだ」
「ご安心くだされ、美しき姫よ」
豚浪士ちゃんは、ボクにウィンクを返す。
「すべて心得ている。忠実なる騎士に、すべてお任せあれ」
その魔界に頭の先まで浸ってるような、役割演技に恐怖を感じてるって言ってんだよ♡
「じゃあ、配信を始めるけど……絶対に、余計なことは言わないでね?」
任せろと言わんばかりに、豚浪士は深く頷いた。
「私が、貴女の盾となろう」
なんだかんだ言っても、中身は小学生の女の子だ。
ある程度のミスはあるだろうが、今回限りの仲だし、多少のことは大目に見よう。ちょっと、おかしな子ではあるけれど、礼儀正しいし、放送事故レベルのことは起きない筈だ。
ボクは、一呼吸置いてから、放送を開始する。
「こんにちは~♡ みんな、ミナトだよぉ~♡
本日も、楽しく、ファイナル・エンドをプレ――」
「ミナトちゃんの放送で、気安くコメント投げてんじゃねぇぞこのゲロ豚どもがぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!
お前ら、ゴミリスナーどもは、黙って私の命令に従――」
「クソはテメェだ、このクソガキがァ!!」
ボクが拳を叩き込むと、『NO DAMAGE!!』という表示と共に、豚浪士が吹き飛んでいって地面をバウンドする。
笑顔でカメラに向き直ると、コメント欄は騒然としていた。
『開始3秒で地獄』
『放送事故RTA』
『コラボ内暴力』
『クソゲーの日常』
『女性同士のコラボということで、百合を期待してきたんですが……』
『ファイナル・エンドに、百合が咲くわけないだろ』
既に立ち上がっていた豚浪士は、困惑気味に口を開いた。
「な、なぜ、急に暴力を……? こ、こわい……」
「こわいのはテメェだよ♡ テメェ♡ 人の配信をぶち壊しに、魔界から遣わされたのか?♡ どこの悪魔から命令された?♡ 言え♡ 本当は、ボクの配信を破壊しに来たんだろ?♡」
現実で電話がかかってきて、一度、ボクはログアウトする。
拡張現実鏡に映っている名前は、『ソーニャ・ストレルカ』。凄まじい吐き気をもよおしながらも着信に応えた。
「も、もしもし?」
「違うんですっ!!」
甘くて可愛らしい声が、耳に飛び込んでくる。
「わ、私、こんなことしたくなくて……ご、ごめんなさぃ……ファイナル・エンドがクソゲーだから……クソゲーだから、こんなことに……」
この無理矢理すぎる責任転嫁を、当然のように受け入れつつある自分が怖い。
「わ、わかってるよ。ソーニャちゃんは、いい子だもんね。そんな可愛い声で、ゲロ豚なんて言わないよね。ボクの配信の邪魔をしたりもしないよね」
「も、もちろんです! 信じてください! 本来のミナトちゃんが、かわいいヤドカリの住む森を焼き払ったりしないように! ほ、本当の私も、あんなことを言ったりなんてしないんですっ!」
この子、頭良いな。反論、封じられちゃったよ。
ボクは、電話を切って、再度、ファイナル・エンドへとログインする。
「み、みんな、ごめんね~! 豚浪士ちゃん、今日は、ちょっと具合が悪いみたいで~!
あ、改めまして、本日のコラボ相手の豚浪士ちゃんです」
「ご紹介に預かった、豚浪士である」
彼女は、金色の髪の毛を掻き上げて不敵に笑う。
「今日は、我が主の魅力を皆に伝えるために全力を尽くそう。よろしく頼むよ」
「は、は~い♡ よろしくね~♡」
豚浪士は、なにか言いたそうに身体を動かしていたが、どうにか我慢したらしく口を噤む。さすがに、反省しているらしい。
「今日は、豚浪士ちゃんが、エフェンシアのおすすめスポットを案内してく――」
『ぶひぃ!! ぶひぃ!!(素振り)』
「人とコラボしている最中に、5万円投げてくるのやめてね~♡」
『ぶひぃ!! ぶひぃ!!(素振り)』
「テメェ♡ ゴラァ♡ ちょっと、カメラ止めろ♡」
ソーニャちゃんから電話がかかってきて、僕は青筋を立てながら応答する。
「煽ってんの……?」
「ち、違うんです!! 昨日、寝てないから!! 昨日、寝てないから指が滑って!! しかも、お昼ごはんも食べ忘れちゃって!!」
「…………」
「信じてください!! 私、今度こそ!! 今度こそ、大丈夫ですから!! とっておきのスポットを紹介しますから!!」
「……信じるからね?」
再度、ボクは、ファイナル・エンドへと舞い戻る。
「は、は~い! ちょっと、今日は回線の調子が悪いね~! みんな、おまたせしちゃってごめんね~!」
「すまないな、君たち」
口端を曲げた豚浪士は、颯爽と歩き始める。
「私の独自の調査で得られたアンケートを元に、エフェンシアでも屈指の人気スポットを紹介しよう」
「うわぁ~! たのしみぃ~!」
はしゃいでいるフリをして、ボクは、豚浪士の後をついていく。傾斜のキツイ坂道を上っていくと、徐々に通りの景色が変わってきて、個性的な作りの建造物が目につき始める。
ある建物には大砲が生えていたり、大量の剣が突き刺さっていたり、二対の蛇が巻き付いた高層ビルのようなモノもあった。オーソドックスな庭付きの家もたくさんあって、ティーテーブルを囲んで、楽しそうに談笑しているグループもいた。
「ココだ」
豚浪士は、立ち止まって、特色あふれる家々で満ちている周囲を指した。
「エフェンシアの住宅領域……一切の争いが禁じられ、世界中に散らばっている家具を集めたり、内装から外壁までリフォームを施したり、仲の良い友人たちとの会話を楽しむ……通称、天国」
「ぉお!!」
夢のような光景を前にして、ボクは思わず歓声を上げる。
なにせ、コレこそが、ボクの望んでいたVRMMO配信だ。平和に楽しく、視聴者たちと笑い合う空間。それこそが、あるべき姿のゲーム配信であり、ボクらが大切にすべき姿だ。
最後の最後、豚浪士……いや、ソーニャちゃんは、ボクに伝えたかったんだ。
ミナトに相応しい配信は、ココで、平和な時を過ごす姿を見せるこ――
「これから、我が主は、この腐敗を叩き壊す!!」
「えっ」
絶叫が響き渡り、ボクは硬直する。
「視ろ、この惰弱な精神性を!! くだらないおためごかしを!! 吐き気をもよおす平和な光景を!!」
握り拳を掲げた豚浪士は、憤怒で顔面を赤く染めながら、荒々しい叫び声を発した。
「こんなモノは、このクソゲーに!! いや、我らがミナトに相応しくない!! 運営という名の盾に守られて、楽しくゲームをプレイする人間など、このファイナル・エンドには不要だ!!」
「と、豚浪士ちゃ~ん?
急になにを言っ――」
「先日、ファイナル・エンド公式Vtuberである御心・ファッキン・妖華は、配信中に我らがミナトを小馬鹿にするような発言をし『あんなバカみたいなことしてないで、ハウジングでも普通に楽しめば良いのに』と言った!!
その時、私は、天に誓ったのだ」
爽やかな笑顔で、彼女は優しくささやき――
「コイツ、○す……」
叫ぶ。
「安心しろ、同士たちよ!! 我らがミナトを愛する者たちよ!! ココは、これから地獄に変わる!! エフェンシア屈指の人気スポットへと変じる!! そう、クソゲーに相応しき燃え盛る煉獄へと生まれ変わるのだ!!」
引き寄せられたボクは、カメラの中央に据えられる。
「奴は、地獄に堕ちる!! そう、このミナトの手で!!」
その演説に感化されたかのように、赤色のコメントが、ボクらの周囲を回り始める。
『燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!!』
『火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』
「火を!! この炎を!! 胸に宿る熱を絶やすな!!」
豚浪士は、両手を広げて、涙ながらに咆哮した。
「燃やせぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
尋常ではない量のコメントが、視界を覆い尽くして――
『え~? やだ、この人たち、こわい~(笑)』
ファイナル・エンド公式Vtuber、御心・ファッキン・妖華が、ボクの配信にコメントをしたことによって――戦争が始まった。