都市国家 エフェンシア
都市国家 エフェンシア――ファイナル・エンド世界で、最も巨大な都市領域である。
ファイナル・エンドは、蜂の巣状に領域が分けられている。
都市領域は、プレイヤー同士の交流や買い物、装備の整備やハウジングといった諸々の要素を楽しむための領域だ。敵の立ち入りは禁じられており、発生することもない。
上空から俯瞰すれば、六角形を模している都市国家は、周囲を防壁で取り囲んでいる。六個の門が存在していて、プレイヤーは、そのいずれかの門から内部に入ることが出来る。
「いやいやいや……」
領域地図を確認してみると――
「広すぎでしょ!! こんなクソゲーなのに、アクティブユーザー数が多いのは、コレが理由かっ!!」
エフェンシアの内部は、内壁で六つの領域に分割されており、そのそれぞれが異様な広さと特色をもっていた。
「ひ、人も多すぎる……しかも、全ての人の顔が安らかだ……なぜ、地獄でこんな顔ができるの……」
第壱門(たのしい森方面から入れる)から入って直ぐに、時計塔が聳えている中央広場に出る。
中央広場には、色とりどりの石畳が敷かれていて、煉瓦造りの建物が並び、水霊を象った像が置かれた噴水があった。
設置されているベンチに座り込み、多種多様な格好をしたプレイヤーたちが、楽しげに談笑をしていた。制服を纏ったプレイヤーが、謎の空中戦を行っていて、青色の飛行機雲を残して消えていく。
「え、あれ、ミナトちゃん!? ミナトちゃんじゃない!?」
「うそー!! え、ホント!? 本物!?」
街を行き交う人々に圧倒されていると、ボクのことを指して、黄色い声を上げる女性プレイヤーたちに取り囲まれる。
「え、すごーい、頭おかしいー!!」
「脳みそ、ちっちゃーい!!」
「正気とは思えなーい!!」
褒めてるようで、褒めてないよねコレ?
頭を撫でられたり、頬をもてあそばれたり、抱き締められたりと、ぬいぐるみ扱いされていたボクは急に手を引かれる。
「主殿、こちらへっ!!」
凄まじい力――上へと、引っ張り込まれる。
急に誘われたボクは、事態を把握できないまま、時計塔の頂上へと引っ張り上げられる。
建物の壁を蹴り上げながら、ボクごと一気に上り詰めた人の正体は――愛らしい女の子だった。
腰元まで、伸びている金色の髪の毛。
紅玉のように艶めく瞳は、ボクのことを捉えたまま離さない。うっすらと笑みを浮かべる口元には、可愛らしい牙が生え出ている。全身を覆っている黒色の衣の背には、巨大な魔法陣が描かれていた。
「ご機嫌麗しゅう、姫。不躾ながら、貴女様をお助けに参りました」
慇懃に膝をついた彼女は、丁重に頭を下げる。
「……いや、誰?」
謎の少女は、笑う。
「豚浪士で――」
ボクは、木剣を引き抜いた。
「近寄るな……♡」
「いやいやいや! 主殿、どうかお待ちを! 私は、ただ、この儚き想いをもって、貴女を助けに来ただけで! もちろん! もちろん、この想いは不要と言うのであれば、今直ぐにでも立ち去ります!!」
豚浪士……ボクの配信の常連で『ぶひぃ!! ぶひぃ!!(素振り)』というコメントと共に、金を投げては消える魔人だ。
正直言って、人の配信に素振りに来ているような魔人とは、関わり合いをもちたくない。
「憶えてはおりませんか……初心者戦争で、共に戦った時のことを」
「あっ」
ボクは、思い出す。
手頃なところにいたプレイヤーを盾にして、経験者どもの猛攻を防いだことを……その時に、嬉々として、ボクの盾になっていたプレイヤーがいた。
「そうです! 貴女に殺された盾です!!」
「日本昔話風に言うな♡」
「姫、いや、主殿、このエフェンシアは、なかなかに広大な領域。ひとりで要点を捉えて、回り切るのはほぼ不可能。
ココは、どうか、私をお使いください」
ボクが考え込んでいると、コメントが目の前に表示される。
『お前が殺した盾なんだから責任とれよ』
この放送を途中から視始めた人は、なに言ってるのかわかんないだろコレ。
「いやいや♡ みんな、よく考えてよぉ♡ みんなのアイドル、ミナトちゃんが、こんな豚野郎と行動していいの♡ 間違いなく、現実での容姿は、金髪美少女じゃなくて薄汚いおっさんだぞ♡」
『そっちのほうが良い』
『たすかる』
『JPGでください』
『現実コラボ、待ってます!!』
「死ね……(心からの願い)」
なぜ、視聴者は、ボクの破滅を心から願っているのだろうか。コイツら、味方のフリした敵だろ。
「どうやら、話は決まったようで」
「決まっとらんわ!! こんな、畜生共の指示を聞いて、お前なんかとコラボできるか!!
豚骨の匂いがするんだよ、お前はよォ!!」
「い、いや、豚骨の匂いどころか、花の香りがすると評判で……そこまで、不安なら、一度、現実でお目に……」
「かかりません♡」
ボクは、ログアウトした。
着替えてから、蒼色のウィッグをかぶり、街にまで足を運んだ。
結局のところ、現実に逃げれば、どんな魔人でも手出しはできないのだ。まさか、現実に現実逃避することになるとは、さすがの僕でも思いもしなかった。
「豚浪士が消えてから、配信再開するかぁ……」
ため息を吐いて、街を歩いていると――服の裾を引っ張られる。
振り向くと、美少女が立っていた。
有名なお嬢様学校の制服(初等科)に身を包んだ少女は、茶色のベレー帽をかぶっており、ヴァイオリンのケースを抱えていた。
腰元まで、するりと落ちている金髪……長いまつ毛まで金色で、二文字で形容するのであれば『天使』という語句が浮かぶ。小柄な体躯と美しさが相乗を生み、繊細な小動物のような印象を受けた。
「…………」
指先で、僕の服裾をつまんだ彼女は、顔を伏せたまま微動だにしない。
「えっと、あの……どうしたの? 迷子かな?」
髪の隙間から、真っ赤に染まった顔が視えた。
「……です」
「え?」
「わ、私」
彼女は、真っ赤な顔で、うつむいたままささやいた。
「豚浪士……です……」
僕は、ぱちぱちとまばたきをしてから、天を仰いだ。
深呼吸。
そして、叫ぶ。
「はぁん!?」
びくりと身じろぎをして、彼女は、恥ずかしそうに唇を噛んだ。