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どうか、奇跡を

「終わりだよ」


 全身を支配する激痛。


 ボクは、現在いま、生きているのだろうか。


 徹底的に、一方的に、破壊的に、甚振いたぶられたボクの身体は、己の血液で赤黒く染まっていた。


 自分の呼吸音だけが、耳元に響いてくる。


 左の目が――塞がりそうだ。


 視界が、ぼやける。

 足元が、ふらつく。

 世界が、ゆらいで。


 現在いまにも、倒れてしまいそうだ。いや、倒れてしまえば、楽になれる。


 自分が。


 自分が、誰のために戦っているのか、己の芯とも言える箇所が、ゆらぎなら崩れ落ちそうな感覚がした。


「わたしたちは、繋がり合えない」


 霞む視界に、レア・クロフォードが映る。


「最初から。最初から、そうだったんだ。わたしたちが、交わる道なんてなかった。交差点は存在しない。ったのは、終着点ファイナル・エンドだ。わたしと君の帰着は、はなから、こうなると知っていた」


 キャンパスの葬列。


 どこからか、物哀しいメロディーが流れてくる。


 ヨハネス・ブラームス、『眠りの精』……かつて、過去の領域エリアで、シャルの死後にレアが流していた曲。


 きっと、この曲は、レアが妹に向けた葬送曲レクイエムだ。


「ココは、開発室なんだ」


 ボクの眼前。


 木製の椅子に腰掛けた彼女は、銀の月が浮かぶ丘を見つめる。


「昔のゲームには、よくあった。ゲーム開発者が居る開発室。大体は、クリア後のお楽しみだったり、ちょっとした隠し要素のひとつだった。本来であれば、ココに辿り着いたプレイヤーはちょっとしたご褒美がもらえる。

 ファイナル・エンドをクリアしたプレイヤーは、ココに招待されて、シャルから祝福を授けられる筈だった」


 レアは、苦笑する。


「でも、そうはならなかった。そうはならなかったから、ココは、ただの終着点ファイナル・エンドだ。君とわたしの辿り着いた答えだ。気だるい午後の時間は終わった。いずれ、日は暮れて夜は明ける。

 わたしたちは、答え合わせをしないといけない」


 レアが、立ち上がる。


「終わらせよう、君の物語ストーリーを」


 身体が、動かない。

 指一本、動かせない。


 額から流れる冷や汗だけが、唯一、ボクの肌の上で動き続けていた。無力感をなぞるかのように、その汗は、首元まで流れ落ちて胸元に消える。


 レアの、指が迫る。


 直感的に、理解する――この指に触れられれば、ボクは終わる。


 動かなければならない。


 ボクが。


 ――わたし、ミナトくんには、笑顔でいて欲しい


 ボクが、現在いま、動かなければ。


 ――楽しかったよ、すごく。わたし、幸せだった


 あの子は、どうなる。


 ――これからも、妹と仲良くしてやってくれ


 レアは、どうなる。


 ――この世界を見つめてやりなさい


 婆さんの意思は。


 ――自分の笑顔のために生きなさい


 母さんの願いは。


 ――連れて行って……絵本の外側へ……あなたの現実に……


 先輩の夢は。


 ――絶対に、わたしが、湊くんを笑顔にしますから


 シャルの誓いは――どうなるっ!?


「…………ぉ」


 動け。


「ぉ……ぉあ……あが……あ……ぁあ……」


 動け。


 動け、動け、動け!!


「ぁあ……ぁお……ぁおが……あがぁ……!!」


 ぎちぎちと。


 音を立てて、口だけが緩やかに動いた。固定された肉体を、無理矢理に動かしたせいか、末端が破れて大量に血が滴り落ちる。


 だが、それだけだった。


「おが……おがぁ……ぁああ……!!」


 ボクは、無力で……涙が、零れ落ちる。


「がぁ……ぁあ……ぁがっ……ぁあ……!!」


 動いて、くれよ。


 ――わたしが、湊くんを幸せにしますから


 なんで、動いて、くれないんだよ。


 ――もっと、ちゃんとしたお母さんのところに生まれたかったよね


 一度くらい。たったの一度くらい。


 ――湊くんっ!


 救わせて……くれよ。


「がぁあああああああああああああああああ……ぁああああああああああああああああああああああああああ……!!」


 左の目玉から、赤色の液体が零れ落ちる。


 肩から左腕がもげ落ちて、両腿が裂けて、叫び声だけが天に響いた。


 そんなボクを視て、レアは哀しそうに微笑む。


「終わりだ、ミナト」


 ボクの、額に、レアの、指が、そっと、添えられる。


 ――デジタルゲームフェスタが終わったら、ミナトくんに言いたいことあるからー!!


 最期が迫って。


 あの時、シャルは、なにを言おうとしていたんだろうかと……ふと、思った。


 ボクは、終わりを迎えるために、目を閉じようとし――絵が、視えた。


 驚愕で、呼吸が止まる。


 白色のキャンパス。


 丘の上に立った一枚のキャンパスに、見覚えのある絵が浮かんでくる。


 それは、笑顔だった。


 へにゃへにゃの線で描かれた、お世辞にも上手いとは言い難い笑顔の絵。


 でも、それは、世界にたったひとつしかない絵で。


 ボクが。


 ボクが、世界で一番、大好きな絵だった。


「ぁあ……」


 ボクは、涙を流す。


「ぁあ……ぁああ……ぁあああ……!」


 そこには、ボクの生きてきた意味があった。


 はっきりと、目に映る満面の笑み。


 その絵の正体は、わかっている。


 何度も。何度も。何度も。


 嬉しくて、見直して、その繋がりに感謝した。


 その絵は。


「ぁあああああああああああああああああああ……!!」


 かつて、AYAKAと言うハンドルネームの女の子が、一生懸命に描いてくれた――ボクの笑顔だった。


「……なにが」


 レアが、振り向く。


 と同時に、様相が変わった。


 キャンパスが、染まっていく。


 丘の上に並んだ白色のキャンパスが、波を描くかのように、端から端へと色づいていった。色鮮やかに多色で描かれたイラストは、ひとりのアーティストによるもので、ファイナル・エンドの世界観を示していた。


 十三連撃のゴブリン、敏捷(AGI)がカンストしているヤドカリ、ビギ狩りの様子、都市国家エフェンシア温泉黄金郷エルドラド・スプリング、破邪六相に立ち向かう大勢のプレイヤーたち……開発室に飾られる予定だった、コンセプトアートは、終着点(ファイナル・エンド)を彩っていく。


 まるで、コレで、終わりではないと言うかのように。


 花が、咲く。


 赤、青、黄、緑、橙、紫……緑色の丘を花弁が彩り、花びらが舞い踊る。


 ゲームクリアを歓迎するかのように、芳醇な香りが領域エリアを満たして、どこかで祝砲が上がった。


「お姉ちゃん」


 シャルが、ボクの肩に触れる。


 瞬間、身体が動くようになって、目を見開いたレアが振り返る。


「なぜ」


 彼女は、ささやいた。


「なぜ……管理権限が……シャル、お前、ひとりでは……」

「うん、無理だった。だから、皆の力を借りたの」

「みんな?」


 レアの問いに、答えるかのように。


 ぞくぞくと。


 プレイヤーたちが、終着点ファイナル・エンドへと転送ワープしてくる。


 ひとり、またひとり。


 続々と、プレイヤーたちは集まって、ボクへと笑顔を投げかける。


「ミナトちゃん」


 振り向く。


 ソーニャちゃんが、そっと、ボクの背に触れた。


「やっと……やっと、現在いまなら、ちゃんと言える……」


 呆然とするボクに、彼女は、泣きながらささやいた。


「私がいるよ」


 ――ボクがいる


 かつて。


 かつて、あの薄暗い部屋の中で、投げかけた言葉が――現在いまになって戻ってくる。


「う……」


 その奇跡に。


「う……うぅ……うぁ……」


 ボクは、涙を流す。


「他のプレイヤーの脳に、演算を肩代わりさせたのか……だが、な、なぜ……なぜ、ココに来られる……どうして、シャルに力を貸した……み、ミナトに……どうして、全員が、ミナトの側につく……」

「GMコールだよ」


 シャルは、ソーニャちゃんに微笑みかける。


「お姉ちゃん、わたしだって開発者のひとりだよ。開発室への抜け道(バックドア)くらい、ひとつやふたつは用意してある。前に、AYAKAちゃんが、ミナトちゃんをココに飛ばしたのもGMコールを用いたから。

 ソーニャちゃんたちは、全員、GMコールで、わたしのことを呼んでくれたの」

「あ、ありえない……そ、その子は、誰だ……わ、わたしの計画には存在しない……なぜ……なぜ、わたしの側につかない……どうして……」


 安堵からか。


 ボクの身体が、ふらついて――そっと、シャルが、支えてくれる。


 そのシャルを、ソーニャちゃんが支える。


 ソーニャちゃんを団長が、団長を誰かが、その誰かをまたどこかの誰かが。


 現実世界の顔も知らない他人同士が、ひとつになって繋がり合って、誰かが誰かの背を支え合っていた。


 ボクを先頭にして。


 全員の手が、背を通じて繋がれる。


「ミナトくん」


 シャルは、微笑んで、ボクの手に腕時計を握らせる。


「このゲーム、クリアしてくれる?」


 レアの腕から、外された腕時計が、ボクの手の上に捨てられる。


 あの日。


 あの雨の日、泥に沈んだ腕時計を取れなかったボクは……そっと、ソレを拾い上げる。


「ミナトくん、勝って」


 涙を交えて、彼女は、ボクにささやいた。


「わたしたちを……お姉ちゃんを……」


 目と目が合う。


「たすけて……」


 願いが。


 願いが、手を通じて伝わる。


 ボクは、顔を上げる。


「どうして……どうしてだ……なぜ……なぜなぜなぜ……」

理解わからないか」


 丘の上。


 頭を抱えたレアは、大切な腕時計を握るボクをめつける。


「コレが、お前が否定した繋がりだ……たったひとり……たったひとりで、生きられる人間はいない……お前の言う通り、いずれ、人間ひとは現実を捨てるだろうよ……この理想の世界の方が、あまりにも、人間にとって都合が良すぎる……現実なんて、所詮、虚構の劣化品だ……だけどな……」


 ボクは、腕時計を握り締める。


「その世界で生きてきた人間をッ!! 繋がりをッ!! この奇跡をッ!! 否定する権利は、テメーにねーんだよ!! 大切な人たちと繋がって、現在いままで生きてきたテメーがッ!! 家族を愛したテメーがッ!! シャルのために戦ってるテメーがッ!! 肯定して良い世界じゃねーんだよッ!!」


 支えられながら、ボクは、ゆっくりと右腕を上げる。


「このゲームを創っても、わからなかったか!? シャルの願いが!? シャルの願っていた奇跡が!? この景色を視ても!? まだ、わからねーのか!? キャンパスを彩ってるのはなんだ!? 祝砲の音は聞こえないか!? 目の前の、ボクたちの姿が、テメーには視えねぇのか!?」

「黙れ」

「最後には、愛と正義が勝つんだよ!!」

「黙れ」

「奇跡は、起こるんだ!!」

「黙……れ……」

「美しくて綺麗なエンディングを!!」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ……」

「眼の前で」

「黙れ黙れ黙れ」

「見せてやるよッ!!」

「黙れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 思い切り。


 助走をつけて、ボクは、願いを振りかぶる。


 止まった時が、また、動き出しますようにと。


 願いをめて――


「テメーがッ!! テメーが、この願いを否定しようっていうなら!! この一撃を!! この一投を!! この人生ものがたりを!!」


 投じる。


「受け止めてみせろ、レア・クロフォードォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ミナトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ドッ!!!!


 凄まじい勢いで、射出された腕時計が、一本の閃光へと変じる。


 空を駆け抜けた光は、猛烈に、花々を舞い上げながら突き進む。その一閃は、青白い光線となってレアへと到達する。


「敗けて……敗けて、たまるかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 両手で受け止めたレアは、赤と青の火花の奔流ほんりゅうに包まれる。


 徐々に、徐々に。


 彼女は、後ろへと押されていって、両足の痕が地面に残る。激痛からか、彼女の喉から悲鳴がほとばしり、青色の空に橙色の炎が打ち上がる。周囲の景色が、ぐにゃぐにゃと歪みながら、白色のキャンパスに映る世界が薄れる。


 焦げ付く臭い。


 指先から、真っ黒に焦げ付いていく彼女は、表情を絶望へと変じていく。


「いやだ……わたしは……わたしは……」


 音もなく。


「シャルを……すくうんだ……」


 レアの胸を、一筋の光が貫いて――世界が、弾け飛んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャッチボール始めたので平和な世界ですね! ヨシ! [一言] 真面目な感想を作って疲れたので、次は是非ギャグパワーをください… 真のクソゲー、作れますよね?
[一言] 最新話まで読んでから、改めてあらすじを見返しました。 あらすじの殆どがギャグについて語ってるのに、最後の一行だけでシリアス展開を語ってたんですね……。 そんなの気付くわけないだろ!!!という…
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