氷漬けの救済者
伏せる。
瞬間、横にいたプレイヤーの頭が吹き飛ばされる。
聖罰騎士団、団長である彼女は、消えずに残っていたその胴体を盾にした。間髪入れず、その胴体に大量の触手が突き刺さり、飛んできた天使Bにナイフを投擲する。
複眼の中心に突き刺さり、悲鳴と共に天使は絶命した。
「なるほど」
隈が色濃く出た目元を擦りながら、彼女はつぶやいた。
「悪手か」
圧倒的な多対少、押し潰されるようにして、プレイヤーたちは死んでいった。
あまりにも、天使の数が多すぎる。
聖罰騎士団を先頭にして、戦力を一点に集中させ、城街領域を抜ける。単純明快ながらも、数で劣るプレイヤー側にとって、唯一、有効であると言い切れる決死の脱出策。
だが、その策は、当然のように読まれていた。
聖罰騎士団は、プレイヤー・キルを目的とするPKギルドだ。
PK……プレイヤー・キルは、大半のプレイヤーに嫌われる。
ファイナル・エンド上でも、例外ではなく、聖罰騎士団は蛇蝎の如く嫌われ襲われていた。そのため、彼女らは、面倒事を避けるために、城街領域からの脱出ルートを講じていた。
その幾つかの中から、最も、脱出成功率が高いであろう箇所を選んだが……それは、つまり、城街領域の脆い部分、弱点とも言い換えられる箇所だ。そのため、対策は立てやすい。中でも、このゲームの開発者であれば。
「アラン・スミシー」
団長は、赤色の汗を指ですくって苦笑する。
「神気取りで……全プレイヤーを灰燼に帰するつもりか」
「団長!!」
林檎を喰らう蛇の紋章、団員のひとりが、真っ赤に染まった銀鎧を見せつけながら駆け寄ってくる。
「囲まれています!! もう、抜けるのは無理だ!!」
「だろうな」
「他に策はな――」
青白い触手が、彼の胸から生えでた。
大量の血飛沫を散らしながら、銀鎧は膝をつき、貫通した触手が肩に突き刺さる。普通ならば、痛みで怯む状況下、彼女は団員を盾にして、思い切り前進をかける。
ひゅん、ひゅん、ひゅん!!
風切り音を聴きながら、頬に鋭い痛み。滴る血には意識を割かず、接敵した彼女は、天使Cの上半分を切り飛ばした。
赤色に染まった長剣。
前腕の関節で、剣腹を挟み込み、血を拭った彼女は背後を振り返る。
「治癒師は健在か?」
その問いに、誰も答えることはなかった。
大量に積み重なった、プレイヤーの死体。
だらりと、垂れ下がった物言わぬ死骸の葬列、彼女は鼻を鳴らした。
「お愉しみも終わりか」
どこからか、戦闘音が聞こえてくる。
まだ、どこかで、誰かが生きて戦っていた。で、あれば、彼女が剣を置く理由はない。
残HPを確認してから、残り少ない回復アイテムに目をやる。
ひとつ、深呼吸。
改めて、彼女は、不可視の触手を振り回す天使を見つめる。
「…………」
ふと、彼女は、配信画面に目を下ろした。
まだ、少女は、戦っていた。
ミナト。
血に塗れた彼女は……ジャンヌ・ダルクは、旗を振り続けていた。
「あの旗を煽ったのは私だ」
彼女は、右上段に構える。
「然らば、私の帰着は自ず、明らかになる」
死の間際で――彼女は、嗤った。
「剿滅せよ」
幾千もの敵の群れへと、たったひとり、彼女は踏み込み――爆炎が上がる。
轟音。
顔面に吹き付ける熱波、咄嗟にバックステップ。
布きれで顔を覆った彼女は、片手で下段に構えたまま後退する。
天高く打ち上がった炎柱。
四囲には、火炎の筵が上がり、漆黒の煙が立ち上る。その煙の只中から、金色の光が溢れ出し、ひとりのプレイヤーが歩み寄ってくる。
「よかったぁ」
腰元まで、伸びている金色の髪の毛。
夜を思わせる黒衣、紅玉のような瞳が、髪の隙間から覗いている……団長は、プレイヤーネームを読み取って、ゆっくりと読み上げた。
「ぶた……なみ……さむらい……?」
「トンローシ!! ことごとく、音読みと訓読みを読み違えてますよっ!!」
「卿は……豚か……?」
「どこからどう視ても、人間ですよね!? あの、目!? 目、視えてます!? もしかして、名前しか視えてません!?」
「しかし、卿」
渦巻く炎の只中から、一匹、また一匹と、天使たちが這いずり出てくる。
「最悪の場面での登場を成し遂げたな。
至極、残念ながら、次の再会は天の上でと相成りそうだ」
「いえ」
天使のような豚侍は微笑む。
「大丈夫ですよ」
「ドゥォオオオオオオオオオオオオオリャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
頭から。
天使が真っ二つになって、その間から、プレイヤーが飛び出してくる。
見事なまでのジト目。
緑色の髪の毛をお団子、袖余りのチャイナドレス、スリットからは褐色の肌が覗いている……美しい少女は、ピースサインを突き出した。
「いぇい! タオちゃん、最強、いぇいいぇい! いやー、さすが、タオちゃん、奇跡の復活を成し遂げてからの神プレイ! いつの間にか、ラノベ世界に異世界転生、デスゲームが始まってるってマ!? こう視えても、タオちゃん、徹夜明けから早朝ダッシュを決めて、ご近所さんの庭で嘔吐した優等生! コレは、もう、勝ち確ってヤツですかね、V、V!」
彼女の胸の中心に貼られた御札、そこには『再起動済』と書かれている。
「行きなさい、タオちゃんの下僕たち!! 殺せ、この世の果てまで!! そこに、破壊と暴力を置いてきた!!」
「「「「「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」」」」」
チャイナ少女の後ろから、大量のファイナル・エンド・プレイヤーたちが雪崩込む。そのあまりの数と勢いに、一瞬で、天使たちは呑み込まれていった。
「コレは……一体……」
「うおぉお!! その頭のおかしさ、本物のタオだなぁ!?」
どこからともなく、少年のプレイヤーが、喜び勇んで飛び込んでくる。
「お前、どこにいたんだよぉ!? アレだからな!! お前!! お前の偽物ぉ!! 偽物とか出てきて大変だったんだからなぁ!?」
「…………だれ?」
「あぁ~、本物のクズさ加減~!!」
歓喜に湧くプレイヤーたちを横目に、団長は、豚侍に目をやった。
「豚卿」
「トーキョーみたいなニュアンスで、呼ばないでもらっていいですか……?」
「ご説明頂こうか。この世界の生き残りは、城街領域以外にはいない筈だ。
まさか、全員、新規ログインしてきたとでも言うつもりではあるまい」
「いえ、違います。わたし、直ぐに再ログインしちゃったので、外から人を呼ぶような時間はなかったし……だから、この人たちは、最初からゲーム内に居ました」
「何処に?」
「視えたんです」
団長は、眉根を寄せる。
「たぶん、視せてもらったんです……ミナトちゃんと一緒にいた女の子……ミナトちゃんそっくりなあの子に……現在に至るまでの……ミナトちゃんの配信を視せてもらいました……だから、わかった……」
金髪の少女は、ささやいた。
「氷塊迷路」
ゆっくりと、団長は目を見開いた。
「そうか……その手が……」
「はい。あそこには、大量のプレイヤーが、氷漬けにされてました。8章32節って、ギルドの方々があの迷宮を創り上げた後、氷漬けにされた状態のままで、デスゲームが開始されてログアウト出来なくなったんです」
「先程の爆発……卿は、爆発術士か……あの氷塊を吹き飛ばして、中のプレイヤーを救い出したんだな……?」
「はい、結構、神経使いましたけど」
ニヤリと、少女は笑う。
「以前、大人気Vtuberの家も吹き飛ばしたこともあるので」
苦笑を返すと、急に、彼女は声を張り上げる。
「あの、わたし! ミナトちゃんのところに行かないと!!」
「ミナト卿のところへ……? しかし、どうやって? あの場所が、どこか、我々には見当も――」
「最終領域」
確信をもって、彼女はささやいた。
「現在、ミナトちゃんが居るあそこが、最終領域です。そして、ミナトちゃんは、前にあそこに行ったことがある……ミナトちゃんの配信は、全部、視せてもらったから……わたし、行き方はわかるんです」
「最終領域、そして、そこから至る終着点……か」
団長は、微笑を浮かべる。
「ならば、私も共に行こう」
「ありがとうございます。ミナトちゃんのために、たくさんの人の力が必要になるから。
でも……本当に良いんですか……たぶん、行ったら……」
「戻ってこれないだろうな。
が、しかし、このゲーム世界に沈むと言うのも悪くない」
心から、ファイナル・エンドを愛した彼女は、趣味を始めるまでに経てきた虚無を思い出して首を振る。
「それに」
顔を上げて、彼女は微笑む。
「姫の護衛に騎士は付き物だ」
「……はい」
受け入れて。
彼女たちは、握手を交わした。