押し付け合い
「シャル」
痛みが支配する世界で、ボクはささやく。
「腕と足、再生してくれ」
「ミナトくん……もう……限界だよ……コレ以上は……脳が耐えられない……」
「だったら、脳も再生してくれ」
シャルは、目を見張る。
「ココで、倒れたら」
ボクは、微笑を浮かべる。
「ボクは、ボクでいられない」
ゆっくりと、シャルは目を閉じる。
瞬間、ボクの切断された腕と足に、蒼色のビット粒子がまとわりつく。瞬きをして、刹那、ボクは両手両足を取り戻した。
「文句は言わないよな……もう、ルール無用だろ?」
無感情に、こちらを見つめる両目が、声なき声を上げる。
「なぜ」
霞んだ左の視界。
映った彼女は、ボクの血に塗れてつぶやいた。
「なぜ、理解らない」
哀しそうに。
実に哀しそうに、レア・クロフォードは小首を傾げた。
「この争いは無意味だ。無価値だ。無意義だ。わたしたちには、共通の想いがある筈だ。大切な人を取り戻す……そのために、戦って、生きてきた筈だ。どうして、戦う必要があるんだ。シャルたちを取り戻して、ハッピーエンドじゃないのか」
凝り固まった幻肢痛。
失って、取り戻した痛みが、ボクを揺さぶった。
彼女の。アランの。レアの。
言葉が、胸に刺さって、失った人たちを思い出した。大切な人を回想した。夢のように幸福な結末を思い描いた。
だからこそ。
だからこそ、ボクは、痛みの中で――口を開いた。
「お前、言ったよな」
レアは、ボクを睨めつける。
「現実と虚構の差異は、生きている実感は、痛みだって」
ボクは、彼女を見つめて、自身の胸を握り込む。
「そのとおりだ」
強く。
強く、握り込む。
「ボクは、この痛みを背負って生きていく。母さんが、婆さんが、先輩が、シャルが、繋がっていた証だ。ボクらは、共に生きていた。その実感が、ココにある。
だからこそ……だからこそっ!!」
血が滲むほどに、胸を握り締めて、ボクは叫んだ。
「ボクは、テメーの理想を否定するッ!!」
「だったら」
長剣を構えて、レアは苦笑する。
「君の理想を証明してみせろ」
飛――ぶ。
「シャルッ!!」
飛翔した煌めきに合わせて、ボクは、手の内に出現したナイフを合わせた。
特徴的な破砕音――ジャストガード――幾重にも重ねられた剣戟の嵐に、半身をずらしながら、その全てに刃先を合わせる。青白い光が跳ね跳んで、白刃の欠片が、宙空を舞い散る。
「まさか」
驚愕で、レアは顔を歪める。
「この短時間で、ジャストガードのタイミングを掴んだのか」
「ゲームが得意なのは」
ボクは、乱刃の中を駆け抜けて、刃先を彼女の首筋に滑り込ませる。
「お前だけじゃない」
赤黒い血が吹き出して、レアの顔が苦痛に歪む。
この世界の機構自体を弄っているのか、ペイン・コントロールは、対象を固定出来ないらしい。つまるところ、ボクの攻撃は、彼女を傷つけて痛みを与える。
「はは……」
レアは、首を押さえて、血に塗れた片手を挙げる。
「お前の理想が勝ると言うのか」
真っ赤に染まった手を見下ろし、彼女は、そっとつぶやく。
「わたしの想いが……お前如きの想いに……敗けると言うのか……」
「違うね」
ボクは、否定する。
「ボクと……シャルの想いだ」
「違う」
「お前は、間違えていない。でも、ボクとシャルにとっては間違えている」
「違う」
「お前は」
「違う」
「お前のために戦っているだけだ」
「違うッ!!」
鉄の塊が――振り下ろされる。
無骨な鉄塊。
剣の形をした塊が、ボクへと叩き込まれて、咄嗟にナイフで受ける。
ぎしっと、骨が軋んで、全身が音を立てた。受けきれなかった衝撃が、ボクの中身を傷つけて、口端から血が漏れる。
「わたしはッ!!」
親を見失った迷子のように。
今にも泣きそうな顔で、レアは、叫声を上げる。
「わたしは!! シャルのために!! シャルのために戦っているんだ!! わたしは!! わたしは!! 妹を取り戻すッ!!」
「失ったものが!! 大切なものが!! テメーの心の拠り所がッ!!」
ボクは、大剣を、思い切り押し返す。
「そんなにも簡単に!! 取り戻せてたまるかよっ!!」
よろめいたレアへと、詰め寄って――切り返されて、左腕が消し飛ぶ。
「お前は、シャルを取り戻そうとしてるんじゃない!!」
と、同時に。
再生した腕で、レアの顔面に拳をブチ込んだ。
「失おうとしてるんだッ!!」
「違うッ!!」
後退したレアは、一瞬の突進で加速し、勢いをつけて大剣を投擲してくる。右半身が、吹き飛んで、大量の血潮の中でボクは再生する。
脳の焦げ付く臭い。
鼻と口に噴出した血を吐き散らしながら、ボクはレアへと駆け寄る。
両肩を掴んで、ボクは、彼女の額に己の額を叩きつけた。
「なら、現在は何時だ?」
「なにを」
「現在は何時だッ!? テメーの!! テメーの持ってる時計を視てみろ!! 現在は何時だッ!?」
愕然と。
硬直したレアは、腕に着けている腕時計を見つめる。
レアが、シャルにプレゼントした安物の時計。シャルが、ずっと、大切にしていたモノ。姉妹の繋がりの証。
シャルが死んだ時間を示したまま、動いていない時計を。
「動いてないだろ」
「…………」
「どうして、動かさない」
「…………」
「答えろッ!! どうして、動かさない!? シャルは、現在、こうして生きてるんじゃないのか!? なのに、なぜ、その腕時計を動かさない!? 忠実に再現したお前の過去が、ファイナル・エンド内に取り残されてるのはなぜだ!?」
「ち、ちが……わたしは……」
「唯一!! 唯一、シャルが遺した!! お前との繋がりだからだろ!? ココに居るシャルは、虚構だって認めてるんじゃないのか!? お前は!!
お前は……ボクは……救うフリして……」
ボクは、涙を流して、彼女を見つめる。
「自分が……救われたいだけなんだよ……」
「ち、ちがう……わ、わたしは……お、おまえ……おまえと……」
狂ったように。
小刻みに震えながら、レアは絶叫する。
「お前と一緒にするなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
瞬間。
レアの内部から、大量の長剣が溢れ出し、ボクの全身を刺し貫いた。激痛による悲鳴を上げながら、ボクは後ろに下がって叫ぶ。
「シャル!!」
が、傷は塞がらない。
背後を振り返る。
忽然と、シャルが消え失せていた。
「わたしが……なにもしないまま、お前と遊んでいるだけだとでも思ったか……」
光を失った目で。
レア・クロフォードは、ボクを捉える。
「シャルから、一時的に、ファイナル・エンドの管理権限を奪った……ココから先は、一方的な押し付けだ……」
ボクの、全身が、固定されて動かなくなる。
瞬きすら出来ない。
小さなメスを取り出して、レアは、ゆっくりとボクに近づいてくる。微笑みながら、眼球に、メスの先端をそっと置いた。
「わたしとお前は違う」
じわりと、ボクに痛みが伝わってくる。
「現在から、長い時をかけて、お前にそれを教えてやる」
ボクは、返事も出来ないまま……苦痛が始まった。