最終ラウンド
ゲーム画面が視える。
昔懐かしいレトロゲーム……モニターに映してプレイするタイプのテレビゲームで、ひとりの少年が遊んでいた。
古いアパートだ。
家具なんて、まともにひとつもない。
菓子パンとコンビニ弁当、その残骸が転がっている。VRゲームなんて、買える金がなかったから、ゴミ捨て場から拾ってきたゲーム機で遊んでいた。夢中になって、彼が、ゲームをプレイしているのは逃避なのかもしれない。
「…………」
立ち尽くしているボクは、彼を見つめる。
小さな白亜湊を――見つめる。
「よう」
ボクは、彼に声をかける。
「なに、プレイしてるの?」
「…………」
答えない。
苦笑して、ボクは、彼の隣に腰を下ろした。
「ひとりで、虚しいもんだね」
「…………」
「目の下に、隈、出来てるよ。
母さんの手術の前日か?」
「…………」
「病院の待合室でさ、ワイドショーに出てた教育評論家のおばさんが、ゲームの悪影響について朗々と述べてたよな。
ゲームをプレイし過ぎると、子供の日常生活に影響が出るって」
プレイしているのはRPGだ。
画面の中で、ボクは、勇者だった。
「何事もそうだよ。プレイし過ぎると日常生活に支障が出る。
なんでか、ゲームは槍玉に挙げられるけど……たぶん、周りの人たちから視たら、この小さな画面に夢中になってる姿は気味が悪いんだろうな。閉じた世界だから。現実と向き合わないように視えるのかも」
婆さんと母さんと先輩の名前が付いた仲間は、全員、死亡しており、ボクはみっつの棺桶を引きずって歩いていた。
「でも、ココだけは、ボクの世界だった」
ずるずると。
当て所なく、分身は、どこかへと歩いていた。
「誰だろうな、最初に『逃げるな』なんて言い出したのは……誰も、互いの苦しみなんて、わからないのに……現実逃避を悪だと決めつけたクソ野郎は、どこのどいつなんだろうな……レアの言う通り、きっと永遠に、人間と人間が分かり合うことはない……でも、だからこそ……たまに……」
小さなボクの隣に、小さな女の子が寄り添っていた。
それは、今までのボクには視えなくて。現在になって、視えるようになったものだった。
見覚えのある姿に――ボクは、微笑む。
「分かり合えた気がすると嬉しいんだ」
いつの間にか、パーティーには『アオイ』という名前の女の子が加わっていた。
小さなボクに、寄り添った彼女は、画面を指差して微笑む。俯いていたボクは、彼女の指示に従って、勇者を動かし始めた。
「一生、すれ違い続けるだろうな」
ボクは、ささやく。
「傷つけ合って、誤解して、互いに互いを嫌い合うかもしれない。
でも、それでも」
寄り添ったふたりの姿に、ボクは、涙を流す。
「人間は――繋がり合うんだ」
きっと、分かり合えない。
人間は、永遠に、傷つけ合うだろう。アラン・スミシーの理念に従って、集団を個人に統一し、同一の人間にでもならない限り……人間と人間は、互いに互いを損ない合うだろう。
でも、人間と人間は繋がることが出来る。
MMOだ。
大多数の人間が、同じゲームをプレイして、すれ違い合いながら遊ぶ。
縁は、繋がる。
ボクらは、繋がっている。
悪い意味でも、善い意味でも。
ボクらは、繋がって、未来に進み続ける。
同じ現実をプレイする。
ボクらは、互いの配信画面を視ているような存在なのかもしれない。画面を通して、互いに分かり合っているフリをする。でも、実際には同じ現実を生きていない。人間は、人間を理解出来ない。
その薄い繋がりの中で、誰かと巡り合うのは奇跡のように思える。
葵と。
ソーニャちゃんと。
聖罰騎士団の団長とだって。
薄く引き伸ばされた縁が、絡み合って、同じ現実に生きようとすることは美しいもののように思える。決して、相容れないとわかっているのに。
ボクらは、触れ合おうとして、理解し合おうとして……傷つけ合う。
ヤマアラシのジレンマだ。
それでも、ボクらは、寄り添い合おうとする。
決して、離れようとはしない。
婆さんが。
母さんが。
シャルが。
先輩が。
伝えようとしていたのは――なんだ。
現在なら。
現在なら、わかる気がするんだ。
現在なら、わかった気になれるんだよ。
「ボクは……」
手を繋いでいる。
小さな男の子と女の子が、手を繋いでいる。
その光景の美しさに、声が詰まる。二度と、手に入らないと思っていたものが、眼の前で結実している。その繋がりに、嗚咽が漏れる。
「ボクは……ボクは……」
涙で霞む視界に、ボクはささやく。
「現実に生きる……婆さんと……母さんと……シャルと……繋がっていた世界に生きる……だって、その世界を否定すれば……ボクは、母さんたちを否定することになる……あの残酷な世界で生きていたから……生きていたからこそ……ボクは、母さんと出逢えたんだ……あの日々があるんだ……繋がっていたから……ボクは、シャルに出逢えた……」
男の子と女の子が。
現実性と繋がりが。
ミナトとアオイが。
こちらを振り向いた。
手を繋いで、彼らは――笑った。
だから、ボクも、涙を流しながら笑う。
「生きるよ」
目の前が、光に包まれる。
「ボクは」
繋がれた手だけが視えて。
「現実に――生きる」
目を、開ける。
眼前。
「なぜ……意識を……」
愕然と、レアが、立ち尽くしていた。
「誰かのログインの痕跡……ログイン時の空いた穴を使って……ミナトになにか見せたのか……誰が……」
彼女は、歯を食いしばる。
「シャルか……!」
血で塗れたボクは、受け止めた刃を握り締めて、彼女に微笑みかける。
そして、拳で――彼女を殴りつける。
「さぁ」
勢いよく吹き飛んだ彼女の前で、ボクは、ふらつきながら笑った。
「最終ラウンドだ」