ファイナル・ファンタジー
配信が流れている。
ひとりの少女が、もうひとりの少女に痛めつけられていた。
垂れ流しの配信内容は、赤色に染まっている。その無残さに、目を逸らす者もいれば、テレビ番組のように楽しむ者、小馬鹿にして嘲笑している者もいた。
「……バカだ」
唯一、残っている都市領域……城街領域で、己の家に引き篭もっているプレイヤーはささやいた。
「酷いなぁ」
「ミナトって、公式Vtuberだろ? なんで、運営と喧嘩してんの? 仲間割れ?」
「知らねーよ。ただ、ひとつわかるのは関わらない方が良いってことだけだな」
悠々自適に、城街領域を回遊していた二人組は、配信画面を前に会話を弾ませていた。
「めちゃくちゃ痛そう」
「なんで、こんなことしてんの、こわいんだけど」
「喧嘩じゃないの?」
「喧嘩ってか、殺し合いじゃん。こわ」
城街領域、遺城、転職教会内で、スープを飲んでいた彼女らは画面を眺める。
方方で。
ミナトの配信画面が、映されている。
遺城の全面には、誰が投影したのか、ミナトの苦悶がクローズアップされていた。
天使を警戒して立てられた見張り番たちは、城へと続く跳ね橋の上で、束の間、その映像に目線を注いでいる。街に繰り出して、物資を集めていた斥候たちも、取り憑かれたかのようにその配信を見つめていた。
『わからないのかっ!? お前では勝てない!! 勝てないんだよっ!!』
『…………』
『死ね!! 死ね、死ね、死ねッ!!』
一方的に、ひとりの少女が、刺し貫かれている。
蒼色の髪が、真っ赤に染まっていた。
右の目は、無残に潰されていた。黒色の包帯を眼帯代わりに巻きつけ、全身を血で染めた少女が立っている。
『…………』
彼女は、半ば、激痛で意識を失っていた。
唯一、残る片目が、あらぬ方向を向いている。戦闘中に折れたのか、左腕が反対方向に曲がっていた。様々な部位が欠損しており、人というよりも、かろうじて形を保っている人形のようにも視えた。
『…………』
それでも、彼女は立っている。
幾ら、刺し貫かれようとも。
幾ら、切り刻まれようとも。
幾ら、打ち砕かれようとも。
ミナトは――立っている。
「……なんで、立つ」
誰かが、ぽつりと、つぶやいた。
「なんで……なんで、立つ……もう、倒れちまえ……十分だろ……やめろ……」
ぼしゃりと、ミナトが倒れる。
だが、彼女は、また立ち上がる。ふらふらと、ゆれながら、刺されて斬られて打ち砕かれるために立ち上がる。
「もう、やめろ!!」
「倒れちまえ!! 無駄だ!! 勝てないだろ!!」
「こんなの、ただの私刑でしょ!? 誰か止めてあげてよ!!」
何時しか、声が上がっていた。
この地獄を生き残った彼ら、彼女らは、よく知っていた。現実に酷似した痛みと死の恐怖、それらを味わうことの恐ろしさを。
だからこそ、目の前の理不尽に叫ぶ。
「諦めろッ!! もう、立つなッ!! 何時まで、こんなクソゲーに付き合ってんだ!?」
「ねぇ、ログアウトさせる方法はないの!? あの子、生きていたとしても、脳に後遺症が残るんじゃないの!?」
「もう、やめろ!! 勝てないんだよっ!! わかってんだろ!?」
「あぁ」
金髪、長身、大剣を背負った青年。
「わかってるさ」
蒼色の瞳をもつ彼は、騒ぎ立つ群衆の中でささやいた。
「誰よりも、彼女はわかっている……彼女は……ミナトちゃんは……諦めたら楽だってことくらい、とっくの昔に知っている……何度も……何度も……何度も……繰り返してきたんだ……諦めてきたんだ……だから……知っている……」
画面内のミナトを見つめながら、彼はつぶやく。
「なぁ、ミナトちゃん……君は、誰も救えなかったと思ってるかもしれないが……少なくとも、この私は救われたよ……シャルが死んで、なにも出来なかった私は……君の配信を視ることで救われたんだ……君は、私を救ったんだよ……」
そのささやき声は、誰にも届かない。
群衆の叫声に掻き消されて、金髪の青年は……クラウドは、微笑を浮かべる。
「どうやら、最期まで。
私は、君のファンだったみたいだね」
耳をつんざくような大音響。
城街領域の民家が、粉微塵に吹き飛んだ。
火球となって、降り注いだ白い砲弾は、着弾と同時に展開される。内側から、現れた純白の人面は、鋭利な凶器を見せつける。大量の天使たちは、触手を揺らめかし、前方に居た人溜まりへと刺突を放つ。腹を貫かれたプレイヤーは、叫び声を上げながら掻き消える。
静まり返り。
爆発的な悲鳴が上がった。
集っていたプレイヤーたちは、半狂乱になって、四方八方に逃げ去る。押し合いへし合い、互いに互いを倒しながら、人の頭を踏みつけて逃げ惑う。
流れゆく人間たち。
その動きの流れ、線、軌跡を眺めながらクラウドは目を閉じる。
――クラウド? え? もしかして、えふえふ? わたしもすきー!
可愛らしい女の子の声が、聞こえてくる。
――イラストレーターなの? すごい! だったら、わたしたちと!
彼女の笑顔が、目の前に視える。
――いっしょに、ゲームを作ろうよ!
目を、開ける。
いつの間にか、彼女だけが、取り残されていた。
瓦礫に埋もれた街並み、失墜した歓楽は消え失せて、周囲には白色の死が並べられている。
天使たちの巨躯が、クラウドを見下ろし、彼女は苦笑する。
「巨大な図体のお嬢さん、この街にはなにをしに来たのかな? 観光にしては、タウンマップも持っていないようだが」
無言。
佇む天使たちを前にして、肩を竦める。
「ま、興味ないね」
背中から、一気に――大剣を引き抜く。
瞬間。
彼女は、三人で、最後の幻想を抱いたことを思い出した。あーだこーだ言われながら、好きなゲームをプレイするのは楽しくて、なにもかもを失った後に、同じゲームをプレイしているVtuberの女の子に出逢った。
『クラウド? え? もしかして、えふえふ?』
コメントをした彼女に、蒼色の髪を持つVtuberは答えた。
『ボクもすきー!』
同じセリフ。
だから、クラウドは笑ってしまって――涙が、溢れた。
思い出して、現在、彼女は笑顔になる。
「悪いが、ココは、通れないんだ」
大剣を跳ね橋に立てて、仁王立ちした彼女はつぶやく。
「大事な場所でね。土足のお嬢さんには通って欲しくない。礼儀と礼節、次いでにテーブルマナーを身に着けてから出直してもらおうか」
触手が、伸びて、彼女の肩口に突き刺さる。
激痛、垂れ落ちる血液、その赤色に彼女は笑った。
「私は、短気でね。
現在ので――」
彼女は、大剣を構える。
「我慢の限界だ」
数匹の天使が、瞬く間に二分割、彼らの白色が警戒色の赤に変じる。竜巻のように大剣を振り回し、彼女は剣先を跳ね橋に叩きつける。
「失せろ、凡俗ども……この城は、なによりも大切な場所だ……君ら如きには、理解出来ない神域だ……堕ちた天使が、今更、神に媚びようなんて思うなよ……」
クラウドは――顔を上げる。
「ココは……ココは……大切な場所だ……私と……シャルと……レアの……」
――いっしょに、ゲームを作ろうよ!
「創り上げた、かけがえのない世界だッ!!
奪えるものなら――ッ!!」
彼女は、涙を飛ばしながら――叫ぶ。
「奪ってみせろッ!!」
大量に迫る天使へと、彼女は両手を広げる。怒涛の勢いで、ぶつかってくる天使を押さえつけ、千千に千切れながら必死に止めようとする。
徐々に、徐々に。
彼女は、削れていく。
その絶望を前にして、クラウドは、最期に三人の日々を思い出した。
――クラウド、なんで、城の背景、エロイラストにしたの!?
――すまない、必要だったんだ
――なら、お前とこの背景は必要ないから失せろ
指先から、消えていく己を見つめて、クラウドは笑う。
――クラウド……起きてる……?
――ふはぁん!? 誰が寝ちゃいけないなんて決めた!?
――シャル、次、クラウドが寝たら、大音量でアンパン○ンマーチを流せ
泣きながら、笑う。
――クラウド
――ん? なんだい?
――クラウドって
ただ、彼女は、笑う。
――もうひとりのお姉ちゃんみたい!
「シャル」
蒼色の光に包まれて、クラウドはささやく。
「私ね、シャルと作ったこのゲームが」
彼女は、満面の笑みで、光に呑み込まれて――
「だいすきだよ」
その笑顔は潰えた。