燃え盛る救世
「はぁ~い♡ それじゃあ、みんなで饗宴の準備をしていこうねぇ~♡
クソゲー配信鑑賞で、人生を浪費してるみんなのために、この世界は薄汚えってことを見せつけてやる♡ 覚悟しろよ、このクソゲーが♡」
初っ端の宣戦布告に、コメント欄からは上々の反応が返ってくる。
『可愛い声で、そんなこと言わないで……』
「うるせぇ♡ 金もなしに、囀るな♡」
『なにするつもりなんですか?(恐怖)』
『このゲームをプレイしてるヤツらって、MMOプレイしたことないだろ』
『脳 が 壊 れ る』
ボクの周囲をくるくると回る蒼色……ファンサービスで、何個かピックアップして読み上げる。
舌慣らしを終えてから、行動を開始した。
「それじゃあ、準備、やっていきま~す!!」
ボクは、笑顔で、材料を見せつける。
拾っておいた板状と棒状の木材、革のズボンから抜き取った紐……三種の神器を前に、ボクは、笑みを絶やさない。
「じゃ~ん! みんな、コレ、なんだ~?」
『クソゲー中毒者』
「誰がクソゲー中毒者だ♡ ○すぞ♡
そうだよね、ただの木材と紐だよね? 本日は、コレを使って、あのヤドカリさんを倒していくよぉ~!」
『3分間 地獄クッキング』
どうやら、ファイナル・エンドでの配信中は、視聴者がお金を払うことで、自分の好きな音楽を垂れ流せるらしい。
聞き覚えのある『3分間クッキング』の音楽が、森の中に響き渡った。
「まずは、弓を作っていきま~す!」
暇な時にサバイバル教本を読んだことがあり、実践もしたこともあるので、特に苦労なく木の枝を弓なりにしならせる。その枝に革のズボンから引き抜いた紐を結びつけ、弦を張ってから画面に見せつけた。
次に、板状の木材に切れ込みを入れる。
ナイフをもっていないので、ヤドカリンの殻を用いて角度をつける。食事中のヤドカリンは無抵抗で、簡単に木材を加工することが出来た。
「…………」
「みんな、みてみて~! ヤドカリンがお手伝いしてくれてるよぉ~! 自分をぶち殺そうとしている人間の手伝いなんて哀れだねぇ~! コレって、自殺幇助じゃない? 死にたがりなのかなぁ~?」
『お前、精神状態おかしいよ』
『ヤドカリンをいじめないでください><』
『初見です。この美少女は、なにをしてるんですか?』
『見ればわかるだろ、地獄だよ』
ボクは、切れ込みを入れた木板に木屑を投入し、作成した弓に巻き付けた棒の先端を押し付ける。膝と手首を用いて棒を固定し、45゜の角度を意識して、激しく弓を押し引きしながら雄叫びを上げる。
「死ねや、ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
3分間クッキングの音楽が流れる中、ボクの殺意が迸る。
「死ねや、このクソゲーがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコッ!!
ボクの頭の中に、思い出がよぎる。
腕が伸びる13連撃のゴブリン、初心者の頭を娯楽で消し飛ばす経験者、敏捷が65535のヤドカリ……彼らは、笑顔で肩を組んで、ボクに呼びかけていた。
――クソゲーへようこそ!!
「くたばれ、ゴミどもがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ただならぬ殺意を胸に、ボクは火を起こし続ける。
『俺たちは、なにを見せられているんだ……(困惑)』
『問1:VRMMO配信を見に来たら、火起こしを見せつけられる視聴者の気持ちを答えよ』
『こわいよぉ……こわいよ、ママぁ……!』
数十分間の試行錯誤によって、火種が生み出される。
『いや、火種が出来ても、炎にするのはきつくね?』
「だいじょうぶ!!」
ボクは、汗を拭きながら、爽やかに言った。
「ちょうど良いのが“落ちてる”」
騒然となるコメント欄を放置して、ボクは、即身仏(死体)のところにまで火種をもっていく。
テレッテッテッテッ……3分間クッキングの曲に合わせて、スキップしながら、ボクはその死体に微笑みかけた。
「死んでくれて……ありがとう」
その犠牲は、無駄にはしない。
ボクは、火種を、そっと即身仏へと投じた。
ゆっくりと、火が大きくなっていく。
ボクが吹きかけた息を吸い込んで、即身仏はごうごうと燃え始めた。勢いを伴った火炎を前にして、ボクは、綺麗にお辞儀をする。
「みんな、悪『わり』ぃ!」
ボクは、笑顔で叫ぶ。
「この森、焼き払うわ!!」
『えっ』
『どういうこと……どういうことなの……?』
『なんで、即身仏が燃えてんの?』
「死蝋だよ、コレ♡」
そう、ボクは、即身仏となった後に、成仏(死亡)していたプレイヤーの肌をなぞって――その肉体が、蝋化していることを確認していた。
死蝋――内部の脂肪が変性して、死体全体が蝋状になったもの。なんらかの要因で、腐敗を免れた死体はそうなる。
なぜ、即身仏は、死蝋化していたのか。
恐らくは、ファイナル・エンドのゲームエンジンの問題だ。
ファイナル・エンドのゲームエンジンは、リアルタイムで気象を模擬している。その上で、領域分けが行われていて、“気象や環境”が領域ごとに固定化されているのだ。
ココは、森の中で、湿潤かつ低温の環境が整っている。死体が死蝋化するのに、これ以上ないほどに適している環境だ。
また、即身仏は、死後の腐敗を防ぐために、肉体が整えられている。ゲーム側で、彼らをそう捉えていたならば、死体の腐敗が起こらないように調節していてもおかしくはない。
コレが仕様なのか、もしくは現実性を追求した結果の欠陥なのか……それは、わからない。
ただ、わかることは――
「Let’s!!!!!!!!!!!!!」
ボクは、死蝋を塗りたくって、凄まじい勢いで燃える松明を振りかざす。
「地獄の開演!!!!!!!!!!!!!!!」
饗宴の幕は、上がったということだ。
「テレッ、テッテッテッテ!」
ボクは、踊りながら、木々に火を点ける。
「テレッ、テッテッテッテ!」
赤々とした炎の舌が、木という木を舐め尽くし、世界は赤色に染まっていく。
「テレレッ、テッテッテッテ!」
業火の真ん中で、両手に松明を持ったボクは、笑顔でくるくると回る。
「テレッテッテテ テテテテ テッテッテ〜♪」
「ピギィ!! ピギギィ!!!!」
安っぽい悲鳴を上げながら、逃げ惑うヤドカリンたちは、必死に別領域へと逃げようとして――レベル制限に弾かれて、押し戻される。
「おやおやぁ♡」
追い詰めたボクは、炎を振りかざしながら糞を前にする。
「逃げられないねぇ♡ こわいねぇ♡ 暑いところは苦手なんだもんねぇ♡ おそろしくてたまらないねぇ♡ このままだと、苦しんで死ぬことになるねぇ♡」
「ピギィ!!!! ピギィイ!!!!」
「ボクは、プレイヤーだから、なぁんにも感じないけどねぇ♡」
バキバキと音を立てながら、炎に巻かれた大木が倒れる。空からは火の粉が降り注ぎ、真っ白な煙が周囲を満たしていった。
『たのしい森』は、いよいよもって、全焼へと向かっていく。
哀れにも、泡を吹きながらひっくり返ったヤドカリンは、痙攣しながら脚をシャコシャコと動かしていた。
「かわいそうに……」
あまりの哀れさに、ボクは涙を流した。
「空を会得できぬ畜生に憐れみを……どうか、今生では畜生道に堕ちた彼らに救いを……」
ボクは、両手を合わせる。
「だいじょうぶだよ、ボクが救ってあげる」
「ピギィ……?」
ヤドカリンは、救いを求めるかのように顔を上げ――ボクは、笑いながら、木剣を引き抜いた。
「恐れることはないんだよ……死は救いなの……ほら、聞こえるでしょう……ヤドカリン、お前の罪業が……唄となって、追いかけてくるのが……」
いつの間にか、ボクの周囲には、燃え盛る即身仏たちが集っていた。
燃える、燃える、燃える。
赤と橙の火炎に包まれた即身仏は、頭をもたげて結跏趺坐で座り込んでいる。苦悩を打ち払うかのように、両手のひらを合わせた彼らは、うんうんと唸りながら天に向かって祈りを捧げる。
生入定は、燃え盛りながら、救世を唱え続ける。
「「「「「摩訶般若波羅密多心経観自在菩薩行深般若波羅密多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩垂依般若波羅蜜多故心無圭礙無圭礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経」」」」」
3分間クッキングの曲に合わせて、謡われている般若心経は、罪火にノセられて天へと上っていく。
「さぁ、救いを受け入れて……」
諦めたかのように、目の前のヤドカリンは仰向けになり――
「経験値だ!!!!」
ボクに引き裂かれ、蒼色のビット粒子となって消えていった。
「すげぇ!! 確定ヒットだ!! 最高だ!! ファイナル・エンド、やっててよかった!!」
どこからか、他プレイヤーの歓喜の声が聞こえてくる。
正気を取り戻したのか、即身仏と化していたプレイヤーの魂は現世へと舞い戻り、無抵抗のヤドカリン殺しに嬉々として参加する。
ボクは、燃え盛る森林を視て笑った。
「たしかに、ココは、『たのしい森』だね♡」
数時間後、ボクは、レベル上げを終えて『たのしい森』を突破し――『都市国家 エフェンシア』へと辿り着いた。