人間、繋がり、人間
「……シャル」
俯いていたシャルは、顔を上げる。
「射手の特徴を教えてくれ。コレは、ファイナル・エンドだろ。ただの職業じゃないだろうから、特徴を掴んでおきたい」
静かに、彼女は頷いた。
「射手の職業スキルは『取捨出』……簡単に言えば、射手は、落ちてるモノしか射出できないの。弓矢なんかも、一度、地面に落としてから、所持品に仕舞うまでしか射てない」
「戦士に比べれば、だいぶ、マシだね」
「……たぶん、ね」
ボクは、屈伸してから、伸びをする。
「勝つよ、ボクは」
シャルに微笑みかけてから、上半身を捻る。
「ボクは、人間だから……弱いから、何度も折れてきたけど……もう、折れてやったりはしない……今度こそ、キミのお姉さんを取り戻す」
「湊くん」
そっと、シャルはボクの指をつまんだ。
「もう良いんだよ。もう良いの。時間さえ稼いでくれれば、もう一度、脆弱性を突いてみる。湊くんを元の世界に帰してみせるよ」
「いや、良い」
ボクは、シャルの手を握った。
「ボクは、笑うためにココに来た」
「…………」
「人間は、なんなんだろう……ボクの大切な人は、誰もが、大切な人を想って消えていった……ボクは、人間なんて嫌いだった……でも、あの現実で、人間と人間の繋がりがあるからこそ……あの日々があったからこそ……ボクは、ボクとしてココに立っている……」
ゆっくりと。
白亜湊を形成した日々を思い出す。
幼馴染の女の子が居て、大好きな母親が居て、口うるさい婆さんが居た。
どこかの誰かが笑っていた。その笑顔の横で、ボクは笑みを浮かべていた。
レアの言う通り、世界では、誰かが死んでいる。
その誰かは、不幸に犯され、救いなく死んでいる。
でも、同じように、世界では誰かが笑っている。それは、とても、かけがえのないもののように思える。守らなければならないものだと感じる。誰かが笑っているから、自分も笑えているんだとわかった。
人間は、人間の不幸と幸福の狭間で生きている。
その等価交換で、世界は循環している。
誰かの幸福のために、自分の幸福のために。
誰かの正義のために、自分の正義のために。
誰かの笑顔のために、自分の笑顔のために。
どれだけ世界が残酷であろうとも、ボクは、人間と人間の繋がりのために生きたいと思う。
それが――大切な人たちの願いだ。
「キミを、もう、ひとりにはしないよ」
約束するように。
ボクは、シャルの小指に自分の小指を絡めた。
「ずっと、傍にいる」
シャルは、目を見張って――微笑んだ。
「さぁて♡ 抜きな、カウガール♡」
改めて、レアと向き直り、ボクは口端を曲げる。
「虚構を楽しもうぜ♡」
「もう、良いのか?」
「あぁ、何時で――」
ドッ!!
丘上から射出されたレアは、凄まじい勢いで丘を駆け下りる。衝撃波でキャンパスが吹き飛び、真っ青な空が白い画用紙で埋まる。猛烈な勢いで巻き上がった砂埃が、視界を埋め尽くし――剣先が、突き出される。
ボクは、体軸をズラして避ける。
初手、突進――当然と言えば当然だが――ボクは、ニヤリと笑う。
「ボクの勝ちだ」
レアの側面を取る。
戦士の突進は、前にしか進めない。曲がることは不可能だ。だからこそ、初手の突進を見切って、横を取れば一方的に攻撃出来る。突進はアクティブスキルだから、次にスキルが使えるまでの時間……クールタイムが存在する。
そのため、どこかにぶつかるまで、突進の再使用で曲がったり、自力で止まったりすることは出来ない。
「弾け飛べ♡」
片手に握り込んでいる石ころ、取捨出、スキルの発動を検知して蒼い光が迸る。
ボクの片手から、石ころが飛――腹に、長剣が突き刺さる。
「……は?」
ずっぷりと、ボクの脇腹、長剣が反対側に突き抜けていた。
眼光。
目を細めたレアは、片手を伸ばした姿勢で、こちらを睨めつけている。その瞬間、彼女が、なにをしたのか理解する。
「投げ……やがったのか……!」
一瞬の交錯。
突進で突っ込んできたレアが、ボクとすれ違ったあの瞬間、人外じみたタイミングで長剣をボクへと投げつけた。
信じられない。
突進の速度は、経験したことがある。長剣を投げつける余裕なんてない。体感速度、時速200km超で走りながら、回避動作を取った相手にあの重さの長剣を投げて、正確に当てることなんてほぼ不可能に近い。
あの速度の中では、視界も手元も、ブレまくっている。まともに狙えるわけがない。
狙えるわけがないと……ボクは、思ってしまった。
実際には、時速200km超で加速したレアは、その速さにノセて長剣を投げた。ボクの視認出来ないスピードで、投擲された長剣は、ものの見事に腹部を貫いて、脳天まで突き抜けるような寒気をボクに伝える。
「うぁ……ぁ……」
数秒の余裕の後、唐突に、死の感覚がやって来る。
衝撃と共に感じた激痛は、既に去っていって、大量の脂汗と共に全身が冷たくなる。視界が黒ずんでいって、ボクは、腹を押さえたまま横に倒れる。口から喘鳴が漏れて、四肢がぴくぴくと痙攣した。
あ、死ぬ。
「――ん!!」
シャルの声が聞こえる。
視界が、完全に暗くなって――ドッと、恐怖が訪れる。
怖い。怖い怖い怖い。死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ。なんだ、なにも視えない。痛くない。痛くないのが怖い。お腹になにかある。それだけを感じる。どんどん寒くなる。凍えそうだ。死ぬ。怖い。怖い怖い怖い。
突然。
引っ張り上げられるように、視界が開ける。
「…………」
ボクの髪を掴んで、引きずり上げたレアが、血まみれの長剣を握っていた。
「まだ、死んでもらったら困るな」
「…………」
「ペイン・コントロール、知ってるか?」
「…………」
「侵害受容器の刺激感知を模擬して、プレイヤーに対して現実感覚に酷似した痛みを与えられる機構だ。
お遊びで作ってみたんだがな……意外と、コレが、上手く言った」
ニコリと笑って、レアはささやく。
「現実と虚構の差異は、なんだと思う?」
「…………」
「正解は――」
ボクの腹に、長剣が突き刺さる。
「生きている実感」
強烈な痛みが、意識を覚醒させて、喉から絶叫が迸る。
無表情のレアは、泣きわめくボクの身体を押さえつけて、何度も何度も何度も、腹を掻き回すようにして刺す。刺す、刺す、刺す。辺りが血溜まりに沈んでも、ボクの首を押さえつけたまま、のたうち回るボクの腹を執拗に刺した。
痛みが止むことはない。むしろ、強烈になっていく。
自分が、なにを口走っているのかわからない。脳みそが痛みしか感じなくなって、意識を失ったかと思えば、激痛で現実に引き戻される。
ぷくぷくと、血泡を吹きながら、身をよじることしか出来ない。
「さて、湊」
笑いながら、真っ赤なレアは言った。
「第二ラウンドだ」
呻きながら、ボクは、顔を上げた。