正義と笑顔
「……射手か」
ボクと同じ職業に固定されて、レアは肩を竦める。
「わたしは、近接職が好きでね。戦士に転職させてもらってもいいかな」
「どうぞ、ご自由に」
ノッてきたレアに、ボクは苦笑を返し……内心、ほくそ笑む。
ファイナル・エンド、筆頭クソ職とも呼ばれる戦士をわざわざ選びやがった。開発者と言っても、レアは、テストプレイは殆どしてなかったからな。デバッグに注視していたから、テクニックは壊滅的だろう。
対するボクは、戦士の特徴を掴んでいる。
『大戦死のお守り』の重量制限で、一歩も動けなくなるのは、PvPでは最大級の弱みと言える。突進によって移動は出来るが、直進以外は不可能で、初手さえ避けられればどうとでもなる。
恐らくは、突進による初撃で、ボクを仕留めるつもりだろうが……その思い上がりと鼻柱をへし折ってやる。
「では、転職する」
当然ながら、この世界の神とも言えるレアには、転職専門NPC、エレノアの補助は必要ない。
ボクは、念の為に、シャルを振り返る。
「…………」
彼女は、こくりと頷いた。
改めて、深呼吸をしてから目を閉じる。
このPvPでの不正は有り得ない。ファイナル・エンド内の管理権限は、レアとシャルの半々で、シャルがこちら側に付いている以上、レアの持っている管理者権限を封じることは出来る。
レアは、復元したシャルを本物同等に扱っている。
ボクに突ける機があるとしたら、その人間らしい感情だけだ。もし、レアが、シャルを蔑ろにしていれば、この勝負さえも成り立っていなかっただろう。
現在、ボクに出来るのは、レアの隙を見つけることだ。
現在のファイナル・エンドは、レアの言う通り、現実と虚構の境目がほぼ存在していない。だからこそ、この一対一の勝負は、あたかも現実で殺し合いをしているように感じる。
レアは、人間だ。神ではない。
現実に酷似した状況下で、長時間、ボクと殺し合っていたら……いずれ、心が折れるかもしれない。もしくは、説得可能な状況まで追い込めるかも。または、永劫にも思える時を経て、外部から助けが来るかもしれない。
たぶん、コレは、ボクとレアの心の折り合いだ。
レアは利用するために、ボクは救うために。
互いに互いを殺すことは出来ない。
ただ、敗けた方が……己の意思に反した、現実を受け容れることになる。
互いに、正義がある。
絶対に、譲れない正義が。
レアの願い。
たったひとりの妹を救いたい、と言う真摯な願い。
彼女の願っていることは、していることは、現実社会に則れば間違えているが……姉として、いや、人間として……誤っているとは、ボクには言い切れない。
――僕に寄越せ
ボクだって、同じことをした。
一度、レアと同じ道を選んで、辿ろうとしたんだ。
ボクとレアは似ている。恐ろしいくらいに。
現実の理不尽性に蹂躙されて、塞がることのない傷と哀しみに悩まされる。誰かに恨みをぶつけることも出来ず、ただ、ソレを受け容れることを強要される。
レアは、狂っている。
この事件が明るみに出れば、人々は、彼女を糾弾するだろう。
だが、彼女を狂わせたのは誰だ?
たったひとりの妹に死を与えて、彼女の幸福を奪ったのは誰だ?
優しかったあの子の笑顔を消したのは、どこのクソ野郎だ?
――この現実が……
犯行者の男は死んだ。
でも、この現実は続いている。レアの哀しい過去を聞けば、世界は手のひら返して涙を流し、その哀れみに満足して、いずれは彼女を忘れて人生を歩んでいくだろう。
だとすれば、誰が。
誰が、彼女を救うんだ?
この子は、このまま、現実を現実と言い換えて終わって良いのか?
歩みたかった現実が、あるんじゃないのか? 普通の高校生らしく学校に通って、友人と遊んだり、家族と喧嘩をしたり、大好きな妹と星を視たかったんじゃないのか? 春には、夏には、秋には、冬には、やりたかったことがあるんじゃないのか?
ココで、終わらせて良いのか?
――あんたは、現実に帰るのよ
こんなところで。
――誰かの笑顔のために
終わらせて――自分の笑顔のために――ボクは、笑えるのか?
「……ボクは」
ボクは、眼帯を撫でて――レアに微笑みかける。
「ボクの笑顔を全うする」
レアは、無表情で、長剣を構える。
「だから、レア・クロフォード、お前も」
呼応するように、ボクも構えた。
「己を懸けろ」
ボクもレアも、間違えてはいない。
ただ、ソレは、相容れず――互いの正義を認めるために、己を懸けるしかなかった。