人は生き、人は死に、人は消える
僕の人生は、なんのためにある?
なぜ、人によって、生はココまで異なっている?
なんの罪もない人間が、なんの理由もなく、なんの選別もなく死ぬのはなぜだ?
――わたしが、賽子を振る
誰かが、賽子を振れば終わるのか?
神が振らない賽子を振って、メタAIによるランダム制御で世界を管理すれば良いのか? 六面で象られた都合の良さは、誰もが理不尽に死ぬこともなく、現実の醜さを直視することなく進むのか?
――人生なんて書くがのう、人がほんに向き合わないかんのは死のほうじゃ
僕は、もう嫌だ。
誰かが、現実の理不尽性に巻き込まれるのは。それを視るのは。それと向き合うのは。
だから、もう、降りる。
この現実から、降りたいんだ。
「もう……やめてくれ……」
カビ臭い布団の中で、丸まった10歳の僕は、頭を抱えて唸り続ける。
「もう……嫌だ……立ち向かいたくない……なんで、こんな現実を生きないといけないんだ……誰が決めたんだよ、僕の人生を……勝手に決めるなよ……なんで、母さんを殺した……シャルを……あの子が、なにをしたって言うんだ……なんで、僕は……」
泣きながら、情けなく、僕はささやく。
「こんなところに居る……」
「生きるためでしょ」
声がした。
バッと、布団を跳ね除けると、微笑んだ先輩が正座していた。
「おはよ」
「来るなッ!! もう、来るなァ!! もう、嫌だ!! 嫌なんだよ!! 消えろ!! 消えろ消えろ消えろ!! 視たくないんだ!! 僕の中に入るな!! 僕の中に!! 僕の大事な人になるな!! もう、失うのは嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だっ!!」
「湊」
「ち、違う……僕は、こんなんじゃない……クソ、10歳児の精神性だ……僕は、こんなに弱くない……弱くない弱くない弱くない……ひとりで、宿題もできるんだよ……いぇーい、ミナトでぇ~す……そうだ、僕は、こんな感じだ……うん、配信しなきゃ……あれ、おかあさん、どこ……おかあさん……?」
「湊」
「まって……いま、ぼくは、どこにいるの……げんじつ……しゃる……そうだ、ねないと……しゃるにあえない……」
「湊」
両手で顔を覆って、目玉を指の隙間から出して――僕は、先輩を見つめた。
「あれ……せんぱい……なんで、ココに……?」
「シャルのお陰よ。あの子も、ファイナル・エンドの管理権限を持ってるからね。タオとして、レアの過去領域に紛れ込めたのも、あの子のお陰だから」
呼吸を繰り返して、正気を取り戻した僕は目を閉じる。
「……で、なんの用?」
「デートしない?」
「は?」
先輩は、両足と一緒に、相好を崩した。
「だから、デート。ふたりで。たまには良いでしょ」
「……裏切り者とはデートしない」
「裏切ってないよ」
先輩は、微笑む。
「あたし、湊のことを裏切ってない」
「…………」
「信じて。ね」
「……信じない」
僕は、布団の中に舞い戻って――
「うぐっ!」
腹の辺りに重さを感じて、たまらず、布団の中から顔を出した。
ニンマリと笑う先輩は、僕の腹の上に跨って、ドシンドシンと跳ね跳んだ。その度に、息苦しさが増して、僕は、何度も息を吐き出す。
「ふざ、うぐ、ふざけ、おごっ、ふざけん、なはぁ!!」
「『なはぁ!!』って! 『なはぁ!!』って、なによ! あはは、湊、一瞬だけ女の子の声、出てたわよ!」
「おい、テメー、マジで調子のるなよゴラァ♡ ただでさえ、低すぎる身長、地面に下半身埋めて半分以下にしてやんぞオラァ♡」
「お! なんか、そのカワイイ声、久しぶりに聞いたわね」
「元々、僕は、可愛らしいショタボイスじゃい……てか、うぐ……ホントに、退いてくんない……一昔前の幼馴染ヒロインか、おのれは……」
「なら、あたしとデートしなさい!」
ビシッと、先輩は、僕に人差し指を突きつける。
「なんか、そういう言い口も古臭いな……古き良き正当派の香りがするぜ……」
「そういう設定だからね。
あたしの動作が、なんか大袈裟だとか、思ったりしなかった? わかりやすく、モーションが設定されてんのよ」
「……ユニークNPC様の特権ってヤツ?」
「プログラムとデートするのは嫌?」
僕に乗っかったまま、小首を傾げる先輩に苦笑する。
「実のところ、恋愛シミュレーションゲームは嫌いじゃない」
「お、スケベだ」
「は。意味がわかりませんが。単純にゲーム性に惹かれただけですけど。そもそも僕、恋愛シミュレーションゲームやるにしても、ゲーム要素が強めのヤツしかやらないから。恋愛シミュレーションゲームにスケベを求める方が間違ってると言うか。それなら、素直にエロゲーやるわってなるよね。そこを敢えて、恋愛シミュレーションゲームを選んでるって時点で察して欲しいわ。なにかと、そういう点を突いて小馬鹿にする輩いるけどさ、僕は純粋にゲーマー視点で――」
「う、うん、ごめんね……?」
先輩は、上から退いて、満面の笑みで僕から布団を剥いだ。
「とりゃぁ! でてきなさぁい!」
一瞬の隙を見逃さず、僕は、先輩の脇腹にミドルキックを入れる。
「せいっ!!」
「ごふっ!!」
蹲った先輩を見下ろし、僕は腕を組んだ。
「な、なんで蹴ったの……?」
「え……脇腹のガードが甘いから……? 先輩、中段のガード、もうちょっと意識した方が良いよ……?」
「……ふふっ」
座り込んだまま、先輩は、急に笑い始める。
「ははっ! あはは! あははははっ!!」
「え……脇腹って、当たりどころが悪いと、精神的に壊れちゃうの……こわ……」
「やっぱり、あたしとあんたはこうじゃないとね。あーあ、おかし。ようやく、なんか、しっくりきたわ」
眦に涙を浮かべた先輩に、指摘されて、僕は先輩のペースにノせられていたことに気づいた。
一瞬。
ほんの一瞬ではあったが、先輩とバカなやり取りをしている間、色々な大切なことを忘れてしまっていた。
婆さんのことも、母さんのことも、シャルのことも……今の、この状況のことも。
――湊、あなたは、いつか忘れる
それは、とても酷いことのように思えた。
「…………」
「あ、コラ! そんなしかめっ面すんな!」
「うぎゅ」
先輩に両頬を掴まれて、うにょうにょと左右に引っ張られる。
「わらえ~! わらいなさい~! アホ面、してろ~!!」
「わらっへる……わらっへるから、やめ……やめちぇ……やめ……やめ……やめろ、オラァ!!」
僕の前蹴りが、先輩の腹にクリーンヒットする。
蹲った先輩を見下ろし、僕は腕を組んだ。
「やっぱり、中段が甘い」
「なんで、あんた、いつも腕組むのよ……」
「僕、勝利ポーズ、キャンセル出来ないタイプの男子なんだよね」
飽くまでも、じゃれ合いの範疇なので、僕も先輩も大袈裟にアクションしているだけだ。
だから、先輩は、直ぐに笑顔で立ち上がる。
「じゃあ、行きましょうか――相棒」
僕は、その差し出された手を――
「……うん」
掴んだ。