表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/141

人は生き、人は死に、人は消える

 僕の人生は、なんのためにある?


 なぜ、人によって、生はココまで異なっている?


 なんの罪もない人間が、なんの理由もなく、なんの選別もなく死ぬのはなぜだ?


 ――わたしが、賽子サイコロを振る


 誰かが、賽子サイコロを振れば終わるのか?


 神が振らない賽子サイコロを振って、メタAIによるランダム制御で世界を管理すれば良いのか? 六面でかたどられた都合の良さは、誰もが理不尽に死ぬこともなく、現実の醜さを直視することなく進むのか?


 ――人生なんて書くがのう、人がほんに向き合わないかんのは死のほうじゃ


 僕は、もう嫌だ。


 誰かが、現実の理不尽性に巻き込まれるのは。それを視るのは。それと向き合うのは。


 だから、もう、降りる。


 この現実クソゲーから、降りたいんだ。


「もう……やめてくれ……」


 カビ臭い布団の中で、丸まった10歳の僕は、頭を抱えて唸り続ける。


「もう……嫌だ……立ち向かいたくない……なんで、こんな現実クソゲーを生きないといけないんだ……誰が決めたんだよ、僕の人生を……勝手に決めるなよ……なんで、母さんを殺した……シャルを……あの子が、なにをしたって言うんだ……なんで、僕は……」


 泣きながら、情けなく、僕はささやく。


「こんなところに居る……」

「生きるためでしょ」


 声がした。


 バッと、布団を跳ね除けると、微笑んだ先輩が正座していた。


「おはよ」

「来るなッ!! もう、来るなァ!! もう、嫌だ!! 嫌なんだよ!! 消えろ!! 消えろ消えろ消えろ!! 視たくないんだ!! 僕の中に入るな!! 僕の中に!! 僕の大事な人になるな!! もう、失うのは嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だっ!!」

「湊」

「ち、違う……僕は、こんなんじゃない……クソ、10歳児の精神性メンタルだ……僕は、こんなに弱くない……弱くない弱くない弱くない……ひとりで、宿題もできるんだよ……いぇーい、ミナトでぇ~す……そうだ、僕は、こんな感じだ……うん、配信しなきゃ……あれ、おかあさん、どこ……おかあさん……?」

「湊」

「まって……いま、ぼくは、どこにいるの……げんじつ……しゃる……そうだ、ねないと……しゃるにあえない……」

「湊」


 両手で顔を覆って、目玉を指の隙間から出して――僕は、先輩を見つめた。


「あれ……せんぱい……なんで、ココに……?」

「シャルのお陰よ。あの子も、ファイナル・エンドの管理権限を持ってるからね。タオとして、レアの過去領域(エリア)に紛れ込めたのも、あの子のお陰だから」


 呼吸を繰り返して、正気を取り戻した僕は目を閉じる。


「……で、なんの用?」

「デートしない?」

「は?」


 先輩は、両足と一緒に、相好を崩した。


「だから、デート。ふたりで。たまには良いでしょ」

「……裏切り者とはデートしない」

「裏切ってないよ」


 先輩は、微笑む。


「あたし、湊のことを裏切ってない」

「…………」

「信じて。ね」

「……信じない」


 僕は、布団の中に舞い戻って――


「うぐっ!」


 腹の辺りに重さを感じて、たまらず、布団の中から顔を出した。


 ニンマリと笑う先輩は、僕の腹の上に跨って、ドシンドシンと跳ね跳んだ。その度に、息苦しさが増して、僕は、何度も息を吐き出す。


「ふざ、うぐ、ふざけ、おごっ、ふざけん、なはぁ!!」

「『なはぁ!!』って! 『なはぁ!!』って、なによ! あはは、湊、一瞬だけ女の子の声、出てたわよ!」

「おい、テメー、マジで調子のるなよゴラァ♡ ただでさえ、低すぎる身長、地面に下半身埋めて半分以下にしてやんぞオラァ♡」

「お! なんか、そのカワイイ声、久しぶりに聞いたわね」

「元々、僕は、可愛らしいショタボイスじゃい……てか、うぐ……ホントに、退いてくんない……一昔前の幼馴染ヒロインか、おのれは……」

「なら、あたしとデートしなさい!」


 ビシッと、先輩は、僕に人差し指を突きつける。


「なんか、そういう言い口も古臭いな……古き良き正当派の香りがするぜ……」

「そういう設定だからね。

 あたしの動作が、なんか大袈裟だとか、思ったりしなかった? わかりやすく、モーションが設定されてんのよ」

「……ユニークNPC様の特権ってヤツ?」

「プログラムとデートするのは嫌?」


 僕に乗っかったまま、小首を傾げる先輩に苦笑する。


「実のところ、恋愛シミュレーションゲームは嫌いじゃない」

「お、スケベだ」

「は。意味がわかりませんが。単純にゲーム性に惹かれただけですけど。そもそも僕、恋愛シミュレーションゲームやるにしても、ゲーム要素が強めのヤツしかやらないから。恋愛シミュレーションゲームにスケベを求める方が間違ってると言うか。それなら、素直にエロゲーやるわってなるよね。そこを敢えて、恋愛シミュレーションゲームを選んでるって時点で察して欲しいわ。なにかと、そういう点を突いて小馬鹿にする輩いるけどさ、僕は純粋にゲーマー視点で――」

「う、うん、ごめんね……?」


 先輩は、上から退いて、満面の笑みで僕から布団を剥いだ。


「とりゃぁ! でてきなさぁい!」


 一瞬の隙を見逃さず、僕は、先輩の脇腹にミドルキックを入れる。


「せいっ!!」

「ごふっ!!」


 うずくまった先輩を見下ろし、僕は腕を組んだ。


「な、なんで蹴ったの……?」

「え……脇腹のガードが甘いから……? 先輩、中段のガード、もうちょっと意識した方が良いよ……?」

「……ふふっ」


 座り込んだまま、先輩は、急に笑い始める。


「ははっ! あはは! あははははっ!!」

「え……脇腹って、当たりどころが悪いと、精神的に壊れちゃうの……こわ……」

「やっぱり、あたしとあんたはこうじゃないとね。あーあ、おかし。ようやく、なんか、しっくりきたわ」


 まなじりに涙を浮かべた先輩に、指摘されて、僕は先輩のペースにノせられていたことに気づいた。


 一瞬。


 ほんの一瞬ではあったが、先輩とバカなやり取りをしている間、色々な大切なことを忘れてしまっていた。


 婆さんのことも、母さんのことも、シャルのことも……今の、この状況のことも。


 ――湊、あなたは、いつか忘れる


 それは、とても酷いことのように思えた。


「…………」

「あ、コラ! そんなしかめっ面すんな!」

「うぎゅ」


 先輩に両頬を掴まれて、うにょうにょと左右に引っ張られる。


「わらえ~! わらいなさい~! アホ面、してろ~!!」

「わらっへる……わらっへるから、やめ……やめちぇ……やめ……やめ……やめろ、オラァ!!」


 僕の前蹴りが、先輩の腹にクリーンヒットする。


 うずくまった先輩を見下ろし、僕は腕を組んだ。


「やっぱり、中段が甘い」

「なんで、あんた、いつも腕組むのよ……」

「僕、勝利ポーズ、キャンセル出来ないタイプの男子なんだよね」


 飽くまでも、じゃれ合いの範疇はんちゅうなので、僕も先輩も大袈裟にアクションしているだけだ。


 だから、先輩は、直ぐに笑顔で立ち上がる。


「じゃあ、行きましょうか――相棒」


 僕は、その差し出された手を――


「……うん」


 掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 古き良き正当派の先輩にはどこに行けば会えますか! 引きこもっている僕を無理やりお外に出して欲しいです!
[良い点] ギャグ回キタキタ、助かる… え?先輩のスカートのガードが甘い? 助かる。 助かる。(迫真) [気になる点] え? は? なんで、先輩デートしてるの…? どけっ、俺は先輩と湊の彼氏だ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ