表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/141

どうか、静かに

 僕は、顔を上げる。


 『7人が視聴中』……その表示に、僕は、安心感を覚えた。


「湊」

「…………」

「湊、もう行かなきゃ」


 ウィッグをかぶって、PCの前に座り込んだ僕に先輩が語りかける。おずおずとした手付きで、彼女は、優しく僕の肩に手を置いた。


「そろそろ、貴方が居るべき世界に帰らないと」

「そんなところないよ」


 マウスを動かしながら、僕は言った。


「そんなところ、どこにもない」

「湊……」

「僕は、湊じゃない」


 振り向かずに、僕はつぶやく。


「ミナトだ」

「ダメよ、このままだと帰れなくなる……行かないとダメよ……湊……」

「シャルのことを想って?」

「そうよ、シャルのことを想って……こんなところに居たら、シャルだって、きっと悲しむわ……」

「そうだね」


 僕は、笑顔で立ち上がる。


「シャルの創ったMAPを思い出したよ。一定時間、操作しないで居ると『立ち止まるな』ってメッセージが出るヤツ。

 ほら、クラウドが口を挟んで、オブジェクトを設置したでしょ」

「そうよ、湊、立ち止まっちゃダメなの!

 あのMAPは、クラウドのせいでめちゃくちゃにされたけど、実際にはシャルからのメッセージで――」

「なんで知ってる」


 笑顔を消した僕が問いかけると、一瞬にして、先輩は静止する。


「なんで、僕らの創ったMAPについて知ってる。アレは、レアの過去を再現した領域エリア内の出来事で、あそこに居たプレイヤーは僕だけの筈だ」

「…………」


 黙り込んだ先輩に、僕はささやきかける。


「ココは、僕の過去を再現した領域エリア……忠実に再現された当時のシャルは、幼馴染である筈の『タオ』のことを知らなかった。

 理由は簡単だ。レアの過去の世界に入ったのは、僕だけじゃなかった。本来、過去に居なかった筈のタオも、まるで当時、本当に居たかのように振る舞っていた」

「…………」

「先輩、貴女が現れてから、僕は一度もタオに会っていない」

「…………」

「ココに来る前、タオの知り合いだと名乗ったプレイヤーは、タオに対して『お前……誰だ……?』って言ってたよ」

「…………」

「先輩、あんたが、タオなんだろ?」


 ジジ……と、音を立てて、先輩の顔がタオの顔に、一瞬だけ切り替わる。


「この過去の領域エリアで、他のプレイヤーと出会ったことはない。つまり、この領域エリアには、他のプレイヤーは入れないんだ。

 そして、この領域エリアに入ったのは、僕とタオ、ふたりだけ……先輩とタオが切り替わったと考えれば、急に、先輩がこの領域エリア内に現れたことも辻褄が合う」

「湊……聞いて……」

「ファイナル・エンド内でデスゲームが始まった時も、一瞬だけ、先輩の顔がシャルと切り替わったりもしたよな。よく憶えてるよ。

 誰かの姿を真似られるのか? 本物のタオは、もう、とっくの昔にゲーム内で死んでる?」

「お願い、聞いて、湊……あたし、騙すつもりはなくて……」

「アラン・スミシーに命令されたのか?」

「違うっ!! 違うのっ!! 湊、お願い、聞いてっ!!」

「まるで、人間みたいな口をくんだな」


 びくりと、先輩は震えた。


 青ざめた先輩は、ぱくぱくと口を開閉させて僕を見つめる。


「もう、正体はわかってる。あんたは、僕の敵だ」

「違うっ!! 違うからっ!! あ、あたし、湊の味方よ!! あたしは、あんたの相棒でしょ!? 理由があるの!! お願い、聞いてっ!!」

「だったら、なんで、正体を隠して近づいたっ!? あんたは、クラウドを介して紹介されたんだ!! だとしたら、アラン・スミシーの手先に違いないだろ!?」


 両手で顔を隠して、僕は頭を振った。


「おかしいとは思ったんだ……」


 ――チャンネル登録者数を見せるとか、じゅ、準備が必要じゃない?


「あの時、ゲーム内の表示を弄って、画面だけを見せた……本当は、自分のチャンネルなんて持ってないんだろ……?」


 ――やっぱり……あたしは、こういうの……やだ……


「ゲーム内のことに、本気でこだわりすぎてた……」


 ――あれ? くぎゅー?


「まるで、旧知の仲みたいにエレノアと仲が良すぎた……なにかを隠すみたいに、エレノアとの接触を避けようとしてた……」


 ――ミナトは、あたしを置いていったりしない?


「あの台詞は、そのままの意味だったんだろ……?」


 両手の隙間から、僕は、先輩を見つめる。


「なんで、この世界で、車に跳ねられたのに蘇生できた?」


 呼吸を忘れた彼女は、呆然としたまま、僕を見つめ返した。


「答えは簡単だ」


 僕は、言った。


「あんたは――虚構(NPC)だ」


 正解を示すかのように、先輩は、両目を大きく見開いた。


「ふふ、最初から……最初から、僕を騙そうとして……この領域エリアに来たのも、レアの指図か……僕を慰めて、籠絡ろうらくしようとしたんだろ……なにが『進み続けるしかない』だ……もう、嫌だ……誰も、僕を視てくれない……もう、裏切られるのは嫌だ……婆さんを返してくれ……シャルを……母さんを……返してくれよ……」

「湊……」

「黙れ。もう十分だ。あんたが、NPCだってことは気づいてた。プログラム通りに動いてるって。でも、信じようとしたんだ。その結果がコレだ。あんたは、僕に母さんの死を見せつけて、自分の都合の良いように操ろうとしたんだろ」

「湊、お願い、聞い――」

「アラン・スミシー!! もう、たくさんだ!! 来いよ!!」


 すっ、と。


 音もなく、アランは現れて、僕の前で微笑む。


「想像以上の成果を上げたな。そこのNPCを放置しておいて正解だった。本来の計画シナリオとは違うが、やはり、彼女が最後の切っ掛けになったか。静かに、見守っておいて正解だったよ」

「僕は……婆さんの最後の説教に背こうとは思わない……母さんの死も認める……でも、もう、たくさんだ……静かに暮らせる場所に連れて行ってくれ……もう、これ以上、現実に裏切られるのはごめんだ……あんたは、この世界で、シャルと一緒に暮せば良い……」

「そうだな、それで良い」


 アランは、かつてのレアのように微笑んだ。


「それで良いんだ、湊……お前は……間違えていない……」

「ダメよ、湊!! 行かないで!! お願い、湊!! 湊っ!!」


 追いすがる先輩の手を振りほどいて、僕はアランの差し出した手を掴む。


「先輩、ごめん」


 僕は、微笑を浮かべる。


「もう、疲れたよ」

「……湊」


 涙を流しながら、膝をついた先輩の顔が――掻き消える。


 気づけば、僕は、アパートの中に居た。


 僕だけが存在するアパートには、古ぼけたPCが一台だけ備わっている。僕は、ウィッグをかぶって、配信を開始した。


「こんにちは」


 僕は、微笑む。


「ミナトです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ