地獄には層がある
巨大ヤドカリを殴り続けて3時間――ボクは、まともに攻略することを諦めた(そもそも、ヤドカリを囲んで殴り続けるのを正攻法とは言わない)。
まずは、初心者領域の脱出を検討してみた。
たしかに、親切な女性の言っていた通り、『たのしい森』から別領域への移動にはレベル制限がかけられていた。恐ろしいことに、レベル制限は戻る道にも施されており『ほのぼの丘』に戻ることすら許されない。
次に、ボクは、別の敵を探してみた。
最強でもなんでも良い。割りに合わない経験値であろうとも、倒せるのであれば御の字だ。
しかし、他の敵なんて、どこにも居ない。森には、デカいヤドカリしかいなかった。『ヤドカリン』とかいう名前が、こちらを煽っているようにしか思えなくて青筋が立つ。
暫くの間、ヤドカリンを観察してみたが、どうやら環境の影響を強く受けているようだった。
ファイナル・エンドのゲームエンジンは、リアルタイムで気象を模擬している。
金の無駄としか思えないが、ファイナル・エンドの気象は、GPV(米国海洋大気局等の気象予測モデルから算出した気象予測値)の情報を基にしているらしい。
気候的に似通っている現実の場所を基礎にして、有り得る範囲内での気象変異をゲーム内時間に合わせて演算しているとのことだ。こういった処理を切り分けするために、領域を細かく分けているという背景があるのかもしれない。
それが全領域に適用されているので、それなりに費用はかかっているだろうし、売りのひとつであることも間違いないだろう。
気温が上がる日中、ヤドカリンは熱を避けているのか、大木の根本にある巣の中へと引っ込んでいた。
『もうコレ、詰んでね?』
「それなぁ……」
力なく、切り株に腰を下ろしたボクは、視聴者の言葉にため息を吐く。
『外から知り合い呼んだら?』
「…………」
黙り込むと、怒涛の如く、コメントが垂れ流される。
『えっ、友達いないの!?』
『トイレでご飯食べても、お腹壊さないんですか?』
『こんなクソゲーやってるヤツに、友達なんているわけないだろ!!』
『コイツ、クソゲーの話になると早口になるよな……』
『学校には通わずに、ファイナル・エンドには通った女』
今まで、黙ってた癖に、嬉々としてコメントし始める視聴者……クズどもがよォ……!
「いや、友達いるから」
『誰?』
「く、枢々紀ルフスちゃん……」
一瞬、コメントが止まった後、凄まじい勢いで流れ出す。
『もうちょっと、頑張ってみようぜ!』
『いつも、配信視てます!! 応援してます、頑張って!!』
『ミナトちゃん、いつもかわいい! 応援してます!!』
『がんばれ~! 応援してるぞ~!!』
「嘘認定して、急に優しくなってんじゃねーぞ!! クソどもがよォ!!」
叫んでスッキリしたボクは、プレイヤーが即身仏と化していく様子を見せてくれた初心者に声をかける。
「薬物って、やめられないって言うわよね」
「出合い頭に、薬物中毒者扱いしないでください……」
「一緒に殴る?
貴女、可愛いから仲間に入れてあげてもいいわよ」
虚ろな瞳で、ヤドカリンを殴っている集団を指して、彼女は地獄へと誘ってくる。
「いや、ちょっと、ボク、思いついたんだけどね」
「なに?」
「ココ、PVP領域なんだよね? 即身仏を殺して、レベル上げしてみたらどうかな?」
「成仏ね」
既に固有名詞が付けられてる……。
「ファイナル・エンド世界では、人殺しなんて挨拶みたいなものだから、殺したところで経験値なんて得られないわよ。今までに、同じ発想に至って、即身仏を殺害……つまり、成仏させるプレイヤーはいたけど、誰もレベルは上がらなかった」
B級映画でも、挨拶代わりに人を殺したりしないよ?
「確認したいんだけど、ヤドカリンって、レベル1なの?」
「そうね」
「ヤドカリンは攻撃を避けてるんだよね?」
「そうだけど」
「それじゃあ、攻撃が外れているというよりは、外されているって表現が正しいわけだ」
「……なにか考えてる?」
「アイディアはある」
ボクは、ため息を吐く。
「インタラプトVRだし、クソゲーだからいけると思うんだけどね……ちょっと、気が咎めるというか……それに、もうちょっと癖が欲しい……」
「な、なにする気?」
「…………」
「なにする気、貴女ァ!? ねぇ!? 初心者戦争みたいなことするつもりじゃないわよね!? やめてよ!? ねぇ!? お願いだから、やめてよ!? 頼むから!!」
「君は、親切にしてくれたから教えてあげる」
満面の笑みで、ボクはささやく。
「地獄には層がある」
ささやかれた彼女は、びくりと震えた。
「ココは、まだ、最下層じゃないんだよ……」
呆然と立ち尽くしている彼女を残して、ボクは、使えそうなモノがないか森の中を見回った。落ちている木々を拾い上げながら、平たいものと棒状のモノを見繕う。
革のズボンの紐を解いてから、ふと、即身仏に気づいた。
「…………」
「お、コレは、死んでる」
どうやら、即身仏化(放置)してから、ある程度の時間が経つと、強制ログアウトの前に死亡扱いされるらしい。
気になったボクは、その死体の肌に触れてみて――
「おやぁ♡」
身震いしながら、喜悦の声を漏らす。
「ええやん、これぇ♡」
全ての準備は整った。
今から、地獄を――掘り進めよう。