知らなかったのか……? クソゲーからは逃げられない……!!!
街の通りを歩いていると、男女問わずに、僕の方へと振り向いた。
「あの子、可愛くね……?」
「お前、ちょっと、声かけてみろよ」
「え、なにアレ、モデルさん? 撮影してんの?」
「コスプレかなぁ? かわい~!」
どうにも、休日の女装お散歩は注目を浴びやすい。ウィッグも蒼色のモノしか持っていないので、そこらのレディースファッションを無難に組み合わせても、コスプレかなにかと勘違いされがちだった。
クソゲーから解放された僕は、鼻歌交じりに歩く。
もう二度と、あんなクソゲーやるもんか。人気の出ないVtuber稼業だって、本日で廃業だ。初心者戦争とか、アホじゃないの。あんなヤドカリを殴り続けるクソゲー、二度とやるもんか。
待ち合わせしていた喫茶店に入ると、拡張現実鏡に『ようこそ、白亜湊様』と僕の名前が表示される。行きつけの喫茶店なので、会員登録をしており、入店時に自動で会員情報からログインされるようになっていた。
『柚浅葵様がお待ちです。
お席まで案内いたします』
メイド服姿のデフォルメ・キャラクターが、僕の視界上に現れて、矢印棒を両手で担ぎながら店内を走り回る。
『きゃっ!』
そして、ものの見事に転んだ。
『いたた……はわわぁ……!』
「…………」
『ドジしちゃいました、てへっ☆』
「…………」
最先端技術で再現されるドジっ子……とても、良い……。
浸っていると、店内にいたおっさんたちが、爽やかな笑顔で僕へと親指を立てていた。
僕は、笑って、親指を下に向けて返す。
メイド・キャラクターに案内されて、席にまで行くと、憂鬱そうに窓の外を視ている幼馴染が座っていた。
あいも変わらず、綺麗な横顔だった。
柚浅葵……僕の幼馴染である彼女は、異様なまでに鋭い目つきに、対照的なふわふわカールの髪の毛をもっている。
あまり服装には頓着しないのか、少し袖の余っているパーカーにハーフパンツ、長い足を黒色のタイツで包んでいた。たまには、スカートを履けば良いのに、服装に口出しすると本気でキレる。
この間、学校の男子に告白されていたからモテる筈だ。でも、僕の方がKAWAII。
「おまたせ~!」
ゆるゆると手を振りながら、葵の向かい側に座る。
「…………」
僕の方をちらりと視た彼女は、また窓の外へと視線を戻す。
「今日、ちょっと、厚着し過ぎちゃった~。ココに来るまでの間に、ちょっぴり汗かいた」
「…………」
僕は、へらへら笑いながら、両手でぱたぱたと自分を扇ぐ。
「もう、僕、お腹、ぺこぺこだぁ~! よぉし、今日は食べるぞ~!」
「…………」
むんむんと張り切りながら、僕は両腕で力こぶを作る真似をする。
「葵も、なにか食べる?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、葵ちゃ~ん?」
ため息を吐いて、葵は、正面から真っ直ぐに僕を見つめる。
「なんで、私より可愛い服を着てるんですか?」
「え?」
僕は、自分の服装を見下ろす。
もこもこのボアブルゾンにチェック柄のタイトスカートを合わせて、安物のウールベレーをかぶってきただけだ。履いている厚底のシューズは、SNS上で安く譲ってもらった流通品である。
「ふつーでしょ?」
「……さっきから、足、視られてる」
舌打ちをした葵は立ち上がり、僕を席の奥に押し込めて、隣に腰を下ろした。どうやら、生足晒した魅惑のマーメイド状態の僕を守ってくれるつもりらしい。
「おっ、さんきゅ~!」
礼を言うと、ジトリと睨みつけられる。
「休日に女装して、幼馴染に会いに来るとか、どれだけおめでたい頭してたらそんなこと考えつくんですか」
「我、数学7点ぞ?」
この間の中間テストの結果を誇ると、ドン引きした葵に身を引かれる。
「それより、注文していい? お腹、減った減った減ったぁ~! 我、数学7点ぞ~? 物理9点ぞ~?」
「……好きにしたら」
肘をついている葵の言葉を受けて、僕は、拡張現実鏡に映っているメニュー表から肉を注文する。
数分もしないうちに、無音でドローンが注文品を運んでくる。テーブル上にお肉が置かれて、ご相伴に預かることにした。
「……Vtuber、まだやってるんですか?」
「もうやめた」
お口の中で、お肉をもぐもぐしながら応える。
「だったら、女装、やめて欲しいんですけど」
「葵より可愛いから?」
「殺しますよ」
ばさりと、封筒に入れられた手紙が、テーブル上に撒き散らされる。お肉を噛みながら、片手で中身を視てみると、どうやら僕宛のラブレターらしかった。
「はえ~! 今どき、ラブレターって、古風だね~!」
「幼馴染として、普通に迷惑です。毎日のように、貴方の連絡先を聞かれますから。これらの対応時間が、私の人生にとっての損失です。断るのに、口を動かすのだって、労力がかかる」
「中身の写真撮って、SNSに晒したろ」
つい癖で、ミナトのアカウントで投稿すると、早速、コメントが飛んできていた。
『ファイナル・エンドから逃げるな』
「…………」
「は? ちょっと」
僕は、葵の腕を抱き込んで、彼女の顔は映らないように注意してから写真を撮る。写真加工アプリを用いて、顔を多少隠してから、自撮りを投稿する。
数分後、大量のコメントが寄せられていた。
『ファイナル・エンドから逃げるな』
『ファイナル・エンドから逃げるな』
『ファイナル・エンドから逃げるな』
『ファイナル・エンドから逃げるな』
『ファイナル・エンドから逃げるな』
もうコレ、ホラーだろ……。
あのクソゲーとの繋がりを消し去りたい一心で、僕は、自分の動画投稿所を削除しに行って――
「……は?」
動画投稿所登録者数、10032――信じ難い数字に出くわした。
手が震える。嫌な汗をかいていた。
初心者戦争の時から、投げ銭の数がスゴイことになっていたことには気づいていた……でも、まさか、たった数日の配信で、登録者数が数千倍にも膨れ上がるとは。
自分が投稿していた最新動画を確認すると、1000以上の高評価が付いているコメントが目に入った。
『Your Head is Final End』
初めての海外からのコメント……僕は、覚悟を決めて立ち上がる。
「……そろそろ、行かなきゃ」
「は?」
僕は、立ち上がって、悲痛を笑顔で表現する。
「クソゲーが……待ってる……」
「は?」
「支払いは、僕に任せろ!!(バリバリバリバリ)」
「は? なに? なんで、貴方の癖にお金もってるんですか?」
視聴者からの貢物で、幼馴染にコーヒーを奢ってから店の外へ飛び出す。
そして、新世界へとログインをして――
「もォ、やめるわァ、このクソゲーがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
糞を前にして、クソゲーをやめることにした。