始発点はつ終着点ゆき
「タオ!」
「…………」
少年の呼びかけに、タオは答えようとしない。
焦燥を顔に刻んでいる彼は、必死に呼びかけるが、タオの顔は無表情のままだった。
「急に、どうしたんだよ……霊王マラソン、言い出しっぺはお前だろ? なんで、突然、なにも言い出さずに抜けちまったんだよ?」
「さて、なぜでしょうか?」
「タオ」
彼は、呆然としてささやく。
「お前、どうした?」
「いまいち、話が視えないんだけどさ」
部外者のボクは、敢えて、ふたりの間に入った。
「君は、タオのお友達? 熱狂的なファン? VRゲームの中でもストーキングキメちまってるアウトロー?」
「同じギルドの……8章32節って、ギルドのメンバーだよ」
気持ちが定まらないのか、腰の剣帯を弄りながら彼は言った。
「元々、8章32節はタオが作ったギルドなんだ。随分前に、俺も誘われて入って、氷塊迷路の制作にも携わった。
無限復活する霊王を用いて、レベリングをしようって言い出したのもソイツだ」
嘘を付いている様子はない。動揺しているのは見て取れるが、わざわざ、虚偽申告しにきに出てきたわけではなさそうだった。
「タオ、どうなの? 本当に仲間? ストーカー?」
「1対2でストーカーじゃないですか?」
「なんだ、君、ストーカーじゃん。失せろよ」
「いや、待て待て!! なんで、急に多数決が行われて、ストーカー認定してんだよ!? 民主主義の曲解が物凄いわ!!」
前に回り込んできた彼は、息を荒げながらタオを指した。
「タオ! お前は、俺らのリーダーだろ! なんで、急に、霊王マラソンやめちまったんだよ!! おかしいぞ、お前!?」
「争いごととかやだぁ♡ 大好物ぅ♡
とりあえず、ふたりで、じっくりしっとり、コトコト煮込んで話し合ったら?」
「いえ、別に、話し合うつもりはありませんよ。タオちゃんは、ミナト・チャンに付いていきます。刷り込みってヤツですね。いぇい」
そう言って、タオは、彼に背を向けて――
「やっぱり、おかしい……」
少年は、断言した。
「姿も雰囲気も喋り方も、確かに、タオそのものだ。でも、タオは、8章32節を見捨てるようなヤツじゃない」
顔を歪めて、彼は、唇を震わせる。
「お前……誰だ……?」
微笑を浮かべて、タオは、人差し指を唇に当てる。
そのまま、しずかに、おおきく、ゆっくりと――息を吐いた。
タオは歩き始めて、ボクはその後を追った。少年は、諦観の眼差しでボクらの背を見送り、いつの間にか見えなくなる。
城街領域……引いては、都市領域の外へと繋がる門の前まで、やって来て、ボクはタオに声をかける。
「いいの?」
「なにがです?」
「あの子、置いてきて」
「まぁ、他人ですからね」
あっさりと、彼女は言った。
「アランも言っていたでしょう。我々は、ただ、わかり合ってるフリをしてるだけで、実際には他人の現実なんて理解出来ない。道徳の授業で教えるような『思いやりの心』なんてものが存在するなら、未だに、人間は殺し合ってなんていない」
冷たい眼差しで、宙空を捉えながら、ささやき声は続ける。
「理想の世界なんて、自分の裡側にしか存在してないんですよ」
「だからって、それを押し付けて良い理由にはならない」
扉が開いて、ついに、安全地帯から危険地帯への道が開かれる。
招くようにして、微笑を浮かべたタオは、緩やかにお辞儀をした。手のひらで道を示して、彼女は、腰を曲げる。
ボクは、苦笑して、前に踏み出す。
――君の答えを、終着点で待つ
そして、ようやく、そこで……アラン・スミシーの言葉の意味を知った。
「おいおい」
目の前には、病院が建っていた。
見覚えのある市立病院には、駐車場が存在している。ボクが背後を振り返った瞬間に、城街領域の門は滲んで消えて、病院前の信号機へと姿を変えた。
どこからか、クラクションの音が聞こえて、後ろに下がったボクは、赤色の信号機を睨みつける。
遠目に視えていた丘陵は、瞬く間に住宅街へと変じる。
こちらに襲いかかろうとしていた敵モブは、骨格ごと変形していって、何の変哲もない通行人になる。四足歩行の敵の群れが、自転車に乗った高校生の群れに変わり、大型のモンスターは自動車になって時速60kmで消えていった。
チカチカと、交通信号機が点灯する。
道路を挟んで、向こう側。
ぶぅん、ぶぅん、ぶぅん。
絶え間なく、眼前を走り抜ける自動車。横断歩道の向こうで、ぽつんと立っている少女の顔が隠されていた。時速60kmの壁に遮られた彼女の顔は、様々な色合いの車体によって巧妙に隠されている。
でも、ボクは、彼女が誰なのか知っていた。
信号が、青に、変わる。
笑顔で、女の子は、こちらに駆け寄ってくる。
「この」
ボクの笑顔は、力なく、歪んでいって――
「クソ野郎が……」
柚浅葵は、ボクの前に辿り着いた。