楽しい転職、霊王マラソン
戦士が一歩も歩けず戦死する理由――それは、職業専用装備こと大戦士のお守りに起因する。
その重量99999、重量制限によって歩行を禁じられる魔のアイテムだ。本来は、アクセサリー欄にデカデカと書かれており、戦士である以上、外すことができない筈のソレはいつの間にやら外れていた。
数分前に、別れを告げたエレノアを問い詰めると、彼女はあくびをしてから答える。
「いや、だって、大戦死のお守り外せるし……」
「お前、それ、無同意殺人だからな?」
話を聞いてみれば、転職時に、職業専用装備は外すことも出来るらしい。なぜ外さなかったと聞けば、誰にも頼まれなかったからとの回答が返ってきて、クソダナーサービスの片鱗に触れ身体が震えた。
「ちなみに、長時間、アクセサリー欄を空けたままでいると勝手に再装備されちゃうんだよね……サプラァイズ!!」
「NPCって、倫理観を定期的にフォーマットしてんの?」
下手すれば、死んでいたところだ。のほほん言ってやがるが、大事である。にも関わらず、エレノアは、全く気にした様子はない。信者たちに両手両足をマッサージされながら、頬まで膨らませて見せる始末だ。
「んもー! なんで、ミナトお姉ちゃん、怒ってるのぉ? そんなに文句あるんなら、他の職業に転職させてあげるよぉ!」
「当たり前だろ♡ ボクの怒髪天が、テメーの心臓を貫くわ♡
戦士以外なら何でも良いから、とっとと転職させてくれ」
「え……本当に、なんでも良いの……?」
「嘘嘘嘘ぉ!! ちょっと待って!! そういや、ココ、ファイナル・エンドだった!! まともな職業があるわけないわ!!」
ボクは、ちらりと、待機しているタオに目をやる。
「とりあえず、魔術師は頭がおかしい。戦士は自殺前提。治癒師は死ね。忍者と侍は論外。騎士と魔物使いはファイナル・エンド。付与術士は死刑に遭うし、射手はゴミ」
「やだー♡ 片っ端から、全部、クソ職じゃん♡」
「ミナトちゃんって、自分で自分の首を締めて死ねたりします? だったら、治癒師がオススメですよ」
「一生、ボクのオススメ欄に出てくることはないね♡ 死ね(低く評価)♡」
結局、ボクは、射手を選ぶことにした。
他の職業とは違って、比較的ヤバい要素が少ない上に、職業専用装備がないので防具の自由度が高い。弓を装備しないとまともにDPS(1秒あたりに与えたダメージの効率)が出ないらしいが、遠距離から安定して攻撃出来るのは強い。
さくっと、転職ダンスを堪能してから、今度こそエレノアに別れを告げる。
ファイナル・エンドは、プレイヤーの動作を重視するアクション性の高いインタラプトVRに属する。初期装備でも、テクニック次第では、なんとでもなるということで、金もないしそのままで行くことにした。
「で、とりあえず、セオリーとしては周辺でレベル上げ?」
「そんなことしたら死にますよ」
Q. なんで、MMORPGなのにレベル上げしないの?
A. ファイナル・エンドだから
「霊王が健在なら、霊王マラソンで稼いでたんですが……」
「なに、その、霊王マラソンって」
目を細めたタオは、淡々と答える。
「遺城は、王座を埋めることで……つまり、霊王を指定することで、城全体の防御パラメータを上げることが出来るんですよ。だから、クラウドはプレイヤーの中から霊王を選んで、遺城の防衛兵器としていました。
霊王に選ばれたプレイヤーは、敵として扱われて攻撃出来るようになります。その霊王の経験値が美味い、ジューシー、何杯でもイケる!! ってことで、タオちゃんたちは、喜び勇んで霊王を狩ってました」
「いや、でも、プレイヤーは一度死んだら終わりじゃないの? 何回も狩れなくない? マラソン不可じゃない?」
「いえ、霊王は、城と命運を共にするので、城が壊れなければ何度でも生き返ります。城自体が保全されていれば、むしろ、この世界で最も安全な存在と言えますよ。
だから、クラウドは、豚ちゃんの保護にも、霊王と言う立ち位置を用いたんです」
なるほど。
ようやく、ソーニャちゃんが、なぜ『霊王』の立ち位置に甘んじていたのかわかった。命の恩人に説得されて、上手いこと言いくるめられたのだろう。
それは、アラン・スミシーの命令だったのか、クラウド自身の意思だったのか……今更、確かめようとも思わないが。
「霊王を殺し続けて、経験値を荒稼ぎするのが霊王マラソンね。そういや、君のギルドのお仲間みたいなのが、城の中にいたけど?」
――お前、ふざけ……同じギルドだろーが……!
城の広間。
シャンデリアの上に隠れていたプレイヤーが、必死にタオへと呼びかけている姿を思い出し、なんとなしに聞いてみる。
「タオちゃん、いちおー、ギルドマスターなので。略して、ギーなので」
「そんな略し方するヤツ、視たことねーよ」
「一時期は、クラウドちゃんとガチで殺り合ってたフシもあります。仲間を呼び寄せて戦争フッカケようとしたら、入出国制限を設けられたレベルのガチ具合です。どやぁ」
真顔で胸を張るタオに、ため息を吐きかける。
「あの入出国制限、お前のせいかよ……」
「ちなみに、入出国制限に用いられたおみくじは、タオちゃんの仲間を判別する装置になっていて、『大吉』が出たプレイヤーは遺城の地下牢に転送されます」
アレ、地下牢に召されてたのね。
被害を被ってきたボクは、諸悪の根源が目の前にいることに憮然としつつ、同時に胸の中で疑問が膨れ上がるのを感じた。
「そもそも」
ボクは、唇を舐めて、言った。
「なんで、クラウドと敵対してんの? ほぼ、喋ったりしてなかったよね?」
「さて」
人差し指を口の前で立てて、タオは、嫣然と一笑した。
「なんででしょーか」