ボクは、歩ける
「で」
ボクは、振り向いて、笑顔のタオを見つめる。
「なんで、付いてくんの?」
「そりゃあ、タオちゃんがカワイイからですよ」
「話聞けや、ぶっ殺すぞ♡」
チャイナドレスの裾を翻し、ゆっくりと一回転したタオは、真顔で横ピースをする。
「いぇい」
「ソソるぜ、この女ぁ……殺意が♡」
とりあえず、無視。
城街領域の出口を目指すものの、いつまでもどこまでも、タオは付いてくる。途中で、ダッシュして撒こうとしたものの、身軽にぴょんぴょん跳ねながら追いついてきた。
「あのね」
ぜいぜいと息を荒げながら、ボクはタオに振り向く。
「ボクは、これから、命懸けでファイナル・エンドを攻略しないといけないの。君みたいなお気楽クソ女に構ってる余裕も時間もないわけ。時間も人生も有限、世界がボクに微笑んでるうちに、とっととクソゲー攻略完了させちゃいたいの。
どぅゆーあんだすたん?」
「そうは言いますけどねぇ……ミナト・チャン、終着点への行き方は知ってるんですか?」
数秒、押し黙ってから口を開く。
「なんで、ボクが終着点を目指すって知ってるの?」
「長い付き合いじゃないですか」
「恐ろしいくらいにみじけーよ、捏造すんな」
タオは、肩を竦める。
「ボクは、君の過去を視た。
レアの……アラン・スミシーの幼馴染なんでしょ。だからこそ、付いて来ない方が良いって言ってんだけど」
「でも、ミナト・チャンには、タオちゃんが必要になりますよ」
「いや、だから――」
「ミナトおねえちゃ~ん!!」
ブンブンと手を振りながら、エレノアがこちらに突っ込んでくる。そのまま、ラリアットをかましてきたので、寸前でブリッジして避ける。
「おいゴラァ!! 遺城から出てんだぞ、こちとらァ!! 当たったら、ガチで死んでたわクソが!!」
「あ、ごめん……無意識で、殺そうとしてた……」
「ほんとうにこわい」
なにか気になることでもあるのか。
エレノアは、ちらちらと、タオの方を視る。タオは、ニコニコとしたまま突っ立っていて、諦めたかのように彼女はため息を吐いた。
「ミナトお姉ちゃん、この女性、連れて行った方が良いよ」
「いやいやいや、急になんなの、その見計らった感じ」
「良いから、連れてってあげて。もう知らない」
意味がわからない。『連れて行ってあげて』と『もう知らない』の間には、なんの繋がりがあるのか。
聞いたところで、答えないのはわかっているので、深くは気にしないことにした。
「いや、まぁ、ボクは別に良いけど……最終的には、本人に任せるし」
「やったー、わーい」
「で、なんか、まだ用事あった?」
真顔でバンザイするタオを横目に、ボクは、エレノアに用件を尋ねる。わざわざ、追いかけてきたのだから、なにかあるだろうと思っていたら、彼女はただ「お礼を言いに来ただけ」と殊勝に言う。
「お礼? なんの?」
「転職教会、守ってくれたでしょ?」
ボクは、顎に手をやって……半分だけ頷く。
「いや、ボクは、局地戦で勝っただけで、クラウドに礼を言うべきじゃないの。知らんよ。やりたいようにやったらそうなったってだけで」
「いーの! エレノアがお礼を言いたいんだから!」
珍しく。
エレノアは、目を閉じて、両手を組み祈りを捧げた。
「ミナトお姉ちゃんに、悪魔の加護がありますように」
「せめて、神に祈れよ♡」
首から下げている逆十字の通り、悪魔を礼賛されている邪教に旅の無事を祈られ、ボクはようやく街から踏み出――首根っこを掴まれる。
「ぐえっ!」
「『ぐえっ!』じゃないですよ、バカですかアホですか脳みそスカスカ、バブルブレインですか、なーに準備もなしに旅立とうとしちゃってんですか、最初に120ゴールドもらったのに薬草も買わずに外に出ちゃう死にたがりですか。
なにはともあれ、まずは準備に決まってるでしょ。なんで、貴方は、なにかと脳死で突っ込むんですか」
この女……言ってることがまともだ……!
ファイナル・エンドが、如何にクソゲーと言えど、準備するとしないとでは天と地の差が出る。むしろ、レベル、装備、仲間集め、情報収集……RPG部分でどれだけ難易度が下げられるか、それが勝負になってくる。
感動したボクは、抗議しようとしていた口を閉ざした。
「まずは、お互いに、ステータスを見せ合いっこしま――なぁ~に、タオちゃんのことをエッチな目で視てるんですか!! 見せ合いっこって、そういう意味じゃありませんよ、ドスケベがッ!!」
「急に興奮して叫ぶのやめて? ひとりで盛り上がるな? 普通に怖いよ?」
そういや、ボク、最後にステータス開いたの何時だったっけ……?
ファイナル・エンドと言うクソゲーを前に、暴力一択だったせいか、まともにレベル上げすらしていない。武器だって、拾ったものばかり使っていた。MMORPGってなんだったっけってレベルだ。
「んじゃ、ちょっと開いてみるわ」
ボクは、ステータスを開く。
プレイヤー名:ミナト
レベル:5
職業:戦士 LV1
所持金:0ルクス
HP(体力):110
MP(魔力):8
STR(筋力):6(+5)
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0(+5)
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):20
スキル
☆荒事専門
ジャストガード
突進 LV1
装備
左:なし
右:なし
胴:黒紫のバニエ
腕:オペラグローブ
足:黒・ローファー
アクセサリー:なし
「……え?」
ボクは、職業『戦士』の欄に眼を注ぐ。
無言で、一歩下がって、一歩進んだ。
歩ける。
――アレ、まだ、サプライズ炸裂してないの?
エレノアの言葉の真意を理解して――ボクは、顔を歪ませて、膝をついた。
ゆっくりと、息を吸って、空を見上げる。
青空。
ボクは、微笑んで、涙を流した。
「ボクは……」
両手を広げて、ボクは、美しい青い空を仰いだ。
「歩ける……」
自分の胸を掻き抱いたボクは、ドン引きしているタオの前で、愛と光に包まれて涙を流し続けていた。