交わらぬ道
どっかの廊下で、天使を倒しても勝利を得たわけにはならない。
所謂、局所的勝利ってヤツである。
同時に、連続で、遺城の各所は攻撃されていた。
ボクらが、ひとつの廊下で天使Aを倒したところで、大局が変わるようなことはない。だからこそ、ボクの勝利宣言は、ちょっとした気休めのつもりだった。
気休めのつもりだったが――
「ミナトちゃん」
大勢のプレイヤーを引き連れたクラウドは、天使の大群相手に勝利を収めて、ボクを驚愕の眼差しで見つめていた。
「なぜ……なぜ、戻ってきたんだ……」
「忘れ物しちゃった♡」
ウィンクしたボクに、クラウドは絶句する。
「言ったでしょう」
クラウドの背後から、ぬっと姿を晒したタオは、あくびをしてからささやく。
「再見」
ボクが取り込まれた、レア・クロフォードの過去。
あの過去が正しければ、タオは、シャルから『ミナト』の話を聞いていた。そして、ボクとシャルの繋がりも。
ボクと彼女の縁は、断ち切られることはなく、引き寄せられた。
タオの思い描く通りに。
「わかってるのか……最後の……最後の機会だったんだぞ……! どうしてっ……!? どうして、戻ってきた……!?」
「言ったでしょーが、忘れ物だって」
「シャルを救いに来たのか……!?」
「違うね」
クラウドの言葉に、ボクは微笑で応える。
「ボク自身のために来た」
――湊
ボクは、決着を着けるために――ココに居る。
「ふふ、ミナト・チャンは、面白おかしいヒトですね。哺乳類ですね、類人猿ですね。ホモ・サピエンスみたいな面ァしてますねぇ。猿は猿らしく、感情に従って、騒ぎ踊るのが正しいことだと思いますよねぇ」
「タオちゃん、君、随分、昔と比べてお喋りになったね」
「はれ? もしかして、タオちゃんの過去を視ました? だから、片目が潰れちゃってる?」
「あぁ、視たよ」
ボクは、失った右目を撫でる。
「タオ、お前、なにを求めてココに居る。シャルの敵は取ったろ。なんで、まだ、シャルの夢の中にいる。いい加減、目覚めて働けや、クソニート」
「勘違いしないで欲しいんですがね」
お目々を閉じて、可愛らしく、両手を擦り寄せたタオはつぶやく。
「タオちゃんは、アランの側にいるわけではありませんよ。そこに居るクラウドとは違ってね。タオちゃんはタオちゃんの心に従って動きます。そして、女心と秋の空ってのは、様変わりしやすいもんなんです」
両手で。
胸の中心でハートマークを作って、タオは、蠱惑的に目を細める。
「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします……って言ったりもするじゃないですか」
「私は」
宣言するように、クラウドは言った。
「私は、アランの味方だよ、ミナトちゃん。でも、もう、借りは返したと思っている。レアにもシャルにも世話になったが、もう、コレでお手伝いはお終いにする。だから、私は私の行動理由を持つし、ミナトちゃんを救いたいと思っていた。
でも」
悔しそうに、彼女は歯噛みする。
「君は戻ってきた」
「あいるびーばっく……って、言い忘れた♡」
ふたりに敵意がないことを知って、ボクは、武器を引っ込める。ようやく、クラウドは、緊張を抜いて笑った。
「でも、戻ってくるような気はしていたよ」
「で、ミナト・チャンは、これからどうするんですか? なんか、面白いことするんでしょう? このクズ野郎が」
「急に罵倒するな、クソ女ぁ♡
なんだか知らんが、君らは、この城を守ってくれるんでしょ? だったら、ボクは、終着点を目指すよ」
「やめておいた方が良い」
ハッキリと、クラウドは、ボクを止める。
「レアは……アランは……もう、手遅れだ。シャルはもう居ない。
ミナトちゃん、君が終着点を目指す理由はひとつもないんだ」
「何度、言わせんだテメー♡ レアもシャルも、関係ねーんだよ♡ ボクはボクのために、終着点を目指すんだ♡ 一度、出発した電車が、社畜のために下がってきてくれたことあんのか♡」
「……私はね」
実在しないなにかを掴もうと、躍起になるみたいに。
目を伏せたクラウドは、視線の下にある右手を、何度も握っては、開く。
「シャルの敵を討ちたかった。日本にいて、なにも出来なかったからね。レアは、己の信念に従って、シャルのために行動を起こした。対する私は、レアの後ろにくっついて、敵討ちをするフリで己の心を満たすことしか出来なかった」
ゆっくりと、彼女の顔中に苦渋が広がる。
「羨ましいよ、君たちが……私は、ただ、この最後の安息地を……遺城を守っているだけだ……なにをしているんだろうな、私は……矛盾しているのはわかってるんだ……レアの邪魔をしているだけだと……でも、この城は……この城だけは……守りたいんだ……」
苦笑して、クラウドは、ボクに向かって片手を挙げる。
「頑張れ、ミナトちゃん。応援してるよ」
「さんきゅー」
ボクは、彼女に背を向けて――
「ミナトちゃん」
その声に振り向き、彼女の哀しそうな笑顔を見つめた。
「この城はね、シャルが企画して、私がデザインしたんだ」
今にも泣きそうな顔で、彼女は笑う。
「私が……」
彼女は、ささやいて。
「私が……デザインしたんだよ……」
知ってるよ。
――ちょっと、クラウド! ぜんっぜん、わたしのコンセプトと違うじゃん!!
シャルの笑い声も。
――クラウドは、絵は上手いんだが、画が下手なのが難点だな
レアの皮肉も。
――デザインのはみ出し方が、人間性のはみ出し方と同じですよ
タオの悪態も。
――ミナトちゃん!!
君の。
――どうだ、このデザイン!? 最強じゃないか!?
笑顔も。
「知ってる」
クラウドは、大きく目を見開いて――
「そうか……」
重荷を下ろしたみたいに、表情筋を緩めた。
ボクは振り向かず、クラウドも振り向くこともなかった。
ボクらは、道を違えて、互いに進むべき場所へと進んで行った。