象徴の完成
「ほ、本気でやるの……?」
「あぁ」
ボクは、微笑んで、エレノアの肩に手を置いた。
「やれ♡」
「無理だ無理無理無理ぃ!!
よくよく考えなくても、こんな策、上手くいくわけがな――」
「覚悟を決めろ♡ 人は、いずれ、死ぬ♡」
一度は、ボクの策を聞いて、頷いた癖に。
設置された騎士が、今更ながらに、泣きながら首を振る。逃げようとした第二、第三の騎士たちの首根っこを掴んで、逃げないように押さえつけながらボクは笑った。
「エレノア」
ボクは、騎士の肩を掴んで、位置を修正しながらささやく。
「やれ♡」
右の拳を中段で溜めたエレノアは、ゆっくりと腰を落として、ふーっと息を吐いた。彼女の周囲に、無色の気が渦巻いて、ひりつくような感覚が肌に伝わる。ピシリと、床に亀裂が入って、壁にまで広がっていく。
彼女の両目が――開眼――輝いた。
「撃て♡」
ドッ――凄まじい勢いで放たれた右拳、突っ立っていた騎士が、三重にブレてから吹っ飛んだ。超高速で撃ち出された人間弾丸は、細かい触手をぶっちぎり、天使Aの塊に直撃する。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
高音、天使の悲鳴。
「あぁ~♡ 天使の音ぉ~♡」
響き渡って、土手っ腹に人型の穴が空いた。
次いで、次弾、装填して、エレノアは撃ち放つ。どっかの誰かが言った通りに、個々の触手のダメージは大したことがなく、騎士であれば迎撃を十分に耐えられる。
エレノアの拳の威力は、都市領域では無効化される。暴力教会で転職した時、アレだけ、バシバシ叩かれたが死ぬことはなかった。
であれば、問題はないと踏んだ。
「大丈夫だぁ!!」
天使Aを潜り抜けて、廊下の向こう側に至った騎士たちは嬉々として手を挙げる。
「ミナトの言った通り、騎士なら地形ダメージを喰らってもギリギリ耐えられる!! 回復次第、次からは、受け止める!! 皆、来い!!」
「よし、実地試験で安全性は立証されたな。
じゃあ、そろそろ、ボクも行――ゔん!?」
エレノアに顔面を殴られたボクは、低空飛行で天使Aの股をくぐり抜けて、優しく受け止められる。天使Aの群れは、騎士砲弾による衝撃で削れてはいたものの、どこからともなく補充されて蜘蛛の巣状へと変形していた。
嬉々として、ボクは、その裏側から天使Aに襲いかかった。
「おうおう♡ よー、斬れるわ♡ まるで、板前さんになったみたい♡ 下りてらっしゃい、今日の夕飯は、天使の刺し身よ♡」
想定した通り、天使Aの背後はガラ空きだ。
まともに反撃もしてこないので、、頭をブンブン振りながら、使い捨ての長剣でみじん切りにする。
「お得お得!! 本日、限定、斬り放題!! 逝ってらっしゃい、視てらっしゃい!! 地獄旅行へご招待!!」
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「もっとだ♡ もっと叫べ♡ 貴様の叫声が、ボクの糧になる♡ 世界平和の礎になれ♡ ボクは、ココに、貴様の悲鳴で銅像を立てる♡ 泣けば泣くほど、ボクの肌が潤っちゃう♡ 最新の美容法かな♡」
「削れ削れ削れぇえええええええええ!! 削り殺せるぞ!! アイツらの補充よりも、オレたちの方が速い!! ミナトに続けぇえええええええ!!」
ドッ、ドッ、ドッ!!
前面からの人間砲弾、後面からの人間狂剣。
歓声と悲鳴が混じり合って、蒼ビット粒子が吹き上がる。エレノアの拳による射出は、精度を増していき、触手にやられそうになった人間を、人間の砲弾で撃ち落として救うと言う人間ビリヤードすらこなしていた。
「ミナトお姉ちゃん!! もう、弾無い!!」
「あぁ!?
お前とお前ぇ!!」
蒼ビット粒子だらけのボクは、適当に、ふたりのプレイヤーを指した。
「さらってこい!!」
「えっ」
「人間、さらってこいつってんだよ♡ 弾が足りねぇんだ♡ 四の五の言わずに、命を懸けさせて、無許可で勇者を量産しろって言ってんだ♡ 誘拐から始まる英雄譚も、たまには悪くないよね♡」
「私に任せろ」
屈強な肉体を晒しているエレノア教会員が、胸筋を動かしながら言った。
「昔から、エレノア教会員筆頭幹部として、信者を増やすために毎日の祈りと誘拐を欠かしたことはない」
「適任にも程がある、とんでもねぇ逸材のクズ野郎だ」
「暴力、最高!!」
逆十字を切って、颯爽と駆け出したエレノア教会員たちを見送り、ボクはひたすらに天使の塊に攻撃を浴びせ続ける。
覚悟を決めたプレイヤーの中には、歴戦のファイナル・エンド・プレイヤーも混じっており、受け騎士なる実在しない職を勝手に作り上げ、騎士は攻撃が当たる度に防御力が上がると言う嘘をまことしやかにバラまいていた。
そのせいなのか、盾役は、後ろに下がらない。死者が出るかと思えば、治療役が目を光らせていて死ぬこともない。
その緻密な連携によって、嘘が真になっていた。
『死なない盾役はクソタンク!! 死なない盾役はクソタンク!!』
『視えなければ受ければ良いのだァ!!』
『現在、この時を、死時として見極めよ!!』
蒼色のコメントが、戦場を飛び交って、視えない上昇効果になる。士気は向上し続けて、誘拐されて来たプレイヤーが泣きながら空を飛び、『暴力、最高!!』の掛け声で無限の攻撃が続いた。
時間は、飛ぶように流れて。
気付けば、攻撃音が止んでいて、目の前にはなにも残ってはいない。天使Aの群体は、崩壊していて、そこら中からレベルアップ音が響いていた。
息を切らしたボクは、いつの間にか、周囲が静まり返っていることに気づく。
全員が全員、ボクのことを見つめていた。その視線は、なにかを期待していて、興奮で揺らめいている。
だから、ボクは、笑顔で旗を立てる。
「勝鬨を上げろ、クソども♡」
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
空気が張り裂けんばかりの歓声が、鼓膜を震わせ、肌を粟立たせる。
ボクは、己の立ち位置を確かめて、旗を振る少女を真似ながら片手を挙げた。