クソゲーに神はいるか?
領域――たのしい森。
上陸作戦を攻略(壊滅)させたボクが辿り着いたのは、初心者領域と称される領域だった。
このファイナル・エンドとか言うクソゲーは、蜂の巣状に領域が分け隔てられている。
領域の端にまで近づくと、プレイヤーの視界には赤色の点線が表示され、その切れ目に接近することで、個人情報の照会が行われるようになっていた。
こうすることで、初心者を見分けたり、ゲーム内の犯罪者を判別して、立ち入り制限を設けたりしているらしい。
つまり、現在、ボクがいる初心者領域である『たのしい森』は、初心者しか立ち入ることが出来ない。頭のおかしい経験者がいないので、安全ということだ。
ビギ刈りを推奨しておいて、こういう細かいところに気を配るとか、サイコパスとして優秀すぎるだろ♡ 誉をもって、自害しろ♡
現在、ボクのレベルは『1』である。
通算プレイ時間が150時間を超えてるのに、レベル『1』とか、意図しないと出てこない数字だ。現在、ボクは、運営によって、レベル1、オワタ式、狂った視聴者という縛りプレイを強要されている。
とりあえず、なにをするにしても、レベルを上げなければ始まらない。
「はい♡ というわけでぇ、本日は、レベル上げ配信をしていくよぉ♡ スパチャの投げ時だよ、みんな~♡
ゲーム内でして欲しいことがあったら、気軽にリクエストし――『黙れ、運営のメス犬が』で赤スパ投げたヤツ、お前の金で住所特定するからな。覚悟しろよ」
クソゲー配信だけあって、クソみたいな視聴者が、クソいリクエストばかりを投げてくる。
そんな中でも、豚浪士のコメントが目についた。
『姫!! お気をつけくだされ!! たのしい森は、ただの森では(ココで、文字は途切れている)』
「どういう意味? おしえて?」
『…………』
「おいゴラァ?♡ 豚ぁ?♡」
『ぶひぃ!! ぶひぃ!!(素振り)』
豚浪士は、一度、素振りをしたら配信から姿を消す。聞き出そうにも、酢豚(素振りをした豚の略)になったら戻ってこない。
諦めたボクは、先に進むことにした。
「というか、この森、チュートリアル・エリアのコピペなんだけど……最強はいないんだよね?」
『…………』
『…………』
『…………』
視聴者、こういう時は押し黙るんだよな……一丸になって、ボクの精神に衝撃を与えようとするクソイズムを感じる。
「おっ」
森の中を進んでいると、奇妙な構造物が出てくる。
どうやら、人の形をした置物らしい。等身大の人間の形をした置物が、頭をもたげて結跏趺坐で座り込み、両手のひらを合わせて、微動だにせずに拝み続けている。
「き、きしょくわる~! なんで、こういう森にこんな構造物配置しちゃうかなぁ……センスが悪いんだよ、センスが」
顔をしかめて、先に進む。
進めば進むほどに、人型の置物は増えていった。ぴくりとも動かないので、敵というわけではないだろう。
「…………ぃ!」
「ん?」
声が聞こえる。
人の叫び声だ。森の奥から、甲高い人の声が聞こえてきていた。
「……ぃ!!」
ボクは、好奇心から、その声を辿って奥に駆け出す。
そして、視た。
「「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」」
初心者装備で身を包んだ5人のプレイヤーが、泣きじゃくりながら、一匹の巨大なヤドカリを囲んで殴り続けている光景を。
「…………」
しゃこしゃこと、小さなハサミを動かして、地面を弄っているヤドカリは、5人のプレイヤーの方を見向きもしない。対する人間様ことプレイヤー様は、5人がかりでヤドカリを囲んで、嗚咽を上げながらヤドカリの殻を斬りつけていた。
「「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」」
「…………」
「「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」」
「…………」
「「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」」
「…………」
「「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」」
「…………」
新手の宗教かな?
いたたまれない気持ちで眺めていると、ひとりの女性プレイヤーが、ボクのことを見つけて駆け寄ってくる。
「お願い、神様はきっといるから!! 一緒に祈って!!」
「落ち着いて、脳の回転数を正常に戻してください」
「神様はいるの!!」
このクソゲーに神がいたら、こんな世界、とっくの昔に滅ぼしてるよ。
「なにからなにまで、正気の沙汰とは思えないんだけど、キミたちはさっきからなにをしてるのかな? こんなゲームでも、カルト宗教団体は、規約でログイン禁止だよ?」
「あ、貴女、ミナト!? 頭、おかしいわね!!」
「初対面の意味を拳で教えてやろうか?」
初心者戦争の配信を視たことがあったのだろうか……ボクのプレイヤーネームを視て、驚愕していた彼女は、数回の深呼吸を終える。ようやく、落ち着きを取り戻したらしい。
血走っていた目が、徐々に、優しげな光を灯していった。
「ココは、地獄よ」
「周知の事実を確認するな♡」
「違うの、この『たのしい森』がよ。皆は、まだ、このクソゲーを楽しんでいたのに。いつの間にか、皆、ただの無機物へと変わっていった」
「今、ゲームの説明してる?」
「お祈りゲーなの」
ボクは、小首を傾げる。
「たのしい森に生息しているのは、あのヤドカリの敵『ヤドカリン』だけよ。そして、ヤドカリンの敏捷は65535」
「は?」
ボクは、静止する。
「は?」
「お察しの通り、敏捷は回避率に直結する……あのヤドカリは、ほぼ100%の確率で、プレイヤーの攻撃を避けるのよ。HPは1らしいから、当たりさえすれば倒せるんだけど、その一撃すら通せない」
「いやいやいや、待ってよ!! これ、インタラプトVRでしょ!? アクション性が売りなんだから、無理矢理にでも当てればいいじゃん!!」
「視て」
彼女は、今もヤドカリを殴り続けている4人を指す。
「「「「死んでください!! 死んでください!! 死んでください!!」」」」
「…………」
攻撃された瞬間――ほんの一瞬、ヤドカリの身体がブレた。
「避けてるのよ、アレ」
「…………」
「でも、このゲーム、かなりの低確率で“確定ヒット”が発生する。だから、あのヤドカリが逃げられないように囲んで、5人でひたすらに“お祈り”してるってわけ」
「…………」
「来て、見せてあげる」
彼女の後をついていくと、別のグループがヤドカリを殴っていた。
「「「「死んでください……死んでください……死んでください……」」」」
「お祈り開始から、1~5時間程度のグループよ。まだ、彼らは、正気を保っていて、ヤドカリを殴り続けている。ログアウトする意思もあるわ。
次は、こっちよ」
道順を完全に把握しているらしい彼女に付いていくと、今度は、虚ろな瞳をヤドカリに向けているグループを見つける。
彼らは、ぼうっと突っ立っていて、たまに気がついたかのようにヤドカリを殴っていた。
「お祈り開始から、5~10時間程度のグループよ。なぜ、自分がココにいるのか、考え始めている。まだ、ログアウトする意思も残っているわ」
颯爽と歩く彼女に付き従う。
今度は、ヤドカリを囲んで、両手を合わせているグループを見つける。彼らの目は爛々と輝いていて、ブツブツと何事かをつぶやいていた。
「お祈り開始から、10~50時間程度のグループよ。もう、殴ることはやめて、ただ祈るようになる。ログアウトする気も失せているわ」
進み続ける彼女を追いかける。
次に着いた場所には、ボクが道中で見つけていた人型の置物が並んでいた。
「50時間以降のグループよ。ついには、空を会得して、ヤドカリを前にすることなく祈り始める。彼らは、ゲームの中に神を見出した」
「コレ、構造物じゃなくて、プレイヤーなの!?」
近づいてみると、呼吸音が聞こえてきて、思わずボクは後ずさる。
「即身仏と呼ばれているわ。
人気欲しさに、クソゲーをプレイした者の末路よ」
「もう、監禁罪で訴えれば勝てるでしょコレ」
「そのうち、強制ログアウトされるから大丈夫よ。ちなみに、もう、米国で訴えられてる」
でしょうね。
「まぁ、大体、わかった……説明してくれて、ありがとう」
ボクは、微笑む。
「じゃあ、ボク、とっとと、この領域抜けるから……」
「無理よ」
立ち去ろうとしたボクは、ぴたりと歩を止める。
「この初心者領域を囲んでいる他の領域への侵入は、すべて『レベル2以上』の制限がかかっている」
うっすらと、彼女は微笑を浮かべる。
「祈らなければ、前には進めない」
「お疲れっした」
ボクは、クソゲーをやめて、ログアウトした。




