底辺Vtuber、クソゲー道に堕ちる
人間は、火によって成り立ってきた。
闇を照らす火によって、ボクの顔が照らされる。真っ赤に燃え盛る松明は、光明となって宵闇を貫いた。
『燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!!』
ボクの周囲を回るコメント欄から、赤色の文字が排出される。
『火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』
チャンネル登録者数120万人……有名配信者が、莫大なゲーム内通貨を費やして建てた豪邸が目の前にあった。
ボクは、彼女の配信を欠かさず視ているから知っている。
このクソゲー世界にある大豪邸は、視聴者たちと積み上げてきたかけがえのない財産。何十時間という時を費やした努力の成果。ゲーム下手な彼女から滲み出た血と汗の結晶。
時に笑い時に泣き、彼女は、優しい視聴者たちと一緒に頑張ってきた。豪邸が完成した時に、涙声でお礼を言った彼女の姿は、ファンではないボクでさえも少しうるっときてしまった。
でも、だからこそ――
「よく燃える……」
ボクは、そっと、火種を近づける。
『復讐の業火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』
ゆっくりと、舌で舐めるようにして、努力の成果が燃え広がっていく。
ごうごうと、燃え盛る。
火炎を背景にして、ボクは、真っ赤なコメントを抱きながら――
「この世界に」
叫ぶ。
「ようこそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
燃やし燃やされ、燃えに燃え。
「天・誅!!」
天を指した瞬間、仕込んでおいた爆薬が爆発する。凄まじい爆風に巻き込まれて、豪邸ごと、ボクの全身は消し飛んだ。
思えば、この日から、ボクは取り返しがつかなくなったのだ。
チャンネル登録者数7……絶望的な数字を視て、僕はため息を吐いた。
「潮時かなぁ」
蒼色のウィッグを外してから、スカートの皺を伸ばす。
姿見に映る女装姿の自分は、我ながら可愛らしかった。これなら、いっそ、この姿で顔出しした方が人気が出ていたかも知れない。
白亜湊、僕の名前だ。
ミナトチャンネル、Vtuberとして活動してきた動画投稿サイトの動画投稿所名だ。
チャンネル登録者数7、1年間活動してきた僕の成果だ。
「楽にお金を稼げるって聞いたのに、てんでダメじゃんか。せっかく、長所を活かして、美少女ボイスまで絞り出してたのに」
Vtuber……コンピュータグラフィックスのキャラクターを用いて、動画投稿サイトで配信を行う人のことだ。
クオリティにこだわらなければ、動画配信くらいは簡単なので、僕みたいな素人配信者は多々いたりする。
なので、ちょっとした気まぐれでデビューしてしまった。
美少女モデルを使った配信者の方が、人気だと聞いたので、必死に特訓をして女声を身に着けた。配信中は美少女に成り切るつもりで、休日は常に女装をして、街なんかもひとりで練り歩いている。
「なのに、まったく、人気でないやんけっ!! 日本が悪いっ!!」
ウィッグを床に投げ捨てて、僕はしくしくと泣き始める。
1年間精力的に活動して、チャンネル登録者数7は底辺も底辺だ。残ったのは、あざとい女声と所作振る舞いだけだ。そこらの男なら、秒で恋の沼に落とせる。
「……チャンネル削除するかぁ」
ポジティブに考えよう。神様がくれた良い機会だ。今、ココで引き返せば、女装姿で配信する特異体から抜け出せる。
決意する。
僕は、カーソルをチャンネル削除のボタンにまで持っていって――チャット音が響いた。
『クソ配信、おつかれさまでぇ~す♡』
「げっ」
現実で、声が出てしまった。
拡張現実鏡に映ったチャットの送信者名は、『枢々紀ルフス』。数少ない、僕のチャンネル登録者のうちのひとり。自ら、僕を守護する『萌豚』を名乗る特異体だ。
『今週の生活費、送り込んでおきました♡ 脱いでください♡』
「…………」
彼女は、毎回、高額のスーパーチャット(投げ銭とも言われる。配信者に、お金を振り込める機能)を『生活費』と称して投げてきて、毎度のごとく、エロ配信を嘆願してくる。普通に怖い。
『脱いでください♡』
なにを隠そう、この枢々紀ルフスは、チャンネル登録者数350万人を超える超有名配信者である。金払いも良い。なので、僕のアカウントに凸して来ても切れずにいる。
僕は、彼女にチャットを打った。
『貴女のような特異体から世界を救うために、引退することと相成りました。長らくのご愛顧、誠にありがとうございます。ミナト先生の次回作にご期待ください』
電話がかかってくる。
大きくため息を吐いてから、女声で電話をとった。
「もしもし……」
『Vtuberは、時代遅れでぇ~す♡』
電話口から、甘々な声が聞こえてくる。ファンが神託と呼んでいるこの独特な声音は、聞くものの脳を破壊して、スパチャ投げ放題人間に改造する。それほどまでに、魅力的で唯一無二だ。
『だって、今って、他にもたくさんの娯楽がいっぱいあるじゃないですかぁ。技術も発展して、3Dモデルをゴリゴリ動かすゴリラ時代ですよぉ? ウホウホぉ? ちょっとした2D絵くらいじゃあ、企業の立ち上げた商品には敵いませんよぉ?』
「うっさいな、1年かけて知ってるよ、カワイイ声でドラミングしちゃうぞ。
ほぉー、ほぉお、おっほぉおおおおおおおおおおおお!!(ポコポコポコポコ)」
『録音しました♡』
速やかに土下座すると、疑問文が飛んでくる。
『ミナトちゃんって、VRMMOの配信者……Vtuberって知ってますか?』
「いや、知らない。なにそのかぶってる略称。ゴリラのドラミングが、2キロ先まで聞こえるのは知ってる」
『今、とっても大人気なんですよぉ。たぶん、唯一無二のクソ配信者であるミナトちゃんにはピッタリだなって思っててぇ』
嫌な予感がした。大抵、僕のこういう勘は的中する。
だからこそ、僕は、この時点で通話を切るべきだったのだ。
『ミナトちゃん』
彼女の愛くるしい声が、僕を誘う。
『クソゲー、やりませんか?』
「……は?」
思えば、この時から、僕は――地獄に足を踏み入れたのだ。