きみが何度生まれ変わっても僕の妻に変わりないから僕は君を追いかけ続ける
「母さん、おじいちゃんが…!」
遠くで声がする。娘が呼ぶおじいちゃんとは自分の事で、娘の母は自分の娘である。
バーラは死の淵で、ゆらゆらと走馬灯を走らせていた。
今回の人生は上出来だった。
妻よりも数年長生きできて、孫の顔まで見れた。
大家族だったが食うにも困らなかった。
バーラの腹部には薔薇の紋章がある。バーラが十五歳の頃ふと浮かび上がった紋章だ。
また、次の人生で。
十五歳を迎える時、また思い出すだろう。
遠い昔、私が隣国クラバットの王妃だったことを。
「お父さん」
老人の娘が事切れた父の手を握り呟く。
父は逝ってしまわれた。
しくしくと兄や、妹の家族の啜り泣く声が部屋の中にこだまする。
優しかった父はそれを宥めることもしない、
窓の外から馬の足音がする。
馬が小気味のいい音を立て駆ける。
バーラの娘はその音を聴きながら冷えていく父の手をぎゅっと握る。
「姫!!姫はここか!!」
黒い、黒い装束に黄金の国章をが煌めく。
凄まじい美丈夫が、老人バーラの家に駆け込んだ。
「姫!!くそ!俺はまた間に合わなかったというのか…」
美丈夫はバーラの胸元に縋りついておいおいと泣いている。
バーラの家族たちはその光景に涙が引っ込み「え、誰この人」と言う気持ちでいっぱいになっている。
「姫、次は必ず…俺が幸せにしてみせる!」
「…やじゃ」
「姫!」
美丈夫の告白に死んだはずのバーラがぴくりと唇を震わす。
「やめろと言ってるのがなぜ分からんのじゃ!!わしは、お前なんかに幸せにしてもらわんでも妻も娶って家族もおるでな!だから…ウグッ!」
「お父さん…?」
「…」
家族が初めて聞くバーラの怒号だった。
何があっても決して怒らず、聖人君子のようだったバーラの初めての怒りだ。
「姫!!最後になんと言おうとしたのだ!!姫!!姫!!もう一度!目を開けてくれ!姫!!俺は必ず君を探し出して、君を幸せにする!!だからそれまでこの世界のどこかで待っていてくれ!姫!!」
そう言って美丈夫は走り去って言った。
後から、従者の方が説明してくれたがあの美丈夫はなんと隣国の国王陛下であられ、バーラは彼の妻の生まれ変わりなのだという。
薔薇の紋章は彼が妃のその間際に送った「再び巡り会うための祝福」だと言うが、バーラの家族、それを口にした従者は思っていた。
「妃は再び巡り会うことを一切望んでいない」と。
時は数百年前。
バーラはかつて、ヒオンと言う聖女だった。
突如現れた魔族に国を乗っ取られあろう事か、彼女はその魔族の妻にされる事となった。
魔族の王が人間界を統べる為、和解の品として生贄にされたと言っても過言ではない。
その時魔王はうんともすんとも言わない感情のない少年だった。
歳は数百歳と聞いていたが、人間の十歳程にしか見えなかった。
それでもヒオンは彼が恐ろしかった。
毎日機嫌を取るように彼を可愛がり、その献身的な姿に魔王は少しずつ心を開いた。
「ヒオン、ヒオン…」
毎日毎日、どんな時も彼は妻を傍に置いた。
それが、悲劇の始まりだった。
「魔王様、人間の女にうつつを抜かすなど、我が魔族にあるまじき行動です」
一人の従者が鋭い爪でヒオンの体を貫いた。
こぽりと口から鮮血を流すヒオンに、魔王は激怒した。
従者を魔法で仕留めると、ヒオンに治癒魔法を施す。
しかし傷は致命傷だった。
ヒオンは最期に唇を動かす。
「魔王さま…わたくしは、あなたのこと…を…ずっと」
ずっと恐れていた、そう彼女は告げたかった。
最期のときくらい自分を偽るのはやめたかったのだ。
「あぁ!私も愛している!ずっとだ!お前がどんな姿で生まれ変わろうとも私はお前を愛することだろう!だから行くな!」
いや、違う。
何言ってんだ、馬鹿野郎。
薄れゆく意識の中、ヒオンは思った。
「ゴボッ、魔王、さま…ちが…」
違う。
「血が?ヒオン、くっ、お前に祝福を授ける。お前が何度生まれ変わっても私に巡り会えるように魂に刻印を…」
魔王がヒオンの胸元に魔力を集めると、胸が焼けるように熱くなった。
(あかんあかんあかんあかん!!馬鹿!そんな事したらまたあんたと結婚しなくちゃならないじゃない!)
ヒオンはゆらりと真っ青な手を魔王の手に重ね聖女の力を振り絞って刻印に関与する。
(刻印を、刻印を消せ…もう、魔王の妻になんかなるものか!)
そうして彼女は事切れた。
バーラが亡くなって十数年後、ビオラは忌まわしい過去を思い出し頭を抱えた。
ヒオンの今世はとある城のメイドだった。
ブランバット城、通称魔王城と呼ばれている。
「仕事辞めよう、そう、今すぐに」