試合
ダンジョンから戻った翌日。
俺は――俺たちは、激しい筋肉痛に苦しんでいた。
「う、嘘だろ」
初めてダンジョンに挑んだ人の多くが、必ず体調不良に陥るそうだ。
色々と理由はあるらしいが、激しい動きに加えて経験値を大量に得てしまったのが原因らしい。
以降は体がなれてここまで辛くならないようだが、最近は鍛えているからちょっと筋肉痛になる程度かも? なんて甘い考えをしていた自分が情けない。
「か、体がきつい」
少し動くだけでも痛む。
寝返りを行うだけでも一苦労だ。
用を足すために部屋を出た時など、俺と同じように苦しんでいる人たちが多かった。
「――こ、これが分かっていたから、訓練は中止だったのか」
この状態で訓練は出来ないからな。
苦しんでいる俺は天井を見上げる。
「でも次の休みは美緒先輩と――告白、していいのかな?」
美緒先輩と付き合いたい。
そう思った俺は、告白しようと考えた。
「ゆ、指輪をプレゼントするとか? いや、待て。いきなり重くないか? し、しかし、何をプレゼントしたらいいのか――分からないな」
くそっ! 女子へのプレゼント選びなんて、俺にはハードルが高すぎる!
あれこれ考えている内に、俺は眠くなってくる。
◇
「あれ? ここはどこだろう?」
白い霧に包まれたような場所に立っていた。
フラフラと歩き出すが、何も見えてこない。
手を伸ばすが何も掴めない俺は、徐々に不安になってきた。
「え、何これ?」
首を動かし周囲を確認すると、人影が見える。
誰かいるのかと近付けば――そこに立っていたのは黒騎士だった。
腕を組み、怒気を放っている。
「く、黒騎士!? そ、そうか、これは夢なのか。でも、なんで毎回怒っているんだろう?」
俺が黒騎士の力を得たから、俺自身が負い目を感じているのだろうか?
そんなことを考えていると、黒騎士が声をかけてくる。
「――情けない」
「え?」
「情けないと言った」
黒騎士が俺に話しかけてきた。
だが、内容は――俺に対して失望したようなものだった。
「友人を馬鹿にされてもやり返さず、黙っていることしか出来ない。――お前は本当に情けない」
瀬田に煽られた時の事を言っているのだろうか?
「あ、あれは!」
「小利口な奴は、言い訳だけは幾らでも思い付く。喧嘩しては駄目だと思ったか? それとも、互いに武器を持っていたから自分が自重したのだと言いたいのか? ――どれも嘘だ。お前は、ただ怖かっただけだ」
たじろぐと、黒騎士は俺に背中を向けてしまった。
黒騎士はダーティーなヒーローだ。
自分の正義を貫くため、社会的に認められない行為も行う。
そこは徹底していた。
そのようなヒーローからすれば、俺が自分と同じ力を使うのが許せないのだろう。
「――お前は弱すぎる」
――大好きなヒーローに拒絶されたような気がして、俺はとても悲しかった。
◇
――夢から覚めた俺は、涙を流していた。
「嫌な夢だったな」
弱い俺を黒騎士が認めるわけもない。
黒騎士の対応がリアルすぎる夢だった。
左腕のブレスレットを見る俺は、一度変身してみることにした。
痛む体でベッドから這い出て、部屋の中で変身する。
「変身!」
ポーズを決めて変身してみると、一瞬で黒騎士の鎧が装着された。
――気分がちょっとだけ回復した。
「久しぶりに使ってみたけど、ちゃんと使えるな」
黒騎士に嫌われたので、もう使えなくなる――ということはなかった。
体はきついが、パワードスーツを装着するといくらか楽になった。
「――外見は同じでも、中身が違うからな」
俺だって自分が情けないことは自覚している。
だからこそ、ヒーローに憧れたのだ。
「強くなりたいな」
ぼんやりとそんなことを考えていた。
◇
ダンジョンから戻って数日後。
体の調子が元に戻った俺たちに待っていたのは――これまで以上の訓練だった。
だが、少しおかしい。
確かにこれまでも、短期間の内に成長を実感してきた。
しかし、今回は今まで以上だ。
今まで以上に武器を振り回せるようになり、柄にもなく自主練するために訓練場に来てしまった。
――夢の内容が気に掛かり、少しでも黒騎士に認めてもらうため自分を鍛えようという考えもあった。
だが、そこにいたのは瀬田と――他のコースを選んだ元クラスメイトたちだ。
以前は瀬田と同じグループにいた人たちだ。
訓練場で武器を振り回している瀬田が、ロングソードで丸太を斬り飛ばしていた。
「おらっ!」
それを見ていた元クラスメイトたちが、瀬田に拍手を送っている。
「瀬田君、凄~い」
「丸太を斬るって凄いな」
「剣の達人みたいに見えるよな」
気をよくした瀬田が、訓練をしている俺に声をかけてきた。
「おい、新藤。ギャラリーもいるんだ。試合でも見せてやろうぜ」
「――嫌だよ」
断ると、瀬田は俺の胸倉を掴んで元クラスメイトたちの前に突き飛ばした。
元クラスメイトたちは、俺のことを笑ってみていた。
「試合くらいしろよ」
「少しは頑張れよ~」
「瀬田君、ボコボコにしちゃって」
俺が負けるところを見たがっている様子だった。
確かに仲が良いとは言えないが、こいつら何を考えているんだ?
「待てよ! 今持っているのは真剣だぞ!」
「それがどうした? 加減してやるよ。それに、腕一本くらい斬り飛ばされても、すぐにくっつくからな」
魔法で斬り飛ばされた手足がくっつく。
話には聞いていたが、それを自分で試したくはない。
瀬田が俺の話を聞かずに斬りかかってきた。
受け止めると、瀬田が前蹴りを放ってくる。
「っ!」
尻餅をついた俺を見て、瀬田はニヤニヤ笑っている。
「実戦形式だ! もっと本気を出せよ、雑魚野郎!」
瀬田は訓練開始時から好成績だった。
元からの素養もあり、それが異世界に迷い込んでも健在だった。
「くっ!」
立ち上がって斬りかかれば、瀬田に簡単にあしらわれる。
「強い異能を持っていても、お前はその程度なんだよ。いっそ、お前のパワードスーツは俺が使った方がよくないか? この試合に負けたら、ブレスレットは渡せよ」
「い、嫌だ」
「――お前、本当に生意気なんだよ」
瀬田が激しく剣を打ち付けてくる。
それを防ぐのに精一杯だった。
周囲のギャラリーは、俺たちの試合の様子を見て盛り上がっている。
「くっ!」
油断して剣を大振りばかりしている瀬田に、俺は剣を小さく振るうようにして斬りかかった。
油断していた瀬田に攻撃がかすり、皮膚を少しだけ切る。
血がちょっとだけ出ると、俺は笑みを浮かべた。
「やられっぱなしじゃないぞ」
もしかしたら勝てるかもしれない。
そう思った時だ。
瀬田の眉間にしわがより、憎しみがあふれ出たような顔付きになる。
その表情に驚いて一歩後ろに下がると、瀬田がロングソードを両手に持って激しく俺に打ち付けてきた。
斬ると言うよりも、叩く感じに近い。
「勝ったつもりで調子に乗るなよ、雑魚が! てめぇみたいな底辺野郎が、俺に勝てるとは本気で思ってたのかよ!」
防御に徹していると、瀬田が身を屈めて訓練場の砂を手ですくった。
それを俺の顔面に投げ付けてくる。
「うわっ!」
目を閉じると、蹴飛ばされた。
瀬田が馬乗りになってくると、そのまま殴ってくる。
「糞が! 雑魚が! 底辺が! お前なんかに! どうしてお前なんかに!」
何度も殴られていると、周囲の様子が変化してきた。
先程まで盛り上がっていたギャラリーたち――元クラスメイトたちが、瀬田の雰囲気がまずいと気付いたらしい。
「お、おい、誰か人を呼んで来いよ」
「瀬田君、まずいって。血が出てるよ」
「死ぬって! 瀬田、新藤を殺す気かよ!」
元クラスメイトたちに、瀬田が叫んだ。
「っるせーよ! お前ら、こいつの左腕を押さえろ。ブレスレットが外れないんだよ」
瀬田は本当に俺から黒騎士のパワードスーツを奪おうとしていた。
だが、ブレスレットが外れないと知ると――俺の腕を切り落とすつもりのようだ。
周囲が困惑していると、瀬田がロングソードを構える。
「や、やめろ――やめてくれ」
「――黒騎士のパワードスーツは、俺がお前よりうまく使ってやるよ」
抵抗しようとすると殴られた。
すると、騒ぎを聞きつけて人がやって来る。
「お前ら、何してんだ!」
兵士が駆けつけたのだろう。
しかし、俺の左腕に瀬田のロングソードが振り下ろされ――ブレスレットから赤いマントが出現すると、瀬田のロングソードを受け止める。
「なっ! こ、この! 何で俺を認めないんだよ! 新藤よりも俺の方が!」
そして、マントはその形を鋭い刃のように変えると――瀬田の両腕を斬り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
瀬田の絶叫が訓練場に響き渡る。
俺はそのまま意識を失った。
◇
「事情は聞いている。だが、君の異能が持ち主を守るために、勝手に動いた――という話を一方的に信じるつもりはない」
施設にいた教師が、俺たちから事情の聞き取りをしていた。
俺が目を覚ます前に元クラスメイトたちから事情を聞いたようだ。
彼らは――瀬田の都合がいいように事情を説明した。
俺のブレスレットを奪おうとしたのは、賭けの対象だったとか。負けたのに俺が抵抗してブレスレットを渡さなかった、というシナリオだそうだ。
必死に瀬田を庇っていた。
もっとも、他の人たちも見ており、瀬田が一方的に俺に試合を申し込んでいたことを証言してくれている。
瀬田の行為はもちろん駄目だったが――問題は俺の対処の仕方だ。
俺の説明が本当なのかどうかは、俺にしか分からない。
教師は俺を見る。
「仮に君の異能が君を守るために動いたなら、どうしてその前の段階で動かなかったのだろうね?」
「そ、それは――」
「本当のところは君にしか分からない。だが、今回のケースはどうであれ瀬田の問題行動が原因だ。彼と、彼を庇った者たちはこの施設から出ていってもらう」
「え? そ、そんな話になるんですか? あの場にいたクラスメイトたちも!?」
「当然だ。虚偽を報告したからな。基礎教育は終了しているし、ここを出ても問題ない。だが、瀬田だけは別だ」
「別?」
確かに瀬田の行動は酷すぎるが、周りにいた人たちまで追い出されるとは思わなかった。
てっきり、謹慎とかその程度かと思えば――教師は当然のように瀬田の罪状を述べる。
「当然だ。君への暴行はもちろんだが、彼の行動は強盗と同じだ。未遂だろうと、この国の法で裁かれる。君の持ち物を奪うために、左腕を切り落とそうとしたのだろう? 一歩間違えば死んでいたところだ。それも、個人的な私怨も絡んでいるとなれば、庇う理由はない。そもそも、彼には問題行動が多かった。全体の引き締めのためにも、ここで手心を加えるつもりはない」
学生だから、子供だから――そんな甘い言い訳は通用しない。
それがこの国の考え方だった。
聞けば、瀬田の処遇を聞いて、元クラスメイトたちは必死に庇ったらしい。
瀬田に都合のいいことを証言したのも、奴隷になるのを回避したかったから――その優しさを、少しは俺にも向けて欲しかった。
「瀬田はこれからどう、なるんですか?」
「しばらくは牢屋で暮らすことになる。君たちにとって気分の良い話ではないが、迷い人を警戒する人間は多い。迷い人が犯罪を行えば、より厳しい裁きが下されるのが実情だ」
現地人からすれば、迷い人を優遇するというのは面白い話ではないようだ。
それが犯罪者ともなれば、当然のように重い罰を求める。
「瀬田はすぐに奴隷として売られるだろう。鉱山奴隷として売られる可能性が高い。若く、そして力のある男は人気だからな。――彼の人生は、そこで終わりだろうね」
鉱山奴隷はとても過酷な環境での重労働らしく、死者も多く出ているそうだ。
そんなのが許されるのだろうか?
瀬田のことが気になったのではなく、犯罪者の扱いについて、だ。
俺たちだって捕まり、同じようなことにならないと言えるのだろうか?
「酷すぎませんか? それに、さっさと売り払うなんて」
「何故だ? 他人の人権を尊重できない者に、我が国は人権を認めない。それだけの話ではないかな?」
「もっと慎重に調べるとかしないんですか? もし、もしも冤罪とかがあれば――」
冤罪で捕まり、奴隷として働かされ死んだら――きっと死んでも死にきれない。
バリス王国で暮らすことに不安が出てくる。
「国は個人よりも全体の秩序を重視する。だから、当然冤罪もあるだろう。そして聞きたいのだが、君たちの世界では冤罪はないのかな?」
「――あったと聞きます」
「そうだ。冤罪をなくすのは君たちの世界でも難しい。――知り合いが捕まって不安な気持ちは理解できるが、まっとうに生きている迷い人を奴隷にするつもりはない。安心しなさい」
教師は俺からの聞き取りを終えて、部屋を出ていく。
俺は自分の中で不安が大きくなる。
そして、情けなさがこみ上げてくる。
黒騎士の言葉が頭の中で繰り返されるのだ。
お前は弱い、と。
「強く――なりたいな」
瀬田に負けて悔しいが、黒騎士に認めてもらえない方がとても辛かった。
そして、この世界で俺たちがいかに弱いのかも実感した。
元の世界のような優しさは――この世界にはなかった。