ダンジョン
「これより、ダンジョンでの実地訓練を行う!」
この世界に来てから三ヶ月。
厳しい訓練を耐え抜いた俺たちは、鬼教官たちの前で整列していた。
支給された装備に身を包み、連れて来られたのは王都バルクスにあるダンジョンだ。
鬼教官たちに同行してきた教師が、俺たちにダンジョンについて再度説明してくる。
「以前にも説明しましたが、ダンジョンというのは“蓋”です。魔物があふれ出すポイントを、ダンジョンが防いでいます。ですが、完全に塞ぐことは出来ません。そのために、ある程度の魔物が出てくるように出来ています」
ダンジョンとはこの世界を守る蓋だ。
異世界から流れ込む負のエネルギーを遮り、出てくる魔物の強さを弱めているそうだ。
ただ、放置していればダンジョンはいずれ負のエネルギーを防ぎきれずに崩壊するそうだ。
そんな場所に都市を建造して良いのだろうか? そう考えるのが普通だ。
しかし、これがとても重要なのだ。
言ってしまえばダンジョンは――宝の山だ。
魔石や素材が手に入るし、それが尽きることはない。
元の世界で言うなら、石油を発掘したようなものだ。
何が何でも確保するだろう。
ユニークなのは、この世界でダンジョンは人のためにある事だ。
魔物が簡単にでられないように迷路になっており、いくつもの罠が仕掛けられている。
それらが人にも脅威となるのは、皮肉な感じがする。
そして、ダンジョンは奥に進めば進むほど、敵が強くなっていく。
強い魔物はそこで防ぎ、弱い魔物は通してしまうからだ。
負のエネルギーはダンジョンで血肉を得て実体化して、さまよっている。
「ダンジョンには宝が発生します。それらは、魔物を倒してきた結果、エネルギーがダンジョンに蓄積されたものです。見つけた者に所有権がありますので、気にせず回収しなさい」
――宝箱も出現するらしいが、理由はそんな感じだった。
鬼教官たちが声を張り上げる。
「ウジ虫共が地下二階にたどり着けるように祈っているぞ! 団体行動だというのを忘れるな! 単独行動など百年早い! 仲間と協力して地下二階へ来い! では、一班から出発!」
事前に班決めをされており、三人一組での行動になる。
俺と同じ班員は、俺がプレゼントした髪留めを使っている美緒先輩だ。
俺が視線を送ると、髪留めをさりげなくアピールして小さく手を振ってくる。
そして、残りの班員は二人。
そう、二人だ。
途中でリタイアしてしまった生徒が多く、俺たちの班だけは四人になっていた。
「ねぇ、新藤。貴方、あの鎧は使わないの?」
「――パワードスーツですよ、姫島さん」
「似たような物でしょ。それなら、鎧と呼んだ方が楽だわ」
姫島愛梨――お嬢様なのに、こちらのコースを選んだ変わり者だ。
もう一人は、そんなお嬢様のお目付役を任されてしまった藤代香苗だ。
「はぁ、周りが先輩ばかりですね。どうしてうちは同級生と組めないんでしょうか?」
不満そうにしているが、面倒な姫島さんを押しつけられているからだろう。
二人はいつも一緒だ。
というか、藤代さんに姫島さんが寄っていくのだ。
「あら、後輩はわたくしとは不満なの? この班のメンバーを見て、何が不満なのかしら?」
「――成績じゃなくて、性格ですかね」
藤代さんも結構口が悪いな。
「ところで、新藤先輩は鎧を使わないんですか?」
もしかして、もう鎧で決定なの? 別に良いけどさ。
「今回は使わないように、って。使わないでも問題ないはずだから、ってさ」
黒騎士のパワードスーツなら、何の問題もなく課題をクリアしてしまいそうだ。
鬼教官が俺の方を見て怒鳴りつけてくる。
「そこのウジ虫共! お話は楽しいか? お前らの順番だ。さっさと行け! それから、お喋りに夢中になっていた罰だ。戻ってきたら腕立て伏せ三百回だ」
「げっ!」
――こんな時まで筋トレかよ。
◇
王都にあるダンジョンは、石積みで出来たトンネルだ。
床は石畳で、アーチを作った天井になっている。
一定の間隔でたいまつが設置され、ある程度の灯りは確保されていた。
通路の広さだが、これが結構広い。
天井も高い。
四人が並んで歩いてもまだ余裕がある。
そんな通路が迷路になっており、ダンジョンを形成していた。
「――ここは、一度通ったな」
ダンジョンは常に形を少しずつ変えていく。
そのため、地図を作っても意味がない。
簡易の地図を作って、どのように進んできたか判断するくらいだ。
「もう、広すぎるのよ! さっきからずっと歩き通しよ!」
ダンジョンに入ってから、ずっと歩いている。
当然だが、それだけでも非常に疲れる。
薄暗く、それに時折魔物たちの叫び声が聞こえてくる。
慣れない環境に精神的にも疲れが出てくるし、結構きつかった。
一応、班のリーダーを任された俺が、休憩を申し出る。
「少し休もうか」
すると、姫島さんがそっぽを向く。
「嫌よ! 早くゴールしてゆっくり休みたいの」
「えぇぇ」
何というか、わがままな人だな。
その横で面倒そうにしているのが、藤代さんだ。
「相変わらずわがままですね」
「この程度休んでいられないわよ!」
騒いでいると、何やら足音が聞こえてきた。
バタバタ、ガチャガチャ――何度かすれ違った他の班や、冒険者たちだろうか?
通路の奥へと視線を向ければ、以前見た魔物――ゴブリンたちがやって来る。
ゴブリンたちの横には、付き従うように大きな芋虫たちが這ってくる。
口から液体を出し、近付いてくる芋虫を見て美緒先輩が顔をしかめた。
「――気持ち悪い」
だが、姫島さんは問題なさそうだ。
持っていた槍を構えていた。
「あら、そう? ここまで大きいと逆に大丈夫ね。後輩、私のサポートに入りなさい」
藤代さんは小さな盾と短剣を構えている。
「は? 嫌ですよ」
「良いから従いなさい! それから、なんで弓を持ってこなかったの!」
「危ないから持ち出し禁止だって、教官が言っていましたよね?」
「本当に使えない教官たちね。後輩なら問題ないでしょ」
「いや、うちにそんなに期待されても困りますよ。というか、なんでうちが弓を使うんですか?」
「だって胸が一番小さいじゃない。弓を扱うに適しているわ。胸が大きいと大変なのよ」
悪気のなさそうな顔をした姫島さんに、藤代さんが無表情を向けていた。
ただ、遊んでいる場合じゃない。
俺も剣を抜いた。
ロングソード。
両手持ちの剣だ。
ずっしりと重い。
こんなの、鍛えてなければ振り回すだけでも苦労する。
美緒先輩が持っているのは、突きに特化した武器であるレイピアだ。
軽くて鋭い武器なのだが、急所を狙わないといけない。
――しかし、三人は女の子。
ここは俺が前に出るしかないだろう。
「俺が前に――」
そう言うと、姫島さんが飛び出してしまった。
「もう、いいわよ! 後輩は私の後ろを守りなさい!」
「――はい、はい」
「はい、は一回で良いでしょ!」
槍を持った姫島さんだが、最初に狙いをつけたのは兜を着けたゴブリンだ。
まるでバイキングのヘルムのような兜を着けており、魔物たちの中心にいた。
踏み込んだ鋭い突きは、魔物の頭部を貫いてしまう。
そのまま引き抜くと、ゴブリンは倒れて燻るように燃えはじめた。
「あら、結構簡単ね」
この人、普通に強いんですけど!?
そんな姫島さんの後ろに回った藤代さんが、囲い込もうとしたゴブリンと戦っている。
「あ~、もう! 本当にきっついな~」
盾を前に出して短剣で突いているスタイルだが、ゴブリンの首元を斬り裂いたのか血が噴き出していた。
動きが鈍くなるゴブリンは、倒れるとしばらくしてくすぶり始める。
「――え?」
前に出ようとしたら、二人がさっさと二体も倒してしまった。
遅れてはいけないと前に出れば、先に動いたのは美緒先輩だ。
レイピアで気持ち悪い動きで跳びかかってきた大きな芋虫を串刺しにすると、そのまま何度も刺していた。
何度も、何度も――燃えはじめて、やっと倒したことに気が付いたのか次を探している。
俺一人だけ出遅れていた。
「お、俺も前に出ないと」
すると、ゴブリンの一体が俺に跳びかかってくる。
手に持っていたのは小さな鉄製の斧。
それを受け止めると、ぶつかった場所に火花が起きる。
「きしゃぁぁぁ!」
歯をむき出しにして攻撃してきたゴブリンを押し飛ばし、剣を構える。
黒騎士のパワードスーツ――鎧で戦っていた時には雑魚にしか思えなかったが、今の一撃は手が痺れた。
「こ、こいつ!」
ロングソードを振り上げて振り下ろすと、ゴブリンが背を低くして転がるように避けた。
その際に斧を投げ付けてきて、太股にかする。
「っ!」
ロングソードを何度か振り回し、ようやく当たったと思えば角度が駄目で斬れなかった。
頭を思いっきり叩いた形になるが、ゴブリンは頭蓋骨を割ったのか倒れると燻るように燃えた。
俺は呼吸が乱れる。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
手に殺した時の感触が残っている。
周囲を見回すと、戦闘が終わっていた。
美緒先輩が俺に近付いてきて、怪我の具合を聞いてきた。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気です。ちょっと斬っただけですから」
「すぐに手当てをしましょう」
すると、藤代さんが荷物を漁りながら近付いてくる。
「あ、うちがやるんで大丈夫ですよ」
「え?」
藤代さんが俺の傷を見て、汚れを拭き取ってから絆創膏のような何かを貼り付けてきた。
「これでよし」
「あ、ありがとう。治療が得意なの?」
そう聞くと、姫島さんが代わりに答える。
「後輩は医療関係に進みたいらしいのよ。でも、そっちは色々と大変みたいだから、こういう応急処置を習ったの」
「い、色々?」
俺が聞き返すと、藤代さんが姫島さんの説明を補足するのだった。
「こっちのお医者さんは魔法が使えるのが前提みたいなんですよ。覚えるためには時間もお金もかかりますけど、兵士になって軍医の仕事を手伝えば教えてくれると聞きましたからね。まぁ、そんな感じです」
先の進路を考えていたようだ。
凄いな。
俺なんて、兵士になるか冒険者になるのか、まだ迷っているというのに。
美緒先輩が俺を見て安堵する。
「よかった。大した怪我じゃないのね」
「ご心配おかけしました」
謝ると、姫島さんが俺の顔をマジマジと見るのだった。
「な、何か?」
「貴方――この中で一番弱いわね。鎧がないと、本当に役に立たないんじゃない?」
場が一瞬静まりかえると、藤代さんが「あちゃ~」という顔をした。
俺もそんな気はしていた。
誰よりも動きが遅く、オマケにゴブリン相手に苦戦していた。
ゴブリン――魔物としても弱い種族だが、先程の奴の階級は「兵士級」だろう。
魔物には種族としての強さの他に、個別の階級がある。
人間が勝手につけたのだが、兵士級からはじまり「隊長級」「幹部級」「将軍級」「英雄級」そして「魔王級」が存在する。
言ってしまえば、先程の魔物はただの雑魚だった。
そんな相手に俺は苦戦したのだ。
美緒先輩が俺をフォローしてくる。
「だ、大丈夫だよ。セイ君は頑張っているし、それに凄い鎧があるじゃない。あの鎧があれば何の問題もないわ」
「美緒――先輩。ありがとうございます」
美緒先輩のフォローに泣きそうになっていると、姫島さんが俺に止めを刺してくる。
「それって結局、鎧以外は役に立たないって認めているのと同じよね?」
俺はその場に座り込んだ。
美緒先輩や、年下の後輩である藤代さんが俺を慰めてくる。
「セイ君! 気にしちゃ駄目よ。セイ君ならすぐに強くなれるわ!」
「すみません。先輩――思ったことはすぐに口に出すんです。悪い人ではないんですが、空気が読めなくて」
俺は泣きそうになるのを我慢していた。
異世界で女の子たちを守って好感度を上げてやろうかと、内心でそう思っていたら守られる側だった。
本当に情けない。
俺を見て姫島さんは追撃をかけてきた。
「あら? でも、自分が弱いと自覚するのはいいことよ。貴方――新藤は、もっと中身を鍛えないと駄目じゃないかしら? 鎧は凄いけど、貴方自身が弱すぎるもの。そのせいで、周りの足を引っ張ることになったら嫌でしょ?」
この人――本当に容赦がないな!
言い返せないのが余計にきついよ!
「――頑張ります」
俺が返事を絞り出すと、呆れた顔をしていた。
「頑張るのは当たり前よ。どのように頑張るかが大事だと思わない? 貴方、もっと真剣に考えなさい。でも、鎧があれば貴方はオマケ程度だから、そこまで真剣になる必要がないと考えているのなら、それでもいいかもね」
――何で俺、この人にこんなに責められているの?
今年最後の更新になります。
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