デート
外に出る許可が出た最初の休日。
申請すると、一人につき【三十バルク】の紙幣が用意された。
外に出て悪さをするくらいなら、お金を渡して遊ばせようということだ。
三十バルク――日本円でいうなら三千円くらいの価値らしい。
子供のお小遣いだと不満を言う人も多かったが、俺からすれば大金だ。
「ど、どこに行きましょうか!」
修学旅行中だったので、私服も残っていた。
俺はズボンとTシャツ姿だが、美緒先輩は可愛らしい服装をしている。
マジマジと見ていると、恥ずかしそうにしていた。
「夜に着るラフな格好の服ばかりだったから、あまり見ないで――恥ずかしいわ」
照れている姿が凄く可愛い。
足首がでているスパッツに、上はチェニックだ。
こんな可愛い人と俺はこれから遊ぶのだろうか?
夢ではないのだろうか?
夢であったら覚めないで欲しい!
「そんなことありませんよ! す、凄く似合っています」
「ありがとう」
二人で照れていると、同じように待ち合わせをしている男女が集まってくる。
施設内では、いつの間にかカップルが増えていた。
色んな愛憎劇も繰り広げられているらしく、昼食時間の話題の一つになっていた。
だが、こうしてみると羨ましい限りだ。
――お、俺たちも、周囲には恋人同士に見えているのだろうか?
異世界で俺に春が来たな!
美緒先輩が俺の腕に自分の腕を絡めると、その柔らかいものが腕に当たる。
「ほら、さっさと行くわよ。今日は買い物がしたいの」
「は、はい!」
美緒先輩に連れられ、俺はバリス王国の首都であるバルクスを歩くことになった。
とても大きな都市だ。
高い壁に守られているのだが、大きな都市を丸ごと囲っているのが凄い。
中世みたいな世界かと思えば蒸気機関や電気がある。
暮らしぶりはあっちで言う近世だろうか? 近代かもしれない。
街灯もある。
建物は色んな様式の物があり、中には和風の建物まであった。
迷い人たちの文化を取り込んだ結果発展した都市だと聞いたが、凄いものだな。
何だか、テーマパークのようにも感じられる。
丁度、楽しそうに歩いている親子の姿を見かけた。
その姿が、とても微笑ましく――羨ましく見える。
幸せそうな家族というのは、本当に羨ましい。
王都は暮らしている人たちの顔も明るく、何というか想像していたような場所とは違っていた。
すると、屋台にやって来た。
「まずは何か食べましょうか。クレープにする?」
「た、食べます」
「そう。なら、何を食べるの?」
屋台の店主が俺たちを見て声をかけてくる。
「うちのお勧めはベリーとチョコだね」
異世界なのにチョコがあるのか? 名前だけ同じなのか?
そう思ったが、気になったら食べてみればいい。
「なら、俺はチョコを」
すると、美緒先輩が俺とは違う物を注文する。
「私はベリーにするわ。これ、ジャム?」
店主がクレープを用意しながら説明する。
「そうだよ。ベリーをジャムにしたものさ。甘酸っぱくて人気なんだ」
お金を払い商品を受け取ると、俺たちは近くにあったベンチに座ってクレープを食べた。
甘さは思ったよりも控えめだ。
だが、久しぶりのお菓子に、脳が興奮しているようだ。
とてもおいしく感じる。
「甘い物なんて久しぶりですね。施設の食事は、量は多いけど、薄味でパサパサしているものが大半ですし」
マッシュポテトみたいなものを山盛りで用意される。
栄養的に問題ないらしいが、一種の拷問だと思った。
食べないと次の日に動けないので食べているが、本当に苦痛だ。
だが、外に出てこうして甘い物を食べると――元の世界にいた時よりも幸せを感じる。
「おいしいですね」
すると、美緒先輩が俺のクレープを見ていた。
「あ、あの、食べます?」
「どんな味なのか興味があるわね。だから、一口ずつ交換しましょう」
「え!?」
それってもしかして間接キスでは!?
そう思っていると、美緒先輩が俺にクレープにかぶりついた。
俺が食べていたところを、小さな口が跡を残す。
そして飲み込んだ美緒先輩は、唇に付いたクリームを舌で舐め取った。
その動きか目が離せない。
何で魅惑的な動きをするのだろう。
惚けている俺に、美緒先輩がクレープを向けてくる。
「はい、セイ君も一口」
「え、えっと――」
美緒先輩が食べていたクレープに遠慮がちに食いつく。
酸味のあるジャムの味と、クリームが良い感じだ。
チョコとは違った甘さがある。
あと、甘さ以上に幸せすぎて怖い。
俺の人生にこんなシーンが出てくるなんて想像していなかった。
――妄想はしていたけど。
そのまま二人でクレープを食べ、今後の予定を話し合った。
美緒先輩は服やら小物を見たいらしい。
俺はただ聞いているだけだ。
先程の間接キスのことばかり気になってしまっている。
◇
服を取り扱っている店は多かった。
ただ、中古品を取り扱っている店が多い。
新品は高いし、好みの服を探そうとするならオーダーメイドが一般的らしい。
元の世界では安い服など沢山あったが、ここではシャツ一枚買うにも結構な値段がする。
「どれも高いですね」
俺の感想に、美緒先輩も同意する。
「そうね。買えるのは小物くらいかな?」
「何が欲しいんですか?」
「髪留め。クリップタイプが良いんだけどね。持ってきたのは、一つ壊れちゃった。こうなるんだったら、換えを持ってくれば良かったわ」
美緒先輩はクリップタイプの髪留めを探しているようだ。
ただ、それらも結構な値段がする。
「買わないんですか?」
「ん~、我慢かな? 先に服が欲しいから、お金は残しておきたいわ」
次回の休暇にはまた三十バルクが支給されるので、それとあわせて必要な物を買うらしい。
今日は下見のようだ。
「何か気に入った物はあるんですか?」
その時だ。
美緒先輩の視線がある髪留めに向かったが、すぐに俺の方を見て首を横に振る。
「ない、かな。また今度ゆっくり探すわ。その時も、付き合ってくれる?」
「も、もちろんですよ! 荷物持ちでも何でもします!」
少し前の俺なら「三次元の女に興味ない」とか強がっていたが、本当に彼女が出来るかもしれない思えば必死にもなる。
そうさ、俺だって三次元の女の子に興味津々だよ。
頭の中は七割これだ。
「荷物持ちでこき使うつもりはないけどね。でも、ありがとう」
最初は呆れ顔をした美緒先輩だが、すぐに笑顔になってくれた。
今日この日は、俺にとって忘れられない一日になりそうだ。
――だが、髪留めか。
十バルク、一つで千円ほどする。
大量生産できていないのか、結構な値段だった。
「あ、そろそろお昼になるわね。食べたらもう少しだけ見て回ってから戻りましょうか」
門限は十六時と早めだ。
昼食を食べて、色々と見て回れば終わる。
俺は美緒先輩が気にしていた髪留めを覚えておくことにした。
◇
十五時。
早めに施設に戻ってきた美緒は、自室へと戻った。
狭いながらも個室が用意されている。
ベッドに大の字になって横になり、無表情で天井を見上げていた。
「――疲れた」
人付き合いが苦手だと分かっていたが、誠太郎があまりにも酷くてフォローに疲れてしまっていた。
普段から見ているが、異能以外の魅力というものがほとんどない。
見た目も地味というか、わざと暗くしているようにしか思えない。
清潔感もあまりない。
もう少し、どうにかなったはずだと思わずにいられなかった。
「遊びに誘われたら、もう少し気を使いなさいよ。そういうところなのよ。私なんか、どれだけ準備に時間をかけたと思っているの?」
道具も少ない中、出来る限り時間をかけて準備をしてきた。
それなのに、誠太郎は普段とあまり変わらない格好だ。
こちらを意識していないのではないか? そう思えてくるほどだ。
頭が痛くなってくる。
「それに何? あれだけサインを出していたのに、全てスルーするってどういうこと!?」
朝から色々とモーションをかけて意識させているのに、誠太郎の方からはまったく踏み込もうとしないのだ。
事前に調べていた休憩所のような宿の前も何度も通ったのに、誘ってすら来なかった。
美緒が良い感じに雰囲気を持ち込み、あとは誠太郎が誘うだけという状況で――全てスルーだ。
「何でこの状況で真面目なのよ。周りがどうなっているかくらい、調べないの?」
あと、周囲のことに疎すぎる。
異世界に来てたがが外れた生徒たちの風紀は乱れているのに、誠太郎だけは真面目に日々を過ごしていた。
それに付き合う美緒も、規則正しく生活している。
「こっちがどれだけ気を使っていると思っているの?」
他の女子からアプローチを受けていることも気付かないのはありがたいが、美緒のアプローチも全てスルーする。
「どうして陰キャなのに落ちないのよ。普通、あそこまですれば気付くわよね? なんで、ためらうのよ」
美緒も、誠太郎が自分を嫌ってはいないと気付いている。
だからこそ、余計に手を出してこない誠太郎に腹が立つ。
「さっさと手を出してきなさいよ。そうすれば――」
ベッドの上で頭を抱える。
最初こそ簡単に籠絡できると思っていたのに、一ヶ月以上もかけてまったく進展がないのだ。
嫌にもなるし、自分に女としての魅力がないのかと不安にもなる。
「――うまく依存させてやるのに」
美緒は――誠太郎を利用するつもりだった。
そのため、依存させたい。
自分から告白するのではなく、誠太郎に告白させてやりたかった。
今後の立場――上下関係を築くためにも必要だと思ったからだ。
「こうなったら私から告白するべき? でも、それだと最初の計画が――」
自分の全てを使ってでも、誠太郎を籠絡する。
誠太郎よりも、誠太郎の持つ力が魅力的だった。
美緒は、異世界に迷い込んだあの日に、友人にも知り合いにも裏切られてしまった。
そこから美緒の中で、人など信じられなくなっている。
頼れるのは自分だけ。
生き抜く力を得るために、美緒は誠太郎を利用しようと考えている。
だからこそ近付き、男子が好きそうな女子を演じてきた。
「――本当に馬鹿みたい。あの子も――私も」
ただ、美緒も元は優しい女の子だった。
誠太郎を利用しようとしている自分が、酷く汚い女に思えてくる。
罪悪感があった。
「騙される方が――悪いのよ」
自分に言い聞かせるように呟く。
すると、ドアがノックされた。
『美緒先輩、いますか? 新藤です』
誠太郎の声だ。
(ちょっと、何で気を抜いている時に来るのよ!)
慌てて立ち上がり、髪の毛や服装の乱れがないかをチェックする。
そして、表情を作る。
笑みを浮かべてから、ドアを開けるのだった。
「セイ君、どうしたの?」
どうせ後で会うのだから、今は一人にして欲しいと内心で思っていた。
誠太郎の顔を見たくなかった。
ただ、誠太郎は息を切らしている。
「あ、あの、これ」
「え? 何?」
小さな箱を受け取る美緒は、誠太郎と交互に見た。
誠太郎が照れている。
「え、えっと、その、あの――」
いいから早く言えよ、と思うが優しく聞く。
「もしかして、私にプレゼント?」
「は、はい! ――髪留め、欲しかったんじゃないかと思って」
別れた後、一人で買いに走ったのだろう。
誠太郎はその場の空気に耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にして逃げるように去って行く。
「そ、それじゃあ!」
「あ、ちょっと待って――」
逃げていく誠太郎を見送り、美緒は部屋に入るとドアを閉めた。
箱を開けると、そこに入っていたのは――自分が見ていた髪留めだ。
欲しかったが、我慢すると決めた物だった。
受け取って嬉しくなるが、同時にとても悲しくなる。
「――本当に馬鹿な子。私に利用されているのにも気付かないなんて」
美緒は――心が苦しかった。
それでも、こんな世界で他人を信じて生きていくなど無理だった。
一人の力で生きていけるまで、誠太郎を利用していく方針に変わりはない。
髪留めに涙が落ちる。
「なんで、こんなところだけ鋭いのよ」
プレゼントを喜んでいる自分に腹が立つ。
自分にプレゼントをもらう資格はないし、喜ぶなどあってはならない。
そんな気持ちだった。
髪留めの入った小さな箱を抱きしめ、美緒はドアを背にしてそのまま座り込む。
誠太郎から見た女性陣
神凪 美緒 他校の三年生
姫島 愛梨 他校の二年生
藤代 香苗 他校の一年生