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19/21

ヒーロー

 目を覚ますと体は無事だった。


 周囲には黒騎士の鎧のパーツが飛び散っている。


 立ち上がると、上半身は裸だった。


 下半身も鎧は残っているが、装甲はほとんど取れている。


 見上げると、そこには竜王の姿があった。


 少し驚いているように見えるが、今度こそ止めを刺そうとしているようだ。


 また口に赤黒い光を集めている。


 俺はゆっくりと一歩を踏み出すと、右手に不自然な重さを感じた。


 マントが巻き付き、赤く大きな赤い右腕を作っている。


 手を開いてみれば、俺の思うとおりに――俺の右手のように動いていた。


 握りしめる。


「最後は拳か。ヒーローらしい――かな?」


 そのまま歩き出し、そしてゆっくりとスピードを上げていく。


 今は――何も怖くない。


 いや、怖いが、それでも挑める。


 竜王に近付くため駆け出すと、パワードスーツの力は残っているのかスピードが増していく。


 そうしてジャンプをすると、竜王が拳で叩き潰そうとしてきた。


 そんな拳に向かって右手を伸ばすと、指が伸びて竜王の皮膚に突き刺さる。


 そのまま指が縮み、竜王の腕に着地し――走った。


 竜王は蝿でも追い払うかのように、自分の左腕を右手で叩こうとする。


 それを避けて、竜王の顔に向かって右手を伸ばす。


 何となく、使い方が頭の中にあった。


 手の平に魔法陣が浮かび上がり、火球を放つ。


 竜王が集めている赤黒い光に命中すると――大爆発が起きる。


 右手を盾代わりに爆風を凌げば、竜王の顔が苛立っているように見えた。


 口が吹き飛び、再生スピードも遅い。


 それでも、倒し切れていない。


「倒れる時は――前のめりに! 最後まで――諦めない。大事なのは――勇気!!」


 竜王に近付き、その頭部に右拳をぶち当てようとすると――一気に膨らんで巨大な腕を作り上げた。


 そのまま竜王を殴り飛ばすと、地面に倒す。


 その巨体が倒れると、土煙が上がり、地面が揺れていた。


 俺の右手は、大きくなったまま――形を変えてドリルの形状になる。


 そのまま回転すると、ドリルのように動いて――竜王に叩き付けた。


 竜王が左腕で受け止めようとすると、その腕に大きな穴を開ける。


 光のバリアを破るために無理をして、おまけに俺相手にかなり消耗していた。


 竜王は確実に弱体化している。


「俺を侮ってくれて――ありがとう」


 右腕が急激に縮むと、本来の俺の腕くらいの大きさになる。


 赤い腕をした俺は、竜王の胸元当たりに着地をすると――そのまま右手で何度も殴りつけた。


 表面の皮膚――それを貫き、肉を貫く。


 そうして右腕を突き刺すと、内部で右腕を出来うる限り膨らませ、そして動かす。


 竜王の内部から赤い棘が出現し、血が噴き出ている。


 このまま倒せるかと思っていると、竜王が暴れ回って俺は吹き飛ばされた。


 うまく受け身を取って着地をすると、竜王が立ち上がって怒りに震えている。


 ここまでダメージを与えられると思っていなかったのか、俺への憎悪が凄まじい。


「油断しているからだ。どうだ? 人間は怖いだろ?」


 俺の挑発を理解しているとは思えないが、煽っているのは感じ取ったのか竜王が尻尾を振り回してくる。


 地面をすくうようになぎ払ってくる尻尾は、土やら瓦礫を巻き込んでいた。


 大きく飛び上がると、今度は竜王の拳が迫ってくる。


「二段構え? ――そういうの、俺も嫌いじゃない!」


 俺の方は右腕を巨大化して受け止め、またしても吹き飛ばされる。


 地面に叩き付けられてしまった。


 その際に頭を打って血を流し、フラフラしてくる。


 戦い続けて体力は限界。


 攻撃手段も限られ、黒騎士の鎧はほとんど残っていない状態で――攻撃をまともに食らえば一撃で終わる。


 まさに、満身創痍(まんしんそうい)


 だから、このまま諦めるのか?


 以前の俺なら、自分に言い訳をしてここで終わっていた。


 頑張った。俺にしてはよくやった。ここまで頑張れば、誰も責めない――いくらでも言い訳が思い付く。


 でも、それは出来ない。


 黒騎士と約束をした――そして、今の俺は黒騎士が認めてくれたヒーローだ。


「倒れる時は――前のめり――自分の正義を貫くために!」


 俺に確かな正義はない。


 これだ! という主義主張もない。


 だが、守りたいと決めた人たちがいる。


 ――美緒先輩の顔が思い浮かび、その横に小さく拓郎の顔も思い浮かんだ。


 他にも色んな人たちの顔が思い浮かんでくる。


 ゴドウィンさん――心配をかけた。


 姫島さんは――きっとまた俺にズケズケと文句を言ってくる。


 面倒くさそうな顔をしそうな藤代さん。


 迷い人の教育施設で一緒に暮らした人たち。


 鬼教官に、怖い教師。


 他にも沢山――。


 ――浦辺の顔も浮かんできた。


 あいつの両親のためにも、助けてやらないといけない。


 瀬田は――あいつはどうなったのだろうか?


 それに元の世界の友人たち――祖父母はどうなっているだろうか?


 これが最後になると思い、もう考えずに真っ直ぐに向かって殴りつけてやる気持ちになっていく。


 余計なことは考えるな。


「俺の全てをぶつけてやる!」


 地面を蹴って飛び上がり、竜王に向かって拳を振り上げる。


 竜王が俺を殴ろうとするが、思っていたよりも俺の動きが速かったのか反応が遅れていた。


 竜王の拳が俺の真下を通り過ぎると、もの凄い音がした。


 風が吹き荒れる。


 そんな拳や腕に着地をして転ぶと、すぐに立ち上がって駆け上っていく。


 竜王が再生しきらない口で攻撃をしようと、赤黒い光を集め始めた。


 そして閃く。


「その攻撃がお前の命取りだ!」


 右手を伸ばす。


 大きく膨らんだ右手が、その光を包み込むと――竜王の口の中に入り込む。


 そのまま俺の右腕から斬り離されると、俺だけは地面に落ちていく。


 竜王が慌てていた。


 お腹を押さえて背中を丸めると、苦しみだしている。


「お前自身の攻撃だ。絶対に効くよな!」


 地面に着地すると、脚部だけになったパワードスーツが弾けて壊れてしまった。


 その場に座り込み、見上げると竜王が震えている。


 そして――そのお腹が大きく膨らみ、爆発を起こすと周囲に血肉が飛び散った。


 竜王が上半身と下半身に別れ、そして倒れ込む。


 俺の方に落ちてくる。


 その姿を見て気が抜ける。


「――もう、体が動かないや」


 大きな竜王の上半身が俺の方に落ちてきて、このまま潰されようとしていた。


 すると、竜王の体が燻るように燃えはじめた。


「――倒せたのか」


 良かった。


 そう思ったのが悪かったのか、俺は意識を失って倒れる。


 俺は――最後に目的を果たせた。


 これ以上はない成果だ。


 黒騎士は――褒めてくれるだろうか?



 王城で治療を受けていた騎士が、その光景を前に驚いていた。


 竜王の体が崩れていく。


 白い灰が風に流され、キラキラと光り輝いていた。


 太陽が昇り、朝がやって来たのだ。


「信じられん。まさか、ドラゴンロードを倒したというのか?」


 兵士たちも同様だ。


 自分たちが夢でも見ているのではないか? そんな感想を抱いている。


 そして、兵士の一人――目が良い者が気付いた。


「黒騎士殿が倒れています!」


 騎士はそれを聞いて慌てて命令を出す。


「い、いかん! すぐに救助だ! 英雄を死なせるな!」



 またしても夢を見ていた。


 黒騎士が俺を前に手を腰に当てていた。


「まだまだだな。だが――やるじゃないか」


 俺は照れながら頬を指でかく。


「俺なりの正義を貫きました。――満足、とは言えませんけどね。後悔はありません。あ~、いや、後悔ばかりかな? 死ぬって思ったら、色々とやりたかったことが思い浮かんできます」


 美緒先輩とデートをしたかった。


 キスも――したいです。


 拓郎ともっと色々と話をしたかった。


 それから――それから。


 とにかく、やり残したことがいっぱいだ。


 ただ、そう思えるのは、竜王を倒せたからだ。


「――俺、一つくらい大きなことが出来た気がします」


 黒騎士は肩をすくめて見せてくる。


「十分に偉業を成し遂げた。あの世界では、初めてのことだろう。お前はヒーローであり、あの世界の英雄(ヒーロー)だ」


 本物になれたのだと思うと嬉しくなって、涙が出てくる。


「あ、ありがとうございます。俺、貴方に褒めてもらえるのが嬉しいです」


 黒騎士が呆れている。


「ヒーローが泣くな」


 涙を拭う。


 すると、黒騎士が俺に思いがけないことを言ってくる。


「これからも頑張れよ――異世界のヒーロー」


 黒騎士は、背中を向けて歩き去って行く。


 俺はその姿に右手を伸ばした。


「ま、待ってください! あの、それって――」



 白い灰にまみれた誠太郎。


 竜王の体は、地面に落ちる前に灰になってしまった。


 そして、誠太郎の近くには竜王の魔石――もはや巨大な岩がある。


 まばゆく輝く巨大な宝石の隣には、綺麗な赤い宝石が浮かんでいた。


 エリクサーと呼ばれる代物だ。


 周囲には竜王を倒したことで、大量の素材が転がっていた。


 誠太郎の右手はまだ赤い布が巻かれており、それが伸びてそれらを回収していく。


 周囲の転がっている全てを吸い込み、最後に残った竜王のモンスターソウルを――誠太郎の胸に押しつけた。


 モンスターソウルの球が、誠太郎の体に触れると吸い込まれていく。


 そして、誠太郎の胸にドラゴンを模した模様が浮かび上がった。


 その模様が脈打ち、誠太郎の体を回復させていく。


 それだけではなく、エリクサーが誠太郎の体に使用された。


 誠太郎は目を覚ます。


「あ、あれ? ここは――」


 灰に包まれた誠太郎は、その灰が消えていくのを見ていた。


 気が付けば自分は裸だった。


 遠くから騎士たちが駆けつけてくる。


「黒騎士殿ぉぉぉ!」


 誠太郎が裸で倒れているのを見て、誰も気にしない。


「ちょ、ちょっと待って! 裸だから! 俺は裸だから!」


 すると、髭を生やした騎士が誠太郎に抱きついてきた。


「黒騎士殿! よくぞ――よくぞ成し遂げてくれました!」


「止めて! 男に抱きつかれる趣味とかないから!」


 兵士たちも誠太郎を囲んで涙を流している。


「これで、あいつらも浮かばれます」

「――みんなに、成功したって胸を張って報告できます」

「みんな、お前らの死は無駄じゃなかったぞ」


 死んでしまった仲間たちの事を想い、騎士や兵士たちが涙を流していた。


 誠太郎はその姿を見て、自分も祈りを捧げる。


(――みんながいたから、俺も勝つ事が出来た。本当にありがとう)


 裸の誠太郎に、騎士がマントを貸す。


 それを羽織った誠太郎の胸を見て、騎士たちが驚いていた。


「黒騎士殿はソウルを宿されていましたか?」


「ソウル? モンスターソウルのこと? いや、まだだよ。何て言うか、何を宿すか考えていると、なかなか宿せなくて」


 一度宿せば外すことが出来ないのだから、しっかり考えて宿したい。


 そんな誠太郎の考えにより、一つもモンスターソウルを宿していなかった。


 騎士が誠太郎の胸元を指さす。


「しかし、それはソウルを宿した証みたいなものですが?」


「え?」


 誠太郎が自分の胸元を見て、何か入れ墨がある事に気が付いた。


「え、何これ!? あ、これがモンスターソウルを宿した証か。って、俺は宿した覚えがないよ!?」


 兵士の人が腕を組む。


「も、もしや、モンスターソウルが黒騎士殿の胸元に落ちたとか?」


 あり得るのだろうか?


 しかし、それが本当なら竜王のモンスターソウルなど、この世界の宝とも言えるような代物だ。


 なくなってしまったのは痛い。


「あれ? 竜王の魔石や素材もありませんね」


 騎士や兵士たちが周囲を見渡す。


 誠太郎も見渡すが、どこにも見つからない。


「ないな」


 全員が首をかしげるが、今はそれよりもやるべき事があった。


 騎士が手を叩く。


「さて、首都を守り切った――とは言えませんが、魔王級を撃破したのです。早速、各地に知らせを送らなければなりません」


 他にもやることは色々とある。


 騎士は兵士たちに命令し、仕事を振り分けていくのだった。



 連合王国からの素材待ちの状態だったゴドウィンは、その知らせを聞いて目を見開いていた。


「――ドラゴンロードを倒した、だって?」


 息を切らした兵士が、何度も頷く。


「わ、私も確認しました! 王都は壊滅状態ですが、ドラゴンロードや魔物の姿はどこにも見当たりませんでした!」


 ゴドウィンは信じられなかった。


「誠太郎君が倒したのか? 本当に?」


「は、はい! 黒騎士殿は生還しております。大きな怪我はありませんが――その、眠ったままだそうです」


「眠ったまま?」


「かなりの激戦だったようで、疲れ果てているのではないか、と」


「そちらはわしが確認しよう。それにしても、魔王級の撃破など異例中の異例だよ」


 ゴドウィンは、兵士が嘘を言っているとは思わなかった。


(いったいどうやって倒した? いや、それよりも、魔王級を倒せる者が現れたとなれば――今後は色々と忙しくなる)


「――王都にはわしが向かう。陛下には、もう少し様子を見てから戻ってもらおうか」


「は、はい!」


 ゴドウィンは王都へ戻る準備に入る。


「それにしても魔王級の魔石と素材か――いったい、どんなものだろうね」


 危機を脱したゴドウィンは、竜王の魔石や素材がどんなものかを楽しみにする。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸熱っ! [一言] ドラゴンのモンスターソウル... ドラ●ンボーン!
[良い点] ヘタレが無い勇気を振り絞って巨悪を倒す。 胸熱。 [一言] 今までの作品とは毛色が違って凄く新鮮です。
[一言] 最高に面白いです!
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