偽物のヒーロー
普段は人が多い王都の広場。
そこに人影は少なく、静まりかえっていた。
普段から騒がしいはずの王都は、まるで別の街に見える。
「何であの話を受けたのよ!」
「殿、死なないでくだされ! 拙者――拙者は、殿がいないのは嫌でござる!」
黒騎士の鎧を身にまとうと、ボロボロの姿だった。
持っている魔石やら素材を消費して補給と整備を実行するが、完全な状態には至らなかった。
使えない武器がある。
弾薬だって限られている。
「――敵を倒しながら手に入れるしかないか」
俺がそう呟くと、美緒先輩が俺の手を握る。
「一緒に逃げよう。逃げて、生き残ろう? 今後は酷い事なんて言わない。私が嫌いになったなら、目の前から消える。だけど――セイ君は生きなきゃ駄目だよ。生き残れば、もっと沢山の人が救えるのよ。ヒーローだって続けられるじゃない!?」
俺を必死に引き留めようとしてくれる美緒先輩を見て、俺はこの人を好きになれて良かったと思ってしまった。
だから、余計に逃げられない。
「俺、美緒先輩のこと――嫌いになれなかったです」
「え?」
裏切られても、どこか嫌いになれなかった。
ずっと未練があっただけだが、あの時ああしていれば――なんて、ずっと考えていた。
そして、サキュバスとの戦いでは、そんな俺の未練が幻覚となって現れた。
「俺は馬鹿なんです。ずっと心に引っかかってて――」
「なら、逃げようよ。今度は絶対に裏切らないから。だから、一緒に逃げようよ!」
泣いている美緒先輩を見れば、俺の人生も捨てたものではなかったと思える。
「――それでも駄目なんです。もう、決めたから」
いや、十分すぎる。
美緒先輩が項垂れてしまった。
「もっと早くに、ちゃんと伝えておけば良かった。変なことをせずに、もっと一緒にいたかった」
泣いている先輩を慰めるため、抱きしめた。
――これで良かったのかな? お、怒られないよね?
「俺も色々と言いたいことがあったんです。言いそびれちゃいました」
泣いている先輩は、どうやら俺の声が聞こえなかったらしい。
いつも声が小さいせいだろう。――大事な場面で聞こえていないとか、恥ずかしい。
それにしても――この数ヶ月の時間は、ある意味で夢のようだった。
俺はこの世界に来て――偽物かもしれないが、黒騎士の力を得てヒーローの気分を味わえた。
俺を認めてくれる人たちにも出会えた。
はじめて――自分が認められた気がする。
そして、俺を好きになってくれた人もいる。
それに――。
「お前も泣き止めよ」
「だって。だって!」
――また、友達が出来た。
ずっと負い目があった。
友人たちが退学になったのに、俺だけは学校に通っていた。
友人たちの事を助けられず、こんな俺はもう二度と友達が出来ないのではないかとすら思えた。
自然と距離も出来て、友人を失って――でも、また友達が出来た。
俺は四輪バイクを出現させる。
「拓郎――お前の殿としての命令だ。こいつに乗って逃げろ。自動で動いてくれる。今からなら、先に逃げた人たちに追いつける」
自動で動くように設定したのは、俺以外に動かせないからだ。
「と、殿!?」
「――そして、ここからは友達としてのお願いだ。逃げてくれ」
拓郎が泣きながら両手を握りしめ、そして俺に精一杯の笑顔を向けてきた。
「殿は――ちゃんと帰ってくるのでござるか?」
俺も拓郎に笑顔を向ける。
「当たり前だろ。俺は――黒騎士だぞ」
――俺は嘘を吐いた。
◇
四輪バイクに乗る美緒は、前に乗る拓郎の肩を掴んでいた。
「何で死ぬのに笑っていられるのよ。人のためにどうして死ねるのよ」
自分が助かるために人を突き飛ばす友人のような人間もいる中、誠太郎のような人間もいる。
王都に残った騎士や兵士たちも同じだ。
逃げ出した騎士や兵士たちもいるのに、どうして残るのか?
美緒には理解できなかった。
拓郎がポケットからハンカチに包んだ何かを取り出し、美緒に手渡す。
「――忘れ物でござる」
「え? ――これ!」
髪留めだった。
美緒はすぐに手に取って握りしめると、拓郎が鼻をすする声が聞こえてきた。
「二度と捨てないでくだされ。それから、殿は絶対に戻ってくるでござる。約束したのでござる」
「負けたじゃない。一度は負けて、ボロボロになったのよ! それなのに、何でまた戦おうとするのよ」
「ヒーローでござる」
「ヒーロー? 馬鹿じゃないの。ヒーローの力を得ただけじゃない! 本物のヒーローなんていないのよ!」
「違うでござる! 殿は――本物のヒーローでござる。拙者を助けてくれた殿は、本物のヒーローでござった。だから、どんなピンチも切り抜けるのでござる! 絶対に――戻ってくるでござる!」
拓郎はそう言いながらも、泣いていた。
その姿はまるで、自分に言い聞かせているようだ。
「私はヒーローじゃなくても良かった。セイ君のままで良かったのに」
自動で動いているバイクは、王都から離れていく。
◇
王都の噴水広場。
そこにあるベンチの一つに腰掛けていた俺は、色々と考えていた。
「本物だったら、このピンチを切り抜けられたのかな?」
同じような力を得ても、結局俺ではヒーローになれなかった。
本物の黒騎士にはなれなかった。
きっと本物ならば、もっとかっこよく決めてくれるはずだ。
颯爽と現れ、竜王を倒してくれる姿を妄想する。
ただ、黒騎士の力を持っていても、中身は俺――偽物だ。
黒騎士の鎧さえあれば、俺でもヒーローになれると思っていた。
でも、現実は違う。
「もっと真面目に鍛えておけばよかったな」
後悔ばかりしている。
黒騎士の力をもっと使いこなせていれば、竜王にもっと――勝てずとも、もっとダメージを与えられたのではないか? もっと時間稼ぎが出来たのではないか?
結局、ヒーローの力を得たからと言って、俺には何も出来なかった。
あと、余計なことも考えている。
「――美緒先輩とキスくらいしておけば良かったぁぁぁ!」
これで最後かもしれないのだ。
キスくらいしておけば、俺だって満足して竜王に挑めた。
挑めたかな?
いや、今みたいにグズグズと悩んでいるような気がする。
一人で考え込んでいると、兵士の一人がやって来る。
随分と慌てた様子だ。
「黒騎士殿ぉぉぉ! て、敵が!」
ベンチから立ち上がり、マントをなびかせて門の方へと向かう。
せめて周囲にだけは、黒騎士というヒーローを見せておきたかった。
情けない姿で汚したくない。
それがファンとしての意地であり――俺の強がりだ。
◇
王都にある壁から、やって来る魔物の軍勢を見ていた。
「――時間は稼げたのかな?」
当初の予定よりも、魔物の軍勢が押し寄せるまで少しばかり時間を稼げていた。
俺が戦ったおかげだろうか? そうなら、少しは救われる。
騎士が俺に話しかけてきた。
「出来れば一ヶ月以上は粘りたいですね」
冗談を言っているのだ。
そこまで時間を稼げる気がしない。
俺は騎士に尋ねる。
「本音はどうなんですか?」
「――三日は稼ぎたいと思っています。それでも、かなりの高望みですけどね」
魔物の軍勢が遠くに見える。
そこには、竜王の姿も見えていた。
「竜王が本気を出したら終わるな」
俺の呟きに、騎士が生真面目に答えてきた。
「竜王? あぁ、ドラゴンロードのことですか。それなら、ゴドウィン卿曰く、過去の魔王級はダンジョンを目指したそうです。穴を塞ぐ蓋を取り除くためだとか。不用意に壊すことはしないそうですよ」
「そうなの?」
「たぶん、というか――過去の資料ではそうなっていますね」
すると、竜王がその口を開いて全力で攻撃してこようとしていた。
「嘘吐き!?」
「いや、確かにそのように聞いて――」
周囲が一気にざわつき始めると、後方で光の柱が出現した。
そこにあるのは――ダンジョンの入り口だ。
「な、何だ!?」
すると、都市を包むようにドーム状の光が出現する。
都市が丸ごと飲み込まれ、そして竜王の一撃を受け止める。
そのまま周囲が爆発し、何も見えなくなる。
「な、何が起きた!?」
慌てていると、どうやら光が都市を守ったようだ。
いや、ダンジョンを守っている。
竜王の一撃を耐えきるが、ドームの光はバチバチと放電したような光を放っていた。
煙が風に流されると、見えて来たのは都市周囲の大地が黒く染まっていたことだ。
「竜王の一撃を耐えやがった」
俺が驚いていると、騎士や兵士たちが声を上げて喜んでいた。
「や、やったぞ! これで王都は守られる!」
ただ、モニターを見ていると――光の柱の状態がおかしい。
攻撃を受ける前よりも、柱の太さが細くなっていた。
「何が起きているんだ?」
モニターが色々と計算を開始し、変な公式やら数字が次々に出現しては切り替わっていく――そして、出された結論は――何度も攻撃を受ければ、崩壊するというものだ。
「――まずいぞ。何度も攻撃されると、このバリアが壊れる」
先程まで喜んでいた騎士が、俺の言葉に目を見開く。
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、連続で攻撃されたら、バリアがもたない」
ドーム状の光は、バリアだった。
ダンジョンが自らを守る自己防衛機能のようだ。
だが、不思議なことに竜王は何度も連続で攻撃してこない。
連射できないのだろうか?
すると、竜王が天に向かって一鳴き――その後、魔物の軍勢が動き出して王都に攻め寄せてきた。
「いったい何を――って、嘘だろ!」
手すりにしがみついて確認すると、光のバリアは魔物たちを素通りさせている。
竜王は近付かないが、魔物たちは次々に入り込んでいた。
「黒騎士殿、これはいったい!?」
「――もしかして、数を揃えたのはこれが理由なのか!? だけど、それなら戦える! すぐにあの魔物たちを倒すぞ!」
「そ、それはもちろん! ですが、残った兵士の数が少ないので、王都全体はカバー出来ません」
「俺がカバーするさ!」
俺は亜空間コンテナを出現させると、そこからドローンたちを射出して王都中にばらまいた。
ドローンたちから情報が送られてくる。
「今は正面――この西側が一番危険だな。俺が前に出て戦うから、援護は頼むよ」
「一人で前に出られるのですか!?」
「一人じゃない。あんたらに援護を頼むんだ」
一人ではどうやっても切り抜けられない。
俺の言葉に騎士が周囲へ命令する。
「黒騎士殿を援護だ! いいか、絶対に魔物たちを王都へ入れるな!」
騎士や兵士たちが武器を構えるのを見て、俺はお礼を述べる。
本当に――心からの感謝だ。
「助かります。本当にありがとう」
「こちらこそ、黒騎士殿に残っていただき、心強く思っていますよ!」
俺は亜空間コンテナから武器を取り出した。
大鎌だ。
それも二つ。
「――いきます」
壁から飛び降り、地面に着地をした俺はポーズを決める。
偽物だろうと、かっこ悪いところは見せられない。
魔物たちを前に、黒騎士の登場時の口上を述べる。
「俺の正義を貫かせてもらう」
こんな場面でも真似てしまう自分が恥ずかしいが、俺を見ている騎士や兵士たちは歓声を上げていた。
大鎌を振るうと、刃が飛んでいき近付いた魔物たちを斬り裂いていく。
一振りで数十体が斬り裂いて燃やし、そして白い灰に変えていく。
それを二本操り、速度を上げて近付く魔物たちを斬り裂いていく。
駒のように回転しながら移動し、魔物たちを一気に倒していくが――数が多すぎてすぐに次の魔物たちが近付いてくる。
魔物たちを倒して空いたスペースに、また次の魔物たちが押し寄せてくるのだ。
怖くて仕方がない。
どれだけ倒しても、周りは敵だらけだ。
「黒騎士殿を援護しろ!」
壁から矢が放たれ、魔物たちに突き刺さっていく。
「ありがたい!」
次々に倒していくわけだが、時折現れる幹部級や将軍級に苦戦を強いられていた。
「またかよっ!」
大鎌の刃を受け止められるのだ。
それだけで、一気に距離を縮められて面倒になる。
大鎌の柄を手放し、そして亜空間コンテナからハルバードを取り出す。
右手を地面に向ければ、転がっている魔石や素材が集まってくる。
左手一本でハルバードを振り回しながら、回収を終えるとすぐに整備と補給の実行だ。
「これでまだまだ戦えるぞ!」
ハルバードで将軍級を両断し、そして叫ぶと――兵士が壁から落ちてきた。
慌てて壁の方に視線を向けると、空を飛べる魔物たちが押し寄せていた。
「嘘だろ――止めろよ!」
亜空間コンテナを開いてライフルを手に取るが、魔物たちが押し寄せてきて俺は空に向かって攻撃できない。
「し、しまっ――」
将軍級の魔物たちが押し寄せてきて、俺を囲んで攻撃をしてくる。
袋叩きに遭ってしまう。
転び、そして吹き飛び――モニターには警告音が鳴り響く。
「やらせるかよぉぉぉ!」
マントが広がり、鋭いニードルを作って周囲の魔物たちを串刺しにした。
解放された俺は飛び上がり、マントが翼のように広がる。
そのまま羽ばたき空を飛ぶと、ライフルで飛んでいる魔物たちを撃ち落としていく。
そして、壁に戻ったら――怪我人が大勢いた。
「おい、大丈夫か!」
騎士に声をかけると、怪我をしていたが笑みを浮かべる。
「もちろんです! 黒騎士殿が頑張っているのです。我々も死力を尽くしますよ!」
ただ、悪い情報が届く。
魔物が王都を完全に包囲していた。
弱い箇所に魔物が押し寄せている。
「――南側が危険だ」
俺の言葉に騎士が表情を引き締めた。
「こちらは随分と敵の数が減りました。――行ってください」
「か、必ず戻る。絶対に戻ってくるから!」
「はい!」
戦っている彼らを残して南側へ向けて移動を開始した。
急いで南側へと向かうと、そこは更に酷い状況だった。
「くそっ!」
ガトリングガンを装備し、壁の上から魔物たちを撃ち倒していく。
そうして、倒れている兵士に声をかけた。
「おい、大丈夫か!」
抱きかかえようと近付くと、兵士は血を流しすぎていた。
「――母さん、ごめんよ。俺はここまでだ。ちゃんと逃げてくれよ」
俺には気付くこともなく、そのまま息を引き取る。
どうしようもなく、俺は無力だと思い知らされる。
強い力を得た。
だが、もっと大きな力の前には、為す術がない。
むしろ、黒騎士の鎧のような力を持たず、時間稼ぎのために残った兵士たちの方が俺よりも凄かった。
俺なら、恐ろしくて絶対に残らなかった。
兵士を地面にゆっくりと降ろし、俺はガトリングガンを構える。
「何がヒーローだ。俺は――ただの人間なのに。それも、弱い人間なのに」
涙が出てくる。
それでも、戦うのを止めるわけにはいかなかった。




