地下八階
「だらっしゃぁぁぁ!」
地下七階を越え、地下八階。
そこで出てくる魔物というのが、悪魔の姿に似たものたちだ。
魔物は人間が恐怖する対象の姿を借りるらしく、正確には悪魔ではない。
悪魔らしい能力も再現されるが、それは再現されただけだ。
更に奥にはどんな魔物がいるかと想像すると――怖くなるな。
だが、そんなことは関係なしに、俺は魔物たちを次々に斬り伏せていた。
「経験値を得て、その場で更に戦えば強くなるペースは倍! 俺って冴えてる!」
経験値を得て、実戦経験を積み成長する。
まったく無駄のない方法だな!
――変に高いテンションで、魔物たちを屠りまくっていた。
理由は――失恋のショックだ。
テンションを上げていないと、美緒先輩の事ばかり考えておかしくなるからだ。
「銃よりもこっちを使った方が強くなる気がするな!」
刀、ハルバード、斧――とにかく、近接で使用する武器を使いまくっていた。
二メートルほどの青白い肌をした男が、黒い鎧を着ていた。
その手には剣を持っており、俺に斬りかかってくる。
その動きが何というか――普通に強い。
剣の扱いもうまく、いい練習相手になっていた。
「次は一太刀で終わらせてやらぁぁぁ!」
倒しまくる。
とにかく倒して経験値を稼ぐのだ。
いったいどれくらい戦っているのか?
自分でも分からなくなってきた。
疲れたらダンジョン内で休憩して、また魔物を狩るために敵を探し回る。
時々、黒騎士の鎧を着ていても吹っ飛ばしてくるような魔物も出てくるが、そんな敵にも妙に高いテンションで挑んでいた。
気が付けば、黒騎士の鎧もボロボロになっていた。
目の前の魔物を斬り伏せ、俺は肩で呼吸をすると――整備と補給を実行した。
大量の魔石と素材を消費するが、それでも沢山の魔石と素材が残る。
「そろそろ帰るか」
気が付けば数日間もダンジョンにこもっていた。
すると、帰り道を探す途中で――階層ボスの部屋を見つけた。
「ボス発見! こっちを進んだ方が早く帰れるな!」
地下八階のボスに挑み、帰ってきた者はいない。
そんなことも忘れて、俺は階層ボスの部屋に足を踏み入れた。
その部屋は他とは違い、植物がある。
手入れされた庭園のような場所で、宙に浮かんでいるのは――三メートルはある悪魔だった。
ただ、金髪碧眼の美女だ。
「わおっ! セクシー! もっと小柄ならお相手して欲しかったです~」
絶世の美女に丸まった角が生え、蝙蝠の翼を生やしている。
こちらを見て微笑み、キスをするように息を吹きかけてきた。
「な、何だ?」
魔物の姿が変わる。
その姿は――美緒先輩だった。
「美緒――先輩?」
ただ、すぐにモニターが警告音を鳴らして、映像を切り替える。
どうやら、幻覚を見せてきたようだ。
「こ、こいつ!」
幻覚が効かないと思ったのか、ボスは俺に掴みかかってくる。
そんなボスに向かってライフルを向けて発砲すると、弾丸が貫きはしたが仕留められなかった。
撃ち抜かれた肩を押さえ、苦しんでいる。
そして、俺に憎しみのこもった目を向けてきた。
何か叫ぶと、植物の影から死体が出て来て武器を構えていた。
「こいつら、魔物じゃない――人間か!?」
倒した人間たちを操っていた。
階層ボスに挑み、破れていった冒険者や騎士たちの骸。
それを利用していた。
「ふざけやがって。男を利用してそんなに楽しいのかよ!」
ハルバードを手に取り、骸たちを無視してボスへと斬りかかった。
ハルバードの特徴は大きさが自由自在に変わること。
あと、属性攻撃だ。
火やら水など――魔法的な効果を付与できる。
ハルバードの斧部分でボスを斬り裂くと、黄色い雷が周囲に飛び散った。
叫びながら燃えていくボスは、地面に落ちると灰になる。
操られていた骸たちも灰になって消えていく。
彼らは魔石やら素材を残さない代わりに、持ち物を残していた。
男たちを操っていたようで、女性の姿はない。
「ふざけやがって。男を騙して、そんなに面白いのか?」
美緒先輩の顔がちらついて、心が落ち着かない。
「――最悪な敵だな」
俺はさっさと回収すべきものを回収して、地上へと戻ることにした。
拾ったモンスターソウルを取り込むと、モニターには「サキュバス」とある。
女悪魔はサキュバスだったようだ。
あれも人が恐怖する対象なのだろうか?
地下九階へと降りる俺は、ポータルに自身を登録してから地上へと戻った。
◇
「殿ぉぉぉ! いったい三日もどこにいっていたのでござるか!」
――地上に戻ってくると大騒ぎになった。
ダンジョンの地下八階層突破という大ニュースに職員も冒険者たちも騒ぎだし、王宮からはゴドウィンさんがまさしく飛んで来た。
俺の成果を喜ぶと共に、無謀な挑戦をしたと諌めてくれた。
敵の情報が何もない中で、不用意に飛び込むのは良くない、と。
ただ、おかげで地下八階層を突破。
新しいモンスターソウルも得られ、未知の財宝がこれから手に入ると知って凄く興奮していたけどね。
「王宮で取り調べだよ。おかげで眠くてしょうがない」
ダンジョンでも仮眠は取っていたが、長くても数時間だ。
それにしても――。
「拓郎はまだ訓練を続けていたのか?」
「もちろんですぞ! 殿と一緒にダンジョンに挑むために、鍛えているところです! ――た、ただ、時々くじけそうになります」
俺も同じだったので、拓郎の気持ちがよく分かる。
「とりあえず眠るよ。明日も忙しくなりそうだからな」
欠伸をしながら自室を目指した。
◇
バリス王国にある鉱山の一つ。
そこに連れて来られた瀬田は、ボロボロになっていた。
粗末な食事に重労働で、痩せてきている。
頬がこけて、毎日汚れたベッドで眠っている。
瀬田のような男たちは珍しくない。
犯罪奴隷たちの見張りを行う男たちが、王都の話題で盛り上がっていた。
「王都のダンジョンで地下八階を攻略したらしいぞ」
「そいつは凄いな。誰が攻略したんだ?」
「黒騎士だよ。たった一人で攻略したそうだ。商人たちが言っていたぜ。黒い鎧を注文する騎士が増えた、ってな」
瀬田はその話を聞いて、涙を流した。
(くそ――どうしてだ。どうして俺がこんな目に遭う? 本当なら俺が黒騎士になっていたはずなんだ。そうだ、だって俺だって黒騎士が――好きだったのに)
子供の頃、瀬田も黒騎士に憧れていた。
だが、その力を得たのは誠太郎だ。
馬鹿にしていた誠太郎が黒騎士の力を得る――それが瀬田にはとても許せなかった。
◇
人生、変われば変わるものだ。
地下八階攻略を成し遂げた俺に、バリス王国から勲章が授与された。
今はゴドウィンさんの執務室で、世間話をしている。
俺は勲章を指でつまんで持ち上げていた。
「――これ、ミスリルですか?」
「そうだよ。中央の青いのは宝石だ。魔力を持つ宝石は魔法石と呼ばれて貴重でね。勲章を得た君は、申請すればバリス王国の正式な騎士にもなれる」
俺の不安定な立場は、更に面倒なことになっている。
冒険者でも兵士でもない。
だから、バリス王国が認めた自由騎士――という扱いだ。
何というか、聞いていると微妙な立場だ。
バリス王国内では確かな身分を得られたが――俺が進路を決めていないため、そこで話が止まっている。
冒険者になるなら、ギルドがすぐに「A」ランク冒険者に認定するらしい。
騎士になれば、結構な地位が与えられるそうだ。
どちらを選ぶべきだろう?
「さて、誠太郎君――これを覚えているかな?」
「フィギュアですね」
ゴドウィンさんが手に持っているのは、車のミニチュアやらフィギュアだった。
「これらを実体化できるか試して欲しい」
俺は黒騎士に変身してそれらを手に取った。
だが、反応がない。
「――無理みたいですね」
「今回は一発では無理か。出来が悪いのかな? それとも材質かな? 材質だと、ちょっと困るんだよね」
二人で色々と話をしていると、白騎士のフィギュアに似せた物を手に取った時に僅かばかりの反応があった。
「あ、これならいけるかもしれません!」
「本当かい!? すぐに頼むよ!」
頼まれたので実体化を行うと――途中でエラーが出て中断されてしまう。
どうやら、駄目みたいだ。
「駄目でした」
「ふむ――こうなると、実体化できるのは君が持ち込んだ物に限定されているのかもしれないね」
そう考えると、俺の異能は限定的だな。
あの時、カプセルトイを購入しておいて本当に良かったと思う。
「調べ直しだね」
ゴドウィンさんはショックを受けた様子がない。
「落ち込んでいませんね」
「新しいモンスターソウルが手に入ったからね。過去の資料も調べているところだし、落ち込んでいる暇もないよ」
サキュバスのモンスターソウル――それは宿すなら女性限定だそうだ。
道具に宿せば色香に惑わされなくなるとか、そんな情報があるようだ。
ゴドウィンさんが少し困った顔をする。
「問題なのは、サキュバスのモンスターソウルは女性人気が出る可能性が高いことだね」
「人気が出たら駄目なんですか?」
「資料には若さを取り戻し、美しくなれるとあった。美を追い求める女性や、相手に使いたい男性は多いだろうね」
能力よりも、そういった効果が期待されて人気が出るということか。
「――実は君には地下八階を専門に攻略させてはどうか、という話も出ているんだ」
「え? 嫌ですよ。俺はもっと先に進みますし」
「それは君の自由だが、少し能力を過信していないかな?」
「黒騎士の鎧は最強ですよ」
地下八階も簡単に突破できた。
これから先も余裕だ。
ゴドウィンさんは俺を見て困った顔をするが、話を変えることにしたらしい。
「若気の至りかな? それはそうと、これから君はどうするつもりだい? 王都に屋敷を構えるなら、陛下がすぐにでも許可を出すよ」
家を構えてダンジョン攻略もいいな。
自分の家があれば落ち着くだろう。
「いいですね! いっそ美人な奴隷を集めてハーレムにしますか!」
普通の女性が信じられず、ならば奴隷なら俺を裏切らないだろうという考えだ。
だが、安易すぎたようだ。
「そういう奴隷がいないとは言わないけど、基本的にバリス王国で扱えるのは犯罪奴隷だけだよ。あと、違法な奴隷を購入すると、罰せられるからね」
「え?」
「何十年か前に君たち迷い人が人権意識を持ち込んでね。奴隷制度は一部を残して廃止することになったんだ」
何それ!? つまり、奴隷でハーレムなんて出来ないと!?
あれ? でも、瀬田は奴隷にされたよな?
「――それなのに、犯罪者は奴隷にするんですか?」
「君たちの世界は犯罪者に優しいね。素晴らしい世界だ。だが、この世界にそんな余裕はない。でも、いずれは犯罪奴隷も廃止する流れになるんじゃないかな?」
ただ、今はそんな動きもないらしい。
内心で「過去の迷い人、ふざけるな!」と思いつつ、こうして少しずつ世界に影響を与えているのかと思うと――凄いとも思えた。
奴隷制度を廃止したのは、結構凄いことではないだろうか?
俺のような力がなくても、多くの人を救った迷い人がいる。
自分がちっぽけに感じられた。
「誠太郎君は美人のお嫁さんが欲しいのかな?」
ゴドウィンさんに聞かれ、俺は全力で頷いた。
「欲しいです!」
我ながら欲望に忠実すぎるが、そこで美緒先輩の顔がちらつく。
そして急に落ち込みだした俺を見て、ゴドウィンさんが首をかしげた。
「何かあったのかな?」
「――その、色々と」
「まぁ、若いんだから色々とあるよね」
「そう、ですね。――俺、明日もダンジョンなので今日は帰ります」
「うん、頑張っておいで。でも、ちゃんと戻ってくるんだよ」
今はただ――ダンジョンに挑みたかった。
戦っている間は、色々と忘れられる気がしたのだ。