友人
小太りの男子が仲間たちと走っていた。
追いかけてくるのは、オークの集団だ。
「何でいきなりこいつらと出くわすんだよ!」
「俺が知るかよ!」
「お前が様子を見ようなんて言い出すから!」
男子たちは訓練を受けずに、一般コースを選んだ生徒たち――誠太郎と同じ迷い人だった。
何度もダンジョンに入り、先程地下三階へと足を踏み入れたばかりだ。
調子に乗って地下三階を少し調べようとすると、オークの集団に見つかって追いかけ回されている。
小太りの男子【篠田 拓郎】は、そんな男子たちに数合わせで誘われた男子だ。
他の三人と親しくはないのだが、誘われて渋々と参加していた。
元の世界では友人がおらず、ずっと一人だった。
「だ、誰か助けて!」
息も絶え絶えだ。
ろくな訓練を受けていないため、体力がそもそも足りていない。
オークたちに追いつかれようとしている。
すると、男子の一人が拓郎を突き飛ばした。
「あっ!」
転んだ拓郎が走り去る三人の男子たちを見る。
「悪いな!」
「お前の犠牲は忘れないからよ!」
「恨むなよ。友達料金代わりだ」
自分を生け贄に、三人が生き残る――そのために捨てられたと知った拓郎は、恐る恐る後ろを振り返る。
オークたちが拓郎を前に涎をたらしていた。
「せ、拙者を食べてもおいしくないでござるよぉぉぉ!」
眼鏡がずれて、涙を流す拓郎にオークたちの手が伸びる。
すると、目の前にいたオークの頭部が爆ぜた。
「へ?」
他のオークたちも同様だ。
次々に頭が吹き飛び、倒れていく。
唖然としていると、エンジン音が聞こえてきた。
「おい、無事か!」
全身鎧の男が助けに来てくれた。
男が乗っている乗り物、そしてその格好を見て――拓郎は目を輝かせる。
「リアル黒騎士殿でござるかぁぁぁ!」
男は困惑していたが、すぐに拓郎が黒騎士を知っていると分かって喜びだした。
「お、お前――いや、君はこの姿が分かるのか!?」
「当たり前でござる! 特撮ファンの間でも、コアなファンに人気なダークヒーローの黒騎士! 深夜枠での放送でござったが、拙者もリアルタイムで毎週欠かさず見ていたでござる!」
それを聞いて、黒騎士がフェイス部分を開けて顔を見せてくる。
「や、やはり、貴方は!」
「お前も迷い人だったのか。俺もそうだ。新藤――」
「知っているでござる。初日に新藤殿の活躍を見ていたでござるからな。拙者も助けてもらいましたぞ!」
「そ、そうか。俺は覚えていないけど」
拓郎は嬉しくて涙を流す。
「ありがとうございます。本当に――見捨てられ、死を覚悟したでござる。新藤殿は拙者の恩人でござる」
「よせよ。それより、さっさと戻るぞ。後ろに乗れ」
拓郎は格好いい誠太郎の姿を見て、憧れを抱くのだった。
「新藤殿――いや、誠太郎様!」
「は? 誠太郎“様”? お、おい、俺たち同じ迷い人同士だろ? 様付けなんておかしいだろ」
「それでは、今日から殿と呼ばせていただきます! 拙者を殿の家来にしてください!」
頭を下げてくる拓郎を前に、誠太郎は動けなくなってしまうのだ。
◇
ポータルの場所に戻ってくると、美緒先輩が待っていた。
「大丈夫だった!? さっき、男の子たちが慌ててポータルで地上に戻っていったから、心配していたんだけど」
バイクの後ろに乗っていた拓郎が、美緒先輩を見て少し恥ずかしそうにしていた。
「――こいつは篠田拓郎。俺たちと同じ日にこっちに来た迷い人です。慌てて地上に逃げたなら、そいつらはたぶん」
「拙者を見捨てて逃げ出した連中でござる」
拓郎が眼鏡を外して涙を拭っていた。
本当に怖かったのだろう。
バイクに乗せて走っている時も、俺を掴んで震えていた。
ただ、美緒先輩の様子がおかしい。
「見捨てられたの?」
拓郎は俺のことを自慢し始めた。
「ですが、殿に助けていただきましたぞ! 殿はまさしく本物の黒騎士! 拙者のヒーローでござる!」
「お、おい、もうその辺でいいって」
美緒先輩が俺を見る目が、普段と違って濁っているというか――とても暗い目をしていた。
「そう、見捨てられたところを助けたんだ。偉いわね、セイ君」
「美緒先輩?」
「何?」
「い、いえ、何だかいつもと様子が違っていて」
「そう? 普段と同じだけど?」
気のせいだろうか?
拓郎が俺のことをまた褒め始める。
「本当に殿には感謝でござる! 拙者のような周りから見向きもされない男を、嫌な顔せず助けて下された。美少女でもないのに、助けてくれる殿は聖人君主でござる!」
確かに拓郎は男で、見た目もお世辞にもいいとは言えない。
だが、美少女じゃないから、って何だ?
「お前、俺が美少女かそれ以外かを基準に助けていると思ったの!? 止めろよ」
「殿はいい人でござる!」
「その程度でいい人とか、基準が低すぎるだろうが! いくらでも助けてやるっての!」
「殿ぉぉぉ! 一生ついていくでござる!」
二人で話をしていると、美緒先輩の表情がどんどん暗くなるのだった。
「――セイ君にとって、人助けはその程度なんだ。見返りも求めないのね」
「え? そんなの、当たり前じゃないですか」
俺の言葉に、美緒先輩は急に笑い出した。
「あは、あははは! 当たり前? 当たり前だって!!」
「美緒先輩!?」
慌てて俺が近付き肩に手を置こうとすると、払いのけられてしまった。
「触るな、偽善者!」
「ぎぜん――しゃ?」
俺が動揺して動けずにいると、美緒先輩は俺への不満をぶちまけてくるのだった。
◇
何も言わない誠太郎を前に、美緒は悔しくて仕方がなかった。
自分と同じように、魔物たちの前に突き出された拓郎という男子。
そんな男子をヒーローのように助け、感謝されている誠太郎。
そこに見返りなど求めていない。
その姿が――どうしても許せなかった。
「本当に苛々する。そうやって正義の味方を気取って、何のつもり? まさか、本当にヒーローにでもなった気でいるの?」
誠太郎は俯いてしまった。
以前にヒーローが大好きだと話していたのを、美緒は覚えている。
好きなことの話になると、声が大きくなり早口になるのだ。
その時の誠太郎は、とても楽しそうだった。
「まだ、下心があるほうが信用できるわ。それを、人助けが当たり前? 本当に止めてよ、気持ち悪い。ヒーローにでもなったつもり? 馬鹿じゃないの?」
誠太郎の悲しそうな姿に、美緒の心が痛む。
だから余計に、美緒は誠太郎を突き放すようなことを言う。
「図星だったの? 高校生にもなって、おめでたい頭をしているわね!」
「――いけませんか? ヒーローを目指したら駄目なんですか?」
誠太郎の泣きそうな顔を見ていると、美緒は心が締め付けられる。
「はぁ? 何を言っているのか聞こえないのよ! いつもボソボソ、こっちはいつも大変だって分からなかったの? 分からないから、私みたいな女に騙されるのよ」
拓郎は美緒たちの関係が分からないのか、オロオロとしている。
「ど、どうしたのでござるか? あの、この女性は何で殿を――」
喋り方が独特な男子だ。
口を閉ざしてしまう誠太郎を前に、美緒はプレゼントされた髪留めを外して投げ捨てた。
誠太郎がそれを見てショックを受けている。
「――本当に気持ち悪い。これからも利用してやるつもりだったけど、もう一緒にいるのも耐えられない」
耐えられないと言った気持ちに嘘はない。
このまま誠太郎と一緒にいるのは、美緒が耐えられなかった。
「これからは話しかけてこないでね」
美緒はポータルに向かうと、一人で地上へと戻る。
起動したポータルが上昇し始め、誠太郎たちが見えなくなると美緒はポロポロと涙をこぼす。
「まいったな。本当に――あれ、気に入っていたのに」
髪留めを捨てたことを後悔する。
誠太郎をもっと利用してやるつもりだったのだが、拓郎という男子を助けに向かった姿を思い出して何もかもが嫌になった。
誠太郎が勘違いしないように、最低な女を演じて別れたのは美緒の善意だ。
自分のような女に利用されるべきではない、という気持ちで別れた。
「思っていたよりもきついなぁ」
笑いながら胸元を手で押さえる。
胸が締め付けられる。
誠太郎の顔を思い出すと、本当に辛そうな顔をしていた。
それを思い出すと辛くなる。
「――本当に馬鹿な子。もう、私みたいなのに騙されたら駄目よ」
もっと利用してやるつもりだったが、誠太郎が人を助ける姿を見て――騙しているのが辛くなった。
自分がしていることに、耐えられなくなってしまった。
少し早いが、さっさと別れて誠太郎には幸せになって欲しかった。
「ごめんなさい。本当に――ごめんなさい。私――本当は――」
誠太郎に対して謝罪の言葉を呟きながら、美緒はポロポロと涙をこぼす。
◇
美緒先輩の後を追いかけるように地上に戻ったが、もう姿はなかった。
拓郎が申し訳なさそうにしている。
「殿――拙者は何か気に触ることを言ったのでござろうか?」
「言って――ないと思う」
こいつを助けたために、美緒先輩を失ってしまった――という気持ちがどこかにあった。
それがとても情けない。
結局――俺は利用されていただけで、美緒先輩が見ていたのは黒騎士の力だったのだ。
拓郎がいようといまいと、いずれ捨てられていたのだ。
いいように利用されていた俺は、本当に馬鹿野郎である。
やっぱり三次元は糞、って言葉は名言だわ。
もう二次元しか信じない。
「殿、拙者は――」
「もう気にするなよ」
グスグスと泣いている拓郎を見て、逆に冷静になってきた。
俺に彼女なんて出来るわけがないのだ。
目が覚めたような気分だ。
拓郎が俺に髪留めを手渡してくる。
「殿、これを」
「拾ってきたのか? 別に良いよ。もう使わないし、捨ててくれ」
「ですが」
「いいって。それより、これから食べにいこうぜ。いや、酒だ。酒を飲んで嫌なことを忘れよう!」
「殿、拙者たちは二十歳ではありませんぞ!?」
「ここは異世界で~す。日本の法律は適応されませ~ん! ――ちょっと付き合ってくれ。色々と忘れたいんだ。――頼むよ」
酒を飲んで忘れられるなら、浴びるように飲みたかった。
拓郎は俺の気持ちを察したのか、黙ってついてくる。
「拙者で良ければ、どこまでもお供しますぞ、殿!」
「よし、なら高い店に行くぞ! 高い酒をガンガン注文してやる!」
「剛毅ですぞ、殿!」
拓郎と二人、夜の街に繰り出すことにした。
◇
「酒の良さがまったく分からない!」
やって来たのは普段あまり利用しない店だった。
いつも利用していた店は、美緒先輩との思い出があるため行きたくない。
以前から気になっていた店に入り、酒を注文してみたのだが――渋い、酸っぱい、まずい。
お酒の何が良いのかまったく理解できないぞ!?
拓郎も同じだった。
「殿、拙者はジュースに切り替えてよろしいでしょうか?」
「う、うん、俺もジュースにする」
周りでは楽しそうに酒を飲んでいる人たちがいるのに、俺たちにその良さがまったく理解できなかった。
ただ、アルコールのおかげなのか、とても熱かった。
顔が赤くなっているだろう。
拓郎が料理を前に、俺に改めて謝罪してくる。
「殿、あの女性の気を損ねてしまったのは拙者のせいでござらんか? でしたら――」
「気にするなよ。あの女――いや、美緒先輩は元から俺のことが嫌いだったみたいだ。利用するつもりだったんだろ。それが、気持ち悪すぎるから無理って――生理的に受け付けないとか、直接言われると傷つくよな」
「――拙者も何度か言われたことがあるでござるが、あれはきついでござる」
拓郎も辛い人生を歩んでいるようだ。
俺も女子たちが「新藤ってキモいよね~」とか「生理的に無理~」なんて話しているのを、教室に入る前に聞いてしまって――すぐに入れなかった。
用を思い出したふりをして、一度トイレに入ってから教室に戻ったな。
「やっぱり三次元って駄目だな」
「三次元の女性は鬼でござる」
二人で女性は駄目だ、みたいなことを言っていると――俺たちのテーブル横を着飾った女性が通り過ぎていく。
胸元と背中が大きく開いたドレス姿で、俺と拓郎は食い入るように見てしまった。
男の性に逆らえない自分が、本当に情けない。
二人して微妙な空気になったので、話題を変えることにした。
「――拓郎、そういえば、なんでダンジョンに挑んだんだ? お前、一般コースを選択したんだよな?」
「ダンジョンに入れば稼げたからでござる。クラスメイトたちが、遊ぶ金欲しさにダンジョンに挑む際、人数が多い方が良いから、と」
それで地下三階まで進めたのなら、割と才能があったのだろう。
「地下三階まで進めたのは凄いな」
拓郎は照れている。
「攻略情報があるので、作戦を練れば問題ないでござるよ。ただ、地力がなかったので、地下三階ではあのような結果になってしまったでござる」
下調べをして、装備を揃えたら結構どうにかなる、と。
――美緒先輩はほとんど一人で地下二階を突破した。
それを思うと、人数が多いというのは凄く重要だな。
美緒先輩の事を心配している自分に気が付き、俺は首を横に振る。
「とにかく、今後はダンジョンに入るなよ。次は死ぬぞ」
「そ、そんな! 拙者は殿についていくでありますぞ!」
「いや、俺が普段利用しているのは地下七階だし。それに、ついてきたらお前――死ぬよ」
冗談抜きに死ぬ。
地下七階のアンデッド系モンスターたちは、近付くだけでも危険な奴らがウヨウヨしている。
毒を塗った武器を持っているとか、息がそもそも毒だとか――呪いまであるのだ。
黒騎士の鎧がそれらを防いでくれるので、俺は対策せずに行動できるだけだ。
他の冒険者たちが聞いたら、憤慨ものの話だろう。
「ですが、拙者は殿について行くと決めたでござる」
俺は拓郎を諦めさせるために、一つ提案するのだった。
「なら、施設で本格的な訓練を受けろよ。そうしないと連れて行けないからな」
「が、頑張るでござる!」
拓郎と話をしていると落ち着くのは、元の世界の友人たちと近いからだろう。
話していて楽だった。
美緒先輩を失ったが――いや、そもそも俺の彼女でもなかった。
だが、今はこうして友人一人が出来たのは、嬉しいことだ。
だから、落ち込まなくて良いのだ。
――もの凄く、悔しいけど!
裏切られたショックとか、いっそ手を握るとか――キスくらいまでしたかったとか、色々と悔しいけど!
まぁ、終わった話だ。
明日からは地下七階で、経験値稼ぎにいそしむとしよう。
むしろ、余計な事を考えずに済む。
そう思えば――悪くない――はずだ。
少し前まで美緒先輩と楽しく食事をしていたことを思いだし、あの時も実は内心で嫌がっていたのかと思うと――正直色々と辛いです!