黒騎士の力
迷路のようなダンジョンを進むのは――大きな四輪バイクだった。
「凄ぇぇぇ!!」
赤いマントをなびかせ、通路を走り抜ける俺はモニターを見ていた。
黒騎士には球体型のドローンがあり、それらはプロペラがなくても浮かぶ。
迷路を進ませ、それらが集めた情報からダンジョン内の地図を作成――そして、最短ルートを進む。
「バイクがあるだけで全然違うな!」
目の前をいけば魔物がいるのが分かっており、俺はスピードを落とすと亜空間コンテナからライフルを取り出した。
距離にして数百メートルあるのだが、ヘルメット内のモニターには魔物の様子がハッキリと見えている。
鎧を着た骸骨の騎士が、同じく骸骨の兵士たちを引き連れて通路を移動していた。
整列して移動しているのだ。
「アンデッド系か――関係ないな」
着弾点が表示されており、リーダーである骸骨騎士の頭部を狙いながら引き金を引く。
すると、頭部を撃ち抜かれて鉄製の兜ごと頭蓋骨が吹き飛んで――骸骨騎士が崩れるように倒れた。
糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、燻るように燃えていく。
骸骨兵士たちが武器を抜いて辺りを見回すが、俺に気付いていない。
「一方的すぎるけど――」
骸骨兵士たちの頭部も吹き飛ばしていく。
そうして敵がいなくなったところで、バイクで近付くと落ちているのは魔石や素材だ。
右手を伸ばせば、吸い込んでくれて回収も楽だった。
「これで何体目だ? 百体は倒したよな?」
同じような光景ばかりが続く迷路内には、何百――いや、何千という魔物がウロウロしている。
幾ら倒してもすぐに補充されるのだ。
「――段々と魔石と素材が残るようになってきたな」
黒騎士の鎧や武器の整備や補給を行っても、魔石や素材が随分と残るようになってきた。
つまり、地下七階より下なら、黒騎士の鎧で暴れ回っても十分に利益が出るという意味だ。
「問題は経験値だけか」
この調子なら、地下七階も問題なく進むことが出来る。
再びバイクを走らせると、ドローンたちの情報が次々に送られてきた。
「――宝箱を見つけたのか」
方向転換をしてそちらへと向かう。
途中、魔物たちを倒しながら進んだので、数十分程度の時間がかかる。
それでも、それだけの時間で三十体近くを倒せたのだ。
効率はかなり良い。
しばらく走らせていると、宝箱のある場所までやって来た。
バイクを降りて宝箱に近付けば、木箱に枠が銀色という宝箱だ。
蓋を開けると、中に入っていたのは銀色の――ミスリルだった。
「聖なる銀、か。これ、確か高いんだよな?」
アンデッド系の魔物に効果のある武器を作れるほか、聖なる銀として富裕層にも人気である。
高値で買ってくれる人が多いため、宝箱の中身としては当たりの部類だ。
亜空間コンテナに放り込み、俺は次へ移動する。
バイクを走らせていると、探査を終えたドローンたちが戻ってきた。
そうして階層ボスの部屋まで移動した俺は、ドローン全てが戻ってきたことを確認してからバイクを亜空間コンテナに収納する。
「亜空間コンテナが便利すぎる」
水や食糧だって入れておける。
手ぶらで移動も楽に出来た。
一度深呼吸をする。
「――武器は拳銃と刀にしておくか」
左手に拳銃を持ち、右手には刀を持った。
中へと入ると――そこで待っていたのは三メートル前後の大きな骸骨騎士――ではなく、王冠をかぶっている。
骸骨王と呼ぼう。
正式名はボーンアンデッドロードだったか?
身長と同じくらいのロングソードを片手に持ち、玉座に座っている。
骨が見えている場所は顔くらいで、他は黄金の鎧に守られていた。
玉座も黄金。
「金ピカだな」
骸骨王の周りにいるのは、骸骨騎士が十二体。
それらが各々の武器を手に持って俺に向かってこようとするので、すぐに拳銃を向けて引き金を引く。
素早く頭部を撃ち抜けば、骸骨騎士たちが崩れ去っていく。
最後の骸骨騎士だけは、持っていた刀で武器ごと両断した。
骸骨騎士たちがいなくなると、骸骨王がゆっくりと立ち上がった。
資料には三メートル程度とあったが、本当にそれくらいの大きさだ。
手始めに拳銃で様子を見るために撃ってみると、素早く反応してロングソードで防御していた。
貫通はしなかったが、それでも骸骨王は体勢を崩して少し怯んだ。
「ここまで来ると、拳銃だと少し弱いか」
亜空間コンテナに入れて、サブマシンガンを取りだして様子を見ようと思っていると――骸骨王が俺に一瞬で近付いてきた。
「速っ!?」
刀で骸骨王のロングソードを受け止めると、パワードスーツが軋む。
「――これが将軍級の実力かよ」
骸骨の目の部分――穴に赤い光が宿っていた。
無理矢理押し飛ばした俺は、亜空間コンテナを出現させて武器を取り出した。
機関銃だ。
距離を取るため後ろに下がると、骸骨王が追いかけてくる。
そんな骸骨王に向かって引き金を引けば――弾丸の雨の前に防御の構えを取った。
しかし、大剣は削られ、黄金の鎧も弾丸に食い破られて内部の骨が見えていた。
骨も弾丸が貫き破壊するが、再生していく。
再生する前に弾丸が次々に放たれ、再生速度が追いつかずに骸骨王は崩れていく。
どこから声を出しているのか、口を開けて叫び声を上げた。
そうして――弾丸が王冠に当たり、粉々に砕けると骸骨王も崩れていく。
再生もせず、そのまま少しだけ燻るように燃えて――白い灰になった。
落ちていたのは片手で持てるか分からないほどに大きな魔石と、それ以上に大きな金塊――そして、ボーンアンデッドロードのモンスターソウルだ。
「こいつの効果は何だったかな?」
回収すると、正確な効果がモニターに表示される。
「アンデッド系への耐性がつくのか」
アンデッド系への備えとしては、かなり大事なスキルがつく。
宿すだけで体力や魔力なども増えるとあった。
アンデッド系に有効な攻撃も可能となるため、欲しがる人は多い。
そもそも、将軍級のモンスターソウルが手に入ると聞けば、欲しがる人が多すぎるためオークションでの販売となるそうだ。
最低でも億――百万バルクから値段がスタートするとか聞いた。
「これを売れば一気に金持ちだな」
厄介なアンデッド系の魔物ではあるが、対策を立てていれば割と倒せるらしい。
ここまで来られる強者なら、対策が出来ていれば攻略可能――そんな強者たちでも、地下八階は攻略できていない、というのが怖い。
「下に降りたら一度戻るか。その前に様子も見ておこうかな?」
地下八階の様子を見てから、俺は地上へと戻ることにした。
◇
王都にある犯罪奴隷を扱う市場。
そこに連れて来られたのは、ボロボロの服を着せられた瀬田だった。
鉄の檻に入れられた瀬田は、俯いていた。
手錠をかけられ、足には重りもつけられている。
誠太郎に切断された腕は治療されて繋がっているが、まだ痛みも残っていた。
随分と手荒な治療をされたようだ。
「何で俺が奴隷になるんだよっ!」
確かに新藤からブレスレットを奪おうとした。
だが、未遂に終わっている。
それなのに、簡単な裁判をした結果――瀬田の言い分は全て退けられ、奴隷になることが決まった。
未成年だから、子供だから――そんなことは、この世界では言い訳にもならない。
むしろ、十七歳は立派な大人であると見られる。
十五歳を超えれば成人扱いを受けるのだ。
「一方的じゃねーか!」
すると、瀬田のいる牢屋の前で商人二人が話をしていた。
「聞きましたか? ダンジョンの地下七階を突破した冒険者が現れたそうですよ」
「ほう――どこのパーティーですか? 地下七階を攻略できそうなのは、ナインナイツくらいだと思いますが?」
「それが、まったくの無名の冒険者です。いえ、冒険者ですらなく、迷い人なのですよ」
「迷い人? 能力持ちですか」
「たった一人で地下七階を攻略したそうです。戦う姿を見た冒険者たちが、その姿から“黒騎士”と呼んでいるそうです」
「黒騎士ですか? ありふれた名前ですな」
「各地にいますからな! ――ですが、単独での地下七階攻略は王国始まって以来ですからね。冒険者ギルドは大騒ぎですよ。ボーンアンデッドロードのモンスターソウルもオークションに出されるそうで、一流を目指している冒険者たちが商人たちに借金を申し込んでいます」
「しばらく騒がしいことになりそうですね」
商人たちにとってはいい話なのか、二人とも笑顔で話をしていた。
だが、瀬田は笑えなかった。
「――あいつか。あいつが!」
二人の商人が目を血走らせ、鉄格子を掴んで顔を近付けてくる瀬田に驚いていた。
「何だこいつ!?」
「あぁ、こいつも迷い人ですよ。ただ、こいつの場合は、犯罪奴隷として売られていますけどね。同じ迷い人でも、こんなに違うんですね」
自分は一つの過ちで奴隷にされ、誠太郎は一つの幸運で英雄のように扱われる。
それが瀬田は許せなかった。
「何であいつなんだよ。どうして俺が選ばれなかったんだよ――黒騎士ぃぃぃ!!」
瀬田が暴れると、男たちが棒を持ってきて袋叩きにした。
◇
「う~ん、これがフィギュア、か。小さいのにとても精巧だね」
ゴドウィンさんが見ているフィギュアは、俺が手持ちの中で一番作り込まれている白騎士のものだった。
地下七階を攻略した俺は、ちょっとした有名人になっている。
ギルドに出向くと皆の視線を集めるし、すぐに声をかけられる。
しばらくは施設内で大人しくしていた方がいいと言われ、引きこもっていた。
ゴドウィンさんは、俺から欲しかった魔石や素材を受け取ると、フィギュアについて話をしてきた。
「俺の異能――能力が、フィギュアの実体化だった場合、どうなるんですか?」
「わしが作ったフィギュアを実体化してもらうことになる。今欲しいのは、大量輸送が出来る大型のバスだな。いや、トラックが良いか? とにかく、陛下から大量輸送が可能な乗り物を求められていてね」
「――そう言えば、どうして壁の外に列車がないんですか? 蒸気機関車なら作れそうなのに」
「魔物に破壊されるのさ。レールの維持費が馬鹿みたいに高くなる。コストと安全面から却下した。それなら、道を整備して、車を走らせた方がいい。だから、乗り物が欲しいのさ」
ゴドウィンさんは髪をかく。
「しかし、これだけ精巧なミニチュアを作るとなると、専門の技術者が必要だね。作ったとしても、実体化できない可能性もある。だが、試してみる価値はあるか」
二人で色々と話をして、ある程度の方向性が決まった。
その後、話題は俺がダンジョンから持ち帰ったモンスターソウルの話になる。
「骸骨王のモンスターソウルが売れたんですか?」
「骸骨王? あぁ、ボーンアンデッドロードのことね。売れたよ。オークション会場は凄い熱気に包まれたらしい。外国からも商人が買い付けに来ていたよ」
手に入れたのは、大貴族の跡取りだったらしい。
「冒険者たちも必死に粘ったらしいが、モンスターソウルは強者の証だ。貴族たちも欲しがるからね。何しろ、宿すだけで呪いの類いを防いでくれる」
アンデッド系のモンスターソウルは、呪いなども防いでくれるようだ。
そういったものを防いでくれるスキルというか、モンスターソウルの効果は、命を狙われる立場からすれば必須のようだ。
「呪い、毒――それらへの備えは偉くなれば必須だ。大金を払ってでも、ってね。ま、おかげで王国の懐事情も少しは改善したよ」
「は、はぁ」
「一千二百万バルクで売れたからね」
「そんなにですか!?」
「ただ~し、そこから国に三割の税金が引かれる。オークションの費用に一割で、君の取り分は六割――七百二十万バルクだ。羨ましいね。わしの研究に投資しない?」
七億二千万円が手に入った。
一攫千金が夢ではないとは、本当のことらしい。
「俺も色々と買い揃えたいので、パスで」
「残念だが、それがいいだろうね。王都に家を買うなら、保証人になろうか? 君がここに家を構えると知れば、貴族たちも諸手を挙げて賛成するよ」
「――なんか、凄いですね」
元の世界とは大違いだ。
元の世界で俺は、ここまで評価されたことがない。
「君にはそれだけの力がある。それだけさ」
「――偶然手に入れた力です」
「たとえそうだったとしても、それは悪い話かな? 大事なのは、君が偶然手に入れた力で、何をするか、だよ」
「俺が何をするか、ですか?」
「誠太郎君の夢は? 何かないの?」
「俺――ヒーローになりたかったです」
「ヒーロー?」
ゴドウィンさんは、よく分からないという顔をしていた。
「ま、いいか。さて、それよりもこのフィギュアを貸してくれないかな? 参考にしたいんだけど」
「こ、壊さないでくださいよ」
ゴドウィンさんに白騎士のフィギュアを取られてしまったが、今後のためにも必要なことなので仕方がない。
「壊さないよ。あ、それから――ギルドから君に伝言を預かっていた。異例のことだが、君に冒険者ランクを与えるそうだよ」
「冒険者ランク?」
「ランク「B」――おめでとう。君は今日からBランク冒険者だ」
――それって凄いのだろうか?