鉄脚の残照
戦後、白石を失った鉄工所では鉄脚に関する基幹技術は残されていなかった。徹底して彼一人が取り組んでいたからだ。
しかし、制御基板以外の技術に関しては他の社員も技術を有しており、油圧シリンダーや油圧ポンプ、石油発動機は戦後の白石鉄工所を支える技術となっていく。
戦後の白石鉄工所はその技術を生かして建機開発に乗り出し一定の成功を収めるのだが、外国メーカーとの競争に勝てるほどの体力は有しておらず、主に小型建機の分野での販路拡大に留まる状態だった。
そのかわり、戦前から続けていた石油発動機の販売は好調で、多くの企業が農業機械に参入するなか、白石鉄工所も名乗りを上げ、鉄脚にも採用した縦型3気筒石油発動機を用いたトラクターを発売し、成功作となった。
その後、ディーゼルエンジンへと移行し、中小メーカーが淘汰されていく中、石油発動機とトラクターで得た信頼と知名度によって、農業機械メーカーとして頭角を現していく。建機も農業分野での用途も多く存在することから、順調な売り上げを続け、1980年頃には日本の四大農機メーカーの一角へと成長を遂げている。
この頃には鉄脚の制御基板の再現を目指した研究から電子部品にも一定の技術を有し、多くの製品で他社を先取りする電子制御の導入で様々な話題をさらっていく。
しかし、鉄脚の復活はまるで目処が立たず、当時の国内の風潮もあって、表立って表明することも出来なかった。が、社内においては連綿と研究開発が続いていた。
1990年代後半なると世界各国で歩行型ロボット研究が盛んになり、米国ではとうとう輸送騎を開発することに成功する。そして、日本においては人間大の自立歩行型ロボが登場し、話題をさらうことになった。
この歩行型ロボの登場はしかし、白石グループには何の福音にもならなかった。逆に、鉄脚のマイナスイメージばかりが政治的な傾向を持つ市民団体や報道機関を中心に盛んに吹聴されていた。
白石農機においては、2004年には野菜移植機を四足歩行型で制作していたのだが、世の風潮を考慮して、公開発表を行うことなくお蔵入りとなってしまっている。
日本では歩行型ロボットに対する歓迎ムードは一時的で、市民団体や報道機関の鉄脚批判の吹聴の中で新たなロボットもほとんど発表されなくなっていた。
そんな時にアフガニスタンで使用される鉄脚の映像が日本にももたらされるのだが、その大半は否定的なナレーションと共にだった。
それが大きく変化したのは、2011年の東日本大震災で、米国はじめ先進国の救助隊が鉄脚を輸送や捜索に投入する姿を目にしてからの話といって差し支えない。
自衛隊や消防、警察が重機を使って瓦礫を撤去しながら進むのに対し、最低限の捜索を行った後、鉄脚に乗って瓦礫の上を移動する米国や英国の救助隊の姿は各所で目撃されている。
そして彼らはがれきを越えた先で被災者を救助していったのだった。
そのような姿がテレビで流れると、報道機関の論調は一変し、鉄脚賛美が始まった。
おりしも原発事故に伴う原発での作業に戦車を投入するという話が出た時の事だった。
「もし、今の日本に戦闘騎があったなら、重い戦車では入れないところでも消火やがれき撤去に迎えたかもしれない」
などと、コメンテーターが口走ったほどだ。当然、保守系で知られるような人物ではなく、ほんの数年前にもビルマ戦線の報道番組において、鉄脚批判を行った人物だったことで、ネットはまさに炎上していた。
ただ、このコメント自体は誰もが納得もしていた。
鉄脚批判でロボット開発が停滞していた日本と比べ、ロボット先進国においては、すでに人一人を載せる程度の鉄脚が軍事や災害救助において稼動していた。原発や津波の被災地では、鉄脚を生み出したはずの国にも関わらず、外国に鉄脚の購入を打診するありさまだった。
白石農機はこの騒動によってようやく四足歩行型移植機の公表を決定し、2012年に移植機の実機デモンストレーションを行い、翌年には早くも販売を始めている。
移植機といえば通常は車輪で動いているため、どうしても畝を跨いで苗の植え付けを行っていく為、手植えと違い、どうしても機械を回す余地を必要とするため、農地としてはどうしても無駄な土地がうまれていたのだが、歩行型は畝を跨いで移動できるため、手植え同様に畔のすぐ脇まで作物を植えることが出来る様になった。
そしてようやく今年、500ℓのタンクと散布装置を備えた四足型農薬散布機が公開され、鉄脚の技術が失われて74年、とうとう、白石グループは白石国倫に追いつくことが出来たのである。
散布機はまだ実験段階で、販売には1,2年かかると言われるが、輸送騎同様に、運搬騎型も公開されており、販売される日も近いと言われている。
ただ、これまで防衛部門に関わっていない白石グループには、自衛隊向けの鉄脚を開発する計画はなく、当然ながら、アニメの建御雷の様な戦闘騎を作る技術も無いと思われる。
さて、話は変わるが、東日本大震災における鉄脚の活躍は白石以外にも影響を与えている。それが、これまで二足歩行型に限られてきた、ロボットアニメの変化である。
二足歩行型ロボットについては特撮ブームやアニメブームにおいていくつもの作品が作られ、国民的人気となった作品も存在している。
しかし、それら作品においては、原案段階でケンタウロス型であったり、戦車の様な装軌車両にロボットの上半身を載せたものなど、多くのアイデアがありながらも、すべては画となる前にボツとなってしまっている。
テレビ放映されていないながらも、漫画において四足や六足のロボが登場する作品が存在したが、人気が出るとどこからともなく政治思考を持った団体が現れ、批判を展開することで人気を抑えつけるような現象も散見されていた。警察ものマンガに近未来ロボとして六足型ロボが登場した際には、作者の過去作品が戦争や殺人を描くことが多いという理由から、国内外を問わず批判が集まるほどだった。
その状況が東日本大震災における各国救助隊の活躍でガラッと変わる。
そして、2012年秋に放映されたのが、『鉄脚少女隊』だった。英雄である父親を先の戦争で亡くした少女が周りに流されて仕方なく軍へと入隊し、全く緊張感の無いメンバーの居る特騎隊へ配属され、訓練の日々を送る話である。
主人公の父のモデルは主人公の名前が示すように相原惣之助である。そして、アニメ全体のベースとなっているのはソフィン戦争であり、彼女たちの国、皇国はスカンジナビア半島をモデルとした架空の国となっている。
内容は美少女アニメであるとともにスポ魂要素ありの主人公、相原真子の成長物語であった。テレビ版は特騎隊に新型騎として建御雷が配備されるところで終わるが、後に冬戦争をモデルにした劇場版『鉄脚少女隊 北の地峡を守り抜きます!』では少女たちの所属する独立特騎第12中隊が敵の侵攻を食い止め、奇襲と各個撃破を行う、まさにインパールやコヒマにおける相原惣之助の活躍を描いた作品になっている。
当然の様に政治的傾向を持つ市民団体からプロパガンダ映画との批判を受けるが、2011年以降は鉄脚や相原惣之助の再評価が行われ、批判は一蹴されている。
このように、輸送騎は今また新たな騎体となって活躍しようとしているが、搭乗型多脚戦闘騎が新たに開発される動きは今のところ見られない。
戦闘騎は不整地走破性に優れてはいるが、軽装甲にならざるを得ず、戦車を代替するような兵器ではない。また、戦争の形態自体も大国間の直接戦闘の可能性が再燃する兆しはあれど、既存の装甲車への重防御という今の傾向から多脚化は容易ではなく、多額の開発費を要する懸念もあっていずれの国も本格的な開発を行うだけの動機を得られていないのではなかろうか。
鉄脚はこれにて完結です。
多脚戦車に関する一考察を投稿してから1年、多脚戦車の可能性を時折考えてきて、ようやくモノになったのがこれでした。
作中の鉄脚少女隊。流石にそんなものを連載する力量は持ち合わせていないので無理です。はい。
野菜移植機
https://www.youtube.com/watch?v=L61I1o3Sy1U
農薬散布機
https://www.youtube.com/watch?v=L-7ka5v95h0
動画で見ると分かると思いますが、これが歩行型だと楽じゃない?




