鉄脚の発展
鉄脚が陸軍に採用され、白石は大忙しだった。
しかし、その反面で余裕も生まれていた。これまでは鉄脚開発のために石油発動機の販売や電機メーカーへの協力を行っていたが、ようやく本来の鉄脚生産が本格化したのだから。
人間、余裕がないときは目の前の事に必死になるが、余裕が出て来ると様々な事を考え出したり、過去に見切りをつけたモノへと欲が出てきたりする。白石もそうだった。
1938年後半には生産中の四足型とは別に、昆虫を模した六足型の実験騎を作り出していた。
四足型は牛馬にかわる輸送を目的に作り出したことからその大きさも牛馬のそれと大差はなかった。大きな違いは、馬や牛の様な首や頭が無く、そこには人間が乗るように作られていたことだろう。当初の二人乗りの場合、馬の頸の代わりとなる位置に一人、騎乗位置に一人といった状態で、荷物の積載など到底不可能であったが、量産型は一人で操縦が可能になった事から、背に駄載籠を付けて荷物の載せることが出来るようになっている。荷馬車を引くように牽引装置も尻に装着されているので、背に荷物を載せ、さらに荷車を曳くことも出来た。
操縦者は青空搭乗するように作られており、トラックの様なキャビンは備えていなかった。キャビンを備えようにも、重心が高くなりすぎ、しかも前のめりになりすぎることから、尻にバラストを積めば出来なくはないが、駄載を前提にした場合、大きく積載量を失うため、あまり望まれてはいなかった。
当然だが、装甲化など望むべくもなく、最高でも時速20km程度しか出ない状態では、今更武装型を作るなど出来ない事だった。
そのため、装甲化や人を内部に乗せる形にしようとすると、象より巨大化してしまう。重量も軽戦車どころか中戦車並みの10トン程度になる事から、四足型で開発する意味はまるでない事があらかじめ判明していた。
では何をすべきか?
姿勢を低く取れる昆虫の様な形態として、不整地走破性を得る事に主眼が置かれることとなった。四足型であっても、その登坂能力や不整地走破性はトラックより優れているのだから、六足型とすれば戦車に伍する、あるいはそれ以上の走破性を持たせることが可能と考えられた。そのような結論から開発が始まったとされる。
ただ、実際に作ってみると問題点も出てくることになる。特に大きかったのは、横に脚を伸ばす構造とすると関節への負担が大きく、荷重をシリンダーや駆動アームで受けなければいけない事だった。この程度の事ならば当然のように解決策があり、即座に対応している。
そして何より問題となったのは、脚を横に広げるため、どうしても幅が広くなってしまう事だった。もちろん、脚を畳んで動かせない事も無いが、それでは機動が難しく、速度を出せない。なにより、せっかく六足型にしたのに安定性が損なわれてしまうという問題があった。
これについては街道通行時には脚を畳み走行し、悪路においては脚を展開して走行するという二パターンの走行制御を行う事で何とか解決を見ている。
そのため、街道走行時の戦闘騎は何ともユーモラスなヤドカリかクモの一種に見え、脚を展開するとカブトムシになる。現在展示される戦闘騎の多くは脚を展開した状態だが、自衛隊資料館は屋内展示という事で脚を畳んだ状態で展示されているので、見比べてみるのも面白い。
他の問題点は、どう低姿勢を意識してみようとも、胴体が底付きしないように走行させると全高が戦車より高くなってしまう事だった。
当時、八九式中戦車で2.6m、九五式軽戦車は2.1mであったのに対し、街道走行時には3mに達していた。そのため、砲塔を載せることは諦め、主砲を胴体に搭載することとなった。
「なに、カブトムシだと思えば良いじゃないか」
白石は砲塔が載らないことについてそう語ったと言われている。
後にアニメロボットのモデルとなってもいるが、アニメに登場した建御雷は長砲身化されているが、実際の戦闘騎に搭載されたのは旧態依然の57mm戦車砲だった。
57mmと聞けば、1938年当時の戦車の多くは37~50mm程度の砲しか備えていなかったため、頼りがいがあるように見えるが、八九式や九七式戦車の主砲といえば分かるように、あの短砲身だった。
これは白石の鉄脚が陸軍から軽視されていたという訳ではない。37mm砲でない分、重視されていたことがうかがえるのだが、如何せん、後の戦車を知る我々としては疑問に思えて仕方がない。アニメの建御雷の様な長砲身砲であればと思わなくもないが、そこには現実的な問題が立ちはだかっていた。
戦闘騎に興味を持つ読者ならば、銃砲を撃てば反動があることぐらいは常識として知っていると思う。さて、アニメの建御雷がどんな動きをしているか見て欲しい。建御雷に装備されているのは八八式七五mm高射砲である。四式戦車の五式戦車砲ほどの長砲身ではないが、それでも大型の砲である。
建御雷は主砲発射と共に大きな反動で胴体が後方へと反り返り、脚がその動きを見事に吸収しているのが分かると思う。かのアニメは一般に美少女アニメとして評価されることが多いが、意外とメカについては詳細、精緻に描写されており、単に美少女人気だけであったわけではない。
残念ながら、戦闘騎の制御装置では脚を制御して反動を吸収することは出来ていなかったとされ、白石も反動の大きな大型砲や対戦車砲の搭載を求めたことはない。
というのも、六足式とはいってもあまり大重量の砲を搭載することは出来ず、重量150kgの九七式五十七粍戦車砲が最善とされ、九四式三十七粍戦車砲の180kgあたりを限界としていた。後の一式四十七粍戦車砲は410kg、まして、八八式七十五粍高射砲を搭載した場合などは1トンに達したであろうことを考えると、当時の戦闘騎に乗せるには無理があった。建御雷は架空の皇国陸軍が開発した戦闘騎であって、白石の開発した戦闘騎とは何の関係もない。白石をもってしても建御雷の制御装置は作れなかったのではないだろうか?そもそも、戦闘騎が二人乗りなのに対し建御雷は少女が四人乗り組み、さらに自動装填装置まで付いているのだから、1940年代の日本の技術では到底作ることは不可能だっただろう。
そうは言っても、本来、太平洋戦争期の戦車を撃破出来ないはずの57mm戦車砲でもって戦闘騎は多数の英国戦車をビルマにおいて撃破している。
いくら戦闘騎が不整地走破性に優れ、姿勢制御が良好だと言っても、低初速の短砲身でそのような事は出来るはずがない。それを示すように、緒戦のマレー電撃戦において、同じ57mm砲を装備した九七式中戦車は装甲の厚いM3軽戦車に手も足も出ず、一式四十七粍戦車砲へと換装されている。では、なぜビルマでは可能であったのか?
それは白石が提案した砲弾によってであった。
彼は戦闘騎に採用する57mm砲が今や装甲車両を撃破できる砲でない事を理解していた。そのため、合わせて新型砲弾の開発も提案している。その砲弾が薄殻榴弾として知られる砲弾で、戦闘騎だけでなく、旧式戦車でも米英戦車を撃破できる砲弾として戦争後半に広く利用されている。
この薄殻榴弾は英国が調査し、自国で採用して粘着榴弾という名称で戦後、日本へも逆導入されている。
日本においては、薄殻榴弾ならば低初速砲でも戦車や装甲車に効果を示すが、榴弾として見た場合、制圧効果が薄い事から積極的に採用されたわけではない。更に、ドイツから成形炸薬がもたらされると、そちらへと注目が集まっていったのだが、少なくとも57mm砲については、成形炸薬では貫通可能な装甲厚が55mm程度に対し、薄殻榴弾ならば理論上74mmまで撃破可能だった。砲弾の特性もさる事ながら、もともと積載量の制約もあってあまり多くの砲弾を搭載できない戦闘騎においては、最後まで薄殻榴弾を主として搭載されていたようだ。




