7機目 帰投後
「「「「「乾杯!!!」」」」」
各々の無事を祝い杯を交わす。
飛行場に帰投してから兵舎はお祭り騒ぎだった。
88飛行隊のみならず整備班や第6攻撃隊の人間も入り混じっている。
テオはエーミルによほど気に入られたらしい
先程から楽しそうに話し込んでいる。
ニーナはフィーゼラー少佐からアドバイスを貰おうとしているようだ。
「どうやったら弾の消費を抑えて撃墜できるかだって? それはかなり難しいぞ。いいか、空戦ってのは敵も自分もすさまじい速度で動き回ってんだ。
静止目標に撃ちこむのとはわけが違う。高速で移動する目標には見越し角を取れって教わったろ。ただ、敵もバカじゃない。攻撃を回避するために様々な方向へ動く
不規則に回避行動をとる目標に1発2発撃ったところで確実に当たる保障はない。だから弾数を増やして確率を少しでも上げるんだ」
かなり酒を飲んで酔っているわりには冷静な少佐の声が聞こえてくる。
「おいクリス!」
背後からいきなりどつかれた。
後ろを振り向くとビールの入ったマグを手にしたララが立っていた。
「お前、機体に1発もらって帰ってきたそうだな」
「ええ、不本意ながら」
ふらふらと肩に手をかけてくる。
うっ……酒臭い、相当飲んでるなこの人。
「大事な戦闘機に穴開けやがってこの野郎、誰が修理すると思ってんだ」
「す、すみません」
「まだ兵器廠や民間の工場もフル稼働できねえから予備機の余裕がねえんだ。だからそう簡単に墜ちてくれるなよ」
大戦後の疲弊しきっている状態でこの戦いは始まってしまっている。
どこの国も軍需工場はおろか民間の工場すら人員や物資が足りていない。
各所にある大規模な油田のおかげで燃料は確保できているのが唯一の救いだ。
「ま、生きて帰ってこられてなによりだ」
ララはそう言って肩を叩くとまたふらふらと歩いて行った。
「ララはああ言ってるけどクリスの事、心配してるんですよ」
入れ違いでアイリス中佐がやってくる。
「まずはお疲れ様でした。無事に帰ってこられてよかったです」
「ありがとうございます」
微笑む中佐。
ほんといつもは穏やかな人だよな、戦闘時とのギャップが激しくて困惑しそうだ。
「どうでしたか? 最初の出撃は」
「緊張しました……ものすごく……」
「最初は誰だってそんなものですよ。私も最初の頃は緊張しすぎてシリルおじさんの後をついていくのが精いっぱいでした」
懐かしむような表情の中佐
「フィーゼラー少佐の後をって、もしかして少佐はアイリス中佐よりこの部隊に長くいるんですか?」
「ええ、彼は大戦時からずっとこの部隊にいます。正確には大戦が終結してからしばらくは復興の為の輸送部隊にいたみたいですど」
薄々思ってはいたがどうやらあの酒食らいの少佐、ただものではないらしい。
でもそうするとなぜ百戦錬磨のシリル・フィーゼラーではなくてこんなに若いアイリス・ヘンシェルが隊長なのだろうか。
ふつふつと疑問がわいてくる。
「シリルおじさんはリーダーとして指示を出すのが苦手らしいです。『俺はトップを張るようなタマじゃない。そのサポートをするのが性に合ってるんだ』って以前おっしゃってました。階級も上がらないようにスコアを過少報告しているんです」
疑問に思っている様子が顔に出ていたらしい。
中佐は質問をする前に答えてくれた。
「最初は私もどうしていいか分からなかったものです。でもシリルおじさんや姉さん、部隊の皆さんがサポートしてくれたから隊長にまでなれました」
「姉さん……ですか」
アリサの事か
「クリスに話すのは初めてでしたね。私の姉さんは私の前にここの隊長を務めていたんです。自由気ままという言葉がぴったりな人でした」
確かに自由気ままだよな、いつも振り回されてばかりだ。
「姉さんは残念ながらMIA……戦闘中行方不明ですけど、私は姉さんがどこかで生きているような気がしてならないんです」
そういえばララも前に言っていたな”中佐はアリサが生きていると信じている”って。
「クリスを僚機に選んだのも実はあの日、初めての模擬戦で見せた貴方の動きが姉さんみたいで……どうしても気になってしまったからなんです」
照れるように中佐は言った。
「そ、そうなんですか」
やはり飛び方というものは人によって変わるものらしい。
「ごめんなさい、少し話がそれてしまいました」
恥ずかしそうに咳払いをしながらこちらを向く。
「緊張は必ずするものです。でも私たちが全力でサポートしますから安心して下さい」
「ありがとうございます、とても心強いです」
そう答えると中佐は嬉しそうにまた微笑んだ。
「では、これからも僚機としてよろしくお願いしますね。クリス」
「ええ、こちらこそよろしく願します」