6機目 初陣
眼下の雲に影が16見える。
俺たち88飛行隊のものだ。
「現在高度31000フィート。敵爆撃機の予測高度より3000フィートほど高いです」
「そろそろ目標が近いです。各機周囲警戒を怠らないように」
「了解」
俺はアイリス中佐の僚機として周囲警戒を行っている。
ニーナはフィーゼラー少佐、テオはエーミルについている。
「目標を発見し次第、警戒の薄い後方から降下して急襲をかけます」
一撃離脱戦法というやつだ。
「護衛が出てきてもなるべく無視すること。降下の勢いに任せてそのまま振り切ってください」
アリサは訓練でそつなくこなしていたが俺たちが乗っている戦闘機は本来格闘戦向けのものではない。
万が一相手の護衛機が格闘戦の得意な軽戦闘機だった場合、挑んで不利になるのは俺たちの方だ。
「こちらテオ機、敵爆撃隊を発見しました。数は12、11時の方角に向かって進攻中。コンバット・ボックスを組んでいます」
テオがどうやら敵を発見したようだ。
「よく見つけたなテオ、俺様からは全然見えねえぞ」
テオとロッテを組んでいるエーミルが感嘆の声を上げる。
そういえばテオはすごく目が良かったんだっけな。
「よくやりました。目標、11時の方角。各機、攻撃体勢に入ってください」
中佐が攻撃準備の支持を出す。
「りょーかい、にしてもコンバット・ボックスか。へっへっへ、1機も墜とされなきゃいいがなぁ」
「フィーゼラー少佐、縁起でもないこと言わないでくださいよ……」
「へへ、わりいわりい」
俺が震える声で訴えると少佐は笑いながら謝った。
『まあ、そんなに緊張しなくても何とかなるって』
『アリサさんはいつも通りですね。羨ましいです』
『いざという時には私が操縦してあげるからさ』
『それは嫌です』
きっぱりと断る
『ちぇっ、つまんないの』
拗ねたようなアリサの声
ふと遥か前方で何かが光った。
針で突いたような大きさの影が12、おそらくあれが敵爆撃隊だろう
3機編隊でコンバット・ボックスを組んでいる。
「ようやく見えてきたな」
待ちに待ったといわんばかりの様子の少佐
「このまま一気に攻撃を仕掛けます。旋回機銃と護衛の戦闘機に十分に注意してください。大丈夫、貴方たちの腕なら1回の攻撃で全機墜とせます」
「おうよ! 行くぜお前ら!」
「「「「おうっ!」」」」
エーミルを筆頭に部隊の全員が声を上げる。
「それじゃあ、攻撃開始!」
中佐の掛け声で一斉に攻撃にかかる。
敵大編隊がみるみると近づく。
爆撃機の機銃塔がこちらを向くのが見えた。
次の瞬間、視界一杯に花が咲いたように銃撃が浴びせられる。
「うぉっ!」
「ひるまないで! 私の後に続きなさい!」
普段の穏やかな調子と打って変わった厳しい口調の中佐
何とか銃撃の隙間を縫うようにして追従する。
突っ込みながら手近な敵に照準を合わせる。
「今よクリス! 撃ちなさい!」
中佐の声と共に引き金を引いた。
瞬間、目の前が閃光に包まれる。
激しい射撃音と共に機体が細かく振動しているのが分かる。
両翼の20㎜機関砲は爆撃機の外装をめくりあげるようにして貫いていく。
「墜ちろ!!」
叫びながら撃ち続けると爆撃機が遂に火を上げ高度を下げ始めた。
とどめとばかりに銃撃を浴びせる。
放たれた弾丸は吸い込まれるように水平尾翼に直撃した。
尾翼をもぎ取られた敵機は操縦不能に陥り墜落していく。
俺は墜ちていく機体の脇をすり抜けるように駆け抜けた。
「や、やった」
『息をつくのはまだ早いんじゃない?』
攻撃が上手くいきほっとしている俺をアリサは諌める。
その瞬間、機体に衝撃が走り金属片が舞った。
『ほら、言わんこっちゃない』
「くそっ、護衛のお出ましか」
急いで被害状況を確認する。
被弾したのは左翼のみ。翼の真ん中に被弾痕が見える。
良かった、飛行には支障なさそうだ。
後方を見ると俺たちのものとは違う機体が複数追跡してきている。
双胴の機体に推進式のエンジン
『キエロのS-21ね』
アリサがつぶやく
『振り切れますかね』
『大丈夫、速度はこっちの方が早いはずだから問題なく振り切れる』
『その言葉信じますからね』
降下を利用して速度を上げる。逃げながら適宜フェイントを入れ攻撃をかわしていく。
敵戦闘機が撃った曳光弾が機体をかすめていった。
正直生きた心地がしない。
「あともう少しで振り切れるわ、頑張りなさい!」
中佐の声が受話器越しに響く。
あと少し、あと少し。
そう考えながら必死に操縦を続けた。
「し、死ぬかと思った」
敵機から何とか逃げおおせることができ、作戦は成功した。
俺たちは飛行場への帰途についている。
安心した途端、どっと疲れが出てきた。
「みんなお疲れ様、本当によくやったわ」
中佐が全員に労いの言葉を掛ける。
「全員ご苦労さん、にしても1機も墜ちずに済んでよかったなぁ」
少佐も笑いながら言う。
「まあ、一発もらったやつはいるけどな」
エーミルが俺をおちょくる。
「でも最初の出撃でこれだけの戦果を出せるのは凄い事よ」
俺とニーナはそれぞれ爆撃機を1機撃墜していた。
自分の事とはいえ初出撃で撃墜は上出来だと思う。
「僕はあまり活躍出来なかったよ……」
「何言ってんだよ、テオがいち早く敵を発見できたからこそ気取られる前に叩けたんじゃねえか」
しょぼくれるテオを励ますエーミル。
「そうよ、索敵が上手くいったからこそスムーズに迎撃できたのよ。テオもよくやったわ」
「あ、ありがとうございます」
中佐とエーミルに褒められ、照れた様子のテオ。
「さあ、帰ったら一杯やろうぜ。初陣祝いってやつだ」
「「「「おう!!」」」」
少佐の提案に俺たちは歓喜の声を上げた。