5機目 非常呼集
朝食をとっているとララに呼び出された。
急いで食事を済まし食堂を出ると、彼女はラジオを抱えて立っていた。
「何か御用ですか?」
「アリサの件でちょっとな」
仏頂面をしているララ。
どうやらあまり機嫌がよくないらしい。
「お前に会わせておきたいやつがいるんだ」
会ってほしい人……一体誰なんだろう。
「まあ、とにかくついてこい」
ララはラジオを抱えたまま歩き出した。
「持ちましょうか? それ?」
「いや、大丈夫だ。あたし1人で持てる」
こんなに幼いのにあんなに重そうなものよく持てるな。
「おい、クリス。お前今小さいのによく持てるなとか思っただろ」
「き、気のせいですよ」
どうして分かったんだ……
「言っておくが、あたしはお前より年上なんだからな。子供扱いするな」
ウソだろ……
衝撃の事実にショックを受けていると不意にララの足が止まる。
「医務室、ですか」
どうやらここに会ってほしい人がいるらしい。
のだが
「……」
何やら葛藤している様子。
「どうしたんです? ラジオが邪魔なら俺が代わりにノックしますよ」
扉に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待て! まだ心の準備が」
ララが慌てて制止するも、俺の手は既に扉を叩いていた。
「はぁ〜い」
のんびりとした調子の声と共に扉が開かれる。
そこにはじょうろを片手に持った白衣の女性が立っていた。
「あらあら、ララちゃんじゃない。ララちゃんの方から会いに来るなんてめずらしいわねぇ」
「ここに来ても何一ついいことないからな」
仏頂面のままのララが答える。
「さあさあ、中に入って頂戴。今コーヒーを淹れるわね。」
そういって白衣の女性は俺たちを部屋へ引き入れた。
「新しい洋服なら今アイリスちゃんと作ってるからもう少し待ってね」
女性はコーヒーを出しながらそんなことをいう
「そんな用件で来たわけじゃないしだいいち頼んでもいない」
ここに来てから終始不機嫌そうな顔のララ。
「まあ、ならいったいどういったご用事かしら」
「ああ、ちょっと紹介したいやつがいてな」
ちらりとこちらを見る。
「クリス・ユンカースです」
「わたしはリリイ・ドルニエ、ここの軍医よ。あなたが噂の新人さんね」
どうやら俺が配属早々勝負を仕掛けた事はこの飛行場全体に知れ渡っているようだった。
「で、彼がどうかしたのかしら? 怪我をしている様子でもないし」
リリイは観察するかのように俺を眺める。
「こいつに我らがデストロイヤーが憑いているらしくてな」
「デストロイヤーってアリサの事よね。彼女はMIAのはずだけど……憑いてるっていったいどういうことなの?」
首を傾げるリリイの目の前にララはラジオを置く
「ほら、話をしてやったらどうだアリサ」
ラジオをコンコンと叩くと今までに聞いたことのないやけに大人しいアリサの声がした
「ど、どうも、リリイさん。お久しぶりです」
「あらあらまあまあ、この声はアリサじゃない。いったいどこにいるの? みんな心配してたのよ?」
母親のような事を言い出すリリイ
「ええ、まあ、いろいろありまして。今は彼の中で居候させてもらってます」
アリサはばつが悪そうに答えた。
「居候ってどういう意味かしら?」
「えっと、端的にいうと私は敵の大編隊に襲われて戦死しました」
「戦死……居候……憑いているってそういう事だったのね」
リリイは少し理解した様子だった
「オカルトチックな事はあたしには分からないけどもしかしたらリリイならって思ってな」
「それで、私のところに連れてきたのね。でもどうしましょう、私は医者であって霊能力者ではないのだけど」
困ったように眉を下げる。
「まあ、本格的に調べて欲しいってわけじゃない。何かあったら相談に乗ってやってほしいってだけだ」
「メンタルケアなら仕事の一環だし私にもできそうね」
「じゃあ、よろしく頼む」
ララは席を立つと再びラジオを抱えた
「そういえば朝からアーネストを見ないのだけれどもどこにいるのか知らない?」
背を向けるララにリリイは問いかけた
「ああ、あんたの部下なら朝早くにハンスのおっさんが出撃に連れ出してたぞ。ローザの攻撃隊と合流して戦車潰してくるって意気揚々とな」
そろそろ戻ってくるんじゃないか? 時計を見ながらララは答える。
「またハンスが連れて行ったのね、もう、何度言っても聞かないんだから」
部屋を出るララをふくれっ面で送りながらリリイはつぶやいた
「というわけだから何か困った事があったりアリサが無茶しようとしたら遠慮なくわたしに相談してね」
こちらに振り向いた瞬間笑顔になる。
「はい、ありがとうございます」
「またいらっしゃい、今度はお菓子も用意しておくから」
リリイ・ドルニエは本当に母親のような人だった。
『ずいぶんリリイさんに対して腰が低いんですね』
アリサにリリイとの会話の時に感じた疑問をぶつける。
『リリイさんは私の命の恩人なの』
『へえ、そうだったんですか』
『私だけじゃない、シリルも命を救われてる。だから私とシリルは彼女には頭が上がらない』
あの少佐にそんな一面があったとは、以外だ。
そんなことを話しながら歩いていると突然非常を知らせるサイレンが鳴り響いた。
あわただしくなる飛行場。
俺も急いで装備を整え、整備の終わった戦闘機に飛び乗る。
「先程、哨戒中の偵察機より敵爆撃隊出現との連絡がありました」
受話器ごしにアイリスが簡単な状況説明をする。
「敵の数は不明ですが少なくとも10機以上はいるようです」
「偵察機から送られた座標を目標にこれより迎撃に向かいます」
88飛行隊は離陸準備を済ませ、順次出撃していく。
空は青く輝いていた。