4機目 パーソナルマーク
訓練後、戦闘機はバイクのような牽引車に引っ張られ格納庫に入っていく。
「まさかこの俺様が新入りなんかにあっさりとやられるとはな」
エーミルが悔しそうにうめく
「途中までしっかり追尾してたつもりだったのにいつの間にか追われる側になっちまった、あんな機動今まで見たことないぞ。どこで覚えたんだよ」
どこでと言われましても……
『あの意味不明な機動どこで習得したんですか?』
『ひみつ~』
聞いてもアリサは答えてくれない。
「いや、に、逃げるのに必死でどういう操縦したかよく憶えてないんですよね」
無理やりごまかすと胡乱な表情を浮かべながらも一応納得したようだった。
「次は絶対に負けないからな」
エーミルは俺の肩を叩きニヤリと笑うと兵舎へ去って行った。
入れ替わるようにしてララがこちらへ歩いてくる。
ずんずんと地響きをたてんばかりの勢いでやってきて
「ちょっとこい」
「え?」
腕を捕まれ半ば引きずるようにして連れて行かれる。
連れてこられたのは古い小さな格納庫だった。
中にはオーバーホールされたエンジンと布をかけられた飛行機と思しきものが2つ
ララは扉を閉めると
「お前、あれ誰に教わった」
だしぬけにそう聞いてきた。
"あれ"とはおそらく先程の変態機動の事だろう。
とても冗談なんて言えそうにない雰囲気に思わず言い淀んでしまう
「飛行機ってのは同じ機体でも動かす人間によって別物みたいに動きが変わる。操縦するやつの性格や癖なんかがはっきりと出るんだ」
上手く説明できずにいる俺を一瞥すると言葉を続けた
「何が言いたいかっていうとお前の動き、特にあの機動はあるやつにそっくりどころか全く同じだった。そいつはアリサ・ヘンシェル、第88飛行隊の前隊長そしてアイリスの実の姉だ」
ララはこちらへ向き直る。
「もう一度聞く、誰に教わった」
もう白状するしかないと口を開いたその瞬間
「あっちゃーー、バレちゃったかー。私の操縦ってよくわかったね、流石はララ」
不意に机に置かれた無線機からアリサが声を発した。
「アリサ……やっぱりあんたが一枚噛んでたんだな」
呆れたように息をつくララ。
「あんな動きができるのはあんたと桜国の連中だけだからな。新米風情にそう簡単にできるわけがない」
「お褒めに預かり光栄です」
「で、どこにいるんだあんたは」
「そこの少尉さんの中」
ララは訝しげに俺を見つめる。
「まあ、そういうことなら合点がいくが……ということはやっぱりあんたあの時死んでたんだな」
「まあね」
なぜか自慢げにアリサが答える。
「おいクリス」
こちらに話が振られる。
「お前、このことはアイリスには話したのか」
「いえ、まったく」
どう説明したらいいか分からないからな。
「良いか、アイリスには絶対に話すなよ。アイリスはまだアリサがどこかで生きてると信じている、死んでるなんてわかったら相当なショックを受けるだろう」
「わ、わかりました」
凄みを利かせた声で迫られ思わず答えてしまう。
「ならよし、疑問も解決したし話は以上だ」
ララはそう言うと扉に手をかける。
「ねえちょっと待ってよ」
格納庫を出ていこうとするララをアリサは引き留めた。
「なんだよ」
「ここにある戦闘機ってもしかして1つは私の?」
「そうだよ、墜落したのをここまで持ってきて修理してんだ。あの後こいつの量産計画がポシャったおかげで部品の調達が厳しくてな、まだ半分しか修理できてない」
アリサの乗っていた試作機か
「見てもいいですか?」
興味をそそられた俺は思わず聞いていた。
「構わんが今はただのスクラップ同然の代物だぞ」
物好きな奴だな。ララは含み笑いを浮かべながら言うと布を取り去った。
そこには少し違和感を感じる形状をした飛行機が鎮座していた。
エンジンは従来通りの単発水冷式のようだ。
おそらくそこでオーバーホールされているのがそうだ。
着陸脚は機首下部に配置された前輪式、少し珍しいが違和感の原因はこれではないだろう。
機体横には翼を広げた龍のマークが描かれている。
後ろに回り込むと違和感の原因がようやく明らかになった。
本来なら上にしかついていないはずの垂直尾翼が上下に1枚ずつ付いている。
そして機体尾部には信じがたいことにもう1つプロペラが付いていた。
先程まで単発機だと思っていたこの戦闘機、実は双発機だったのだ。
「串型配置というんだそうだ」
特殊なエンジンレイアウトに驚愕している俺を見てララが解説してくれる。
「双発機で単発機並みの運動性能をってことで開発されたらしいが、実際のところはどうだった? アリサ」
「まあ普通の双発機よりは動きやすかったかな。単発機特有のトルク偏向も起きないしなかなか良い戦闘機だよ」
「そりゃ良かった。優秀じゃなきゃ折角ここまで修理した甲斐がない」
しばらくしげしげと眺めまわしていると
「おいクリス、もうそろそろ戻らなきゃなんねえぞ」
ララに追い立てられてしまった。
「戻るってどこにです?」
「お前らの格納庫にだよ、本来なら1番最初にやる作業が残ってんだ」
「それはお疲れ様です」
労いの言葉をかけると頭をはたかれてしまった。
「あたしじゃなくてお前らがやる作業だよ!」
「いてっ、いったい何の作業なんです?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
元の格納庫に戻ってくるとアイリス中佐とフィーゼラー少佐、ニーナにテオ、エーミルがペンキを持って何やら作業をしていた。
「あっ、クリス! どこに行ってたの? 遅いからもう始めちゃったよ」
テオが真っ先にこちらに気づき手を振る。
「ペンキなんか持って何をやってるんだ?」
近づきながら問いかける。
「……私たちのパーソナルマークを描いているの」
筆を持ったニーナが答えた。
「俺達の戦闘機は敵のと区別がつかねえからな、いわば目印代わりってやつだ」
「目印、ですか」
それだと敵からも分かりやすい気がする。
「目立つが味方に誤射されるよりはましだ、誤射はどうしようもできんが敵は自分の腕で何とかできるからな」
「それに目立つ方がかっこいいじゃねえか」
フィーゼラー少佐の説明にエーミルが謎の補足をつける。
「2人はどんなマークにしたの?」
そう言いながらそれぞれの機体を覗きこむ。
「……私は燕」
ニーナの機体には空を飛ぶ燕が描かれていた。
「僕はダチョウにしたよ」
テオの機体には地を駆けるダチョウが描かれている。
「飛行機に飛べない鳥を描いてどうするよ」
エーミルが笑いながら突っ込みを入れる。
「まあ、船ならまだしも飛行機に魚描いてるやつもいるしいいんじゃねえのか」
「俺様のは魚じゃねえ!鮫だ!」
「鮫も魚だろう」
あれは鮫だったのか……
「アイリス中佐とフィーゼラー少佐はどういったマークを使ってるんですか?」
どうせだから中佐と少佐にも聞いてみることにした。
「俺は熊だ、幼いころから馴染みのある動物なんでな」
そういって指をさした戦闘機には熊のシルエットが描かれている
少佐は熊か、なんていうかイメージ通りだな。
「私はね、猫ちゃん! かわいいでしょ」
中佐は猫か、こちらもイメージ通りって、うん?
自慢げに見せつける機体にはなんだかよくわからない生き物が描かれていた。
俺には猫というか猫らしき何かにしか見えない。
「これ、猫なんですか?」
思わず聞いてしまう
「そう、猫!会心の出来なんだから!」
異様にテンションの高い中佐、心なしか言葉づかいまでいつもと違う気がする。
(よその部隊ではあれはUMAだって言われてんだ。でもアイリスには言うなよ、傷つくからな)
少佐がそっと耳打ちする。
「……その猫……すごくかわいいです」
猫?を見てニーナが喰いついた。
「やっぱり? ありがとうニーナちゃん!」
2人は猫?の話題で意気投合している。
「で、クリスはどうするの?」
「そうだった、俺のも描かなきゃな」
筆をとり、自分の機体に向かう。
さて、何にするかな。
考えを巡らせていると先程の試作機に描かれていた龍のマークが脳裏によぎった。
昔、親父の持っていた本を思い返しながら筆を走らせ描いていく。
『なにそれ? 蛇? 』
アリサが興味を持ったのか聞いてきた。
『違いますよ、龍です』
『そんな細長い龍見たことないんだけど』
ケラケラと笑うアリサを尻目に俺は描き続けた。
「できた」
数分後、龍のマークが完成する。
「おっ、できたか。どれどれ」
エーミルが覗きに来た。
「なんだこれ、蛇か?」
おまえもかっ……
「違いますよ、龍ですよ」
「いや、翼がねえじゃん。翼のない龍なんてみたことねえぞ」
ゲラゲラと笑うエーミル。
お前ら、そろいもそろって好き勝手言いやがって。
「……東の方の国々ではこういった細長い龍がよく描かれているらしい」
いつの間にかニーナがやってきていた。
「クリスらしくてかっこいいね」
テオもフォローしてくれる。
いいんだよ、今日からこいつは俺の機体なんだ。
誰が何と言おうと今日からこいつは龍なんだ。