3機目 模擬戦
最悪の目覚めだった。
(いいか。模擬戦は明日の昼11時、使用するのは41式戦闘機D型だ)
昨日の悪夢が蘇る
「はぁ~、初日から最悪だ」
ため息をつきながら服を着替える。
ルームメイトのテオは二段ベッドの上段ですやすやと寝息を立てている
うじうじしていても仕方がないので気を紛らわせる為に飛行場の周囲をランニングすることにした。
昨日は日が暮れていてほとんど周囲の様子はわからなかったがこの飛行場は沿岸部の高台に作られていた。
周囲は一面の麦畑に囲まれている。遠くには街らしき建物群も見える。
そんな景色を見ながら飛行場に戻ってくると兵舎の前に1人の男が立っているのが見える
近づくにつれて徐々に顔がみえてきた。
目鼻立ちのはっきりとした顔で髪は短く刈りそろえられている。
あれ? こんな人いたかな?
そう思いつつも一応挨拶をする
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
男はにこやかに笑って挨拶を返した
「見ない顔だね、新入りかい?」
「はい、昨日から第88飛行隊に配属になったクリス・ユンカースです。よろしくお願いします」
「私はハンス・ウルフだ。よろしく」
互いに握手を交わす。
「ウルフさんはここでなにをされてたんです?」
そう問いかけると
「いや、ハンスで結構。ちょっとさっきまで体操をね、毎朝の日課なんだ」
そういってまたにこやかに笑った。
「昨日の歓迎会の時に姿を見ませんでしたが別の部隊の方なんですか?」
「ああ、そうさ。私は第6地上攻撃航空隊の所属なんだ。君の第88飛行隊とはこの飛行場を共用している」
部隊の人数に対してこの飛行場の規模は不釣り合いだとは思っていたが別部隊もいるのなら納得がいく。
「88飛行隊の連中には護衛してもらうこともあるからいずれ君と一緒に飛ぶこともあるだろう」
その時を楽しみにしているよ。そういってハンスは牛乳の入った瓶を片手に兵舎へと戻っていった。
「ねえ、クリス。昨日のあれ本気なの?」
エンドウ豆のベーコン添えをつつきながらテオが心配そうに聞いてきた。
本気も何も勝負する気なんて微塵もなかったんだが……
「勝負を受けてしまった以上本気でやるしかないだろ」
ライ麦パンをちぎりながらそう答える。
『ライ麦パン私きらいー、だって酸っぱいんだもん』
アリサが文句を垂れる。
『わがまま言わないでください』
「にしてもクリスがあんなこと言うなんてね。いつもは無駄な争いごとは避けてきたじゃないか」
「俺も本当は避けたかったんだけどな」
きょとんとした顔を浮かべるテオを尻目に俺は黙々と朝食を食べた。
どうにも落ち着かなくなった俺は格納庫に足を運んでいた。
格納庫には液冷エンジンと長い機首が特徴的な戦闘機がずらりと並んでいる。
そのうちの1機の主翼に機械を固定している少女の姿があった
「ったく、アイリスのやつ。朝からこき使いやがって……」
何やらぶつぶつと独り言をつぶやいている
整備員の制服を着ているのだからおそらく整備士なのだろう。
ただ、軍人と呼ぶにはあまりにも幼すぎる気がする。
「あの……」
恐る恐る声をかけると少女はポニーテールを馬の尾のように揺らしながらこちらへと振り向いた
「ん、どうかしたのか?」
「いえ、なにをされているのかなと思って」
「ああ、これか。今朝方いきなりアイリスに言われたんだよ。急遽模擬戦をする事になったから戦闘機2機にガンカメラ付けてくれって」
ため息をつきながら少女は答える
「そ、それはお疲れ様です」
申し訳なさで胸が張り裂けそうだ
「エーミルはいつもの事だが今回はクリスとかいう新入りの方から仕掛けたと聞いた。あたしはその新入りに説教してやらなきゃ気が済まん」
まずい、ばれたら説教だ
「ところであんたも新入り?」
ギクッ
「え、ええまあ……」
「あたしはララ・バイエルン、ここの整備班の責任者だ。あんたは?」
「く、クリス・ユンカース……です」
「そうか、クリスね。よろしく……ってお前がクリスかぁ!!」
ララは声を荒げると手に持った工具をブンブンと振り回した
「危ない! 危ないですって! すみません! 悪気はなかったんです!」
必死に謝っていると気が収まってきたのかララは工具を振り回すのをやめた。
「まあ、あたしも本気で怒っているわけじゃない。こういうのも仕事の一環だからな」
よ、よかった……ほっと胸をなでおろす。
「ただ、あまりこき使うのはやめてくれよ……」
苦い顔をしてララは言う。
「き、肝に銘じておきます」
そう言い残して俺はそそくさと格納庫から退散した。
時刻は10時半頃
飛行場に向かうと先程の戦闘機が2機と88飛行隊のメンバーが揃っていた
どうやら見物に来たらしい
「お、来たな。俺様に勝負を仕掛けたこと、後悔させてやるから覚悟しとけよ」
不敵に笑いながらエーミルがやってきた
「お、お手柔らかにお願いします」
「さて、全員そろったところで模擬戦の手順の再確認をしましょうか」
アイリス中佐が手を叩きながら俺とエーミルの方へ向く
「それぞれ離陸後、高度9000フィートまで上昇、
上昇後巡航速度を維持しつつ互いにすれ違ってから10秒後に戦闘開始、
戦闘中は機銃の代わりにガンカメラで写真を撮ってもらいます。
その写真で撃墜の判断をするから2人ともバシバシ撮っちゃってね」
それじゃ発進準備! 中佐の掛け声で俺たちは戦闘機に飛び乗った。
機体に乗り込んだ俺はプロペラとカウルフラップの調整、各種機器の点検を済ませる。
「イナーシャ回せ」
点検の終わった俺は整備士に声をかけた。
整備士はイナーシャハンドルを機首上部に突っ込み回し始める。
「点火!」
整備士の合図でスタータを操作しクラッチを繋ぐ。
プロペラが回転を始め一瞬遅れて小さく爆発するような音と共にエンジンが唸りを上げた。
エンジンを暖めてる間、油圧、回転計、エルロン、ラダー、エレベーター、フラップのチェックを行っておく
エーミルの方を見るとあちらも暖気中のようだった。
機体には魚のようなイラストが描かれている。
あれが彼のパーソナルマークなのだろうか
そんなことを考えているうちにエンジンが暖まってきた。
手を振り発進をしらせ、離陸許可の信号を受け滑走路に入る。
スロットルを全開にし、機体を走らせる。
尾部を上げ、離陸速度に達したのを確認し、操縦桿を引く
ゆっくりと機体が上昇していくのが分かる。
俺は大空へと羽ばたいたのだ。
機体は指定された高度まで緩やかに上昇を続けている。
『俺の腕で勝てるんでしょうか』
『100%無理なんじゃないの』
アリサは無慈悲に答える。
当然だよなぁ……
『でもそれは君1人だったらの話。何のために私が勝負を仕掛けたと思ってるの?』
『やっぱり操縦したいんですね』
『当たり前じゃない。見てるだけなんてつまらないわ』
『しょうがないですね、今回だけ特別ですよ』
いつもなら断固拒否していたところだが今回ばかりはアリサが元凶なので譲ってやることにした
『よっしゃ! アリサお姉さんに任せなさい!』
凄く嬉しそうだ
遂に高度9000フィートまで達した。
辺りを見渡すとはるか遠くに小さな機影がポツンと見える。
まっすぐに向かっていくと徐々に機影が大きくなり、遂にすれ違う
「10、9、8、7……」
すれ違った瞬間、無線機からカウントダウンが聞こえてきた
3、2、1、2人とも! 健闘を祈る!!」
その瞬間アリサは180度機体をロールさせ背面飛行になる。
そのまま下方へループし元の姿勢に戻るとエーミルを追尾し始めた。
降下により速力の上がった機体はエーミルに追いつく
そのまま後ろをとろうとするも流石にそう上手くはいかない。
螺旋を描きながら機体をロールさせこちらの後ろをとる動きを見せる
『まあ、そう簡単にいったら面白くないよねぇ』
笑いながらアリサは防御機動に移行した
ブレイクを繰り返して射線から逃れつつ後ろをとるように動く
相手もそれに呼応するようにブレイクを繰り返す
『そろそろ仕掛けようかね』
しばらく防御機動を続けているとアリサはそうつぶやき相手をループの機動へ誘い込んだ
しっかりと追従してくるエーミル
『よし、喰いついた』
ループの頂点直前でアリサは突然機体を横滑りさせ斜め旋回に移行
旋回が終わり気が付くと今まで追われていたはずのエーミルの後ろにぴったりとくっついていた
『ほい、いっちょあがり』
ガンカメラにつながっているシャッターを操作して写真を撮る
勝負は俺、というよりアリサの圧勝で幕を閉じた
……空中戦の表現って難しいですね