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7 暗影と賑やかなひと時





 何も感じず、何も願わずに生きていられたらどんなに楽だっただろう。


 心の底から願ったことは、結局叶うことはなかった。


 自分は一体、どこで何を間違えてしまったのだろう。








 ◆







 はぁ、はぁと息を吐き出す。体にのし掛かる負担は大きく、時折その原因を排除してしまいたい衝動が湧き上がってくる。


 カナバへ向けて山を下っていた。剣の束を両手で持ち抱えて背中には大袋を一つ背負いながら麓を目指している。ケインとメイには自分たちの荷物以外は持たせていない。二人は最初そうすることを渋ったが、皆の両腕が塞がっていたら魔物に不意を打たれた時に対処出来ないからと無理やり言い聞かせた。



 あの後は特に何事もなく、夜明け前に2人を起こして皆で軽い朝食を摂ってから下山を開始して今に至る。魔物に遭遇したりしなければ、カナバまでは後1時間半程度で着く距離まで下ってきていた。


 村の捜索隊はもう山に入っている筈で、運が良ければ俺たちを見つけてくれるかもしれない。ともあれ今はカナバを目指すのみだ。


 ケインとメイは納得がいかないと態度で示しながら前を歩いていた。そんな状態でもメイは警戒は怠っていない。ケインはメイに全幅の信頼を寄せているのか、声がかかればいつでも戦闘体制に入れるように注意を払っている。


 山を下り始めてからはメイを観察していた。それは純粋に興味があったからで、勿論女性としてではなくレンジャーとしての実力を知りたいと思ったからだ。彼女の動きは未だ抜けきらない疲労からか少しぎこちないところがあるものの、ちゃんとその役割を果たしているように思えた。


 先達のレンジャーとして教わるような点はないが、きちんと基本はおさえている。まだ未熟さは残るものの二人とも鍛えればきっとよく育つに違いない。


 良いコンビだな、そんな風に思っていると、不意にメイが振り向いてこちらを気遣うように言葉をかけてきた。


「カイトさん、やっぱりあたしたちも荷物を持つよ。皆で分散するか持ち回った方がいいと思う」


 ケインも少し遅れてメイに追従する。


「メイの言う通りだ。カイトだけがそんなに疲れる必要はないと俺も思う」

「全員が満遍なく疲労してどうする。それこそ悪手だろう」

「でも……。昨日の夜だって寝てないんでしょ」

「お前らと違って一日くらい寝なくたってどうってことはない」


 寝るという言葉に反応したケインが途端にしどろもどろになっていく。


「い、いや……。昨日は仕方ないだろ……」

「なんだ、ひょっとしてもう少しメイと寝てたかったのか?」

「そういうことは言うなよ……」

「そ、そうだよ……。恥ずかしいよ……」


 荷物から意識を逸らす為にからかってやると二人して顔が赤くなっていく。そうなりながらもケインは何か言い返そうと思案しているようだ。空気を和らげる為にも少し付き合うべきか。


「そうだ。そういえばリーネさんがいないけど、麓の村にいるのか?」

「あ、確かにそうだよ。リーネさんはどうしてるの?」



 思わぬ反撃を食らってしまった。しかも痛烈な一撃を。



 誤魔化すべきか。……いや、どのみち分かることだ。今頃ミラマスのギルド支部ではその話題で盛り上がっているかもしれない。多くの男たちを惹き付ける美しさをもつリーネの人気を考えれば、そうなっていても何らおかしくなかった。



 嘘はつけない。その必要も、ない。



「……リーネはいない」



 たった一言そう告げるだけで、心が磨り減っていく気がした。



「いないって、ミラマスにいるの?」

「……いや、一昨日リーネは新しいパーティーに加入して旅に出たんだ。ペアはその時解消した」

「は? え、なんだよそれ」

「うそ……だよね?」

「嘘じゃない。俺とリーネは互いに別々の道を行くことにしたんだ」

「でも二人は恋人だって聞いたよ。もしかして別れたの?」

「……フラれたのか?」

「ちょっとケイン、そんな言い方は無神経だよ」



 どうしてこうも嫌な気分になるのか。この二人にだけはこんなことは言われたくない。何故そう思うのかさえも分からないのがもどかしい。



 ……いや、違う。本当は分かりかけているのに認めたくないだけだ。


 

「……俺とリーネは元々恋人でもなんでもない。話は終わりだ。行くぞ」

「あ、うん……」


 その後はただ黙々と歩き続けた。そして30分程時間が過ぎた頃、俺たちを探しに来た村のハンターたちと合流することが出来た。


 聞けばギドおじさんを含む十六人のハンターが二手に別れて朝から捜索していたらしい。皆は一様に救出が成ったことに驚いていたが、敵はド素人だったことと夜で視界が制限されていたから弓で一方的に叩けたと説明しておいた。


 そしてこの場にいる八人のハンターのうち二人に、俺が持っていた荷物とケインとメイの二人を任せてカナバまで連れて行くように頼むと、俺は残りの六人を現場まで案内する役目を買って出た。



 これ以上ケインとメイを見ていたくない。何故そう思うのか、理解させられてしまった。自分は彼らに嫉妬している。どれほど自分は愚かで浅ましいのか。彼らに落ち度は何一つとしてなく、そんなことを思っても何の意味もないと言うのに。つくづく自分に嫌気が差す。



 二人と別れてハンターたちを先導する。余計なことは考えないようにした。後は野盗たちの残った金品を回収して二人の男女の遺体をどうするかさえ決めればいい。その場で埋葬するのか、或いは村まで運んで弔うのかを。


 山を登りながら皆が口々に良くやったと褒め称えてくる。それにその場しのぎの生返事を返した。二人を助けたのは借り物の力であって自分の力ではなく、到底誇る気にはなれなかった。



 助けたい人は他にもいたのに、命の灯火すら感じ取ることが出来なかった。あの二人の男女は、その命が尽きる今際の際に何を思ったのだろうか。


 いつもそうだ。この力があれば助けることそれ自体は難しくないのに、力を振るえる時には既に手遅れで、数少ない生き残りを助けられてもその尊厳と心はボロボロに汚されていて、結局自分は誰かを助けられても誰一人として救うことは出来ないのだと、いつもそう思い知らされる。



 そうして歩き続けてまた現場まで戻ってきた。皆にこの場がどういう状態かを説明して野盗の荷物を茂みから引っ張り出す。荷物と遺体の元へ三人ずつに別れて向かってもらう。帰りは任せて手ぶらでいけるだろうか、流石に疲れていた。




 荷物を三人に任せてふと男女の遺体がある方を見ると、そこにはありえない光景が広がっていた。



 死んだ筈の男女が並んで佇んでいた。二人は恨みがましい眼差しで俺を見つめている。他の六人には一瞥もくれない。その二人と目が合った瞬間、全身が総毛立った。


 遺体の元へ向かった三人はまるでそんな者などいないかの如く動いている。よく見れば男女の足元には確かにその二人の遺体が横たわっていた。




 アンデッドではない……? ……もしかして亡霊、なのか?




 今まで一度もこんなものが見えたことはなかった。元より幽霊の存在など非実体系に属するアンデッド以外は信じていない。そしてアンデッドなら生者を認めた瞬間に襲ってくる筈で、ならば目の前の光景は一体なんだというのか。


「う、ぁ……」


 何とか絞り出した声は言葉にならず、呻きのような響きを伝えるのみだった。


 悪寒が止まらず全身から冷や汗が吹き出してくる。二人は身じろぎもせずただ俺だけを非難するような眼差しで見つめていた。




 違う、俺じゃない。俺のせいじゃないんだ。

 そんな目で俺を見ないでくれ。




 体は凍ったように指一本も満足に動かせなかった。周りに助けを求めようにも自分以外にこの亡霊は見えておらずどうすればいいのかも分からない。


 そのまま二人の恨みがましい視線に晒されながら急激に意識を手放していった。









 ◆









 カイトは今頃どうしてるのかなあ。

 一人で大丈夫なのかな。心配だな。

 一緒に来てほしかったのに、どうして付いてきてくれなかったんだろう。

 もっとちゃんと話し合っておけばよかった。あたしのバカ。





 グラスに注がれたワインをちびちびと舐めるように飲みながら、そんな取り留めのないことを考える。


 別にお酒に弱くはないけれど、飲み慣れている訳でもないから飲み過ぎるのはよくない。皆に他のお酒も美味しいと勧められたけど、今はこのワインしか飲む気になれなかった。銘柄はメイフラワー。王国南東部の特産品らしい。軟鉄級から黒鉄級に昇格した時のお祝いに、カイトと一緒に初めて飲んだ思い出のお酒だった。


 このワインはあたしのような庶民でも少し奮発すれば手の届くくらいの値段で結構美味しい。これがどこでも手に入るくらいに知られ広まっていたのは嬉しい誤算だった。


 このワインを飲むと初めてお酒を飲んだお祝いの時のことを思い出してしまう。あの時のカイトはとても面白かった。それを思い出すだけで自然と頬がゆるんでくる。まさかカイトがあんなことになるなんて。むふふ。




 あたしたちは旅の途中に寄った街のギルドで受けた魔物の討伐依頼を終えて、皆と酒場で打ち上げをしていた。

 あたしはどこか心あらずで、それでも依頼の遂行中に手を抜くようなことはしないけど、暇さえあればカイトのことばかり考えてしまう。


 あれからまだ数日も経っていないけど、馬車の一件以来から皆はカイトの話題を出さないように気遣ってくれていた。少し落ち着くまではそうした方がいいだろうと。


 だけど、食事が終わって話題が出尽くした頃合いに唐突にガーレンがカイトの話題を振ってきた。いきなりだったから少し驚いてしまった。


「お前ら少しいいか、カイトのことなんだがな」

「ちょっとガーレン。今はまだ……」

「まあ聞けよカトレア。一応大事な話だからよ」


 怪訝な表情で嗜めようとするカトレアにガーレンは心配いらないと手振りで示す。


 ガーレンは自分では頭がよくないと言うけれど、いつもはふざけたような態度をとっていても大事な時には仲間に対して真摯な一面がある。彼がどんなことを言うのかが気になった。


「カイトがどうかしたの?」

「ああ。なんつうか、あいつはまあまあ腕が立つからよ。もしかしたら他のパーティーに取られるんじゃないかと思ってな」

「まさか……」


 そう言われて初めて思い至る。その可能性は全く考えていなかった。カイトは直接言葉にしたことはないけれどあたしのことが大好きだって、ずっとそう態度で示していたから大丈夫だと高を括っていた。


「それは考え過ぎじゃないかな。一応僕らが予約済みだって言ってあるし、カイトはそんなに不義理な人じゃないと思うけど」

「私もそう思うなー。だってあんなにリーネのことが好きなんだしさ」

「そうね……。確かに普通ならヨハンとサーナの言う通りだと思うわ。でも可能性はゼロじゃないかもしれない。ガーレンは対策しておくべきだって言いたいのよ。そうよね?」


 話の内容に得心したカトレアは、ヨハンとサーナの意見を尊重しつつもガーレンに確認するように問う。


「まあそんなところだ。ただどうすりゃいいのかまでは俺には分からねえ」

「ううーん。これまた難しい問題だねえ。ヨハン、どうしたらいい?」

「いきなり僕に言われても…」


 冷や水をかけられたような気分になる。それはダメだ。ただでさえ遠くにいるのに、カイトの心まであたしから離れて行くなんて、そんなの絶対に嫌だ。


 今すぐ帰りたくなってきたけど、自分で選んだ以上すぐに投げ出すことも出来ないのがもどかしい。もういっそのこと次にカイトに会った時に、あたしの方から想いを伝えた方がいいのかもしれない。ずっと待っていたのに、結局カイトはあたしに好きだとは言ってくれなかったし。


 カイトが黙っていた事情が何か関係があるのかな……。そのことだって何度も問い詰めたけど、結局教えてはくれなかった。だからカイトの悩みについては、きっと誰も知らない。


 いけない。今はそれよりどうするかを考えないと。


 考える。考える。考える。何か良い方法がある筈。要はカイトに他の女に浮気するなと伝えればいい、じゃない。それもあるけど、勝手に他のパーティーに入ったらダメだと伝わればいいのだ。



 手紙……そうだ! 手紙があった!


「手紙を出すわ。それで伝わる筈よ」

「ああ、その手があったわね。良い方法だと思うわ」

「それなら文面とかを考えないといけないね」


 我ながら良い考えだと思ったけどヨハンの指摘に愕然となる。文面……。どんな風に書けばいいんだろう。手紙の書き方なんてあたしは知らなかった。


「えー、でもすぐに伝えたいならそれにあんまり時間もかけられないよ」

「それはそうだけど……」

「言伝てでもいいんじゃねえか? それなら文面とか考える必要もねえし手紙より安上がりだしな」


 言い出しっぺの責任を感じているのだろうか、ガーレンが助け船を出してくれた。言伝ては確かに良い考えかもしれない。


「どこ宛てに言伝てるの?」

「えっと、それはミラマスのギルド宛てでいいんじゃないかしら。手紙だって届ける先は一緒だと思うもの」

「そっか。それもそうだね」


 思い付いた勢いで言ってしまったけど、手紙なんて今まで一度も書いたことがないし、どんなことを書くか悩んで時間を浪費するくらいなら、簡潔な言伝ての方が早く伝わるだろうし……。


「言伝てにした方がいいかな。早く伝えないとダメだしね。皆ありがとう」

「リーネ、そう気にしないで。私たちの未来の仲間の為でもあるんだから」

「えへへ……。ありがとうカトレア」

「それに、私たちのお姫様の大切な想い人だもんね」


 サーナが面白そうな顔をして人差し指でつんつんとあたしの頬を突ついてくる。サーナの悪戯モードが発動しそうだ。


「さ、サーナっ、その呼び方は恥ずかしいんだからやめてよもう」

「否定するのはそっちだけなの?」

「……もうっ」


 なんだか気恥ずかしくなって顔をぷいっと背ける。だけどサーナの追撃は止まらなかった。


 つんつん。


 サーナの悪戯心に完全に火が着いてしまった。他の皆も楽しそうにこちらを見ている。今夜は長くなりそうかも。


 つんつん。


 でもこういう時はやはりパーティーのありがたみをよく感じる。そういえばカイトと二人だけの時も、カイトはよく知恵を絞ってくれていた。


 つんつん。


 なんだ、あたしの方こそ一人じゃダメじゃないか。こんなことじゃいけない。もっとしっかりしないと。


 つんつん。くそう、いつまで続くんだ。やり返してやる。あたしは手をわきわきとさせながらサーナに躍りかかった。


「あっ、リーネが怒ったー! ヨハン助けてー」


 ヨハンはサーナの助けを求める声を無視して生暖かい眼差しでサーナを見つめていた。そして不意にぽつりと呟く。


「なんかさ……。こういうのっていいよね」

「ああ。よく分かるぜヨハン。目の保養ってやつだな」

「いや、全然違うんだけど。でもまあ確かに……」




 皆が思い思いに過ごしているようで、だけど誰かが困った時は皆で助け合う関係性。カイトと二人の時はお互いのことだけを考えていればよかったから、少し新鮮な感じがする。





 この楽しい思いと時間を、早くカイトとも分かち合いたいな。





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