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6 抑制と羨望




 リーネと共に冒険者になるにあたっては、声への恐怖を克服することは絶対条件だった。


 ギドおじさんや他のハンターたちとの山での狩りは、大人たちが複数人いるのだからとどこか甘えを捨て去ることができなかった。


 リーネと共に冒険者になると決心したあの頃は、声が聞こえたからといって震えて泣くことはなくても恐怖までは抑えられなかった。


 冒険者になってしまえばそれまでの甘えは通用しない。自分が判断を一つ誤っただけでリーネが死んでしまうかもしれないのだから、何としてでも恐怖を克服しなければならなかった。


 そして自分が声への恐怖を克服する為には、それを受け入れなければならなかった。




 それ以外の方法が、どうしても見つからなかった。







 そうして自分は、誰よりも愛しいリーネと決して相容れぬ化け物に成り果ててしまった。








 ◆








 夜空を仰ぐと薄い雲の群れが星々をまばらに覆っていた。月明かりは薄暗く、力を発現した状態でなければ自分とてこの山林の中を動き回ることは容易ではないと思わせる。


 メイに助力しケインを救出するという目的を果たした今、これからどうするかを決めなければならない。


 今から二人を連れて下山するのは難しい。現状で二人の体力が麓まで持つとは到底思えず、かといって俺が同時に背負えるのも一人までだからだ。両脇に抱えれば二人を同時に運べなくもないが、それをすれば今度は村の皆へ早すぎる帰還を誤魔化さなければならない。それに加え野盗の始末もまだ済ませていない。


 夜明けまではまだかなりの時間がある。であればこの場で休息を取らせ二人の体力をある程度回復させた方がいいだろう。初夏を迎えた今であれば冬とは違って野営もあまり苦にならない筈だ。二人の男女の死臭は我慢してもらうしかないが、まだ死後そう間もないのでそれほど強く臭う訳でもない。


 おじさんは朝になれば動くと言っていた。ならば日の出とともに下山するのが自然だろうか。



 考えを纏めると目の前でほんのりと甘い空気を醸し出している二人を放置して周囲を見渡しながら物資を探し始める。集団が山中で生活するなら必ず水と食糧を持ち込んでいる筈だからだ。


 周囲を探していると程なく目的の物は見つかった。茂みに隠して偽装を施しているものの、注意深く観察すれば見つけることは難しくなかった。


 茂みから幾つか大袋を取り出して中身を物色していると皮袋に入った水と黒パンとチーズを見つけて取り出す。ついでに寝具に使える物がないか探してみると人数分の外套と毛布を二枚見つける。十人以上の集団で毛布が二枚しかないのは、そういう目的の時に使うからなのだろう。胸糞が悪い気分にさせられる。


 念の為に毛布の臭いを嗅いでおく。ほんの微かに男臭い気もするが変な臭いもしなければすえた臭いもせず、恐らくそういう事には未使用であることに安堵する。これなら二人に使わせても問題ない。


 そうして毛布二枚と外套と食糧を三人分持ち出して二人の元へ向かいつつ声をかける。


「二人とも腹が減ってるだろう。野盗の物だが食糧を見つけたぞ」


 二人の姿を捉えた瞬間、慌ててケインから離れるメイが見えた。今のこの目は夜間でもよく見える。二人には悪いが口付けを交わしているのがばっちりと見えていた。それに構わず二人の元へ向かう。


「晩飯を食べよう。ついでに今後のことも話しておきたい」


 そう言って持ち出してきた物を手渡すと、二人は顔を赤らめながらそれを受け取った。


「え、えへへ……。そういえばあたしお腹ペコペコだった! ケイン、食べよう」

「あ、ああ。そうだな、昼に少し食べたっきりだもんな」


 二人の様子に微笑ましいと思わないでもないが、野盗たちの呻き声がほんの微かに聞こえる中ではムードもへったくれもないのではないかと思う。ついでに誤魔化し方も上手ではなかった。


 確かこういうのは釣り、恥……? 口付け……、口……、クチバシ効果? とか言っただろうか。前にリーネがうっとりとした表情で素敵だよね、と教えてくれたことがあった。その時は普段見ることの出来ないリーネの愛らしい表情に見とれていたから真面目に話を聞いていなくて、後でぷりぷり怒る彼女に謝り倒してどうにか許してもらったことを思い出す。


 まあこの際それはどうでもいい。いや、よくないかもしれないが今はおいておく。


「食べながらでいいから聞いてくれ。二人には休息をとってもらう。それから日の出とともに下山する」

「ここで夜営するの?」

「ああ。見張りと火の番は俺がする。お前たちは休んで体力を回復させておけ」


 日持ちを重視した黒パンは硬くて旨くはなかったが、チーズと合わせて食べれば不満を感じるほどでもなかった。


「あいつらは……、野盗どもはどうするんだ?」

「皆瀕死だ。放っておいても朝までには全員死んでる。金品の回収は俺が後でしておく」


 俺の返答にケインの表情が難しいものへと変わっていく。


「何か気に入らないことでもあるのか?」

「別に……そこまでじゃないけどさ。でも……、できるならこの手でぶっ殺してやりてえよ」

「ケイン……」

「手酷くやられていたからな。復讐したいのか?」


 ケインの表情が険しさを増していきメイが心配そうにそれを見つめている。


「……あいつら、俺の目の前でメイを酷い目に合わせるって言ったんだ。その為だけに俺は生かされてた」

「だがそうはならなかった。メイは無事だしケインも助かった」

「でも……あんなの許せねえよ」

「ケイン……。あたしは大丈夫、ちゃんとここにいるよ」

「分かってる。メイは無事だって、分かってるんだ……。だけど……」


 悔しさが消しきれないのかケインははらはらと涙を流しはじめた。


「俺……強くなりたいよ……」

「あたしも……もっと強くなりたい。また二人で一緒に頑張ろうよ」

「うん……」


 簡単には割り切れない思いがあるのだろう。あまりあれこれと口を出す気にもなれず、それからは黙々と食事を摂り終えた。


 ケインは情緒不安定になっている。誰だってあんな目に会えばそうなるのも無理はない。少し落ち着かせた方がいい。そしてその役割は俺よりもメイの方が適任の筈で、彼女に任せておけば二人とも疲労の色が濃いから放っておいてもその内眠りに就くだろう。



 だからその前に二人に口止めをしておく必要があった。意を決して声をかける。


「少しいいか。頼んでおきたいことがあるんだ」

「えっと、どうかしたの?」

「何かあったって訳じゃない。ただ、二人には今日俺について見たことを黙っていてほしい」


 そう言うと二人の表情が怪訝なものへと変わった。


「なんでだ? 別に秘密にするようなことじゃないと思うけど」

「皆に知れ渡ると色々と不都合があるんだ」

「それはどうして? 理由は教えてもらえるの?」

「詳しくは言えないけど……。そうだな、好不調の波が人よりも激しいとでも思ってくれればいい。さっきみたいな動きは絶好調の時しか出来ないんだが、そんな時は殆どないし意図して出来るようなことでもないんだ。普段の俺はこんなに強くないから、周りに変に期待されても困るんだよ」


 我ながら拙い誤魔化しだと思うが極端な嘘は言っていない。虚実を入り混ぜるよりも嘘をつかない方が後々破綻しにくいからだ。人は忘却する生き物で、月日が経てば自分の言ったことですら忘れてしまうから。


 それに、努力した末に得た訳でもない借り物の力を誇って、それが何になるというのだろうか。例え絶大な力を持っていても完璧と言うには程遠く、だからこそ自分はよすがとなる存在を必要としてしまったのだから。



 二人の返答を待っていると先にメイが少し逡巡した後に了承の意を示してくれた。


「うーん。よく分かんないけど、あたしたちはカイトさんに助けてもらったんだし、それくらいならお安い御用だよ」

「俺も……。メイがそう言うなら、別にいいけど」

「そう言ってくれると助かる。二人とも頼んだぞ」

「うん、おっけー」

「なんか勿体ない気がするけど、分かったよ」


 納得とまではいかずとも了承してもらえたことに内心で安堵する。


 今まで殺した相手は数知れず、助けられた者は数えられる程度しかいない。それでもこの二人を助けられてよかったと、そう思う。


 未だ幼い頃にリーネが居てくれなければきっと狂ってしまってそこで終わりだった自分が、今こうして他者の役に立てている。彼女はもうこの手の届かない場所へと旅立ってしまったけれど、だからといって救ってもらった恩義がなくなる訳でもない。


 リーネが居なくても自分に出来ることをやる。やり遂げてみせる。そうでなければ彼女に会わせる顔すらなくなってしまう。


 全くもって笑えない。俺にはもう次なんてないのに、まだ愚かにも希望を抱いてしまう。未練がましいにも程がある。


 取り留めなく浮かぶ思いを纏めて振り払う。考えごとをする暇があるなら今は二人を休ませるべきだ。


「夜明け前に起こすから二人とも早く寝ておけ」

「うん……。でもちょっと今は寝れそうにないかも」

「俺も……。色んなことがあった後だし……」

「気持ちが昂ってるからだろ。疲れが溜まってるんだから横になっていたらいい。少しでも気分が落ち着けばすぐに眠れる」

「うん、それもそうだね。ケイン、ほら」

「お、おう……。メイ、ありがとな」


 メイがてきぱきと毛布と外套を使って二人分の寝床を作り、ケインがおずおずと横になった。続けてメイが隣に陣取り毛布をひっ被せる。ケインはメイと一緒に寝るのが恥ずかしいのか赤面していて、それを少しおかしく思うと同時に胸にちくりと少しの痛みを感じた気がした。



 二人が寝入るまで時間を潰す。後始末はそれからでいい。ゆらゆらと揺れるように燃える篝火を見つめながら静かに待った。








 30分か1時間か、篝火を見つめながらぼうっと過ごしているうちに二人は寝息を立てていた。


 二人はその体に蓄積した疲労に比例するように熟睡している。これなら少々騒がしくしても起きないだろうが、それでも慎重に事を済ませた方がいい。魔物の気配を探る。周囲にそれらしいものの存在は感じられない。


 物音を立てないように静かに立ち上がって野盗たちの元へと向かう。その醜悪な生に終止符を打ち、犯した罪を贖わせる為に。


 視界の隅に自分の弓が映る。あれはまだ必要なく後で回収すればいい。構わずに野盗たちの近くへと歩いていく。二人を起こさないように、ゆっくりと静かに。そうして目的の場所に辿り着く。


 野盗たちの呻き声は先ほどよりも弱々しく、その命の灯火が陰り始めていることが見て取れた。



 それでも私たちは許しはしない。



「た、助けて、くれ……後生だ……」

「命だけは、どうか……」

「まだ死にたくねえ……」


 こちらに気付いた者たちの命乞いを無視して一番近くにいた野盗の体を掴み上げ移動する。それに対し困惑、動揺、命乞い、様々な反応を示す野盗たちを威圧しながら全員を二人からもう少し離れた場所へと移した。頭目に問い掛ける。


「お前に少し聞きたいことがある」

「わ、分かった……! だから命だけは助けてくれ!」

「それはお前の態度と返答次第だ」


 反応は分かりやすいくらいに予想した通りだった。拷問しながら殺してしまいたい欲求を抑えつける。抑えつけてみせる。二人の存在を強く意識する。あの二人に見せてはならない。絶対に見られてはならないと。


「お前たちはどこから来た?」

「こ、侯爵領だ。ゴドウィン侯爵領から来た」

「お前たちが殺した二人の男女もか」

「そうだ……。あいつらは俺たちが侯爵領を脱出する時に一緒に連れて行ってくれと頼まれて、それで……」

「それを何故殺した」

「で、出来心だったんだ! 殺すつもりなんかなかった! ただ少し女で楽しめればよかっただけなんだ!」


 勝手な言い分に怒りが込み上げてくる。こいつらは殺す。誰一人として許しはしない。そうだ、元よりそのつもりだった。


「ならどうして死なせた」

「俺じゃない……。こいつらが勝手に男を殺しやがったんだ。そしたら女が発狂して犯すどころじゃなくなって……。お、俺はそんなことは命令してない……」

「お前たちは元々野盗に身を落とすつもりはなかったと?」

「そうだ……。あんな地獄みたいな侯爵領から逃げ出せたのに進んで犯罪者になりたいなんて思わねえよ……」

「お前たちにとって女の尊厳を踏みにじり辱しめるのは犯罪じゃないのか?」

「そ、それは……、出来心で……」

「さっき聞いたぞ」


 聞きたいことは聞き終えた。矢筒から矢を2本取り出して足と腕に突き刺す。もう誰も生かしておく必要はない。


「ギッ、痛え、痛えよ! ど、どうして……見逃してくれるって……」

「誰がいつそんなことを言った」

「い、嫌だ……死にたくねえ……」

「お前たちが殺した二人だってそう思っていた筈だ」


 それから野盗たちの命乞いを無視して矢を突き刺して回った。足を、腕を、腹を、胸を、背中を、首を、顔を。こんなものは拷問のうちにも入らないが、それでもなるべく苦しんで死ぬように。


 それが終わると立ち上がって篝火の周囲の気配を探ってみる。魔物の存在は感じず二人が動いた気配もない。見られなかったことに安堵した。


 野盗たちは威圧すれば勝手に萎縮した。誰も叫び声は上げず、最期まで命乞いと呻きを繰り返すのみだった。


 そうして全員が死に絶えると灰色の世界が塗り替えられていった。視界は狭まり世界が色を取り戻していく。


 一人くらいは生かして放っておくべきだったか。だがそうすれば欲求が抑えられるかどうかが分からなかった。どう思い悩んでも結局はなるようにしかならず、いつも自分の行動の帰結に後悔ばかりしてしまう。



 野盗の死体から剣の鞘を回収すると同時に金目の物を所持しているかも調べて回った。いつも思うことだがこうなると一体どちらが盗賊なのだか分からなくなる。


 金品は頭目の腰袋から出てきた十数枚の金貨と銀貨以外はめぼしい物もなく、硬貨の入った袋と鞘を一纏めにして篝火まで持ち運んだ。そのついでに弓も回収しておく。


 抜き身の剣を鞘に収めていく。全ての剣を鞘にしまい終わると縄で縛り一纏めにして持ち運べるようにする。


 今やるべき事を全て終えると外套に身を包んで篝火に当たった。程よい温もりが体全体を暖めていく。



 ふとケインとメイの様子を伺うと二人とも安心したように熟睡していた。この二人の周囲だけを切り取ってみればいっそ平和的な光景にすら見えて、それを微笑ましく思う反面、どうしても胸が痛むような気がしてしまう。




 きっと自分にとってこの二人は鏡のようなものなのだろう。冒険者であり、剣士とレンジャーのペアであり、男女であり、そして互いに想いあっている。


 羨ましいと、そう思った。手を伸ばせば届くところにリーネは居てくれたのに、自分はどれだけ望んでも彼女の傍に居続けられなかったから。



 この二人を見ていると心が掻き乱される。自分ももっと違う生き方が出来た筈なのではないかと、どうしてもそんな愚かな考えが浮かんでしまう。








 名状し難い感情を振り払うように天を仰いだ。


 月明かりは薄暗いままで、星空をまばらに覆う薄雲の群れは未だ晴れそうになかった。





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