表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/16

3 帰郷と難事





 どうにもならないことをどうにかできないかと今でも思う時がある。


 今更そんなことを思ったところで、どうにもなりはしないのに。






 ◆






 目覚めはあまりよくなく、それに加えて気分は最悪だった。

 寝過ぎたせいで気だるい体をゆっくりと調子を確かめるように動かしてみる。


 夕方から夜にかけて一度起きて今日の準備をしたのがよかったのか、寝過ぎたとはいえ頭に鈍痛を覚えるほどではない。


 これならば動いているうちにいつもの体調に戻るだろう。そんな風に考えつつ最低限の身嗜みを整え装備を身に着けてから朝食を摂りギルドへと向かった。







 早朝の時間帯は新しい依頼が貼り出されることもあって、ギルドは大勢の冒険者で賑わっていた。


 同業者たちは少しでも割りのいい依頼を探そうと躍起になって壁に貼り出された依頼書の前に群がっている。


 そんな冒険者たちを尻目に受付へと向かう。リーネとのペアの解消を伝える為に。


 俺に気付いた受付嬢のハンナさんがにこやかに話しかけてくる。年の頃は20代前半といったところで、長い桃色のウェーブがかった髪と綺麗に整った顔立ちで男性冒険者たちから大人気の彼女は、リーネと共に冒険者登録をした時からの馴染みだった。


「おはようございますカイトさん。今日はリーネさんは一緒じゃないんですか?」

「ああ、そのことなんですけど。リーネとは昨日でペアを解消したんです」

「えっと……。冗談、ですよね?」


ハンナさんが信じられないといった表情で聞き返してきた。


「いや、本当ですよ。リーネは極光に加入しましたから」

「そんな、リーネさんは恋人じゃなかったんですか」

「周りがそう言ってただけで、俺とリーネは一度もそういう仲になったことはありませんよ」


 例え好きだからといって相手を束縛していい理由にはならない筈だ。リーネとは将来を誓い合った訳でもなければ恋人でもなかったのだから。


「そういうことなんで、俺はこれからソロで活動するって、そう処理しておいてほしいんです」

「それは、その……。出来ますけど、本当にいいんですか?」

「いいもなにも、もうリーネは行ってしまったんだから今更ですよ。じゃあ、頼みましたから」


 これ以上リーネのことを話していたくなくて、ハンナさんとの会話を打ち切って踵を返し依頼書の貼ってある壁に向かった。


 依頼書の周りは未だに同業者たちでごった返している。これではめぼしい依頼は受けられそうにない。


 少し考えてかぶりを振る。自分にはもう取り繕わなければならない相手なんて居ないのだから、気楽にやればいい。


 カナバの裏山に行くことに決める。あそこなら魔物や獲物には事欠かないし、殺した魔物の耳を削いで持って帰ってくれば報奨金も出るから少しは稼げるだろう。



 ――それに、野盗もたまにいるしな。



 皆に平穏を守ると大見得を切った手前、初日からそれを疎かにする訳にもいかない。そう思いながら広場に向かった。カナバに向かう行商人でも居てくれればいいんだが。




 ◆




 ミラマスから少し離れた街道を一台の荷馬車が移動している。馬一頭が牽ける程度の幌もない小さめの荷台で、細々とした行商なのだろうと見れば分かるほどだった。


「いや、あなたが声をかけてくれて助かりましたよ。街道は治安がいい方だとは言え、一人では少し心細かったものですから」


 あの後広場で運よくカナバへ向かう行商人が護衛を求めているのを見かけた俺は、これ幸いにと護衛を申し出てカナバまで荷馬車に乗せてもらうことに成功していた。


 行商人はルードという名の20代前半くらいの男で、少し恰幅のよい体型と人当たりの良さそうな柔和な表情と穏やかな口調は、見た目と年齢も相まってこの人はきっと善性ゆえに損するタイプで商人には向いてないのではないかと思わせた。


「いえ、俺の方こそ助かりました。カナバに向かう馬車なんて行商でもなければ早々ありませんから」

「お互い様ということですね。ですが護衛報酬は歩合で本当によかったんですか? クライン伯爵領の街道沿いは魔物が殆ど出ないと聞いていますが」

「カナバは生まれ故郷なんです。わざわざ村に来て商売してくれる人からぼったくるような真似をしたら、それこそ村の皆に怒られますよ」

「ああ、そういうことでしたか。それでは里帰りか何かで?」

「ええ、まあそんなところです」


 昨日のこともあってあまり人と話したい気分ではなかったが、ルードはあれこれと話題を繰り出して話を繋いでくる。その堂に入った巧みな話術は立派な商人らしいと思わせるほどで、振る舞い方一つでこうも印象が変わるものなのかと感心させられる。


 ルードの話によると彼は元々ミラマスとカナバを含めた周辺を治めるクライン伯爵領から、一つの山脈を隔てた向こうにあるゴドウィン侯爵領の領都バーゼルに本店を構える商会で奉公していたが、半年前に独立してミラマスで行商を始めたとのことだった。


 それだけならまだ聞こえもいいが、本当の理由はゴドウィン侯爵家のゴタゴタにあるとルードは話した。2年前に前当主が亡くなり嫡男が当主を継いでからはその治世が揺らぎ始め、理由もない税の引き上げや現当主の息のかかった役人たちの専横が領民を苦しめており、ルードはバーゼルと侯爵領に見切りをつけて少しでも余裕のあるうちに侯爵領から脱出してきたのだと語った。


「酷いものですよ。税を2度滞納すれば奴隷落ちだっていうんですから。その為の奴隷狩りまで組織して。それに比べたらクライン伯爵領は天国みたいなところです。まあ、侯爵領も先代様が壮健でいらっしゃった頃はまともだったんですけどね……」

「そんなことになっていたんですか……」

「ええ。ここクライン伯爵領から山脈一つ隔てただけで天国と地獄ですよ。あなたも冒険者なら色んな場所へ向かうこともあるでしょうけど、ゴドウィン侯爵領には行かない方がいいですよ」

「心に留めておきます」


 カナバ村の裏山――トーガ山脈の向こう側がそんなことになっていたとは。そういう状況であれば逃げ出した侯爵領の領民たちが一縷の望みをかけてトーガに向かえば、必然的にそれを追う者たちも来る筈だ。となれば野盗の類いも増えるに違いない。


 そうであればカナバに何かあってもミラマスからでは即応出来ない。拠点をカナバに移すことも考えた方がいいかもしれない。


 そんな風に考えながらルードと話を続けていると、日が沈みきる直前の薄暗い頃合いにカナバに到着した。


 ルードに礼を言って別れてからギドおじさんの家に向かう。実家は冒険者になる為に村を出た時に村の共有財産として明け渡しており、今は俺と同世代の村の新婚夫婦の住まいとなっているので帰ることは出来なかった。その点おじさんは独身だからいきなり押し掛けても大丈夫なのでありがたい。



 ……忘れていたけど土産くらいは用意してきた方がよかったかもしれない。



 実家の処分に関しては、リーネが村を出ることを強く反対していた同年代の男たちを抑える為の交換条件として大人たちに提示したものだ。特に同年代の男たちはリーネが村を出るつもりだと知ると、それまで彼女にしていた悪口や意地悪がなかったことのように掌を返してリーネに媚び出し始めた。それからはリーネに告白する者や求婚する者が続出したほどで、あの時は本当に気が気でなかった。ただリーネはそれらの全てを一顧だにせず、村を出て冒険者なると言って聞かなかったのがとても嬉しかったことを覚えている。同年代の女の子たちも男たちがそれまでリーネにしていた意地悪をよく知っていたから、皆リーネの味方をしてくれて、それがとても心強かった。


 リーネの決心が揺るがないと知った後は、実家の件に関してはリーネには何も知らせないようにと村の大人たちの了解を取り付けた上で家を引き渡した。そんなことでリーネを気後れさせたくなかったし、彼女の望みは自分の望みでもあったから。そうした俺の覚悟を知ったおじさんがハンターの仲間たちや、元冒険者の大人たちを巻き込んで強烈に後押ししてくれたのも上手くいった要因のひとつだった。


 それにあの時は両親も既に亡くなって久しく、自分が住まなければ実家は朽ちて廃墟となっていくのみだったのだから、それなら誰かに住んでもらった方が俺としても都合がよかった。自分が生まれ育った家がボロボロに朽ちていく光景なんて想像したくもなかったから。リーネには実家の明け渡しの件にについてはそう説明して納得させていた。




 ……あの時はすぐ後にミラマスでの宿賃を節約する為にリーネと頻繁にカナバに戻ってきては裏山で魔物を狩ることを全く想定していなかったので、村の皆に出戻りかとよく笑われていたことを思い出す。わりと恥ずかしい思い出だった。







 薄暗い中で村の景色を眺めながらおじさんの家に向かう途中で、村の広場からなにやら騒ぐ声が漏れ聞こえてきた。近づいて耳を澄ませて聞いてみればどうも男女が言い争っているらしかった。



「お願いだから助けてよ! このままじゃケインが殺されちゃう!」

「お嬢ちゃん。そうは言ってもな、今からじゃすぐに夜だ。夜の山に入るのなんて自殺行為なんだぞ」

「仲間を見殺しになんて出来ない! お願い……。お願いだから、助けてよぉ……」

「俺も助けてやりたいのは山々なんだがな……」


 騒ぎの中心を見れば年若い少女が泣きながらおじさんに詰め寄っていた。年の頃は14歳くらいだろうか、普段なら愛らしいと思わせるだろうその顔は涙と泥でぐちゃぐちゃになっていて、服装も泥に塗れているものの弓を所持しているのを見ればハンターかレンジャーであると察せた。同業者なのかもしれない。


 恐らくは山で下手を打ったか。こうして知ってしまった以上は知らんふりを決めこむ気にもなれず、周りを囲んでいる村人たちを掻き分けて少女とおじさんの元へ向かい声をかけた。


「おじさん、何かあったの? 俺でよければ力になるけど」

「ん? おお、カイトか、久しぶりだな。ふむ、いいところに……でもないか。いやな、このお嬢ちゃんの仲間が野盗に捕まったらしくてな。どうしたもんかと気を揉んでいたんだが……」


 急に言い争いに割り込んだこちらを見た少女は、俺の格好から同業者だと察したのか詰め寄って助力を求めてきた。


「あの、こんな時間にいきなりこんなことを頼むのは非常識だって分かってる。だけどお願い……。仲間を、ケインを助けて……。お願いだから……」


 ボロボロになってでも助けを呼んでくると誓って必死の思いでここまで来たのだろう。泣きながら懇願してくる相手を見捨てる気にはなれなかった。


 少女が言ったケインという名前からして捕まった仲間は男だと察せる。野盗が捕らえた男を生かしておくことはそう多くない。抵抗されると面倒だし、特殊な性癖でもなければその体を慰み者にすることにも使えないからだ。


 だが、少女が仲間を助けに戻ってくると判断していれば、人質として生かしている可能性も少なくはない。どちらにしろ助けてやると決めたなら急いだ方がいい。


「分かった。俺が一緒に行ってやる」

「……っ! いいの!?」


 少女の瞳に希望の光が灯る。欲してやまなかった助けが遂に得られたのだと、そう思えたのだろう。


 おじさんはしかし、危険だからと俺たちを止めようとしてきた。二次被害を危惧しているのだろうけど、今はそうも言っていられない。


「おいカイト、今から行く気か。危ないぞ」

「でも放っとけばこの子は自分一人でも助けに行く気だろ。見殺しになんて出来ないよ」

「お前、そうは言ってもな。死ぬかもしれないんだぞ」

「そんなの分かってるよ。時間がないからもう出たいんだけど」

「お前なぁ……。はぁ……、分かったよ。俺も行ってやる」

「必要ない。おじさんは残ってて」


 折角の好意を一言で切って捨てるとおじさんは顔を真っ赤にして怒りだした。


「お前ら二人だけで何が出来るってんだ! 遊びじゃねえんだぞ!」

「今日1日働いた後のおじさんが夜の山で満足に動けるとは思えないし、それなら二人も三人も変わらないよ」


 言外に他のハンターたちも邪魔だと含めて告げる。普段なら優秀でも今足手纏いならば必要ない。そういう意味合いでは少女も足手纏いであることに変わらないが、彼女は当事者なので言っても聞かないだろう。


「そうだとしても! 俺にお前らを見殺しにしろってのか!」

「死ぬつもりなんか毛頭ない。無理はしないしきっと上手くやってみせるって。師匠なら弟子のことを少しは信頼してよ。時間がないんだから」

「ああもうっ! 俺の弟子なら少しは可愛げを持てってんだよっ! ……朝までだ。朝までにお前らが戻らなければこっちから探しに行くからな」


 頑なに同行を認めない俺に自分が折れるしかないと悟ったおじさんは、渋々ながらも二人だけでの行動を認めてくれた。


「了解。じゃ、行くか」


 不安げに成り行きを見守っていた少女に声をかけると、弾かれたようにこくこくと頷きを返してきた。


「聞きたいことは沢山あるけど、今は少しでも急いだ方がいい。向かいながら話そう」

「あ、わ、分かったわ。……あの、ありがとう」

「礼を言うのは全部終わってからでいい。行くぞ」


 心配そうに周りで様子を伺っていた村人たちに退くように促して少女を伴い歩き出す。そしていつの間にか近くまで来ていたルードと目が合い、互いに頷きを返し合う。村の皆が俺たちに無理はするな、必ず生きて帰ってこいと声をかけてくる。



 誰しも進んで見捨てたいとは思っていない。村の皆だって助けられる余裕があるなら助けてやりたいと思う筈で、その思いやりに気付いた少女は感極まったのかまたぽろぽろと涙をこぼしていた。









 ――報いを、与えよ


 少女を連れ立って山へ一歩踏み込むと、今や聞き慣れた声が頭の中に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ