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1 別離の時

「カイト。悪いんだけど、カイトの考えが変わらないならこれ以上は一緒にやっていけないわ」


 日も落ちた夜、冒険者ギルド併設の酒場でそう切り出したのは黒鉄級冒険者として俺とペアを組んでいるリーネだ。


 彼女は赤毛の髪をポニーテールで纏めていて、田舎の村の出身にしては飛び抜けて器量の良い目鼻立ちの整ったとても愛らしい表情は、ギルドで人気の受付嬢とともに冒険者の男たちから熱い視線を受けるくらいには美少女といっても過言ではない。


 そのリーネは俺と同じカナバの村出身の幼馴染みとして、13歳で村を出てから3年間ずっと剣士とレンジャーのペアとしてこのミラマスの街で活動してきた大切なパートナーだった。


 同じテーブルを囲んでいる俺とリーネの隣には四人の男女が座っている。男女二人ずつの鋼鉄級冒険者「極光」として知られている気鋭のパーティーだ。


 冒険者の等級は下から順に青銅、軟鉄、黒鉄、鋼鉄、聖鋼、聖銀、ミスリルという並びで表されていて、鋼鉄級の彼らはその若さにも関わらず冒険者として既にベテランの域に達していて将来を有望視されているパーティーだ。


 彼ら極光の面々と俺たちが1年前に知り合って以降、彼らがミラマスに滞在している時は俺とリーネが臨時にパーティーに加わって、ギルドの依頼を何度もこなしてきたお互いに気心の知れた仲だった。


 そんな彼らは皆一様に真面目くさった真剣な表情で俺とリーネのやりとりを見守っている。



「カイト、あたしはもっと上に行きたいの。自分の剣がどこまで通用するのか、その限界まで登り詰めたいのよ。その為にはいつまでもミラマスで燻ってなんかいられない。広い世界を知る必要があるの。カイトだってあたしの思いは知ってたでしょう?」


 知っていたさ。リーネの向上心と上昇志向は。極光の皆と一緒に何度も依頼をこなすうちに露骨にそれを態度に表すようになっていったもんな。それを思えば今までよくもった方なのかもしれない。


 リーネは幼い頃から勝ち気で男勝りなところがあって喧嘩がとても強かった。その強さは村の同世代のガキ大将でもリーネには全く敵わないほどで、俺はその強さに守ってもらいたくていつもリーネの後ろを付いてまわっていた。


 彼女はそれに加えて剣の才能にも恵まれていて、8歳を過ぎた頃から剣術の練習だと言っては無理やり俺を付き合わせて、いつも彼女にボコボコにされていたっけ。リーネが12歳の頃には村の大人の男たちでさえも剣では敵わなくなって、その突出した才能を村の誰もが認めていたんだ。


 俺はそんな彼女の隣に並び立ちたくて、それでも剣術じゃリーネには絶対に敵わなかったから、同じ村の住人の元冒険者でハンターのギドおじさんに師事して弓と短剣の技術を必死に磨きながら10歳を過ぎた頃から大人たちの狩りを手伝っていた。俺だってこの程度は役に立つんだって、彼女に知ってもらいたくて。


 俺の両親が立て続けに死んだのもそんな頃だった。その時からリーネは俺と同い年なのに自分の方が早生まれだからってお姉さん風を吹かせていたことをよく覚えている。


「あたしは未知を切り開くような冒険がしたいの。そしていつかは聖銀やミスリルにまで至れるような冒険者になりたいと思ってる。だからカイト、あたしと一緒にきなさい」


 彼女は有無を言わせないような圧力をかけて俺に迫ってきている。こういったやりとりは今までも何回かあって、これが3回目だった。


「カイト。あたしはいつまでもカイトの考えが変わるのを待っていられないの。だから、これが最後よ。よく考えて答えなさい」



 いつかは、こんな時がくると分かっていた。



 俺はリーネに依存していて、彼女のことが大好きだった。そして彼女も俺に好意を抱いてくれている。そう想ってもらえるように必死に努力して、彼女をそうさせてしまった。


 少しでも長く同じ時間を彼女と共に過ごしたいと、そう願ってしまったから。


 離ればなれになんてなりたくないのに、彼女の誘いに乗る訳にはいかない理由が俺にはあった。今まで必死に隠し通してきて、この場の皆に、リーネにだけは決して知られたくない秘密が。今となってはそれが疎ましく感じられてしょうがない。


「……リーネ、誘ってくれるのは本当に嬉しい。これは嘘じゃないんだ。でも、俺は……」


 そこまで言って言葉に詰まってしまう。ここでハッキリと断ってしまったら、もう二度とリーネの隣に立つ資格がなくなってしまうような気がして、それ以上を告げるのをどうしても躊躇してしまう。


「あたしはよく考えて答えなさいって言った筈よ。……本当にそれでいいの? あたしと離れてカイトが一人でやっていけるの?」


 リーネは俺の答えを半ば予想していたのだろう。彼女は苛立ちを含みながら身を乗り出して本当にそれでいいのかと確認をとるように俺に言い聞かせてくる。


「……俺は、」

「まあまあ二人とも落ち着いて。リーネもこれが最後の機会だからって別に今すぐカイトに決めさせる必要はないでしょ。私たちは明日の昼前にミラマスを出るんだから、その直前までは考えさせてあげようよ」


 そう言ったのは極光の女性メンバーの一人であるサーナだ。俺たちより二つ年上の彼女の容姿はレンジャーをイメージさせる軽装であり、薄い緑色の髪を短く肩の辺りで纏めていて、その顔立ちはくりくりとした目が特徴的で愛嬌があると言うべきか可愛らしいと言うべきか、リーネとは違う趣がある美人だった。


 俺と同じく弓と短剣を武器として使うレンジャーの彼女も俺を極光の一員として迎え入れようと熱心に誘ってくれていた。


 その理由は単純で、俺がパーティーに加われば自分の負担を減らすことが出来るからだと以前聞いた時にサーナはからからと笑いながら答えてくれた。


 パーティーの中でもレンジャーの役割は特殊だ。非戦闘時の警戒と偵察、そして戦闘時は前衛の支援から後衛の護衛までを休みなくこなさなければならない。依頼遂行時は交代で見張りを立てる夜営時以外は気の休まる暇が全くないいわゆる不人気職で、しかしだからこそ重要な役割だった。


 俺がこれまでリーネと二人だけのペアでやってこれたのも、勿論単純にリーネが強いからというのもあるが、俺のレンジャーとしての実力も確かに加算されていたと思う。


「そうだね。結論を急ぐ必要はないと思う。僕たちはリーネだけが仲間に加わってほしいんじゃない。カイトも仲間になってくれると僕たちの継戦能力は飛躍的に上がるから、だから性急に決めようとしないでカイトにはよく考えてほしいんだ」


 サーナの取り成しに同じパーティーの魔法使いであるヨハンも同調する。彼は魔法使いらしく全身を覆う茶色のローブを身に纏っている。俺たちより一つ年上のヨハンは童顔で中性的な顔立ちをしており、男としては低めの身長も相まって女性に見間違われることもしばしばで、本人もそれがコンプレックスで体を鍛えているんだと以前話していた。


 しかし見る限りではその努力の成果が出ているようには見えないが、体力をつけることは冒険者にとってメリットしかないのであまりそのことには触れないでおいた方がいいのだろう。


「まあよ、どんな事情がカイトにあるのかは知らねえが、この決断で互いに後悔だけはしねえようにした方がいいと俺も思うぜ。だからよく考える時間をやるってんなら賛成だな」


 ヨハンの言に仲間である重戦士のガーレンも同意を示す。短髪にふてぶてしい目付きの顔立ちをしている彼はまるで熊かオーガといったような23歳の大男で、全身鎧に身を包んでいても分かるほどの鍛え上げられた肉体は戦士としての強さを否定することは難しいと感じさせる。サルヴァ統一教国出身の見た目通りの豪放な男だった。


「うーん、せめてカイトが悩む理由が分かれば私たちも力になれるかもしれないと思うんだけど、カイトはそれを言うことはできないの?」


 皆の言葉を待ってから極光のリーダーであるカトレアが俺にそう問いかけてくる。金色の髪をセミロングで纏めていて、切れ長の大きな目と綺麗な顔立ちで初対面の相手には凛々しい印象を与える美人だが、打ち解けてくるとわりと砕けた話し方をしてくれる気さくな19歳の女性だ。しかし彼女は普段のそんな印象などないかのようにどこか困ったような表情で俺を見つめている。


 神官戦士であるカトレアはガーレンと同じくサルヴァ統一教国の出身で、教国で治癒の法術を修めながらも剣士として前衛を充分以上にこなせるだけの実力を磨きあげて冒険者になったという少し異色な経歴の持ち主だ。


 それだけの実力があるのだから母国で聖堂騎士団にも入れた筈なのに、それが気になって以前聞いてみたら、堅苦しいのは苦手なの、苦笑しながら答えてくれた。例え嫌えと言われても嫌いになれない頼れるリーダーだった。


 皆が俺のことを心配してくれている。その事実に嬉しさを感じる反面、どうしても気は沈んでいく。


「……ごめん。こればっかりは言う訳にはいかないんだ。誰にも、知られたくないことだから」


 知られればきっと嫌われる。今こんなに優しく接してくれている皆でも、きっと化け物を見るような眼差しで俺を見るだろう。それが何よりも怖くて、それを考えるだけで震えそうになる体を必死に抑えつける。


「まあ、誰しも人に知られたくない秘密の一つや二つはあるものだしね。無理にそれを聞き出そうとは思わないけど……」

「そうね……。ごめんなさい。少し無神経だったわ」

「まあまあ、ここでこうしていても埒があかないし、今日は解散ってことでカイトが考える時間を多くしてあげた方がいいんじゃないかな」

「なら決まりだな。俺は少し遊んでくるぜ」

「ちょっとガーレン。こんな時までそんな態度ってどうなの」

「あれこれ考えるのは俺の柄じゃねえよ。頭そんなによくねえしな。それに、こればっかりは仕方ねえだろ」

「それはそうだけど……」


 極光の皆が沈んだ空気を払拭させようといつもの調子に戻り始める。その気遣いが、今はとてもありがたい。


「……俺、よく考えてみるよ。その、前向きに」


 どう考えたところで結論など変わる筈もないのに、そう答えることしかできなかった。


「明日、広場で馬車が出るまで待ってるから。もし遅れたらカイトのこと、絶対に許さないんだから」


 リーネのこちらを睨むような、しかし何かを期待してもいるような眼差しをまともに見れなくて、俺はその場から逃げるように立ち去った。






 そうしてミラマスに出てきてからずっと定宿として利用している「小鳥たちの宿り木亭」まで戻ってきて、部屋のランプを灯してベッドに身を投げ出した。


 最初にこの宿を利用した時の俺とリーネは駆け出しでお金もなくて、ミラマスのことや冒険者の勝手すらよく分かっていなかったから、二人して相部屋に泊まることしかできなかった。


 お金がなくて相部屋しか利用できなかった頃は、他の男たちがリーネに向けてくる下卑た視線が堪らなく不快で、それを遮るように空きのベッドがあっても彼女と一緒のベッドで眠っていた。リーネのすぐ横に俺がいれば変なことは出来ないだろうと思って、実際何もなかったのでそれは正しかったのだと思う。


 そんな俺にリーネは「カイトはいつまで経っても甘えん坊なんだから」とからかってきたが、人の気も知らないで呑気なものだと思ったものだ。……まあ、彼女と一緒に寝られるのが凄く嬉しかったのは否定できなかったけど。


 それから1年も経つ頃には互いに個室を利用出来るまでのお金の余裕ができて、リーネと同室で泊まることはなくなった。二人部屋もあったが、個室の方がお互いに何かと都合がよかったからだ。


 リーネのそれは年頃の女性として当然だったし、俺たちは恋人という関係でもなく、いつまでもそうしている訳にもいかなかったから。



 リーネとともに冒険者になってからの3年の月日は、長いようで短くもあった。


 薬草を採取したこと、ゴブリンやコボルトを退治したこと、オークやオーガを討伐したこと、同業者や領主軍の兵士たちと合同で野盗を討伐したこと、軟鉄級から黒鉄級へ昇格した時に二人でお祝いに少しだけ豪華な食事をしたこと。その時に俺がお酒で大失敗してしまったこと。


 極光の皆と合同で難度の高い依頼に挑んだこと。


 そんな思い出ばかりが取り留めもなく浮かんでは消えていく。


 ふと天井に向けて右手をかざす。どこからどう見ても普通にしか見えないこの手が、人の血に塗れ過ぎているだなんて皆は夢にも思わないだろう。



 だからこそ、知られたくなかった。

 だからこそ、いつまでも彼女と一緒には居られない。



 俺みたいな化け物は、リーネに相応しくない。



 極光の皆と知り合ってからは1年の付き合いを通してその人柄を見定めた。そして皆は申し分ない程に信頼に値する善人だった。

 ガーレンとヨハンもリーネを美人だと褒めることはあっても、一度としてリーネに情欲の眼差しを向けたことはなかった。元々カトレアやサーナのような美人がいたから慣れていたのだろう。


 彼らに恨みはない。例え皆と知り合わなくてもリーネと共に過ごせる時間は後1年程度引き伸ばせたかどうかだろう。

 リーネの恵まれた剣の才能は、広い世界に羽ばたいてこそより輝きを増す。その彼女を縛り付ける枷にだけはなりたくなかった。

 だからいつかは自分から離れるつもりでいた。ただ未練がましく踏ん切りがつかなかっただけで、こんな俺に皆を恨む資格なんかがある筈もない。




 結局その夜は一睡もできずに皆との約束の時間までだらだらと過ごしていった。




 ◆




 現実はいつだって無常で、永遠にこないでほしいと願う思いなんてどうでもいいことのように出発の時間は近づいてくる。


 宿を出て重い足取りで駅馬車が乗り入れる広場まで歩いていく。今は通りを行きかう人々の喧騒すら妬ましく思えてくる。時間はまだ少し余裕がある。行きたくなかった。行けば彼女に別れを告げなければならないから。それでも歩みを止めることはできない。広場に近づくほど気が沈んでいく。もうどれほどの距離もない。


 広場に着いた。皆が待っているのが見える。極光の皆が手を振ってくる。それに力なく応じて手を振り返す。皆の元へ歩み寄る。


 何かに気付いたリーネの表情が強張っていく。遅れて皆も気付いたようだ。まあ、分からない筈がないだろう。俺は手ぶらでここに来たのだから。


 皆に相対する。最初から答えは決まっていたのにどう切り出せばいいのか分からない。ちゃんと俺の口から言わなければならないのに、頭は何も気の利いた言葉を考えてくれなかった。


「カイト、荷物を忘れてるわ。今すぐ走って取ってきなさい」


 何も言い出せない俺を睨み付けながら、リーネが命令するような口調で告げてきた。その声は微かに震えていて、思わず従ってしまいたくなる。


 それでも、頷くことはできない。もう決めたことだから。


「リーネ、皆……ごめん。やっぱり俺、一緒には行けない」

「何で、そんな勝手なこと言うの……」

「ごめん……。もう、決めたことだから」

「どうしてよっ! 今までずっと一緒にやってきたじゃない! 何で今更そんなこと言うのよっ!」

「ごめん……。リーネ、ごめんな」

「……っ! カイトのバカッ! もう知らない!」


 そんな短いやりとりを経てリーネは足早に馬車へと乗り込んでいった。彼女を怒らせてしまったことに、罪悪感が募っていく。


 俺たちのやりとりを見ていたカトレアが心配そうに声をかけてくる。


「カイトは、本当にそれでいいのね? 後悔しない?」

「俺は、大丈夫だから。……なんて言うかさ、皆が言う広い世界っていうのが、俺にはよく分からないんだ。冒険者になったのだってミラマスやカナバの平穏に少しでも貢献出来たらいいなって、そんな理由だから」


 そんなの嘘だ。一緒に行きたいに決まってる。傍に居たかった。リーネと離れたくなんてなかったし、彼女の望みなら何でも叶えてあげたかった。


 俺に意味の分からない力さえなければ、こんな別れにはならなかったのに。


「そう……。あのね、カイトの事情は私たちには分からないけど、もしもカイトの気が変わったら私たちはいつでも歓迎するから、これだけは覚えておいてね」

「あ……、ありがとう。本当に、嬉しいよ」

「もう、今生の別れって訳でもないんだから、そんなに寂しそうにしないの。カイトはうちの新しいお姫様を泣かせるつもりなの?」


 カトレアが湿っぽい空気を払拭しようと殊更に明るく振る舞ってみせる。彼女はこういう気の配り方が本当に上手い。リーネを安心して任せられると思うほどに。


「そうだよな……。俺さ、さっきも言ったけど、冒険者としてミラマスとカナバの平穏を守るよ。いつかまた皆と、リーネと会えた時に胸を張って誇れるように、その時に後悔だけはしたくないから」

「そうね。その時こそ絶対にカイトを口説き落としてあげる。楽しみに待っててね」

「カトレアみたいな美人にそこまで言われたら、もう頑張るしかないな」

「あー! カイトが浮気してる。後でリーネに告げ口してやろっと」


 カトレアとのやりとりを見ていたサーナが面白そうな顔でからかってくる。こうなった時のサーナは悪い意味ではないけれど厄介だった。


「いや、サーナ。これはそういうんじゃなくて」

「あはは。じょーだんじょーだん。分かってますって」

「からかわないでくれよ……」

「カイトはリーネ一筋だもんね」

「いや、それはあの……」

「そこで否定しないのがカイトらしいよね」

「もう勘弁して下さい……」

「サーナだってヨハンと結構いい感じなんだから、あんまり人のことを言えないんじゃないの?」


 幾分か和らいだ雰囲気にここぞとばかりにカトレアがこれまた面白そうな顔で追撃を仕掛ける。しかしその対象は俺ではなくサーナだった。


「よ、ヨハンとはまだそういうんじゃないから!」

「まだ?」

「あ、あれ? なんか弄られ役が私に変わってる?」


 己が攻められた途端に狼狽し始めたサーナの横でヨハンは恥ずかしげに顔を赤らめている。その様子だけを見ればヨハンは本当に女性のように見える。


「サーナが調子に乗るからだよ……。なんか僕まで恥ずかしくなってきたんだけど」

「いつもの調子が出てきたじゃねえか。別れなんてこんなもんでいいんだよ」

「ガーレンが珍しくまともなこと言ってる……」


 対象を逸らす為にガーレンを弄りだすサーナ。回避主体のレンジャーらしい身のこなしだった。


「おいサーナ。そんじゃ俺がいつもはバカみてえに聞こえるだろ」

「じょーだんじょーだん。ほら怒らないの、ね?」

「子供か俺は!」


 そんな楽しいやりとりも唐突に終わりを告げる。出発の時間が近づいていた。


「あー、お客さんがた。すいませんけどそろそろ出発の時間になりますんで……」


 馬車の御者が言いにくそうにしながらも急かすようにそう告げてくる。


 現実はいつだって無情だ。いつまでも続いてほしいと思う時間ほど早く過ぎ去っていく。それでも、笑って送り出してやらないと。


 カトレアが言ってくれたように今生の別れじゃないんだから、悲しい別れにだけはしたくない。


「皆がさ、ミラマスまで名声が届くような活躍ができるように祈ってるよ」

「ありがとうカイト。それじゃ私たちはもう行くね」

「さよならは言わないよ。カイトは僕らのパーティーが予約済みだからね」

「リーネが居ないからって、他の女の子に目移りなんかしちゃダメだよ」

「んじゃまたな、カイト」

「ああ、皆も元気で」


 挨拶を済ませると皆も馬車に乗り込んでいった。たったそれだけの行動が、自分は本当に一人ぼっちになってしまうのだと思い知らされるようで、堪らなく寂しくなる。


 それでもリーネに思いを伝えなければ。彼女と喧嘩別れだけはしたくないから。


 出来うる限りに声を張り上げる。誰よりも愛しいリーネに、ちゃんと伝わるように。


「リーネッ! 君の無事と活躍をいつも祈ってるっ! いつかリーネが帰ってくる時まで俺がミラマスとカナバの平和を守ってみせるから、こっちのことは何も心配しないで!」



 俺の言葉にリーネが弾かれたように窓辺に顔を寄せてくる。その瞳には微かに涙が滲んでいて、彼女を泣かせてしまったことに胸が張り裂けそうになる。



 ゆっくりと馬車が動き出す。千切れんばかりに手を振ってみせる。皆を笑顔で見送りたいのに、涙が頬を伝う感触に不甲斐なさばかりを感じてしまう。


 リーネの口元が微かに動いた。その愛しい声は聞こえないけれど、彼女が何を言ったのかはよく分かった。



 ――カイトのばか。



 最後までリーネを悲しませてしまって、己の無力さが本当に嫌になる。


 一緒に行きたかった。それがリーネの望みなら、何に代えても叶えてやりたかった。


 そうやって自分の決めたことをすぐに後悔して泣いてしまうくらいには、俺はリーネのことが大好きだった。





 俺はリーネの傍に居られれば、ただそれだけで幸せだったんだ。

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