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ミホの理由

 


「私は冒険がしたいんです」

「……冒険?」

「はい」

「それって『まだ見ぬ何々をー』とか『伝説の何々をー』っていうのを探す冒険?」

「それだけじゃないですけど合ってはいます」


 ミホは大真面目な顔で頷いた。

 だが僕は全く理解できなかった。わざわざ危険犯してまでやる意味はないだろう。

 確かにこのヨコハマにも、旧文明の遺跡とそこに眠る遺物を探し求め、売ることで生計を立てる冒険者と自称する集団は存在する。しかし、ミホの住むトウキョーには探すまでもなくその遺物とやらが、しかも新しいやつが現存している。


「トウキョー育ちの君には遺物はただ古いだけの物だと思うんだけど」

「わーかってませんねー?」


 ミホがちっちっちっと舌を鳴らしながら人差し指を左右に振った。そしてだんっと仁王立ちに立ち上がると叫んだ。


「冒険! そこに求めるのはロマン! まだ誰も見たことのない風景を! 財宝を探して始まる旅! ある時は氷に覆われた山を越え、又あるときはマグマの煮えたぎる地中へ潜る!

 冒険! そこに求めるのは神秘! 心震える風景を! 心踊る財宝を探して始まる人生!」


 朗々と語り終えた彼女は満足気な顔で余韻に浸るように目をつぶり、腕を組んでムフーッと鼻から息を吐いた。

 僕は彼女の勢いに押されて取り敢えずと手を叩いた。狭い部屋の中央で少女が仁王立ちし、空しくも僕1人の拍手だけが鳴る。


「それで?」

「えぇ………今のを聞いてワクワクしたりドキドキしたりしなかったですか?」

「いや全然」


 僕の白けた空気を悟ったミホは唇を前に突き出した。勿論キスなどではなく不満を表した顔だ。


「男のくせにロマンを感じないとはケルンさんもダメダメですね」

「そもそもロマンってなにさ」

「答えにくい説明を求めるのはやめてください!」


 ミホは理不尽にも怒って1人でプンスカしている。だがそこそこ他人の考えに寛容な僕にも分からないものは分からないのだ。


「なんでそんな命を危険に晒すようなことをするんだよ? 目的もあやふやだし非生産的にも程があるだろ」

「ロマンを求めるのに金銭の話はナンセンスです!」

「なんだかよく分からないけど僕にはロマンというのがそれほどの価値があるとは思えないな」

「未知への探究心とかないんですか!」

「でも大抵のことはマサヒロがしってるからなあ………」

「ぐぬぬ」


 なぜかミホは僕にも賛同を得たいようで、必死にあの手この手で説明を加えながら僕に理解させようとしてくる。曰くトウキョーにも残ってない遺物は沢山ある、だとか。曰く理由がなくとも感動して涙を流したくなるような光景がきっとある、だとか。

 最初は楽しそうに話しているので聞いてあげていたが、あまりにもしつこいから、バッサリ切った。


「結局ミホは僕に賛同させてその『冒険』とやらに巻き込ませようとしている訳だよね?」

「するどいぃぃぃ!」


 ミホは頭を抱えて叫んだ。どうしてばれていないと思ったのか不思議でならない。それにうるさい、何をするにも元気な奴だ。

 僕は朗らかな顔で間抜けな彼女の肩を持った。ミホにはひどくうざったい顔に見えただろう。


「諦めてね」

「そんなあー」

「あと明日は朝食食べたらすぐ出てってね」

「そんなあっ!?」


 僕はランプを消すと、ギャーピーと喚く彼女に背を向けて固い床の上に横たわった。



 §  §  §



 朝起きてまず気付いたことは2つ。1つはいつの間にか毛布がかけられていたこと。もう1つはミホがロープをもって脇に立っていたこと。


「何をしようとしているのかな?」

「げっ! 起きた!」


 その発言を聞いて黒だと判断した僕は、無言で立ち上がりつつ、ミホからロープを絡め取って逆に縛りつけた。それから僕にかかっていた毛布で更に簀巻にする。


「ちょっ! ここまでします!?」

「僕は朝食にするからそこで反省しててね」

「うわーんごめなさい! 2度と変なまねはしないから許して! お慈悲を!」

「どんだけ飯を食べたいんだよ」


 僕は朝食という単語を聞いて急にどったんばったんと跳ね始めたミホを部屋の隅に転がしてから、朝食の用意に取りかかった。

 僕達ヨコハマに住む人の主食は芋類だ。他に稲や小麦を栽培してはいるが、稲は水を引く必要があるし、小麦は芋より育ちにくく稲より収穫量が少ないといった理由で、数は多くない。

 僕は床下のスペースからじゃがいもを取り出した。それから慣れた手付きで皮を剥いていく。綺麗な螺旋状になった皮を流しの隅に追いやり、その上で芽を削っていく。

 桶に少量の水を掬い、その中で擦って汚れを落とし、それを5つ用意した。そして潰し水を加えて練る。普段は茹でてからやるのだが時間もないのでこれでいい。

 固さの残るじゃがいもの上にいくつかの野菜と、昨日取ったばかりの肉を乗っけて、フライパンに並べた後コンロの上に置いた。

 コンロの下の元栓を開けてつまみを捻れば、ぼっという音とともに火がつく。蓋をすれざ後は焼けるのを待つだけだ。


 湯気をあげる料理を持ってきた僕に、一部始終を見ていたであろうミホが首だけをもたげて声をかけてきた。


「随分と適当な料理だったけど大丈夫なの? 特に衛生面とか」

「普段は前日のうちに準備しておくんだけどね」

「嫌みかっ!」

「まあでも今まであたったことはないから大丈夫だよ」

「ケルンが大丈夫でも私が大丈夫な保障はないだけど」

「そもそも君は食べないから大丈夫でしょ?」

「え?」

「え?」


 ミホの顔がさっと青くなったのが目に見える。そこまでのことか。途端に先程まで静かにしていたミホが再び騒ぎだす。


「鬼! 鬼畜! 私昨日から何も食べてないんですよ!? お陰で夜も満足に寝れなかったんですよ!?」

「じゃあお家に帰りな。家で家族が暖かいご飯を用意してまってるよ? その前に説教くらうだろうけど」

「いややいややあ!」


 本格的に煩くなってきた。流石に早朝から騒ぎ過ぎるのもまずいと思い、「仕方ないなあ」とあらかじめ用意していた皿をミホの前に置いた。


「ほら食べないよ」

「本当ですか! やったあ!」


 これで一段落である。


「………あのう、ケルンさん」

「…………」

「これ解いて欲しいんですけど………」

「…………」


 僕は無言で顎をしゃくった。


「このまま食えと!? どんだけSなんですか! いいんですかケルンさん、この様子を誰かに見られたら誘拐だと思われますよ?」

「見られて困るのはミホもだけどね」

「きしゃー!」


 昨日の仕返しだ。

 結局ミホが朝食にありつけたのは、彼女が本気で手を使わずに食べ始めようとした時だった。



 §  §  §



「ケルンさんどこ行くんですか?」

「狩りだよ」

「ってことは森に行くんですか? 私もお供します」

「いいやミホは帰りなさい。何さらっと居着こうとしてるわけ?」

「甘いですね、私は勝手について行きますよ?」

「戻ってきた時にまだいたら蹴りだすからね」

「ついに無視し始めましたか」


 彼女を尻目に僕はさっと装備を整え、武器の点検を始める。昨日できなかったから何時もより少し注意して行い、結局10分近く費やした。


「終わりましたか!」

「…………」


 僕が準備を終えたところで振り向くと、ミホが腰に手を当てて待っていた。服を着替えて。


「なにそれ」

「軍も使用している迷彩柄戦闘服です」

「どうやって手に入れたのさ」

「普通に買えますよ? 高かったですけど」

「はあ……」


 確かに丈夫で動きやすそうではある。が、だからといって技術を持たない素人がついてきて狩りができるわけはない。それに森にはこの程度の防御力を破る動物の方が多い。はっきり行って危険だ。

 だが、止めても聞かないだろう。それなら一度危険な目にあった方が良いだろう。幸い昨日の収入が大きかったお陰で今日は浅いところで狩りをするつもりだった。浅いところなら人を一撃で殺してしまうような大型で危険な動物はまず出てこない。それから穏便にお帰りいただこう。世迷言でトウキョーに住めるという生まれつきの特権を捨てることはない。


「僕はミホのことを待ちはしないし助けもしないからな」

「大丈夫ですよ! 私も迷惑かけないように気を付けますね!」

「着いてくること自体が迷惑だと気付いて貰えるとうれしいなあ!」

「それは無理です」


 僕は呆れ半分諦め半分で「行くぞ」と喜び勇むミホに声をかけて家を出た。





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