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出会い

 



 マサヒロの家はヨコハマの中心部から少し離れた小高い場所に建っている。

 見晴らしが良く天気が良ければ微かに海も見える。空を飛ぶ色取り取りの怪鳥を眺めながら坂を上り終えて、一番てっぺんに立つ白い壁の家のベルを鳴らした。


「おーいマサヒロー、サクラー? 今日も来たよー?」


 だが中の住人に声をかけても返事がない。いつもだったらマサヒロの孫のサクラがドアを開けて飛び出してくるのに。待ち構え損してしまった。


「出かけてんのかな? おじゃましまーす!」


 僕はノブに手をかけて家へ入った。普通だったらマナー違反だけどほとんど毎日通っていると、こういうのも許される仲になる。ここで住まないかという誘いは断っているけど。

 玄関に靴はない。やっぱり出掛けているみたいだった。

 僕はいつも通り装備を外して槍やリュックと一緒に玄関の済みに置いた。そして靴を脱いでリビングへ向かう。サクラがいるから帰ってくるのが夜遅くになることはないだろうし、泊まりがけで出掛けるなら流石に僕にも何か教えてくれているだろう。帰ってきた時にお茶でも出せるように準備をするのだ。


 そして僕がリビングの扉を開けたと同時に視界一杯に紙吹雪が舞った。


「「ハッピバースデー!」」

「うわっ!」

「えへへ! びっくりした?」

「すまんのう、サクラがどうしてもサプライズがしたいと言ってな」

「なんだそういうことか……」


 リビングで待ち構えていたのは白い髭をたくわえたマサヒロと、桜色の頭を現在僕のお腹にグリグリと押し付けているサクラだ。つまりは今日の僕の誕生日をお祝いするためのサプライズだったのだ。

 僕はサクラの頭を撫でながら「ありがとう」と伝えた。それから両脇に手を差し込んで持ち上げて、右腕にそのまま座らせる。サクラはこの抱っこの体勢が一番好きなのだ。サクラは無邪気に笑って僕に抱きつく。


「祝ってくれるのはありがたいけど、少し早くない? まだお昼すぎだよ?」

「大丈夫じゃよ、お菓子はたんと用意してある。今日ぐらい飯じゃなくてお菓子やケーキで腹を膨らませてもいいじゃろう」

「あのねー! あのケーキあたしが作ったのよ! シェチおばちゃんに教えて貰ったの!」


 僕の首に腕を巻き付けていたサクラが再び視界の中に登場する。指差す方を向いてみれば3段に重ねられた白いケーキがテーブルの中央に鎮座していた。


「ええぇ!? でかっ! すごっ! ほんとにサクラが作ったの!?」

「すごいでしょ! さくらんぼのケーキよ?」

「サクラは可愛いし天才だなあ!」


 サクラは満面の笑みを浮かべて胸を反りかえらせた。サクラは今年で8歳になるわけだが、8歳でこれなら確かに自慢できる。僕はたまらずサクラを左腕を使って抱き締めた。本当に出来た子だ。それから抱き締めている間に、バター砂糖さくらんぼ生クリーム等々莫大な出費を重ねたであろうマサヒロに目で感謝の気持ちを伝える。

 マサヒロは郊外に住む人にしてはかなりお金持ちのようで、そういうことは深く気にするなと言っていたし、サクラのいる前でそういうことを気にするのは逆にタブーだろう。

 ハグが終わってからゆっくりとサクラを床に下ろす。頭をもう一撫でするとサクラは満足したのかリビングのテーブルのソファーに飛び乗り、自分の隣をぽんぽんと叩いた。


 これが今の至福の一時。



 §  §  § 



 3人だけの慎ましいパーティーは夜まで続いた。いつもは空鯨が雨を降らす夕方になると帰るのだけど、今日はやたらサクラがべったりしてくるのでこの時間まで残ってしまった。


「ねえ? ほんとのほんとに泊まってかない?」

「これサクラ、お主何回言うつもりじゃ。流石にケルンも困るじゃろう?」

「でもー」


 帰る間際になってサクラが僕の腰に引っ付いて駄々をこね始めた。両腕を腰に回し、足はがっちりと僕の右足に絡ませている。その上うるうるとした瞳で見つめられると流石に堪らない。

 見兼ねたマサヒロがやんわりと注意するのだが、サクラは口をすぼめただけで手を離してはくれない。


「ごめんねサクラ」

「こやつお主のことになると急に子どもっぽくてかなわんのじゃ」

「あたしは子どもっぽくないもん」

「すまんのう」

「とんでもないよマサヒロ、今日はとっても楽しかった。それに………これも貰えたしね」


 僕は自分の頭に付けた銀の髪飾りを指差した。男で髪飾りは変だと言われるかもしれないけど、この二重波線というシンプルなデザインは鏡を見た限り違和感もない。何よりサクラが僕にくれたプレゼントなのだ。純銀のこれを買うのはいくら裕福なマサヒロの家の子でも、かなり無理をしてお小遣いを貯めなければならなかった違いない。

 僕は膝を折ってサクラの顔の高さに合わせた。


「ごめんね、サクラ。僕はもう帰らないと行けないんだ。明日も狩りがあるからね」

「1日くらい休んじゃだめなの?」

「ごめんね?」

「………うん」


 サクラは本当にしぶしぶといった表情で僕から手を離した。


「じゃあまた明日。今日は本当にありがとう!」

「ばいばい!」

「気を付けて帰るんじゃぞ」


 それから玄関の角に置いてあった装備をリュックに詰め込んで、空いた手で槍を持って家を出た。



 ヨコハマの夜は明るくはない、というか暗い。が、静かでもない。夜目がきく人が大勢いるからだ。むしろ夜行性で夜を主な活動時間にする人も多い。かくいう僕も夜目がきくから、月明かりだけでも充分見える。

 今夜は快晴のようで、東の空には青い月、西の空には赤の月がぽっかりと浮かんでいて、さらには満点の星空がバッチリ見える。むしろ夜目のおかげで眩しいくらいだ。


 そして、ぼんやりと空を眺めながら、水路脇の道を通っていた時だった。

 ────ポチャン

「……?」


 脇の水路で水の跳ねる音がした。水路といってもそこまで大きいものでもないので生物は住んでいないし、かといって石を蹴った覚えもない。


「あっやば」

「??」


 そして僕が立ち止まってすぐに今度はハッキリと声がした。女の子の声だ。辺りをざっと見渡すと、確かにいた。水路に渡してある前方の板の向こう側に、雑多に積まれた資材に隠れるようにして座っていた。

 僕に見つかったことに気付いたのか、その子は慌てて板を渡って向かいの道へ駆け込もうとしたので、取り敢えず僕は捕まえることにした。

 右手に携えていた槍を逆さまに持ち、柄をその子こ上着に引っ掻ける。それから先を円を描くように回すと、ただの棒でも上手く服にからめられるのだ。


「うきゃん!」


 彼女は走っていた状態から唐突に上半身だけの動きを止められたせいで、足だけが前に行ってしまい、上半身から後ろへ倒れこんだ。そこをさっと近寄って支えつつ、ちゃっかり腕を捕まえて動けないようにする。そしていっそう慌てたのが彼女だ。


「ちょっ! 出会い頭になにするんですか!」

「人が来ると隠れて、見つかると『やばっ』って言って、慌てて逃げ出す、っていう怪しい人を捕まえてみただけだけど何か?」

「うぬぐ………わ、私は何もしてません!」

「悪い人は皆そう言うらしいよ?」

「ふぬぐぅ……」


 彼女はしばらくじたばたと抵抗していたが、動けないことが分かったのか脱力した。それを見計らって拘束は解かないまま訪ねる。


「で? どんな悪いことをしたんだい? 未遂なら自警団に突き出さないでおいて上げてもいいけど」

「私は犯罪なんかしてません!」

「じゃあなんでこそこそしてたのさ?」

「それは………」


 どうにも煮え切らない態度をとる彼女に違和感がます。そしてはっと気付いた。


「もしかして……」


 彼女の拘束を一度解いて、こちらを向かせた。するとぱあっと嬉しそうな顔をする彼女。何を勘違いしているかは分かるが違う。


「逃がしてくれるの!」

「いーや違うよ」


 彼女の希望をバッサリと切り捨てた僕は数歩後ろに下がって全身を視界に収める。

 彼女の服装、それはブレザーと呼ばれるものだった。見慣れない服装だが見覚えはあると思ったんだ。マサヒロが懐かしげな目で眺めていたアルバムに載っていた、『女子高生』が着ているやつだ。夜だから色は分からないが、あの特徴的なデザインは他にないだろう。

 だがヨコハマに『学校』というのはない。今の時代で学校があるのは────


「君トウキョーから来たのか」

「ぎくっ!」

「わざわざ分かりやすいリアクションをありがとう。つまり家出というやつか」

「ち、ちがうしー」

「あっそう、じゃあ取り敢えず自警団のとこまで行こうか? 向こうの警察?とやらと連絡手段があるらしいから」

「わああ! 待ってごめんなさいそうです家出してきたんです!」


 今度は彼女の方から僕を捕まえようとしてきた。すがるように足にへばりついて僕を自警団のところまで行かせないつもりだ。こちらとしては少し声を出して人を呼べばそれで終わってしまう話なのだけど………


「おいっ! お前ら何をしている?」

「どうした? 何があった?」

「「えっ?」」







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