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プロローグ

ちょい長め

 

 あの日世界は変革された。


 大地が動き、海が割かれた。

 赤い月と青い月が突然現れ、毎日のように星が降るようになった。

 植物が奇形に変化し、動物達も皆新たな力を手に入れた。

 あるものは大きく、あるものは小さく。

 あるものは形を失い、あるものは頑強な体を手に入れた。

 人も同じこと。


 あの日世界は変革された。

 世界の頂点に立っていた人類は衰退し、世界は混沌に陥った。



 §  §  §




 新歴196年 第5期3週目5日 森林地帯 集落周辺


「ケルン! そっち行ったぞ!」

「任せて!」


 セスティの声と同時に僕が待ち構えていた地点へ白い兎が飛び出してくる。今日の晩御飯だ。それだけじゃなく衣服の材料にもなる。

 白兎は体長80センチぐらいの丸い体から生えた短い脚をちょこちょこと動かしながら、半ば転がるように僕に向かって突進してきた。

 愛らしい体躯とは裏腹にこいつの突進は地味に厄介だ。モコモコした毛のせいで実際の体の輪郭が分かりずらいし、転がっているせいでうまく攻撃を合わせないといなされてしまう。

 でも───


「てりゃあ」


 右足を後ろにひいて半身になった後、若々しい掛声と共に斜め上から槍を振り下ろした。穂先が白兎の体を打つと少し跳ね返って逆さまの状態で止まった。そこに後から追いかけてきたセスティと、僕とは別の場所で待機していたリオが頭目掛けて手持ちの武器を振り下ろす。

 鈍い音と共に白兎が痙攣して動かなくなったのを確認すると、得意の斧を肩に担いでセスティがにっと笑った。


「やったじゃないかケルン! 初めての狩りだってのに一人前に働いて!」

「当たり前だよ、どれだけ練習したと思ってるの?」

「ははは、ケルンは勇ましいなあ。俺なんて最初ん時はびびってなんもできなかったぜ?」


 そう、今日は記念すべき僕の初めての狩りだったんだ。

 僕の住む集落では12歳になって初めて狩りが出来るようになる。といってもあくまで最低12歳という話しで実際に12歳で狩りに出る子は少ない。

 僕はずうっと狩りに出たくて、4つ上のセスティと3つ上のリオに混じっておじさん達と一緒に練習してたんだ。そしたら僕はもうばっちりだから狩りに出ていいって言われたんだ!


「ふたりとも、喜びたいのはわかるけど早くこれ血抜きして持って帰んないと。ほらセスティも顔に着いてる血を拭いて」


 そう言うとリオは背負っていたバックから色々器具を取り出し始めた。

 リオはすごく頼りになる。頭に生えた猫耳のお陰か耳が良いし、耳と同じ色をした黒い尻尾を使って高いところでもバランスを上手く取れる。おまけに頭が良くて真面目だ。

 集落には何匹か猫がいるけど自由奔放なあいつらとは似てもにつかない。僕が実はセスティよりもリオの方が大人びていると思っているのは秘密だ。


 ともかく僕も血抜きを手伝う。僕達子供じゃ1人で血抜きなんて重くて出来ない。できるのはゴリラとかみたいな怪力な血種を持った人だけだ。

 僕はリオから解体ようのナイフを貰うと、兎の下腹部辺りに手を突っ込む。すると思っていたよりすんなり兎の体に手が届いた。


「やったよ! こいつ思ってたより肉が多い!」

「おじさん達が喜ぶな」

「これは血抜き大変そうだな」


 セスティとリオも嬉しそうに頬を緩めた。やれやれといった感じで話しているリオもこういう時は顔に表情が出るから面白い。


 喜んでばっかりじゃ日が暮れてしまうから、そろそろ作業に入ることにした。

 ナイフを逆手に握ってさっき探った下腹部へ突き立てると、そこら一気に股下まで切り下げる。横からセスティが体内に腕を突っ込んで腸を引っ張り出す。

 その間にリオは白兎の足の骨を外してから縄で縛って、近くの木の枝に滑りやすいよう布を巻いた後にその縄を引っ掻ける。


「準備おっけー」

「よし、じゃあやるぞ。せーのっ」


 白兎とは反対側に垂れ下がった縄を思いっきり下に引くと、白兎の体が持ち上がった。セスティとリオが踏ん張ってプルプルしている間に、僕は素早く縄の先をくくりつけて固定した。

 手を離した2人がフッーと息をはいた後、セスティが一際大きいナイフを持って、吊るされた白兎の背中側に周ってから喉笛をざっくりと切り裂き、そこからダボダボと血が溢れでてくる。

 これで血抜きは完了、後は待ってから集落に運ぶだけ。

 僕たちは血が飛んだ顔を見合せて、達成感を滲ませながら言った。


「「よし!」」



 §  §  § 



「おい、なんかへんじゃないか?」

「ん?」


 一番初めに異変に気が付いたのはリオだった。

 リオの指差す方向、つまり僕たちが目指していた集落の方を向くと、鬱蒼と生える木々の上から煙が立ち上っているのが見えた。


「煙?」

「ご飯の準備でもしてるんじゃないのか? 今日はケルンの初めての狩りだしお祝いでもするんじゃねえの?」

「いや、それにしたって多くないか? あんなにもの燃やすスペース無かったはずだけど」


 あの変革後、人類種の生活範囲は驚くほど小さくなった。都市と呼ばれる一部を除いて、ほとんどの人類種は200年前の遺物を拠点にして暮らしている。僕たちの集落もそのうちの1つで、他の動物達から身を守れる安全地帯は狭く、火をたくさん使えるようなスペースはそんなにない。


「ってことは……」

「火事ってこと!?」

「急いで手伝いに行くぞ!」


 先頭を歩いていたセスティが白兎を吊るしている棒を担ぎ直すと、足を早める。いつもは冷静なリオも焦ったように歩幅を広げた。

 火事は9年前にもあったらしい。僕は当時小さかったから覚えてないけど、おじさん達の話しではそれはもう大変なんだそうだ。

 僕たちの住居は木と動物の皮を鞣したもので作っているから燃え易い。加えて住居の間隔が小さいから一度火事が起こると集落に一気にもて広がってしまう。

 当時は火事を収めるために、周りの住居をわざと壊してそれ以上被害が大きくなるのを防ぐのでせいいっぱいだったそうだ。

 近づくに連れて煙の数は増えていき、一つ一つの煙も大きくなっていった。これはもう絶対にご飯の準備なんかじゃないってのは目に見えて分かった。

 僕たちは必死に足を動かした。家が焼ければしばらく野晒しで寝ることになる。僕たちみたいな元気が余ってる奴は大丈夫かも知れないけど、女の子やまだ小さい子どもたちにはきっとつらい。かといってご飯を置いていく分けにもいかなかった。食料の蓄えが焼けているかも知れないからだ。


 ────だけど、現実はもっと悲惨だった。


「なんだこれ……」


 先頭を走っていたセスティが呆然とした声で漏らした。その後ろにいたリオも足を止めて何も言えずに立ち尽くしていた。

 一番後ろを走っていた僕は2人の体で隠れてよく見えなかったから、少し体を横にずらして、遅れてその光景を目にした。そして何も言えなくなった。多分呼吸も止まっていた。


 集落の家は燃えていた。パチパチと火種を飛ばしながら赤い炎が揺らめいていた。

 地面も赤かった。てらてらとした液体が、血が炎の灯りを反射して気持ち悪く浮かび上がっていた。

 その赤い舞台の上で惨劇は起きていた。

 空を飛び交っていたのはガパスだ。この辺りにならよく見かける、赤ちゃんくらいなら丸のみにできるでっかい黒い鳥だ。そいつが何十、もしかしたら何百って数集まって、集落の上でギャアギャアと騒ぎ立てていた。

 その下で僕たちの仲間が追い回されていた。追い回していたのはゲシューだ。青紫の鱗を纏った四つ足の害獣、村長の持ってた本に書かれていた。やつらは快楽で狩りを行う。無意味に食い散らかしていき、その余った肉をむさぼるために辺りの数の多い肉食種が集まる。


 僕らが呆然としている間にも惨劇は続いていた。

 よく釣り自慢をしていたカシュおじさんが脚に噛みつかれて転んで、上からのし掛かられて悲鳴をあげた。ここからは痙攣する脚しか見えなかった。

 一昨日6歳になったばかりのテンとその母親で、僕たちにも優しかったランさんが2人で走ったいた。けれどもすぐ追い付かれると分かったのか、ランさんはテンの背中を押して先に行かせると後ろから迫るゲシューに棒切れ1つを持って対峙した。そしてその隙に空から降ってきたガパスがテンを押し倒して頭を啄んだ。後ろを振り向いたランさんもすぐに腹を食い破られた。

 村から飛び立つガパスの口には色々なものが咥えられていた。腕、脚、頭。目の良い僕にはそれが誰のか全部分かった。

 あのピンクのブレスレットが着いた腕はセンのだ、三日前にエミーからプレゼントを貰ったってはしゃいでいた。あの脚は多分村一番の狩人だったセレスさんのだ、昔野犬に噛まれた傷あとがくっきり残ってる。あの頭は村長のだ、長い髭をいつも自慢げに撫でていた。


「あっ、あっ、あっ………」


 ただ喘ぎ声しか出せなかった。怖いのか悲しいのか分からなくなって、だけど叫ぶことすらできなかった。

 森の端で暫く呆然と立っていると、唐突にセスティが「逃げるぞ」と言った。


「えっ?」

「逃げるぞっ!」


 有無を言わせぬ形相でセスティは僕たちに怒鳴りつけると、白兎を道端にほっぽりだして走りだした。混乱していたけれどその時初めて僕も気付いた。集落の真ん中にいた一匹のゲシューが僕らの方を見ていたのだ。

 気付かれてるっ!

 だけども僕はすぐには走り出せなかった。


「リオ! 何してるの! 早く逃げようよ!」

「っ! ケルン、リオはもう無理だ。置いていくぞ」

「は!? 何でさ! 皆で逃げないと!」

「顔見てみろ! そいつはもう死んでるようなもんだ!」


 肩越しに見たリオの顔は正しく″無″だった。ぽっかり魂でも抜け落ちたみたいに乾いた顔をしていた。

 ───クォオオオ

 リオのその顔に息を飲むのとほとんど同時に、集落の真ん中で僕らに気付いたゲシューが甲高い鳴き声をあげた。十中八九仲間を呼ぶ声だ。


「時間がねぇ! 急げケルン!」


 僕は動く気配もないリオと、背を向けたセスティと、数を集めて迫ろうとするゲシューとを見て逡巡し────リオを見捨てた。

 おじさん達が言っていた。いざとなったら自分の命を優先しろって。セスティは半分大人だからすぐに思い出したんだと思う。

 遅れて駆け出した僕はすぐにセスティに追い付いた。血種的に運動能力が高いのもあったけど、セスティが僕が追い付くまでゆっくり走ってくれたおかげだ。


「おい、ケルン! お前村長のとこにあった本は全部読んだんだろ!? なんかいい案ないか! このままじゃ追い付かれる!」

「えーと、あいつら基本群れで行動するから、本体と離れすぎると諦めて帰るらしい!」

「それってどれくらい離れればいいんだ!?」

「確か2キロぐらい!」

「くそったれ!」


 並走しながら話す。僕はよく村長の家に入り浸って、今となっては貴重な本を読み漁っていた。

 だけどその知識は今は役に立たない。2キロも離れる前に追い付かれるのは目に見えているからだ。後ろを振り向けばほんの200メートルしか離れていないところを3匹のゲシューが走っている。奴等は狩りが上手いから実際は他にもいて待ち伏せしているかもしれない。


「こうなったら一か八か二手に別れようよ!」

「お前本気でそれ言ってんのか!」


 動物っていうのは基本的に弱い獲物から襲う。快楽で狩りをするゲシューにも通じるかは分からないけど、今二手に別れれば僕の方に寄ってくる可能性が高い。そうすればセスティが助かる可能性も高くなる。


「2人で死ぬより1人は生き残った方がいいでしょ!」


 正直言って怖くない訳じゃない。でも1人助かる可能性があるなら絶対そっちに賭けた方がいいし、興奮しているお陰か恐怖もそこまでひどくなかった。

 セスティは自分が助かるために僕を犠牲にする事に納得できないようで、苦しそうに眉を潜めていた。だから僕は彼が悩んでいるうちに押しきることにした。


「それじゃあオーケー? 僕は左に行くからセスティは右に行ってね? ゴー!」

「はっ? おい待てっ………くそっ!」


 困惑と苛立ちを滲ませながらも僕とは反対側に足音が去っていくのを聞いてほくそ笑む。後ろを向けば3匹とも僕の方についてきていた。さらに頬が上がる。万事上手くいっていた。



「ほっ! とっ! りゃっ!よいしょっ!」


 吹っ切れたお陰というのか、存外僕は3匹相手に上手く立ち回れていた。愛用の槍を軸に使って、木に登ったり降りたり、回り込んだり跳び跳ねたりと、奇っ怪な動きで翻弄する。なんとなく楽しくなってきた。

 5分ほどそうしているうちにそろそろ2キロ近くまでやって来た。森の中で狩りをするために、僕たちは距離を正確に測れるように訓練していたからわかった。


「せいっ!」


 不意を突いて槍の先で地面を掬い、目潰しを成功させる。その隙に背中を無防備にさらして全力で駆ける。

 少しだけ森を抜けた。森には時たま木々がなくなった原っぱがあって、そのうちの1つであるここを通り抜けた先の森は村から2キロを超えた地点だ。向こう側までおよそ100メートル。

 100メートルを追い付かれずに走りきれるかどうか。


「よし! 行く────」


 そして原っぱに足を踏み入れた時、視界の隅を()()がよぎった。顔がそちらに向けられる、逃げるためには前だけを見て駆けなければならないのに、目がそれを掴んで離さない。

 そこには地面に刺さった血みどろの斧と、一心不乱に血肉を食い荒らす青紫の鱗と、恐怖に染まったセスティの頭部が転がっていた。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!?」


 僕の中で何かが千切れる音がした。そこから先はあまり覚えていない。




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