4.俺はマッパでウィットもマッパで
前回のあらすじ
魔王城に泊まることになった
「ふぅ〜」
セバスチャンさんに軽く城内を案内してもらい、取り敢えず今日は各々長旅の疲れを癒そうという事になった。
それにしても何ヶ月ぶりの風呂だろうか、長く旅をしていると風呂に入れない事はかなりのストレスになってくる。魔法により身体の清潔は保てるが、やはり日本人である限り湯船が恋しくなってくるのだ。
「今日は疲れたなぁ」
魔王城に挑む為の準備を徹底して、いざ扉を開けてみれば、二度と会えないと思っていた姉さんに会って、しかも姉さんが魔王になってて……
考えれば考えるほど破茶滅茶な日だと思う。
「まーいいや、取り敢えず休も」
こういう時は休むのが一番だ。取り敢えずここは安全だから、今日はゆっくり休んで明日以降考えればいいかな。
窓からは満天の星空が見えた。こちらの世界の星空も負けず劣らず綺麗だった。もっとも、俺が元の世界で住んでいたのはそこそこの都会だったので、満天の星空なんてテレビでしか見た事がなかったが。
元の世界と明らかに違うのは、こちらには月が2つあるという事。片方は青く光っていてもとの世界の月と同じくらいの大きさの"コロン"、もう一方は赤く光っていて少し小さい"マグナ"。そういえば以前寄った村でそこの村長からこんな話を聞いた事がある。
「コロンは我々人間の魔力、マグナは魔物の魔力の源である。故に魔物と戦うときはコロンが満ち、マグナが欠ける刻を待つがよい」
この話の真偽はわからない。ウィットはいつでも強力な魔法を使えたし、それらはしばしば雑魚敵には過剰火力だった。
今日はどちらの月も半月だった。もしあの村長の言う通りにしていれば、姉さんはウィットの魔法で消し炭になっていただろうか?
「それにしてもこの風呂でかいなぁ」
意味のない空想はやめにして、改めて浴場を見渡す。昔行ったスーパー銭湯並みの広さがあんじゃないか?余裕で泳げる広さがある。
もちろんこれも姉さんが造らせたものだ。風呂に入るのは姉さんだけ(魔物は当然風呂なんて入らない)なのに、なんで大浴場にしたんだよ。
風呂場は広いが男湯女湯に分かれてはいない(姉さんしか入らないのだから当然だが)ので、みんなには先に入ってもらって、今は俺の貸切状態となっていた。
広いところに一人でいるとなんだか寂しく感じるので、そろそろ出ようとしたその時。
「ん、ここがお風呂場ね」
脱衣所から声が聞こえた。
あれ、なんか嫌な予感。
「あら、案外ちゃんとしてるのね」
俺は耳をそばだてる。リリコレッジェーロ。少なくとも男性の声ではなさそうだ。って事は……
「もう…….みんなしてなんであんなに仲良くなってるのよ!信じられない!」
衣擦れの音が聞こえる。ああそうか、ウィットは気を失ってたから風呂に入ってないんだな。
まずい。只々だだっ広いこの浴場に隠れる物陰なんてない。このままだと……
「まるで私が悪者みたいじゃない!」ガラガラガラ
「…………」
「…………」
ばっちり目が合った。そして俺の目線は引き寄せられるように下へ向かう。いや、誤解しないでくれ、別に見たかったわけじゃないんだ。目が勝手に動いてしまっただけなんだ。
ウィットの一糸纏わぬ姿は人形と見紛うほどの美しさであった。肌は最高級の反物のようにきめ細やかで、肌は透き通るように白かった。付け加え華奢な身体のラインと凹凸は、多少控えめとは言え女性としての魅力もしっかりと主張していた。
「……カズキッ!!!!!」
「え、あ、あの」
「黙りなさい!グラキエス・ポリア!」
氷蕾は周辺の水分を一瞬にして凍らせ対象を氷漬けにする魔法だ。
「そのまま死ね!」
「…………」
その後セバスチャンさんが風呂の栓を抜きに来るまで俺は全裸で氷漬けになっていた。
「ふぅ、散々な目にあった」
もう一度湯船に入り直した俺は用意された部屋でベッドに腰を下ろしていた。
さっきまで氷漬けにされてたせいで手足がじんじんする。勇者という職業だけあって魔法耐性もあり、普通の魔法なら全く効かないのだが、ウィットくらいの使い手の魔法ともなると無傷とはいかず凍傷は免れたが手足が霜焼けてしまった。
さっきのは脱衣所の俺の着替えに気づかないウィットが悪いと思うんだけどなぁ……まぁそのお陰で眼福を得た訳だが。
「さてと、今日は疲れたしもう寝るかな」
ベッドで寝るのも久しぶりだ。
旅をしている最中は基本的には野宿で、俺用と女子用でテントを2つ張って簡易的な寝袋に包まって寝ていた。魔物が住んでいるような場所では火を焚いて2人ずつ交代で見張りをしなくてはならなかったので、碌に寝れない日が続くこともあった。
だが、今はこうしてふかふかのベッドで安心して寝れる。魔王城に居ながら安全というのもおかしな話だが、何も気にせず安心して眠る事がこんなにも心休まる事だったなんて、元の世界では当たり前すぎて考えた事もなかった。
ベッドと毛布の間に身体を滑り込ませ、絹(のような魔物が出す糸から作った繊維)の感触を確かめる。
「あぁ、気持ちいい……」
肌触りの良いシーツと軽い羽毛布団の感触、柔らか過ぎず硬すぎないもみがらの枕、背中に当たる低反発クッションの温もり……
ん?
クッションなんてあったっけ?それになんかあったかいし……
「!」
いつのまにか身体が拘束されている!
ピチャ……ピチャ……
「んん〜〜〜〜ッ!!??」
右耳に異様な感触が伝わり一瞬にして背筋を悪寒が貫いた。
誰か!助けてくれ!
「あら、カズ君ったらそんなに可愛い顔しちゃって〜、お耳くすぐったかったかしら?」
へ?
ふと自分の身体に視線を向けると俺の身体に絡みつき拘束しているのは白くて綺麗な腕と足だった。
そう、今俺はベッドの上で姉さんに後ろから抱きつかれ、耳を舐められていた。
「なんで姉さんがここに居るんだよ!」
「なんでって、カズ君と一緒に寝たいからに決まってるでしょう?」
「この歳になって一緒に寝る姉弟があるかっ!」
「あら〜カズ君照れてるの?いいのよお姉ちゃんに欲情しちゃっても」
「するか!!!!」
「どうせ長旅で溜まってるんでしょ?ずっと女の子と一緒だったんだから溜まる一方で発散できずに辛かったんじゃない?お姉ちゃんはそういうの理解あるんだから」
クッ……なかなか鋭い事を言う……
「あら、図星だった?恥ずかしがらなくていいのよ、男の子なんだから当たり前の事でしょ?ほら、お姉ちゃん見ててあげるからぜーんぶ出しちゃいましょうねー」
「やかましいわ!俺はもう寝るんだがら早く出てけ!!」
取り敢えず姉さんをひっぺがえしてベッドから下ろさせようとするが流石は魔王、異常に力が強くうまくいかない。
「あーん、カズ君そんなに激しくしたらお姉ちゃん壊れちゃう///」
「だ!ま!れ!」
そういう誤解を招くような事を平気で言うところは全然変わってないなこの人。中学のときそのせいで散々からかわれたんだぞこっちは。
「だってお姉ちゃんずーっと一人で寂しかったのよ?だからカズ君に会えてもう嬉しくて嬉しくてしょうがないの」
「いや、まぁ、そうだろうけど……」
俺の手が弱まる。
内心、俺もこうして姉さんと騒いでいられる事がすごく嬉しい。こちらの世界に来てからずっと姉さんの事を探していたが、手がかりになりそうな情報は何も掴めなかった。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた。
もう二度と話せないかもしれないと思っていた。
こちらに来てからの生活もそれなりに楽しかった。高校生活なんかよりずっと充実していたし、何より自分が人の役に立っているという実感があった。でも、どれだけ強い魔物を倒しても、どれだけたくさんの人に感謝されても、どこか心の中にぽっかりと空いた穴が塞がる事は無かった。それが、こうして姉さんと一緒に居ると満たされていく、そんな気がする。……こんな事気恥ずかしくて本人に言えるはずもないけど。
「はい、じゃあお姉ちゃん膝枕してあげるわ!こっちへおいで」
そう言って毛布から這い出てきた姉さんはかなり際どい黒のラグジュアリーを着ていた。2つのメロンがたわわと揺れる。
「いい加減休ませてくれー!!」
結局姉さんが折れるまで15分以上も格闘(というか完全に遊ばれてたような……)をしたのだった。そのせいで俺は汗だく。もう一度シャワーを浴びる羽目になった。
なんなんだよ……嬉しいのか悲しいのかわからない。確実に言えるのは、その日は俺の人生の中で1番充実した日だったという事だ。
夜空にはコロンとマグナがぴったりと寄り添うように輝いていた。