2.姉が無敵でウィットがクマパンで
前回のあらすじ
実姉巨乳魔王爆誕
「お姉ちゃん、魔王になっちゃったの」
あー、うん。ここまでの流れからなんとなく予想はできていた。しかしまさか魔王になっていたなんて……
俺、霜月一紀がこの世界に転生したのは今から約2年前に遡る。俺は高校3年生、音楽とニキニキ動画が好きな何処にでもいる普通の高校生で勉強も運動も可もなく不可もなくといったところ。その日も普段と変わらない退屈な1日で、学校と予備校と家を行き来するだけのはずだったんだが、
「あ、ノート足りねぇ」
ノートを切らしていたために、近所のスーパーまで買いに行かなくてはならなかった。
「ちょっとスーパー行ってくるわ」
「待って!お姉ちゃんも一緒に行くー」
「いや来なくていいから」
「かず君お姉ちゃんの事嫌いなの?」
「いや別にそういう訳じゃないけど……」
「ならいいでしょ?お姉ちゃんかず君の事心配してるんだよ?夜道に一人で出歩くなんて危ないでしょ?」
「俺は男なんだから襲われたりしねーよ」
「かず君が女の子の事襲わないか心配なの」
「そっちの心配かよ!するわけねーだろ!」
「そうよね、かず君はそんな度胸無いものね」
「ひでぇ……」
「でもお姉ちゃんの事は襲ってもいいのよ?むしろ襲って!」
「……ツッコミ待ちか?」
「やーん!かず君に突っ込まれちゃうー///」
おわかりいただけただろうか?
この姉、ブラコンである。それもかなりの末期患者。というか周りからマジで白い目で見られるからやめていただきたい。黙ってれば美人なのに……
ノートのついでにアイスも買って、食べながら帰る事にした。姉さんの大好きなパピコを買って二人で並んで食べる。
「かず君のも一口ちょうだい」
「なんでだよ、味同じに決まってんだろ」
「かず君のも食べたいの」
「んじゃ代わりに姉さんのもらうからな」
「お姉ちゃんと舐め合いっこしたいのね」
「いやらしい言い方すんな!それにパピコなんだから舐めるじゃなくて吸うだろ!」
「隙ありっ!……あ」
姉さんが俺からパピコを奪い取って逃げようとした拍子につまずき、車道に倒れてしまったその時
ブロロロロ
大型トラックがかなりのスピードで走ってくるのが見えた。俺は咄嗟に姉さんの前に出ていた。
「止まれ!止まれえええええっ!」
トラックの運転手は明らかに眠そうな顔をしていてこちらに気づいていない。もうだめだ。
(あー、俺、死ぬのか)
「かず君!早く逃げて!」
次の瞬間、俺と姉さんは死んだ。
目が覚めると、一面真っ白な世界にいた。
「ここは、いったい……」
「目が覚めたかの?」
目の前にいたのはいかにも偉そうなおっさん。
「あなたは……」
「私は神じゃ、そなたは死んだのでここにある。早速だが転生の儀式に入るぞ、申し訳無いが時間がないので手早く頼む」
「そっか……俺死んじまったんだな……。ん?転生?俺は転生できるのか!?」
「如何にも。ただ、転生といっても脳も身体も元のままじゃけどな、一から作るのは手間じゃし」
(そういうもんなのか)
でもチート能力とかくれるんだろ?
そういうの読んだことあるぞ。
「何か職業の希望はあるかね?」
「勇者……ですかね」
「勇者か、よしわかった。では早速転生するぞ。そこの魔法陣に乗ってくれ」
「ちょっと待って下さい。なんか説明とか無いんですか?」
「すまないが時間が無いんじゃ、早く帰らないと妻が怖いんじゃよ。まぁ向こうで生活しているうちに色々わかるじやろう、若いんだから頑張ってくれ」
「は、はぁ」
「よし、転生するぞ」
「え!ちょ、待って下さい!」
「なんじゃ?手短に頼むぞ」
「姉さんはどうなったか知りませんか?」
「姉さん?あぁそうか、さっきのはお前の姉だったのか」
「姉さんも転生したのか!?」
「うむ。……しかし弟が勇者とは、中々に面白いのう」
「何かにやけてませんか?」
「気にするな、こっちの話じゃ。よし、では転生するぞ」
おっさんが何やら呪文を唱え、あたりが眩い光に包まれる。そして気がついた時には薄暗い森の中にいた。
その後街をみつけ仲間をみつけ、勇者としての使命を果たすべく魔王を倒すためにここまでやってきたというわけだ。因みにチート能力なんてものは無く、普通の人間よりもステータスが全体的に高いがそれは勇者という職業ならば誰でもそうなのだという。
でも肝心の魔王が姉さんだったなんて……国王にどう説明すればよいやら。なにせこの世界じゃ国民の誰しもが勇者が魔王を倒すと信じて疑わない。それに自称神のあのおっさんも知ってたなら教えてくれればよかったのに……次会ったら文句を言ってやる。
「炎よ猛れ!イグニス!」
「え、ウィット何を……」
ヴォッ
俺が回想なんかをしているうちに何故かウィットが魔法を放っていた。
ウィットの杖から放たれた炎の球が俺の前方に飛んでゆく、そこにいるのは……
「って、姉さん!」
こちらに背を向けている姉さんはまだ気づいていない。ウィットの魔法は超一流で、基本ステータスの高い俺でもまともに食らえば死んでしまうかもしれない。
(せっかく会えたのに……)
そして炎が姉さんを包む……筈だった。
「どうかしたの?」
ケロっとした顔で姉さんが振り向く。
え、炎は?
「な、なんで私の魔法が効いてないのよ!」
姉さんはダメージを受けていないどころか、服が燃えた形跡もない。
「魔法?……あぁ!そういえば魔王は魔法が効かないらしいの!どう?凄いでしょ!」
魔王マジかよ……
さっきの目で追えない程の超速移動といい、これこそ俺の求めていたチート能力なんだけど……俺、魔王になりたかったなぁ……
「というかウィット!この人は俺の姉だって言っただろ、なんで攻撃すんだよ、死んでたかもしれないだろ!」
「私達が何しに来たのか忘れちゃったの?アンタの姉だなんて関係ない。そこにいるのは魔王なのよ?そいつのせいで!ハロンドは!」
ハロンドというのはウィットの故郷で、魔術師の集落として知られていた。ハロンドの市民は都会の人間と関わる事を嫌い、長く自治区として帰属していたが、4年前に魔物に襲われ市民の殆どが亡くなった事で衰退し、今では完全に王国の支配下にある。魔物に襲撃された際、ウィットは王都にいた為無事だったが、ウィットの両親も犠牲になったのだという。その事からウィットは魔物に対し激しい憎悪を抱いているらしい。
「お前が魔物を嫌っているのはわかる。でも姉さんはそんな人じゃない!」
「そんなの知ったこっちゃないわ!そいつは魔王なのよ!悪なの!魔物は全部悪なの!」
「……ウィット」
「カズキ、アンタわかってないようだから言ってあげるけどね、アンタのお姉ちゃんだとしてもそいつも魔物なのよ!」
「それは違う!」
思わず語気を荒げてしまった。
それは違う、姉さんは魔物なんかじゃない、
立派な人間だ。
「あぁそう、そうやって魔王の肩を持つのね。いいわ。私が二人まとめて消し炭にしてあげる!」
「ウィット!一度落ち着いてくれ!」
「うるさい!」
ウィットが両手を天に掲げる
「焔の神よ、我が掌にその灼熱き魂を宿したまえ!イグニス・エルプティオ!」
ウィットの両腕に火柱が迸り、次の瞬間直径2mはありそうな火炎球が発射される。俺もろとも姉さんを亡き者にしようと凄まじいスピードで飛んでくる火炎球、直撃を避けたとしてもただでは済まないだろう。俺、もしかしてここで死ぬの?
「かず君、お姉ちゃんに任せて」
気がつくと目の前に姉さんの背中があった。背中が大胆に開いたコスチュームのせいで、白い肌が惜しげもなく見えており、肩まで伸びたウェーブの髪が余計に艶かしさを演出している。
火炎球はもう目前に迫っており、あと少しで姉さんに触れ…………なかった。
姉さん強すぎだろ……
「なんで!なんで私の魔法が……きゃっ!?」
キンッ!
金属音が響き渡る。
魔物がウィットの喉元に剣を突きつけている。
(しまった!完全に隙を突かれた)
ここは魔王城の目と鼻の先、普段なら魔物が近づけば察知出来たが、あれ程の大技を使った直後とあれば、ウィットにも隙が出来てしまう。
「魔王様、この娘は殺してしまっても?」
「やめてセバスチャン。大事なお客様よ」
「畏まりました」
セバスチャンと呼ばれた魔物が剣を下ろす。よく見てみれば人間に近い背格好をしているその魔物は、こちらに向き直って深々と一礼する。
「あ…………え?」
ユーディーとアーニャは着いてゆけず目をぱちくりさせている。
「申し遅れました。わたくし、魔王様の執事のシドニェイ・セバスチャンと申します。カズキ様とご友人様、ようこそ魔王城にいらっしゃいました。早速ですが魔王城をご案内しようと思います。着いてきて下さいますか?」
「安心して、彼は私のお世話をしてくれているの」
よく見るとセバスチャンは人間に近い背格好をしており、ご丁寧にタキシードを着込んでいる。身長はアーニャと同じくらいの小柄で、尻尾があるのもアーニャと似ているが、セバスチャンは皮膚が緑がかっているし、何より決定的な違いは目が真ん中に1つしかないという事だ。
「え……あ、はい。こちらこそよろしくお願いしま……」
バタン
ウィットが倒れた。大技を使ったが為にMPが枯渇してしまったのだろう。あ、今気づいたけど、ただのピンクじゃなくてクマさんがいる。
見ればユーディーとアーニャもぽかんとしている。そりゃあ『いざ魔王を倒そうとしたら実は魔王が勇者の姉で、その魔王を殺そうとした仲間が殺されかけて、これから魔王城を案内される』とか理解が追っつかないわな。
「案内の前に、取り敢えず休憩しましょうか?」
姉さんの提案に異を唱える者はいなかった。
設定の話が多くてすみません。
次回からようやく魔王城生活が始まります。