3話 小都プラーナ
お待たせしました。
孝が目を開けるとそこは薄暗い場所であった。
屋内であることはわかるが、どこに何があるかはわからない程度に暗い。
「いきなり閉じ込められた、とかは無いよな……」
動いた結果、命を落とすことがあってはならない。そう考えた孝はその場に立ち尽くした。
暫くそのままの姿勢でいると、吹いてきた風が孝の頬を撫でた。
「風が通っているということはどこかに出口があるはずだ」
孝はそう言うと、風が吹いてきた方に向かって歩いていった。
「ここはブラーナ! 西方の小都ブラーナさ」
賑やかな声のする方向に歩いた孝はついに扉を発見する。扉を開いた孝の目に飛び込んできたのは、狭い路地裏らしき場所であった。
「俺はこの像の中にいたのか……」
後ろを振り返った孝が見たのは高さが数十メートルにも及びそうな巨大な石像であった。丁度孝が出てきたのは石像の踵付近のようだ。
声が聞こえてきたのは路地の外からである。
孝は慎重に足を踏み出し、路地を抜けた。
そこは市場であった。
多くの人間が行き交い、言葉を交わしている。孝はすぐ側の壁に凭れ掛かっていた人間に声をかける。
「あの……」
「おう兄ちゃん、見かけねえ顔だな! 冒険者か?」
どうやら言葉は通じるようだ。安堵した表情を見せる孝を見たその男は重ねて問いかけた。
「もしかして異世界からの客人か? 」
孝の表情が変わった。女神ティルミアの願いによれば、孝はイストリアにいる異世界人たちを貰った力を使って彼らが持つ力を奪わなければならない。
(存在を知られていたら却って動きにくくなってしまわないか?)
「ああいや、田舎から最近出てきたんだ。あまり世の中のことに詳しくなくてね」
孝の言い訳は思いの外辻褄が合っていたのか、男も納得したような素振りを見せる。
「それならまずはこの道を真っ直ぐ行った所にある衛兵の詰所に行ってみるといい。この街のことも教えてくれるはずだ」
「ありがとう、そうしてみるよ。ところでさっきの話に出た異世界からの客人ってどういうことだ?」
「この街の領主がそいつを探しているらしいぜ。俺も詳しくは知らねぇが、この街が発展する上ではそいつの力が必要らしいんだ。俺達住民にもそいつを見つけたら衛兵に伝えるようにってお触れが出てる。懸賞金付きでな」
懸賞金が掛けられているということは、正体が露呈した時、孝はこの街にいられなくなってしまうかもしれない。
「金が貰えるのか。”異世界からの客人”ってどんな見た目してるんだ。特徴とかあるのか?」
孝が尋ねると、男は言葉に詰まった様子を見せる。そして、周囲を見回して誰もいないことを確認したのか小声で喋った。
「何でも、この世界には無いような服を着てたり、変なことを言うらしいぜ」
抜け駆けされないように秘密にしてたんだが、と話す男を尻目に、孝は安心していた。
女神ティルミアの前を去る時に、装備をこの世界に合わせた仕様に変えていたからことが幸いしていた。
「ありがとう、あんたいい奴だな」
「他の奴等には話すなよ、これは有利な情報だからな」
「わかった。黙っておくよ」
男と別れた孝は市場の隅に座って考え込んでいた。
「思ってたよりもこの世界では異世界人の存在は周知されているらしい。他の異世界人を探すのは骨かもしれないな」
孝は暫く唸っていたがよし、と立ち上がり、親切な男に教えてもらった衛兵の詰所へ向かった。
市場の端にある門の脇にその詰所はあった。
門の両側には、甲冑を着た衛兵のような男が二人厳しい顔をして立っている。
孝が近づいていくと、衛兵が孝に顔を向けた。
「見慣れない顔だな。どこから来た」
片側の衛兵が声をかけた。
孝は警戒するような門番の声に若干慄きながらも答えた。
「つい最近田舎から出てきたんだ。あんたたちの言う"異世界からの客人"でもある」
衛兵たちからどよめく声があがった。
「領主さまに会いたい。案内してくれるか」
衛兵たちは逡巡した様子であったが、孝に詰所で待っているように言った。
詰所に案内された孝が待っていると、大柄の衛兵が、孝の待つ部屋に入ってきた。
大柄の衛兵は孝をじろじろと見回した。
「俺は衛兵長のバルデスという。お前が"異世界からの客人"を名乗る男か?」
孝が頷くと、バルデスが続けて言った。
「クライス様の命令に基づき、お前を領主の館に連れて行く」
孝は拍子抜けしていた。
驚くべきことに早々に領主への目通りが叶うらしい。
少なくとも暫くは身辺調査等で拘束されてしまうことまで想定していただけに、この展開は彼にとっても想定外だった。
衛兵長に付いて門を抜けると、外側の市場とは違って静けさに包まれた雰囲気であった。
僅かばかりに歩いている人々はいずれも身なりの良い人々ばかりである。
「ここは貴族様方の居住区だ」
辺りを見渡していた孝に対して、バルデスが言った。
「くれぐれも粗相をするなよ。クライス様のところにお連れする前に地下牢に封じなければならなくなるからな」
封建社会を身を持って体験したわけではない孝も、現代社会と違って理不尽な理由で罰せられる社会であることは知識として知っていたために若干萎縮した。
暫く歩いているとひときわ大きな屋敷が正面に現れた。
「ここがクライス様のお屋敷だ。良いと言われるまでは発言を控えるんだ」
孝は頷いた。
入り口の門番と挨拶を交わしたバルデスはそのまま屋敷に入る。
孝もその後に続いた。
案内されたのは屋敷の上階にある部屋だった。
部屋の前で立ち止まったバルデスは、中の主に呼びかけた。
「クライスさま。衛兵長のバルデスであります。異世界人と名乗る者を連れて参上いたしました」
入れ、という声が部屋の中から聞こえ、孝はバルデスの後に続いてその声の主の元へ向かった。