4. 空から来た少女
メリルは混乱していた。
悲鳴を聞き天を仰ぐと、肌着のような服を手で抑えた少女が降ってきた。墜落するかと思われたが、ふわりと着地し、少女が安堵の息を吐く。
頭頂部から長い耳を生やし、メリルが知る限りどの種族の獣人よりも体毛が少ない、とてもとても美しい少女。
異国の赤い服と、長すぎる靴下の間から見える太ももの白さについ目がいく。
少女はそんなメリルの視線が気にならないのか、辺りを見てこう言った。
「は~やれやれ。人がいなくて良かった」
……え? 私が、見えないの?
鈴を転がすような声を聞いてメリルは思う。
……そ、それよりもこの美しい人は空から来た。まぁ、降ってきたようなものだが……。しかも羽根は見当たらないから、魔法!?
メリルも子供の時、魔法の手ほどきを受けた薬師に好奇心で聞いたことがある。“修練を積めば空を飛べる魔法も使えますか?”と。その時はこう答えられた。魔法で空を飛ぶなんて伝説やおとぎ話だけだよ、と。
では、この人は一体なんなのとメリルは考える。薬師から種族によって獣人のほうが人より魔力が高い場合があるとは教えられたが、しかし……。
「困って、ますよね?」
……困って、ますよね?
不意に声がかかった。思考の中にいたメリルは確かにそう聞こえたと、微笑む少女から掛けられた言葉を心の中で繰り返す。
「助けが、いりますよね?」
「助け?」
メリルのオウム返しに美しい少女は驚きを見せた。
「あのモンスターとか」
少女の白く、剣を握るメリルとは比べものにならないくらい細い指がバジルリスクのほうを指さす。部下の兵士の悲鳴が聞こえた。
「あらあら。ピンチですよね」
どこか楽しそうに少女は喋る。
しかし、メリルは見事な細工が施されている銀のブレスレットと、今は角度的に見えない指輪からの光の軌跡に目が釘付けになっていた。
……何あの光? 魔法の品……だよね。
初めて見る強い輝きに、淡く光る程度の魔法の剣を持つメリルには、それらを正確に量かりしることは出来なかった。でも、余程の人じゃないと持てる代物ではないという事は分かる。
「……あの、あなたは一体?」
◇◇◇
「……あの、あなたは一体?」
痛ましさがリアルな眼下の馬を指さそうとしたら、目の前の小麦色した女騎士が愛らしいどんぐり眼をさらに大きく開き、質問してきた。
少し離れた場所では、バジリスク相手になんとか奮闘してるといった戦いが繰り広げられている。
身に着けてる物で上の立場と判断し、尚かつムサい男と違い、若い女の子が馬に寄り添い泣いていたので、不信がられないように極力微笑み、いわゆる営業スマイルで近づいてみた。
「助けてください!」
と世界の中心ばりに叫ばれるかと思ったら、ちらちらと絶対領域を盗み見しかされなった。
なんで? 百合っ子? と思いつつ、でも依頼もないのに勝手に馬を回復させたり、モンスターを倒してもカルマのプラス値が増加されるか不明なため、なるべく簡単な単語を選び誘導……いや、聞いてみたのである。
スマホで遊んでいたときは会話シーンは音声を切り、文字表示で行っていたので、喋る女騎士の表情の豊かさと、変化する際の滑らかさに驚いた。ただ、「はい・いいえ」の選択のみではないが、ある程度勝手にストーリーが進んでいくスマホは簡易版だったのだと気づく。
……自己紹介が怪しくなければ依頼がきて、進んで行くってシナリオかな……だったら、通りすがりの冒険者でいいよね……。
「えっと、通り……」
言いかけた時に、ちょっとした悪戯心が湧いた。
……そうだ、あれにしよう!
深夜アニメ「うさ耳王女の婚活戦記」のコラボキャンペーンの際、クエスト報酬はなにも装備品だけでなく、アニメで使用した計33パターンにも及ぶボイスもあった。その中には王女時の紹介ボイスと、偽名を使うお忍び時の紹介ボイスがある。
報酬はランダムなため、コンプリートするにはうんざりするほど同じダンジョンに潜らなくてはならなかったが、今ではそれも良い思い出だ。
……報酬で貰うものだから、まさかNPCに怒られることはないだろ。冒険者より身分も高いし。えっと《ボイス1》。
「我こそは」
人気ランキングで1位を保持している、女性声優の凛とした美声が荒野に響く。
「ウサ王国ギャロット国王の代理を務める王女・マリアベル=ウサである!」
セリフの「=ウサ」のところで握った左手を右肩くらいに持っていき、締めの「である!」で左に向かって腕を振り抜き掌を開く。
遠くから「やべえ! また1人石になった!」という声が聞こえたが、名シーンの再現が決まり満足気に溜息をつく。
「ふう。決まった」
未だ呆然としている目前の女騎士に、微笑を浮かべ持ちかける。
「その馬、助けましょうか?」
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